ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

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第二章 聖女の秘密

昼休み

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 入学から数日経って、学園生活にも慣れてきたある日の朝。

「いよいよ今日ですよ」

 エレナが唐突に言った。相変わらずこのお姉さんは、自分が知ってることは相手も知ってる前提で話す癖がある。

「なにがですの? エレナの命日が?」
「私が死んだら一番困るのはリディア様です。そうではなくて今日、ゲームシナリオ上で最初の選択肢のあるイベントが発生するんですよ」

 選択肢。つまりクロエの行動によって未来が分岐する可能性があるということだ。ここでクロエをベストな選択肢に誘導できなければ、ハーレムエンドの可能性が消え、相対的に良くない結末に進む危険性が高くなる。

「どんな選択肢なんですの?」
「本日午後、男女合同のダンスの授業があるのはご存知ですよね。その時に教師が生徒たちをを男女のペアに組分けるのですが、クロエとペアになるジルベルト様がクロエとのダンスを拒むのです」

 エレナによると、ジルベルトはクロエが平民だから拒むのではなく、敬虔な女神教信徒の男子として女子に触れるのを禁忌としているだけだという。そもそもジルベルトは、爵位を継ぐもの以外は学園卒業後に修道院に入るというロヨラ侯爵家の次男だ。俗世間の社交界にデビューしていく他の貴族たちとは違い、ダンスを覚える必要はないというのが彼の言い分だ。

「このイベントにおけるポイントは、教師側はジルベルト様にダンスの授業を受けさせたいのですが、クロエのことは割とどうでも良いと思っていることです」

 エレナはイベントの子細を説明する。
 学園は国内の魔力を持つ子ども全てに教育を受けさせる機関だが、特に公爵家や侯爵家などの上級貴族の子女たちに対しては、家柄にふさわしい修養を積んだ上で卒業させなければならない。上級貴族たちが、自家の子女への教育が不十分だったと判断したならば、学園への寄付金が減らされかねない。
 だから、当人がダンスの授業を不要といおうが何と言おうが、教師たちはジルベルトにダンスを習得させなければならない。社交ダンスは貴族ならばできて当然の嗜みなのだから。爵位を継がず修道院に入る予定とは言っても、ロヨラ家の跡継ぎにもしもの事態が起きれば、ジルベルトが急遽跡取りになることもあり得る。そうなった時、ダンスを踊れないのは不都合だ。
 一方、子爵や男爵といった下級貴族や、貴族・騎士階級ではあるものの爵位を持たず他の貴族に仕えているような家に対しては、寄付金の額もそれほど多くないし往々にして教師たちの方が家柄が良かったりするので、それほど重要視されない。ましてやクロエのようなごく普通の平民ならなおさらだ。平民でも魔力を持つ者は一代限りの爵位を与えられて役人として働くことになるので、一応貴族社会の一般教養を身につけさせられるが、上級貴族の子女に対してのような熱心な指導は行われない。学園に在席する三年間の間、問題さえ起こさなければそれでいいという扱いだ。

「そういった訳で、ダンス講師は一計を案じます。『次期聖女さまとならば、ジルベルトもダンスをしてくれるのでは』と」

 もともとの組分けでは、次期聖女エウラリアはある下級貴族の子弟とペアを組む予定になっていた。これを変更して、エウラリアとジルベルト、クロエと下級貴族のペアにしてしまおうというのだ。聖女は女神教において神聖な存在であり、ある意味では人間ではないとみなされているので、聖女に触れても女性に触れる禁忌にはあたらない。聖女が神聖すぎて逆に触れるのがはばかられるという問題も、現役の聖女ではなく次期聖女であれば多少、心理的抵抗は軽減される。実際、ジルベルトは教師からのこの提案に、「それなら授業を受けようか」という気になるのだという。

