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第二章 聖女の秘密
お茶会へのお誘い
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翌日。
エレナはいつものように、洗濯のために女子寮の近くの井戸へとやって来ていた。
エチェバルリアのお屋敷には洗濯専門の使用人がいて、エレナは時々メイド仲間の服のアイロンがけ当番が廻ってくる程度だったけれど、学園ではリディアと自分の服の洗濯とアイロンがけは全部エレナがやらなければならない。それに加えて個室の掃除やなんかもあるし、仕事量はお屋敷にいた頃より多い。
女子寮の全員が共同で使う井戸の周囲は、同じように洗濯に来た寮生の侍女たちがひしめき合っていた。その中に目当ての人物を見つけて、エレナはその隣の位置をキープした。
「おはようございます、リタさん」
エレナが声をかけると、彼女は優しげな笑顔で「おはようございます、エレナさん」と挨拶を返してくれた。この、顔に少しそばかすのある赤毛の女性は、エウラリアの侍女リタだ。
「エウラリア様の体調は、その後いかがでしょうか」
何気ない雑談を装って、エレナはリタに尋ねる。
『その後』と言ったのは、入学してすぐの日曜日、体調不良を理由に朝食に顔を出さなかったことがあったからだ。その日の礼拝には出席したが、やはり元気がない様子で終始うつむき加減だった。
エレナが日々の洗濯を通じてリタと知り合ったのはそれより後なので、いまさらこの話題を持ち出すのは不自然に思われる可能性もあるが、リタからエウラリアについての情報を聞き出すためには無理にでもエウラリアに関する話題を振らなければならない。
「……その後、と言いますか……、以前からお嬢様はふさぎ込みがちで、心配はしていたのです。それは今でも変わっていないのですが、お身体に異常はないようです」
「ふさぎ込みがち、ですか。それは心配ですね……」
相槌を打ちながら、エレナはリタから得られた情報を頭の中で分析する。ゲーム内でのエウラリアは無口で無表情だったけれど、落ち込んだりふさぎ込んでいるという印象ではなかったように思える。なにかゲームのストーリーと食い違う出来事がエウラリアに起きていて、昨日のダンスの授業での予想外の行動もそれが原因、なんてことは考えられないだろうか。
エウラリアの憂鬱の原因について訊いてみたいところだが、不躾に聞いても相手を警戒させてしまうだけだ。こういうときは直截的に質問せず、話題を膨らませて相手が喋ってくれる内容から情報を得るしかない。
「わたくしはリディア様のご機嫌が優れないときは、お菓子を作ってさしあげるんですよ。キコ――、いえ、同じお屋敷の使用人にケーキのレシピを教わったんですけれど、それを作ってさしあげると元気になられます。うちのお嬢様は単純で助かります」
「エウラリア様もお菓子はお好きで、一時的にはご機嫌を直されるのですけれど……」
お菓子程度ではその場しのぎにしかならないと言うことか。やはりなにか、深刻な悩みなり病気なりを抱えているのかもしれない。
「あの、さしつかえなければ、うちのお嬢様たちのお茶会にエウラリア様もご招待してよろしいでしょうか? エウラリア様にもわたくしのケーキを召し上がっていただきたいですし」
思い切って、エレナはそう誘ってみた。エウラリア本人にも話を聞いてみたいし、それでなくても攻略の都合上、彼女とは仲良くなっておく必要がある。
リタはしばらく逡巡しているようだったが、やがて「お嬢様に伝えておきます」と約束してくれた。
※
「というわけで、侍女のリタさんを介してエウラリア様をお茶会にお誘い致しました」
放課後、リディア達と一緒に女子寮へと歩きながら、エレナはそう報告した。
「良いお返事がいただけると嬉しいですね。次期聖女さまとお茶会をご一緒できたら素敵ですわ」
無邪気に喜ぶミランダを、プリシラがたしなめる。
「エウラリア様ご本人には、あまりそういうことをおっしゃらない方がいいですわ。次期聖女と祀り上げられることを、あまり快く思っていらっしゃらないようですので」
