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第二章 聖女の秘密
正直に気持ちを
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その日の昼下がり、リディアたちは二日連続でのお茶会を催していた。ただし今回はエウラリアはおらず、場所も女子寮のリディアの自室だ。
「――ということがあったんですの」
リディアは、午前中のジルベルトとのやり取りをフェリシアたちに伝え、相談していた。
彼女たちに相談するというのはエレナの発案だ。まだ、エウラリアにこちらの素性を明かしても大丈夫だという確信は持てない。ならば正攻法で、普通に女子としてクラスメイトの女子が落ち込んでいる原因を探るしかない。転生者についての秘密と無関係に、女子同士として落ち込んでいる相手をなんとかしたいということならば、秘密を伏せたままフェリシアたちに相談する事ができる。女の子についての悩みは女の子に相談するのが一番、とはエレナの弁。
「リディア様は、どうなさりたいんですの?」
プリシラに問われて、リディアは自分の頭の中を整理しながら、ゆっくりと言葉を探す。
「ええと……、エウラリア様が悩んでいらっしゃるなら、できればその悩みを聞いて差し上げたい。……せめて、もっと打ち解けた関係になって、色々とお話して元気づけて差し上げたいですわ」
実際、現在のリディアがエウラリアの謎を解こうとしている最大の理由はそれだった。最初は、ただゲームのシナリオとのズレが生じた原因を知りたかった。エウラリアが転生者である可能性が浮上してからは、もしそうなら仲間になってくれるかもしれないという期待もあった。だが謎を追っていくうちにそういった目的は二の次になって、もっと純粋にエウラリアに元気になって欲しいと考える様になった。
情が移った、とでも言うのだろうか。今まで見聞きした情報を総合すると、入学してすぐの日曜日、早朝にエウラリアは教会でジルベルトに出会い、涙をこぼしている。そして、そのすぐ後の朝食を欠席している。理由は不明だがとても悲しいことがあって、皆の待つ食堂に顔を出せなかったのだ。
もし彼女が転生者だとしたら、その時点で誰にも言えない秘密を抱えている。リディアの場合、同じ転生者のエレナがいてくれたことが、随分救いになっている。だが他にそんなにたくさん転生者がいるとも思えないから、エウラリアの侍女はたぶん転生者ではないだろう。ある日突然、今までと全然違う世界に転生して、両親や友達とも二度と会えなくなり、赤の他人としての人生を生きなければならなくなっただけでも心細いのに、それを誰にも相談できないなんて、想像しただけでも不安で押しつぶされそうだ。
彼女が転生者なら、早くこちらも秘密を明かして、ひとりじゃないよと言ってあげたかった。
「要するに、お友達になりたいんですのね。エウラリア様と」
プリシラは、リディアの話をそう総括した。
ものすごく簡単に言えばそういう事になるかもしれない。リディアは頷く。
「でしたら、そう言えばいいだけではありませんの? 入学式の日にわたくしがリディア様にそうしたように。あるいはリディア様がクロエさんにそうしたように」
紅茶を一口飲んでから、さも簡単なことのようにプリシラは言う。
「でも……、実は以前、エウラリア様にそうお願いしたことがあるのですが、断られてしまいまして……」
リディアがそう抗弁すると、ミランダが食べていたクッキーをこくりと飲み下してから口を挟む。
「入学式の日の朝食後でしたよね。わたくし見ておりましたけれど、あの時はリディア様が『堅信礼で次期聖女様に選ばれた話を聞いて興味を持った』などとおっしゃっていたのがいけなかったんではありませんの? もっと素直に、ただお友達になりたいと言えばいいのですわ」
「そうかもしれませんけど……、一度失敗した後だと、素直に言ってもどうせ次期聖女様だから友達になりたいのでしょうと邪推されてしまいそうで……」