「ゲームでは、この組分け再編に対するクロエの行動が選択肢になります。『触れなくても良いのでペアになっていただけませんか』とジルベルトに懇願すると、組分けは変更されず、ジルとクロエはお互いの身体に触れないようにしながらダンスレッスンを行います。こちらが、ジルの好感度が上昇する正解ルートですね。
 一方、何も言わずに組分け替えを受け入れると、好感度パラメータは増減しません」

 つまりリディアがクロエをハーレムルートへ誘導したいなら、なんとかしてクロエに組替えを拒否させなければならないわけだが……。

「クロエともまだそれほど仲良くなっておりませんし、ジルベルト様という方には会ったこともございませんのに、どうやって誘導するか、かなり難問ですわね……」

 リディアのそのつぶやきに、エレナもうなずく。

「寮長の目が厳しいこと以上に、そもそもこの学園の仕組み自体が男女の接する機会を極限まで減らしてあるんですよね。クラスも男女別ですし」

 考えて見れば当然のことだ。多くの貴族の子女、中には王族までを預かる学園である。不純異性交遊が生じるリスクはできるだけなくしておかなければならない。それはわかるのだが、リディアとエレナの計画のためには邪魔でしかない。

「男子と接する機会があるとしたら、昼食の時に校舎併設のカフェテリアで、くらいですわね。ダンスの授業は午後ですし、今日のお昼はカフェテリアでジルベルト様を探してみましょう」
「今からジルベルト様と知り合っても対して変わらないと思いますが、今回のイベントに限らず今後のためにも男性たちと知り合っておく必要はありますね。では、今日のお昼休みはカフェテリアで男子を物色してみて下さい」
「ええ。でもその言い方はどうなんですの?」

 *

 という訳で、リディアは昼休みのカフェテリアにいた。
 フェリシアたち取り巻きと一緒にテーブルを囲んで昼食をいただきながら、周囲の男子たちに目を配っている。

(午後の授業前にジルベルトか、せめてそのクラスの男子と話しておきたいけど……)

 女子同様男子も一年生は二クラスあり、今日の午後リディアたちのクラスと合同でダンスの授業を受けるのは男子Aクラスだ。攻略キャラの中では、王子エルネストもこのクラスであることがわかっている。この二人のうちどちらかと知り合っておけば、ダンスの授業中にクロエの行動に介入できる可能性が少しは上がる。

「あ、リディアさん。フェリシアさんにミランダさんも」

 見ていた方向と正反対の方から男性の声で話しかけられ、リディアはびくりとした。そちらを見てみると、アルフォンソだった。級友らしき男子生徒を一人引き連れている。

「ああ、アルフォンソさん、ごきげんよう」

 入寮以来、アルフォンソと話すのははじめてだった。だからアルフォンソとプリシラは初対面なので、リディアはアルフォンソにプリシラを、プリシラにアルフォンソをそれぞれ紹介する。

「僕の方からも紹介しますね。こちらは、クラスメイトのダミアン」

 アルフォンソの方でも、リディアたちに自分の連れを紹介する。ダミアンという名らしい少年は、かしこまった態度で名乗った。

「はじめまして。僕はアルフォンソ様の忠実な犬、アルタミラーノ男爵子息のダミアンと申します。よろしくお見知りおきを」

 あれ? 聞き間違えかな? とリディアは耳を疑った。今、この少年は自分を犬だと言ったような気がするけれど。

「アルフォンソさんの忠実な……?」
「犬、です」

 リディアはダミアンをあらためてまじまじと見る。同い年の男子にしては背が低く、ヒールを履いたリディアより目線が下の位置にある。笑みを浮かべてやや上目遣いでこちらを見つめるクリッとした瑠璃ラピスラズリ色の瞳と、柔らかそうな茶色の髪は、確かに犬っぽいかもしれない。スラックスの後ろに機嫌良さそうに揺れる尻尾の幻影が見える気がした。でもだからと言って、『アルフォンソ様の犬です』と名乗るのはちょっと普通ではない。