その言葉に、リディアも黙って頷く。入学式当日の朝にエウラリアに声をかけ、次期聖女に憧れているという趣旨のことを伝えた時にそっけなく拒絶されたのは、リディアにとっても苦い経験だ。
「ミランダは、身分の高い方に勝手な憧れを抱く悪い癖がありますわね。ローゼさんに対してもそうですし。他人から見て華やかに見えても、ご本人には色々とご苦労があるかもしれませんのに」
フェリシアも、そういってミランダをたしなめる。みんなから寄ってたかって咎められて少ししょげているミランダを、リディアが慌ててフォローする。
「ま、まあ、他人への尊敬や憧れを素直に口にするのが、ミランダの良いところですし」
そうして喋りながら帰路を歩いていると、エウラリアとリタが近づいてきて、リディアに話しかけた。
「リディアさん。お茶会へのお誘いですが、お受けしたいと思いますわ」
「ありがとうございます。でも、場所はどういたしましょう? わたくしの部屋では狭いですよね」
女子寮の居室は寮生と侍女の二人で使うには広すぎるほどなのだが、フェリシア、ミランダ、プリシラらとお茶会をするには少し手狭だ。そこにさらにエウラリアが加わるとなると、自室でのお茶会は無理だろう。
「でしたら、薔薇園にある四阿はどうでしょう」
さっきまで凹まされていたミランダが口を挟む。
言われてみれば、以前薔薇園を見てまわったときに四阿があった。広い薔薇園のそこここに三つか四つくらいあった気がするので、先客があったとしても一つぐらい空きがあるだろう。
「では場所はそこにいたしましょう。今日、この後のご都合はいかがですか?」
リディアが問うと、エウラリアは「かまいません」と手短に答えた。
「でしたら、ケーキを焼かなくてはいけませんので一時間後に薔薇園の四阿で。お待ちいたしております」
言いながらエレナは、心の中でひそかにガッツポーズをする。声をかけづらかったエウラリアと仲良くなるチャンスだし、ゲームのシナリオとのズレの招待も掴めるかもしれない。
そのためにもまず、寮に戻ったら腕によりをかけてケーキを焼こう。エレナはそう思った。
エレナはいつものように、洗濯のために女子寮の近くの井戸へとやって来ていた。
エチェバルリアのお屋敷には洗濯専門の使用人がいて、エレナは時々メイド仲間の服のアイロンがけ当番が廻ってくる程度だったけれど、学園ではリディアと自分の服の洗濯とアイロンがけは全部エレナがやらなければならない。それに加えて個室の掃除やなんかもあるし、仕事量はお屋敷にいた頃より多い。
女子寮の全員が共同で使う井戸の周囲は、同じように洗濯に来た寮生の侍女たちがひしめき合っていた。その中に目当ての人物を見つけて、エレナはその隣の位置をキープした。
「おはようございます、リタさん」
エレナが声をかけると、彼女は優しげな笑顔で「おはようございます、エレナさん」と挨拶を返してくれた。この、顔に少しそばかすのある赤毛の女性は、エウラリアの侍女リタだ。
「エウラリア様の体調は、その後いかがでしょうか」
何気ない雑談を装って、エレナはリタに尋ねる。
『その後』と言ったのは、入学してすぐの日曜日、体調不良を理由に朝食に顔を出さなかったことがあったからだ。その日の礼拝には出席したが、やはり元気がない様子で終始うつむき加減だった。
エレナが日々の洗濯を通じてリタと知り合ったのはそれより後なので、いまさらこの話題を持ち出すのは不自然に思われる可能性もあるが、リタからエウラリアについての情報を聞き出すためには無理にでもエウラリアに関する話題を振らなければならない。
「……その後、と言いますか……、以前からお嬢様はふさぎ込みがちで、心配はしていたのです。それは今でも変わっていないのですが、お身体に異常はないようです」
「ふさぎ込みがち、ですか。それは心配ですね……」
相槌を打ちながら、エレナはリタから得られた情報を頭の中で分析する。ゲーム内でのエウラリアは無口で無表情だったけれど、落ち込んだりふさぎ込んでいるという印象ではなかったように思える。なにかゲームのストーリーと食い違う出来事がエウラリアに起きていて、昨日のダンスの授業での予想外の行動もそれが原因、なんてことは考えられないだろうか。
