ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

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第二章 聖女の秘密

聖女の秘密

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「聖女様は取りかえ児チェンジリングというものを、どうお考えですか?」

 おいおい、ちょっとストレートすぎないか。エレナは内心ひやひやした。
 この子、無茶な行動も考えがあってやってると思っていたけれど、買いかぶりだったかもしれない。何か失敗して最悪の結果を招いたときの覚悟が完了しているだけで、基本的に何も考えてないんじゃないだろうか。

「どう、というのは? 取りかえ児の何を知りたいのか、もう少し具体的に説明してくださらない?」

 ファティマは相変わらず穏やかな微笑を浮かべたままだ。この質問が彼女のご機嫌を損ねるものなのかどうか、表情からはうかがい知れない。エレナは背中を冷や汗が伝っているのを感じながら、成り行きを見守った。

「……わたくしの友人の一人が、自分は取りかえ児なのではないかと思い悩んでいるのです。ですが、その方はとても優しく魅力的な方で、わたくしや他の方々と比べても、特に女神様の教えに反するような人物とは思えないのです。それで……」

 エウラリアの名前だけ伏せてほぼ事実をそのまま言ったぞコイツ。エレナはどんどん不安になってきた。真意を隠してそれとなく探る、なんて知略系主人公みたいなこと言っておいて、やることが馬鹿正直すぎる。

「それで、もし取りかえ児というのが本当に邪悪な存在ならば、邪悪でない貴方は取りかえ児ではありませんと言ってさしあげたいのです。一見邪悪に見えない取りかえ児も存在するのならば、普通の人間と取りかえ児の見分けかたを教えていただいて、その方が取りかえ児ではない証拠を見つけたいです」

 ファティマはしばらく考えた後で、静かに口を開いた。

「……その方が本当に取りかえ児である可能性は、考えていらっしゃらないのですね」
「はい」

 一点の疑念もありませんとばかり、やや食い気味に即答するリディア。だが、実際は違うと言うことをエレナは知っている。取りかえ児が忌むべき存在かどうかはともかく、取りかえ児であるかどうかだけで言えば、むしろエウラリアは取りかえ児である可能性の方が高い。リディアもそう思っているはずだ。

「貴方が取りかえ児ではないと感じるのであれば、その方は取りかえ児ではありません」

 ファティマは静かにそう告げた。

「……そう言っていただけると、わたくしは嬉しいのですが、その友人に『わたくしがそう思うから』貴方は取りかえ児ではありませんと申しあげても、納得してくださらないと思うのです」

 リディアがそう言うと、ファティマは「ええと、どう言ったら良いでしょうか……」と、頬に手を当てて考え込んだ。

「――じゃあ、こう言い換えましょうか。貴方が取りかえ児ではないと信じているその方は、『教会が忌み嫌い、火あぶりにしている取りかえ児という存在』ではありません」
「……? それは、先ほどのお言葉とどう違うのですか?」

 リディアが問うと、ファティマは優しい口調で答えた。

「実は、千年を超える教会の歴史の中で、取りかえ児であることを理由に捕えられ、火あぶりになった者は一人もいないのですよ。『取りかえ児として火あぶりの刑に処された』と記録されている罪人たちはみんな、犯罪を犯したから捕えられ、取り調べの結果として死罪が妥当だから処刑されたのです」

 ファティマの説明によると、過去に火あぶりにされた取りかえ児たちは例外なく、たとえ取りかえ児でなかったとしても死罪になるほどの罪を犯したために逮捕・処刑されているらしい。たとえば多くの人の命を奪ったとか、国を乱すようなことをしたとか。処刑方法に火あぶりが選ばれたのは取り調べの過程で彼らが取りかえ児だと判明したからだが、取りかえ児でないなら別の方法で処刑されただろうとのことだった。

「ということは、取りかえ児が『強大な魔力を持っている』とか、『知らないはずのことを知っている』というのは間違いで、本当の取りかえ児の見分けかたは、凶悪な犯罪を犯すかどうかだということですの?」
「そういうわけでもありません。過去の取りかえ児たちの供述調書を読むと、犯罪を犯すより前のある特定の時期に、『この時に私は取りかえ児になった』と思う瞬間があるそうです。取りかえ児になるというのがどういうことなのかは、供述を読んでもよく理解できないのですけどね。そしてまさにその時から、彼らには巨大な魔力や知らないはずの知識などを持ちはじめるようなのです。でもね――」

 そこまで話してから、ファティマはなにかおもしろい悪戯いたずらを仕掛けた子供のような満面の笑みを浮かべた。

「それを言うなら、『この世でもっとも強力な魔力を持ち』、『全てを見通す目と女神様の声を聞くことのできる耳』を持つわたくしこそ、真っ先に取りかえ児の嫌疑がかけられるべきなんじゃなくて?」
「……それは……どういう……?」

 リディアが戸惑ったような声を出す。エレナも状況がうまく飲み込めない。ファティマの言葉は取り様によっては、「私は取りかえ児です」という意味にすら解釈できる。でもまさか、そんなことがあればヴァンダリア王国どころか、世界中の女神教国家が大混乱に陥る。

「――ふふっ。ですから、それらの特徴は取りかえ児に特有のものではないということです。そういった特徴が原因で周囲から嫌疑をかけられたとしても、正しい行いをしていれば火あぶりになんてなりませんし、周囲もそのうち誤解だったとわかってくれますわ」

 この答えでお友達にご納得いただけそうかしら。ファティマはそう話を締めくくった。

「ありがとうございます。学園に戻ったらすぐに友人に伝えますわ」

 そこまで話したところで、そろそろ面会の終わりの時間がやって来た。ファティマは手伝いの女子全員と面会するのだから、リディアだけが長々とファティマを専有してはいられない。

「それでは、わたくしたちはこれで失礼いたしますわ。お話できて本当に良かったです。ありがとうございました」

 そう言ってカーテシーして立ち去ろうとするリディアとエレナを見つめながらファティマは不意にこんなことを言った。

「貴方たち、お二人とも『日本』からの転生者ね」
「ういぃ!?」

 思わず変な声を出したのはエレナの方だった。今、日本って言った? こちらの世界に日本なんて国はないし、確か女神教に転生という概念はなかったはずだ。
 リディアも驚いてファティマに問いただそうとする。

「あの、ファティマ様、それは一体どういう……」

 だがファティマはみなまで言わせず、「さあ、もうお話はおしまい」と告げて、にこやかな笑顔のまま口をつぐんだ。
 ファティマがそれ以上話す気がないと悟ったリディアとエレナは、仕方なく部屋をあとにした。
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