ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

文字の大きさ
29 / 61
第二章 聖女の秘密

試合

しおりを挟む
 平日なら昼食は校舎併設のカフェテリアで食べるのだが、授業のない日は寮の食堂で、朝夕と同様に寮生全員定位置に座っていただく。
 料理を口に運びながら、さり気なく周囲をうかがう。昨日知り合ったプリシラは、右隣のテーブルの一番右奥に座っていた。リディアと目が合うと、微笑みながら会釈してくれる。昨日は彼女に対して、急に席を変えるという非礼をしてしまったが、怒っている様子はないのでリディアは安堵する。そしてもう一人の気になる人物、クロエの方に視線を移す。
 クロエの席がある入り口近くのテーブルには六人ほどの少女が着席していた。六人とも平民出身らしく質素な服装をしている。他のテーブルはきらびやかな貴族の衣装をまとった少女たちとお付きのメイドばかりで、そのテーブルだけが浮いていた。
 学園は三学年あり、それぞれ女子は二クラスずつある。その全体で平民出身がこの六名しかいないのなら一クラス平均一人。一年の女子Aクラスに平民がクロエしかいないのは自然なことと言えた。エレナによると実際には彼女たちの隣のテーブルにも平民出身がいるとのことだったが、それは裕福な豪商のお嬢様たちで、貴族と遜色ないドレスを着てちゃんと侍女も付き添っている。ひょっとしたら貴族たちよりこういった富裕層の令嬢の方が、クロエたちと同じに見られたくないという思いが強いかもしれない。

 食べ終わって食堂を出たところで。プリシラに声をかけられた。

「リディアさま。もしお暇なら、薔薇園に行ってみませんか? 学園の薔薇園は、入学式の時期が最も美しいと聞いておりますわ」
「それは是非ともご一緒したいですけど、明日にいたしませんこと? 今日は修練場で知り合いがフェンシングの試合をするというので、見に行こうと思っていたところなのです」

 単に誘いを断わるだけだと、教室の席の件と併せてプリシラに嫌われる理由が増えてしまうので、リディアは日程の変更を申し出た。明日の礼拝は午前中で終わると聞いているから、薔薇園を見に行く時間は十分あるだろう。

「フェンシングの試合ですか。さしつかえなければ、わたくしもご一緒してもよろしいですか?」
「ええ。ではフェリシアとミランダも誘って、皆で参りましょう」

 リディアがそう言うと、エレナが「ではお二人を呼んで参ります」と一礼してから、階段の方へと歩いていく。フェリシアもミランダもすでに食堂内にいなかったので、彼女らの個室まで呼びに行ったのだ。

 程なくエレナが二人を連れて戻って来ると、皆で修練場へと向かった。
 修練場と聞いて、リディアは前世の記憶にある体育館のようなものを想像していたが、いざ実際に来て見ても、やはり想像とそれほどかけ離れたものではなかった。建物の作りは時代がかっているものの、広さはもちろん、板張りの床や飾り気がないシンプルな内装などは体育館に似ていた。その修練場の中央付近に二人の男子生徒が立っていて、少し距離をおいて十数人の男女がそれを取り巻いていた。
 中央の二人のうち片方は、北方帝国風の服装をしていた。金髪を短く刈り込み、彫りの深い顔立ちをしている。背丈は平均的だが、腕や脚、胸などの筋肉は服の上からでもよく発達して見え、精悍な印象を与える。
 それに比べると、もう一人の方はやや細身に見えた。決してなよなよしているわけではなく、適度に引き締まった健康的な身体をしているが、相手に比べると頼りなく思える。銀髪に白い肌という色素の薄さも相まって、たおやかな乙女のような印象さえ受ける。
 金髪の方の少年は、北方帝国の宮中伯子息ラエルテス。銀髪の方は、言わずとしれたフェルナンドだ。二人とも、手に剣をたずさえている。
 剣は剣身がしなるほど細いフルーレではなく、細身だが両刃のラピエール(レイピア)だ。
 二人を取り巻く見物人の中には、ラエルテスの妹だという二年生の女子とローゼの姿もあった。リディアが挨拶をすると、ローゼはにこやかにジェスチャーで自分のすぐ横の空いているスペースを示し、そこで見物するようにリディアたちを促す。

「フェンシングの規則ルールは知っていらして?」

 ローゼに問われ、リディアは首を横に振る。ローゼは、優しい口調で説明を始める。

「フェンシングにはいくつか種目があって、双方が交代で攻撃権を持ち、攻撃権のない方は相手の剣を払ってからでないと攻撃できない種目もありますが、これからお二人が行う種目は攻撃権の概念はなく、どちらも攻撃できます。
 ラピエールという剣には刃がありますけれど、この種目では切りつける攻撃は有効にはならず、突きのみが有効となります。剣の先に小さな球がついているでしょう? あの球にチョークの粉が塗ってあって、先に相手に粉をつけた方にポイントが入ります」

 ローゼの解説を聞いているうちに、両者準備が整ったらしく、ラエルテスが「始めよう」と宣言した。見物人たちに紛れていた審判が進み出て、両者のそばに立つ。

「あの、防具などはつけないんですの?」

 リディアが訊ねると、ローゼはこともなげに答える。

「両者の事前の取り決めで、甲冑を着ての試合をすることもございますけれど、普通は防具は着けませんわ」

 ラピエールの刃は焼き潰されていて、切っ先にも球がついているから、防具などなくても怪我はしないというのだ。そうは言っても、例えば剣が折れて破片が刺さるとか、怪我をするリスクはたくさん潜んでいる気がする。