リディアがそう言って俯くと、それまで黙っていたフェリシアが「ああもう! リディア様らしくありませんわ!」と立ち上がりながら言った。
「慎ましやかなご令嬢みたいに、断られたらどうしようと二の足を踏むなんて、全っ然リディア様らしくありませんわ! 目的のためならマルガリータ様すら平気で怒らせるのがリディア様でしょう? 失敗したときはわたくしとミランダが慰めて差し上げますから、いつもどおり傍若無人にやりたい放題なさったらいいのですわ!」
リディアはしばらく、何も言えなかった。フェリシアは言ってしまってからさすがに言葉が過ぎたと思ったのか、ばつの悪そうな表情で着席し直すこともできずに固まっていた。
「――と、まあ、これぐらい素直な言葉で正直に気持ちを伝えられたら、腹も立たないでしょう?」
気まずい沈黙を紛らすようにミランダが言う。フェリシアは小さく咳払いしてから「そ、そういうことですわ」と言いながら席に座り、ミランダナイスフォロー、とアイコンタクトで感謝の意を示した。
確かにミランダの言うとおりだとリディアは思った。フェリシアの言葉は表面的にみれば、決して嬉しい内容ではない。けれどこれこそフェリシアの偽らざる気持ちであることは伝わってきて、だからこそどんな優しい言葉よりリディアの背中を押してくれた。こういう風に、リディアもエウラリアに気持ちを伝えればいいのだ。
「――ありがとうフェリシア。おかげで、何をすべきか決めることができましたわ。ミランダもプリシラも、相談に乗ってくださって本当にありがとうございました」
リディアはそう皆にお礼を言うと、お茶会をお開きにした。
*
フェリシアたちがそれぞれの自室へ戻り、エレナが後片付けを終えた後、リディアはエレナに、これからやろうとしている計画の内容を告げた。
「危険な賭けだということは分かっていますけれど、こちらがそれぐらいの覚悟を持って接しないと、エウラリア様も心を開いてくださらないような気がしますの」
「相変わらず、気がふれたとしか思えないことを思いつきますね。よくよく聞いてみると正しい行動に思えてくる点も相変わらずです」
エレナはそう言って、大きくため息を一つついた。
「まあ良いでしょう。その計画で行ってみましょう。うまく行かなかったら、その時はその時です」
いつものサバサバした口調で、エレナはその計画を承認した。
「――ということがあったんですの」
リディアは、午前中のジルベルトとのやり取りをフェリシアたちに伝え、相談していた。
彼女たちに相談するというのはエレナの発案だ。まだ、エウラリアにこちらの素性を明かしても大丈夫だという確信は持てない。ならば正攻法で、普通に女子としてクラスメイトの女子が落ち込んでいる原因を探るしかない。転生者についての秘密と無関係に、女子同士として落ち込んでいる相手をなんとかしたいということならば、秘密を伏せたままフェリシアたちに相談する事ができる。女の子についての悩みは女の子に相談するのが一番、とはエレナの弁。
「リディア様は、どうなさりたいんですの?」
プリシラに問われて、リディアは自分の頭の中を整理しながら、ゆっくりと言葉を探す。
「ええと……、エウラリア様が悩んでいらっしゃるなら、できればその悩みを聞いて差し上げたい。……せめて、もっと打ち解けた関係になって、色々とお話して元気づけて差し上げたいですわ」
実際、現在のリディアがエウラリアの謎を解こうとしている最大の理由はそれだった。最初は、ただゲームのシナリオとのズレが生じた原因を知りたかった。エウラリアが転生者である可能性が浮上してからは、もしそうなら仲間になってくれるかもしれないという期待もあった。だが謎を追っていくうちにそういった目的は二の次になって、もっと純粋にエウラリアに元気になって欲しいと考える様になった。
情が移った、とでも言うのだろうか。今まで見聞きした情報を総合すると、入学してすぐの日曜日、早朝にエウラリアは教会でジルベルトに出会い、涙をこぼしている。そして、そのすぐ後の朝食を欠席している。理由は不明だがとても悲しいことがあって、皆の待つ食堂に顔を出せなかったのだ。
