ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

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第二章 聖女の秘密

ファティマ

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 大聖堂内の一室、普段は住み込みで働く神父たちの会議場になっているらしい部屋に、リディアたち学園から来た生徒が集められていた。全員揃ったところで神父が入室し、生徒たちに割り振られる仕事説明する。
 やるべき仕事は、礼拝堂をはじめとする堅信礼で使用される数々の部屋の掃除から、挨拶に来る要人たち向けの贈答品の準備、堅信礼を受ける子女たちの名簿や席次に漏れや間違いがないかの確認作業の補佐に至るまでいろいろだった。

「そして、聖女様は準備のためにいつも以上にご多忙になられるので、身の回りのお世話をする巫女も足りなくなります。今回はエウラリア様がいらっしゃいますので、エウラリア様にこのお役目をお願いいたしたいと思っております」
「わかりました。聖女様のおそばに仕えることができるなんて光栄ですわ」

 エウラリアは、目論見どおりファティマに接する機会の多い役目をもらうことができた。しかし残念ながら、この役目の定員は一名のようで、リディアは同じ役目に就くことはできない。

「わたくしは、なるべく聖女様のお近くでお仕事したいですわ」

 とりあえず予定通りわがままを言ってみるリディア。

「聖女様のお近く……ですか」
「ええ、仮に聖女様の控え室のお掃除が一番聖女様のお近づきになれるなら、それでも構いませんわ」

 実直そうな神父は、国内随一の名家の令嬢に掃除をさせることを少し躊躇ためらったようだったが、結局はリディアの意見を承諾した。

「そうですね。聖女様の控え室の掃除は女性にお願いしたほうがよいですし、聖女様と会話をする機会もあるのでエチェバルリア嬢のご希望にも沿うでしょう。では控え室のお掃除はエチェバルリア嬢と、あと一名、女性にお願いいたしたいのですが」
「それならわたくしが」

 間髪入れず、ミランダが挙手する。

「ではミランダ・ガルシア嬢。お願いいたします。次に、礼拝堂のお掃除は椅子の設置等も含みますので、男性を五、六人ほど――」

 そんな風にして仕事の割り振りが決められ、生徒たちはそれぞれの持ち場についた。

 *

 結論から言えば、控え室の掃除の仕事だからといってファティマと話す機会などほぼなかった。かろうじて会話があったのは、掃除が終わった後でファティマに報告に行ったときくらいだ。ファティマが控え室まで確認にやってきて室内を見回し、「綺麗になりましたわ。ありがとう」と感謝の言葉を述べて終わり。
 他の役目を割り振られていた生徒たちもそれぞれの手伝いを終えて、聖堂内の小食堂で夕食を饗された。

「結局、今日はファティマ様とお話できませんでしたわ」

 夕食も終わり、あてがわれた寝室でベッドに腰掛けて、リディアはそうひとりごちた。

「明日はまた、いろいろと仕事が割り振られるはずです。その時に期待するしかありませんね」

 エレナがそう言って励ます。明日は朝から、大司教たちに挨拶に来た要人たちの取次や、聖堂内の案内などを手伝い、堅信礼終了後は後片付けを分担して行う。

「ですが、明日はファティマ様も今日以上にご多忙でしょうし……」
「そうですね。エウラリア様の方で、うまくファティマ様にお話を聞けていると良いのですが」

 そんなことを話していると、部屋のドアがノックされた。ノックの主はファティマ付きの巫女の一人で、ファティマが手伝いの生徒たちと話がしたいと言うので呼びに来たのだという。なんでも、堅信礼を手伝ってくれたお礼に、生徒一人ひとりと話をする時間を作ってくれたのだそうだ。
 降ってわいた幸運に、リディアはすぐに招きに応じた。エレナも随伴して、面会のために用意された小部屋へ向かう。

「お休み中のところ呼びつけてしまってごめんなさいね」

 ファティマはそう言って微笑む。

「いえ、とんでもございませんわ。ご多忙のところお時間を割いていただき、感謝の極みですわ」

 リディアが恐縮すると、ファティマは「そんなにかしこまらなくて良いのですよ」と優しく笑った。

「わたくしが若い女の子とおしゃべりしたかっただけですから、気楽にお話してくれた方が助かります。実は、今回こうやって一人ひとりお招きしているのは女子だけなんですよ。やはり夜に殿方と会うのは、大司教たちが反対しますもので。だからこのことは、男子たちには内緒にしてくださいね」

 ファティマは、口元に右手の人さし指を立てて、しーっ、のジェスチャーをした。

「男子たちには不公平になって申し訳無いのですけど、どうしても若い女の子とお話したくて、この場を設けさせてもらいました」

 若い子と話したいって、そんなウザいおっさんみたいなことを……とリディアは思ったが、さすがに言わないでおいた。

「そんなわけで、聖女ファティマに面会しているのではなく、ただの孤独なファティマお婆ちゃんの話し相手になるつもりで接していただいて結構ですからね。ええと、あなたのお名前は確か……」
「エチェバルリア公爵家の長女リディアと申します」
「そうそう、リディアちゃんでしたね。確か、わたくしの使う控え室のお掃除をしてくれたのだったかしら」
「ええ、そうですわ。お掃除が終わった後にちょっとご挨拶しただけですのに、覚えていてくださったのですね」

 ファティマは、もちろん、とにこやかに微笑んだ。

「それではリディアちゃん。せっかくですので、お悩み相談でも受け付けましょうか。信仰のことに限らず、勉学のこと、将来のこと、あるいはもっとささいなことでもいいから、お悩みがあればお聞きしますわ」
「悩み……ですか?」
「そう、どんなことでも、人生の大先輩であるこのファティマお婆ちゃんが相談に乗りますわ。リディアちゃんは確か学園の一年生でしたわよね。ご実家を出て寮生活をはじめたばかりで、不安も悩みも一杯あるのではなくて? 親元を離れて生活を続けていけるか不安だとか、お隣の寮生の騒音がうるさいとか。
 ――なんなら、恋の悩みでも良いのですよ? 聖女になってからそういうものとは無縁になりましたが、本当はそういう話、大好きなんです」

 ファティマはそう言って、いたずらっぽくウィンクしてみせる。
 悩み相談。エウラリアのことを訊くのには、ちょうどいいチャンスではある。だが、どう尋ねるかは頭を使わなければならない。正直に全部話せば、エウラリアが取りかえ児チェンジリングであるとバラすようなものだ。核心部分をうまくぼかしつつ、エウラリアの「自分は、忌むべき取りかえ児なのではないか」「自分が聖女だというのは、自分を助けるためのファティマの嘘ではないか」という悩みの答えだけ引き出すには……。
 リディアがそうやって言いにくそうに、それでいて何かを伝えたげに思い悩んでいると、ファティマは「何か言いづらいことですか? ひょっとして恋バナですか? 恋バナですね?」と、少しうわずった声で聞いてくる。どんだけ恋バナしたいんだろう。かわいいなこのお婆さん。

「ええと、恋バナではないのですが……その、質問がありまして」
「そう、恋バナではないのですね……。どんな質問でも大歓迎ですわ」

 恋バナではないと聞いて少しだけテンションを落としたファティマだったが、優しくそう言ってくれた。
 リディアは、思い切ってこう問いかけてみた。

「あまりこころよい話ではありませんので、ご不快に思われたらお詫びいたしますが……
 聖女様は取りかえ児というものを、どうお考えですか?」
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