「もともとは決闘を競技化したものですから、怪我くらいで済むなら良いではないですか」

 ラエルテスの妹までそんなことを言う。この少女は兄が危険な試合を行おうとしていることに何の不安もないのだろうか。
 リディアの心配をよそに試合が始まった。
 素人のリディアから見ても、両者が卓越した剣の使い手だということはすぐに分かった。ラエルテスがフェルナンドの胸の中心あたりに鋭い突きを繰り出すと、フェルナンドはその切っ先を剣で右にいなしながら左へと身をかわす。そのまま流れるような動作で突きを返すが、ラエルテスの剣に払われる。互いに一歩も譲らず、激しい攻防が繰り返された。

「ひっ!」

 リディアが思わず情けない声をあげてしまったのは、ラエルテスの剣がフェルナンドの顔をかすめたからだ。ラピエールの刃が潰されていなければ、彼の陶器のような白い頬に切創が出来ていただろう。
 ラエルテスの剣がフェルナンドをかすめたということは、ラエルテスは一旦剣を引かないと攻撃ができないということでもある。その、相手が攻撃できない僅かな時間を、フェルナンドは見逃さなかった。
 フェルナンドは剣を相手の左側から突き出す。ラエルテスは必死に飛び退くが、かわし切れず左胸にチョークが付く。
 審判がフェルナンド側の腕を高く上げ、彼にポイントが入ったことを宣言した。試合は仕切り直され、両者は定位置に戻る。
 どちらかが十五ポイントを先取した時点で、その選手の勝利となる。先制点こそフェルナンドが取ったが、その後はラエルテスが連続してポイントを得る局面もあり、試合は一進一退の様相を呈した。
 ラエルテス十二点、フェルナンド十三点まで試合が進むと、両者に疲労が見え始めた。特にフェルナンドの方が息があがっている様子だ。いつも涼しげな彼のかんばせを、絶え間なく汗がつたう。
 激しく剣同士がぶつかり合う音が何度も響いた後、両者の剣が互いに相手の身体に粉をつけた。
 審判が、両方の腕を掲げる。

「同時だったので、両者に得点が入るのですわ」

 ローゼがそう解説してくれる。両者ともにチョークの粉がついても、片方が僅かでも早ければそちらの得点となるが、審判からみて完全に同時であった場合、双方にポイントが入る。つまり、これでラエルテスは十三点。フェルナンドは十四点となった。次にフェルナンドがポイントを取れば、フェルナンドの勝利が決まる。
 そうはさせじと、ラエルテスの攻撃が激しくなる。フェルナンドはさすがに体力の限界と見えて、動きに精彩を欠いてきた。相手の猛攻をかわすのがやっとで、反撃を行えずにいる。

「きゃっ!」

 突然修練場の外から、短い悲鳴が聞こえてきた。それに気を取られて、ラエルテスの注意が一瞬だけ逸れる。
 その一瞬に、フェルナンドはすばやく突きを放った。その切っ先はラエルテスの肩を捉える。
 主審がフェルナンド側の腕を上げ、試合結果を宣告する。

「勝者、フェルナンド!」

 見物人の中から両者の執事が進み出て、剣を受け取って片付ける。戦い終わった両者は、握手してお互いの健闘を讃えた。

「強くなったなフェルナンド君。私も三年前よりは修練を積んだつもりなんだが」
「今回は勝てましたが、先ほど修練場の外から聞こえてきた声がなかったら、どうなっていたかわかりません」
「いやいや、それについては君も条件は一緒だろう。そんなものに集中力を乱されたのは私の落ち度だ」

 ラエルテスとフェルナンドが謙遜しあっているのを眺めながら、ローゼがリディアに声をかける。

「楽しんで観ていただけたみたいで、なによりですわ」

 観戦中に声なんかあげたものだから、熱中していると思われたのだろうが、実際は楽しんだというのとはかなり違う。

「楽しんだというより、その、迫力がありすぎて……」

 リディアは、自分がいつの間にか、両手の拳を固すぎるほど固く握りしめていた事に気づいた。足も、こわばってかすかに震えている。

「意外ですわ。リディア様にも怖いものがあるなんて」

 フェリシアが愉快そうにそんなことを言う。

「迫力があると言っただけで、怖いわけではありませんわ。何をそんなに嬉しそうにしてますの?
 ――フェリシアが怖いものを見たいのなら、いくらでも見せて差し上げますけど」

 リディアがそう言ってフェリシアを睨むと、彼女は首をすくめて降参のジェスチャーをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)

義姉をいびり倒してましたが、前世の記憶が戻ったので全力で推します

一路(いちろ)
ファンタジー
アリシアは父の再婚により義姉ができる。義姉・セリーヌは気品と美貌を兼ね備え、家族や使用人たちに愛される存在。嫉妬心と劣等感から、アリシアは義姉に冷たい態度を取り、陰口や嫌がらせを繰り返す。しかし、アリシアが前世の記憶を思い出し……推し活開始します!

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

処理中です...