もし彼女が転生者だとしたら、その時点で誰にも言えない秘密を抱えている。リディアの場合、同じ転生者のエレナがいてくれたことが、随分救いになっている。だが他にそんなにたくさん転生者がいるとも思えないから、エウラリアの侍女はたぶん転生者ではないだろう。ある日突然、今までと全然違う世界に転生して、両親や友達とも二度と会えなくなり、赤の他人としての人生を生きなければならなくなっただけでも心細いのに、それを誰にも相談できないなんて、想像しただけでも不安で押しつぶされそうだ。
彼女が転生者なら、早くこちらも秘密を明かして、ひとりじゃないよと言ってあげたかった。
「要するに、お友達になりたいんですのね。エウラリア様と」
プリシラは、リディアの話をそう総括した。
ものすごく簡単に言えばそういう事になるかもしれない。リディアは頷く。
「でしたら、そう言えばいいだけではありませんの? 入学式の日にわたくしがリディア様にそうしたように。あるいはリディア様がクロエさんにそうしたように」
紅茶を一口飲んでから、さも簡単なことのようにプリシラは言う。
「でも……、実は以前、エウラリア様にそうお願いしたことがあるのですが、断られてしまいまして……」
リディアがそう抗弁すると、ミランダが食べていたクッキーをこくりと飲み下してから口を挟む。
「入学式の日の朝食後でしたよね。わたくし見ておりましたけれど、あの時はリディア様が『堅信礼で次期聖女様に選ばれた話を聞いて興味を持った』などとおっしゃっていたのがいけなかったんではありませんの? もっと素直に、ただお友達になりたいと言えばいいのですわ」
「そうかもしれませんけど……、一度失敗した後だと、素直に言ってもどうせ次期聖女様だから友達になりたいのでしょうと邪推されてしまいそうで……」
リディアがそう言って俯くと、それまで黙っていたフェリシアが「ああもう! リディア様らしくありませんわ!」と立ち上がりながら言った。
「慎ましやかなご令嬢みたいに、断られたらどうしようと二の足を踏むなんて、全っ然リディア様らしくありませんわ! 目的のためならマルガリータ様すら平気で怒らせるのがリディア様でしょう? 失敗したときはわたくしとミランダが慰めて差し上げますから、いつもどおり傍若無人にやりたい放題なさったらいいのですわ!」
リディアはしばらく、何も言えなかった。フェリシアは言ってしまってからさすがに言葉が過ぎたと思ったのか、ばつの悪そうな表情で着席し直すこともできずに固まっていた。
「――と、まあ、これぐらい素直な言葉で正直に気持ちを伝えられたら、腹も立たないでしょう?」
気まずい沈黙を紛らすようにミランダが言う。フェリシアは小さく咳払いしてから「そ、そういうことですわ」と言いながら席に座り、ミランダナイスフォロー、とアイコンタクトで感謝の意を示した。
確かにミランダの言うとおりだとリディアは思った。フェリシアの言葉は表面的にみれば、決して嬉しい内容ではない。けれどこれこそフェリシアの偽らざる気持ちであることは伝わってきて、だからこそどんな優しい言葉よりリディアの背中を押してくれた。こういう風に、リディアもエウラリアに気持ちを伝えればいいのだ。
「――ありがとうフェリシア。おかげで、何をすべきか決めることができましたわ。ミランダもプリシラも、相談に乗ってくださって本当にありがとうございました」
リディアはそう皆にお礼を言うと、お茶会をお開きにした。
*
フェリシアたちがそれぞれの自室へ戻り、エレナが後片付けを終えた後、リディアはエレナに、これからやろうとしている計画の内容を告げた。
「危険な賭けだということは分かっていますけれど、こちらがそれぐらいの覚悟を持って接しないと、エウラリア様も心を開いてくださらないような気がしますの」
「相変わらず、気がふれたとしか思えないことを思いつきますね。よくよく聞いてみると正しい行動に思えてくる点も相変わらずです」
エレナはそう言って、大きくため息を一つついた。
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