ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

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第二章 聖女の秘密

ジルベルト

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「やべーことがわかりました」

 お茶会の後、エレナから「片付けが終わったら話があります」と言われて自室で待っていたリディアに、エレナは開口一番そう切り出した。

「なんですのその言葉遣い」
「失礼。あまりにもマジやべーのでちょっと混乱しております」

 他の方々の前でなくてよかったですわね、と呆れ気味につぶやいて、リディアは話の続きを促した。

「おそらくエウラリア様は、我々と同じ日本からの転生者です。『チェンジ☆リングス』をプレイ済みと思われます」
「どうしてそう思うんですの?」
「エウラリア様がつぶやいた『夜啼鶯の輪舞曲』という言葉です」

 エレナが言うには、『夜啼鶯の輪舞曲』は、『チェンジ☆リングス』において、夏のダンスパーティー時のスチル画像につけられたタイトルだという。

「それだけでは証拠として弱いのではなくて? 夜啼鶯ナイチンゲールが鳴く頃のダンスパーティーの話題について話している最中でしたし、例えばこっちの世界にそういうタイトルの曲かなにかがあるとしたら、それを思い出してつぶやいても不思議はありませんわ」
「でも、彼女が転生者だとすると、シナリオと違う行動をしたことに辻褄が合うんですよ」

 彼女が転生者で、ジルベルトのルートにおけるバッドエンドがどんなものかを知っているなら、それを避けるように動くのは理解できる。なにしろジルベルトがクロエよりエウラリアを選んでしまうと、最終的にジルベルトは自殺することになってしまうのだから。

「仮にそうだとすると、わたくし達としてはどう行動すべきかしら」
「絶対に転生者だという確証が持てれば、こちらも秘密を明かして協力し合うのが良いのでしょうけれど……」

 エウラリアがジルベルトの自殺を回避するように動いているなら、リディア達と利害は衝突しない。ハーレムルートなら誰も不幸にならないし、保険として狙っているフェルナンドルートのバッドエンドでも別に他ルートのキャラが不幸になる描写はない。それにフェルナンドのバッドエンドを狙うと決めた理由自体が、自分たちでクロエの行動を誘導しやすいという理由からなのだから、エウラリアと協力し合えるのならジルベルト狙いに変更したっていい。転生という秘密を共有しうる数少ない存在は、味方に引き入れて損はない。
 問題は、彼女が転生者であるという確たる証拠がないことだ。『夜啼鶯の輪舞曲』という言葉にせよ、ジルベルトのバッドエンド回避の行動にせよ、状況証拠でしかない。もし転生者ではなかった場合、うかつに秘密を明かすことは死につながる。なにしろ次期聖女という教会の中枢に関わる人物に、自分たちは取りかえ児チェンジリングだと告白するのだから。

「証拠集めのためにもう少し情報が欲しい、という状況ですわね……」

 リディアのつぶやきに、エレナはしばらく考え込んでから言った。

「では、ジルベルト様からも話を聞いてみましょう」
「どうやって?」

 男子、それも面識のない男子と話をすることが困難なこの学園で、ジルベルトに話など聞けるのか。リディアが疑問を口にする。

「まあ、明日の昼にはわかりますよ」

 *

 翌日は土曜日だった。昼の少し前、リディアとエレナは礼拝堂へやって来ていた。堂内ではジルベルトが祈りを捧げており、そこへリディアたちより少し前に、クロエが入ってきたところだった。
 おそらくゲーム内におけるイベントの一つだろう。エレナはそれが今日起こることを知っていたから、ここへくればジルベルトに話を聞けると考えたのだな、とリディアは推察した。

「お祈りですか?」

 ジルベルトがクロエに問う。

「ええ。来週は初めて魔法の実技がありますので、事故など起きませんようにと」
「魔法の実技が怖いのですか? 貴方ほどの方が」

 ジルベルトは、そう言って笑う。

「貴方のことは、以前から存じております。先日のダンスでペアになるずっと前から。堅信礼のときに、平民ながらエウラリア様に匹敵するほど大きな宝石を現出させたとか」

 クロエは恥じらうようにうつむき、「だからこそです」と小声で言った。

「自分の魔力が大きすぎて、制御できないのです。クラスメイトの皆さんを傷つけてしまわないか怖くて……」
「そうですか。では、私も共に祈りましょう。貴方と級友の方々が大過なく実技の授業を行えるように」

 そう言ってからジルベルトは、リディアたちの方にも視線を向ける。

「貴方がたもお祈りですか?」
「え、ええ。その……エウラリア様が元気のない様子でしたので……」

 その言葉が終わらないうちに、落ち着き払っていたジルベルトが血相を変えて詰め寄ってくる。

「エウラリア様が!? どんなご様子なんです? ご病気ですか!?」

 吐息がかかりそうなくらい間近に詰め寄られて、リディアは少しどぎまぎした。澄んだ煙水晶スモーキークォーツ色の瞳をたたえる切れ長の目が、至近距離からまっすぐにこちらを見つめている。

「ご、ご病気では……ないと思いますわ。ただ、昨日お茶をご一緒した際に、どことなく沈んだ面持おももちでいらっしゃって……」
「も、もしかして、いつぞやの日曜礼拝で、終始うつむいておられた日から、ずっと落ち込んでおられるのですか!?」
「え、ええ……。だからこそお茶に誘ったのですけれど、ご機嫌を直していただけなかったので、女神様におすがりするしかないと……」

 ジルベルトの剣幕に気圧されながらそう答えると、彼はオーバーなリアクションで頭を抱えて心配し始めた。

「ああ! やはりあの時、私がなにか粗相をしてしまったのだろうか!」
「あの時、とは?」

 リディアが尋ねると、ジルベルトは頭を抱えたまま語り始めた。

「実は、あの日曜礼拝の日の早朝、ここでエウラリア様にお会いしたのです。その時にエウラリア様が急に涙を流されて、そのまま退出なさってしまったので、私がなにか失礼なことをしてしまったのではないかと、ずっと気に病んでいたのです」
「ここでエウラリア様とお会いに? それで、なにかお話でもなさったのですか?」
「いえ、私が祈っておりますところへ偶然いらして、声をかけたら急に涙をこぼして出て行かれました。私の態度が気に触ったのなら心よりお詫びいたしますし、今後は失礼のないよう行動を改めますので、どうかご機嫌を直されてくださいますようにと、エウラリア様にお伝えいただきたい」

 心底申し訳なさそうに言うジルベルト。もし本当にジルベルトがなにかエウラリアの気に触ることをしたのなら、ダンスの授業で彼女がジルベルトを避けたのも一応の説明がつくが、こんなに礼儀正しく、しかも次期聖女としてのエウラリアを心から尊敬している彼が無礼をはたらくとは思えない。

「エウラリア様の侍女のリタさんがおっしゃるには、それ以前からふさぎ込みがちだったそうですから、ジルベルト様が原因ではないと思いますわ」

 リディアがそうフォローを入れると、ジルベルトは少しだけ元気を取り戻した。

「では祈りましょう。クロエさん達の魔法の実技の安全と、エウラリア様のご健康を」

 ジルベルトがひざまずいて両手の指を組み祈り始めると、クロエもそれにならう。リディアとエレナも、同じように祭壇の女神像に祈りを捧げた。
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