ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

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第二章 聖女の秘密

夜啼鶯の輪舞曲

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 焼きたての砂糖菓子の甘い匂いが漂う薔薇園に、淑女たちが集まっていた。

「エウラリア様、うちのエレナが焼いたケーキ、ぜひ召し上がってください」

 お茶会の主催者であるリディアは、主賓であるエウラリアにそう言ってブリオッシュを勧める。

「エレナさんのブリオッシュはとても美味しいんですのよ。いつだったか、この味をご自宅でいつでも食べたいから、うちの菓子職人に作り方を教えてやって欲しいと言って、自家のお抱え菓子職人を連れていらしたのは、フェリシア様でしたかしら」
「あれはアルフォンソ様ですわ。わたくしも自分で作りたいので、その時に一緒に教えを請いましたけど」

 ミランダとフェリシアがエチェバルリア家の親族しかわからない会話で盛り上がり始めたので、エウラリアが置いてけぼりにならないように、リディアが軽く説明を加える。

「アルフォンソさんというのは、わたくし達の親族ですの。フロレンティーノ家のご長男で、学園の一年生なんです」

 プリシラも「先日、お昼休みに紹介していただいた方ですよね」と、会話に入ってくる。

「ええ、その方ですわ。その後のダンスの授業のときは、確かクリスティナさんと踊っていらしたと思います」
「ダンスの授業といえば、クロエさんとジルベルト様のペアに一悶着ひともんぢゃくありましたわね」

 ミランダが何気なくジルベルトの名を口にした途端、上品にブリオッシュを口に運んでいたエウラリアが動きを止める。
 リディアは、エウラリアの表情をうかがう。いつもどおり無表情だが、少しこわばっているようにも感じられる。クロエとジルベルトに関係する何かが、エウラリアの憂鬱の原因なのだろうか。だとしたら、その二人のダンスについて干渉してくる理由も説明がつく。
 とはいえ、それについてこの場でこれ以上探りを入れるのは得策ではない。明らかに彼女にとって愉快な話題ではなさそうだし、ずけずけと触れてよい事柄ではないだろう。エレナがお茶会にエウラリアを誘ったのは、純粋に彼女を元気づけたいからもあるみたいだし、ここは話題を変えるべきだ。

「ダンスの授業のときのわたくしのダンスパートナー、あのダミアンさんでしたの。自己紹介でアルフォンソさんの犬だとかおっしゃるので変わった方だとは思っていましたが、接してみると本当におかしな方ですね」
「わたくし見ておりましたが、あの時はリディア様の方も結構悪ノリされておられるように見受けられましたが」

 ダミアン相手にお手とかお回りとかをしていたのを見ていたらしいフェリシアが少し呆れ気味にいうと、その様子を見ていなかったミランダが興味を示した。

「え? あの時リディア様なにか悪ノリされていたのですか? リディア様の悪ノリ、わたくし大好きですのに見逃してしまいましたわ」
「ミランダ……わたくし、そんなに何度も悪ノリしていますかしら?」

 ミランダには一切悪気はなく、本心から『リディアの悪ノリが好き』と言っているようなので強く咎めることもできず、複雑な気持ちでリディアは苦笑いする。
 お茶をいただきながら会話を続けるうちに、エルネスト王子の話題になった。彼もアルフォンソたちと同じクラスで、あのダンスの授業にも出席していた。

「エルネスト殿下のダンスパートナーはローゼさんでしたけれど、あのお二人、婚約なさっていらっしゃるそうですわね」

 そんなお二人が初めてのダンスの授業でペアになるなんて素敵な偶然ですわ。と、目を輝かせるミランダに、フェリシアが冷めた目で応じる。

「ダンスの先生が気を回しただけでしょうに」
「ま、まあ。それはそうかもしれませんけれど、それにしても、お二人とも凄くダンスがお上手で、とても優雅でしたわ」

 ミランダはその時の光景を思い描くように虚空を見つめ、うっとりとした表情でつぶやく。この子の夢見がちな性格は、簡単には治らない。

「長期休暇前のダンスパーティーの主役は、間違いなくあのお二人でしょうね」

 そう言って、プリシラは紅茶をひとくち飲む。

「ダンスパーティー? そんなものがあるんですの?」
「ええ、半期に一度の長期休暇の少し前に。学友の皆さんとしばしの別れになるので思い出作りのためらしいですわ」

 ダンスパーティーの存在を知らなかったのがリディアだけだとすると悪目立ちしてしまうので、リディアは周囲の令嬢達の様子をうかがう。幸い、フェリシアとミランダも初めて聞いたという表情をしている。

「あの、それはつまり、じょ、上級生も含めた全生徒が参加しますの?」

 フェリシアが、少し顔を赤らめながらおずおずと尋ねる。大方、キコと踊る自分を想像しているのだろう。

「ええ、全学年の男女が一堂に会する数少ない機会の一つですわ」

 そう聞いてフェリシアはますます赤くなり、手をうちわにして自分の顔をあおぎ始めた。

「ナタリアも、学園にいた頃はダンスパーティーに参加しましたの?」

 ミランダが自分の侍女に問うと、侍女は、「はい。ですが、ちょっと思い出したくありません」とだけ答えた。なにか嫌な思い出があるのか、『それ以上聞くなオーラ』を出していることに気づいて、ミランダは「エ、エレナさんは?」と、エレナに水を向ける。

「え? わ、わたくしですか?」

 リディアから見ても、エレナがいつになく取り乱しているのが分かる。当然だ。前世の記憶を取り戻してからと言うもの、彼女にはそれ以前のエレナとしての記憶がないのだから。

「え、ええと……、ダンスパーティーは……たしか必ず満月の晩に開催されまして、それで……会場の賑やかな雰囲気に疲れてちょっと外に出たりしますと、月明かりが明るくて、夜啼鶯ナイチンゲールの鳴き声が聴こえたりしまして……」

 たぶんゲーム内にそういうシーンがあるんだな、と、リディアは察する。やはり学園の卒業生らしいエウラリアの侍女リタが「そうそう。夏のダンスパーティーは夜啼鶯の鳴く季節なんですよね」とうなずいているところを見ると、どうやらゲーム知識だけで凌げそうだ。

 その時、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、エウラリアがこうつぶやくのを、リディアは聞き逃さなかった。

「――夜啼鶯の輪舞曲――」
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