「アルフォンソ様……ご友人を犬扱いなさるのはどうかと思いますわ。そのような所だけはリディア様の真似をなさってはいけません」
「フェリシア、友人を犬扱いすることがなぜわたくしの真似だと思うのか、後でじっくりと聞かせていただきますわ」

 リディアはフェリシアをひと睨みして黙らせる。アルフォンソは慌てて弁明する。

「これは僕が犬扱いしてるんじゃなくて、ダミアンが勝手に――」
「はい。自主的にアルフォンソ様の犬をさせていただいております。アルフォンソ様は、寮に大きな犬のぬいぐるみを持ち込んで毎晩一緒に寝るほどの犬好きと聞き及びましたので」

 ダミアンの言葉が終わらないうちに、アルフォンソが必死に彼の口をふさごうとする。どうやら、犬のぬいぐるみを抱いて寝ていることは内緒にしたかったらしい。
 そういえば、と、リディアは入寮日のことを思い出す。馬車が学園に着いて荷物を降ろした時に、アルフォンソの荷物だけが多くてキコ運んでもらっていたのは、大きなぬいぐるみを持ってきていたからだったのか。と、いまさらながら納得した。

「僕もアルフォンソ様に抱いて寝ていただけるような立派な犬になれるよう頑張ります」
「わー! ちょっと、何を言うんだダミアン!」

 爆弾発言を続けるダミアンに、アルフォンソはすっかり振り回されている。話している内容が内容なので、周囲の生徒たちが若干引いている。放置しておくとリディアまで奇異の目で見られて多くの生徒から距離を置かれてしまいかねない。

「ダミアンさん。良い犬というものは、不必要な時に無駄吠えはしないものですわ」

 にこやかに、しかし確固たる意志を込めてダミアンの目をまっすぐ見つめながら、諭すようにそう告げると、ダミアンはようやくおとなしくなった。

「分かりました。余計なことは言いません」

 騒動が一段落ついたところで、プリシラが口を開いた。

「先ほど、アルフォンソ様はフロレンティーノ家、ダミアン様はアルタミラーノ家の方と名乗られましたけれど、両家は確かあまり仲がおよろしくなかったと記憶しているのですけれど」

 その言葉にダミアンは、「昔の話です」と答えた。

「何十年か前までは確執があったようですが、アルフォンソ様のおばあ様にあたるマルガリータ様との間に起こった事件以降、アルタミラーノ家はフロレンティーノ家に頭が上がらないのだそうです。ましてや僕は宗家であるアルタミラーノ公爵家ではなく、傍流の男爵家ですから」

 そう言われて、リディアはようやく思い出した。アルタミラーノ家といえば、以前キコに聞かされたマルガリータの武勇伝に出てきた、王城内でマルガリータを刺した令嬢の家系だ。

「フロレンティーノ家のマルガリータ様の……ああ、あの事件ですわね」
「はい……お察しください」

 例の件は今でもタブーであるらしく、妙に口ごもりながら話すプリシラとダミアン。とはいえ、当事者両家とは無関係の家柄の上、事件後何十年も経ってから生まれたプリシラが事件のことを知っているということは、禁忌でありながらヴァンダリアの社交界で広く語り継がれているのだろう。
 そんな話をしているうちに、昼休みも終わりの時刻が近づいてきた。カフェテリアを見渡してみるが、ジルベルトもエルネストも姿が見えない。

「ところでわたくしたちのクラスは、午後は男子Aクラスと合同でダンスの授業なのですが、お二人は?」

 授業の場に知り合いが多いほど、クロエの行動に介入するきっかけが作りやすくなる。せめてアルフォンソたちがAクラスであってくれれば、この昼休みも無駄にはならない。そう思って、リディアは訊いた。

「僕たちもAクラスですので、午後はダンスの授業です。それでは、また授業でお会いしましょう」

 そう言ってアルフォンソは、一礼してその場を辞した。ダミアンが犬のように小走りであとを追う。

「さて、わたくしたちも行きましょう」

 リディアはそう言って、昼食のトレイを片付けはじめた。
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