エウラリアの憂鬱の原因について訊いてみたいところだが、不躾に聞いても相手を警戒させてしまうだけだ。こういうときは直截的に質問せず、話題を膨らませて相手が喋ってくれる内容から情報を得るしかない。
「わたくしはリディア様のご機嫌が優れないときは、お菓子を作ってさしあげるんですよ。キコ――、いえ、同じお屋敷の使用人にケーキのレシピを教わったんですけれど、それを作ってさしあげると元気になられます。うちのお嬢様は単純で助かります」
「エウラリア様もお菓子はお好きで、一時的にはご機嫌を直されるのですけれど……」
お菓子程度ではその場しのぎにしかならないと言うことか。やはりなにか、深刻な悩みなり病気なりを抱えているのかもしれない。
「あの、さしつかえなければ、うちのお嬢様たちのお茶会にエウラリア様もご招待してよろしいでしょうか? エウラリア様にもわたくしのケーキを召し上がっていただきたいですし」
思い切って、エレナはそう誘ってみた。エウラリア本人にも話を聞いてみたいし、それでなくても攻略の都合上、彼女とは仲良くなっておく必要がある。
リタはしばらく逡巡しているようだったが、やがて「お嬢様に伝えておきます」と約束してくれた。
※
「というわけで、侍女のリタさんを介してエウラリア様をお茶会にお誘い致しました」
放課後、リディア達と一緒に女子寮へと歩きながら、エレナはそう報告した。
「良いお返事がいただけると嬉しいですね。次期聖女さまとお茶会をご一緒できたら素敵ですわ」
無邪気に喜ぶミランダを、プリシラがたしなめる。
「エウラリア様ご本人には、あまりそういうことをおっしゃらない方がいいですわ。次期聖女と祀り上げられることを、あまり快く思っていらっしゃらないようですので」
その言葉に、リディアも黙って頷く。入学式当日の朝にエウラリアに声をかけ、次期聖女に憧れているという趣旨のことを伝えた時にそっけなく拒絶されたのは、リディアにとっても苦い経験だ。
「ミランダは、身分の高い方に勝手な憧れを抱く悪い癖がありますわね。ローゼさんに対してもそうですし。他人から見て華やかに見えても、ご本人には色々とご苦労があるかもしれませんのに」
フェリシアも、そういってミランダをたしなめる。みんなから寄ってたかって咎められて少ししょげているミランダを、リディアが慌ててフォローする。
「ま、まあ、他人への尊敬や憧れを素直に口にするのが、ミランダの良いところですし」
そうして喋りながら帰路を歩いていると、エウラリアとリタが近づいてきて、リディアに話しかけた。
「リディアさん。お茶会へのお誘いですが、お受けしたいと思いますわ」
「ありがとうございます。でも、場所はどういたしましょう? わたくしの部屋では狭いですよね」
女子寮の居室は寮生と侍女の二人で使うには広すぎるほどなのだが、フェリシア、ミランダ、プリシラらとお茶会をするには少し手狭だ。そこにさらにエウラリアが加わるとなると、自室でのお茶会は無理だろう。
「でしたら、薔薇園にある四阿はどうでしょう」
さっきまで凹まされていたミランダが口を挟む。
言われてみれば、以前薔薇園を見てまわったときに四阿があった。広い薔薇園のそこここに三つか四つくらいあった気がするので、先客があったとしても一つぐらい空きがあるだろう。
「では場所はそこにいたしましょう。今日、この後のご都合はいかがですか?」
リディアが問うと、エウラリアは「かまいません」と手短に答えた。
「でしたら、ケーキを焼かなくてはいけませんので一時間後に薔薇園の四阿で。お待ちいたしております」
言いながらエレナは、心の中でひそかにガッツポーズをする。声をかけづらかったエウラリアと仲良くなるチャンスだし、ゲームのシナリオとのズレの招待も掴めるかもしれない。
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