ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

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第三章 王子の秘密

勝負

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 学園の運動場に、剣と剣が打ち合う音が響いていた。

「そう、もっとマルシェ・ファーントを素早く」

 キコはアルフォンソと剣を交えながら、そう檄を飛ばす。
 アルフォンソは、素直に言われるまま剣を振るっている。
 ダミアンはそんな二人の周囲を、楽しそうに無駄にうろちょろしている。ご主人さまの周りを走り回る犬そっくりだ。

「次は僕がアルフォンソ様とやりたいです」
「それはまだ先です。アルフォンソ様への指導が一区切りついたら、ダミアンさんにもこうして剣を交えながらご指導します。お二人同士での模擬試合は、お互いが基礎を身に着けてから」

 リディアの期待通り、キコは指導者として立派に役目を果たしてくれているようだ。その点については安心なのだが……。
 リディアはキコたちの周囲に、まばらに点在している女子たちのグループを見やる。

「はぁ~。フランシスコ様、やっぱりカッコいい……」
「ご指導を受けてらっしゃる背の高い方も、わりと素敵ですわね」
「わたくしは小さいかたのほうが、子犬みたいで可愛いと思いますわ」

 キコは学園の女子たちに人気がある。そんな彼がフェンシングに興じる姿を見物しようと、ギャラリーが集まって来ているのだ。アルフォンソも父親に連れ回された狩猟のおかげでなかなか精悍な体付きをしているため、キコ目当てで集まった女子の中に着実にファンを獲得している。ダミアンまで女子たちに好印象を与えているのだけはリディアはちょっと意外だった。瑠璃色の大きな瞳とふわっとした茶色い髪は確かに魅力的なのかもしれないけど、見た目がよくてもただのバカだぞそいつ。
 まあ他人から見れば、リディアたちもギャラリーの一人に見えているんだろうと思う。
 リディアは授業の後一度寮へ戻った後、エレナとエウラリアと連れ立って運動場へ来ていた。たまたま、キコたちが毎日運動場でフェンシングの練習をしているという話を聞いたから様子を見に来ただけなのだが、まさかこんなに観衆がいるとは思わなかった。

「それにしても、殿方を見に女子たちがこんなに集まっていると、寮長あたりがうるさいことを言いにきそうですわね」

 リディアがそう言うと、エレナはちょっと周囲を見渡してから答えた。

「大丈夫みたいですよ。当の寮長がそこにおりますし」

 エレナが目線を送っている先を見てみると、他の女子たちから少し離れて、確かに寮長のセシリアが建物の影になかば隠れるようにして佇んでいた。他の子たちのようにきゃあきゃあ言ってこそいないが、かなり真剣にキコを見つめているように見える。

「『え、うそキコ様って運動系得意なイメージないのにフェンシングって、そんなキコ様がフェンシングなんかして、しかも上手かったらそんなん反則でしょ。そんなんカッコいいに決まってるじゃない。私を萌え殺す気なの……』みたいな感じですかね」

 勝手にセシリアの脳内の台詞をアフレコしだすエレナに、エウラリアまで小声で乗っかる。

「寮長はもう少し、後方彼女づらタイプだと思います。『うんわかってた。なんでも一生懸命打ち込むキコ様なら、フェンシングもちゃんと練習してて上手いだろうっていうのは知ってたよ。でもこんな人目につくところでそれを披露したら、キコ様のカッコよさがみんなにバレちゃうじゃない。そういうのは私だけに見せてよ』みたいな」
「ちょっと二人とも! 他の方々に聞こえますわ!」

 小声とはいえ日本のオタク女子みたいな会話をしだした二人をリディアはたしなめる。だがエレナは悪びれた様子もない。

「寮長にも他の方々にも、会話の内容までは聞こえませんよ。すると今のこの状況は、どのように見えると思います?」
「どのように、というと?」
「大人である侍女と次期聖女のエウラリア様がなにやら高尚な話をして、ついていけないリディア様が逆ギレしているように見えるはずです」

 理不尽な話だが実際、周囲の女子たちに不審がられている様子はない。だからといって少し不用心すぎはしないだろうか。

「でもリディア様の言うとおり、人目をもっと警戒したほうが良いですわね。すみません普通に黒鴉智亜くろあちあとして斑賀はんがさんと話したくなってしまって」

 エウラリアの方は素直に謝ってくれた。彼女は普段はしっかりしているのだけれど、エレナと普通のオタ友として話したい欲求を抑えられないらしい。ずっと黒鴉智亜としての自分を抑えて孤独に生きてきた彼女には同情するが、他人の目には気をつけて欲しい。

「そういうのは、わたくしの部屋でやってくださいな」
「はい……以後気をつけますわ」

 キコたちの方は。相変わらず練習に没頭していた。周囲の女子たちからは黄色い声援が飛んでいるが、気にしている様子もない。

「そうですアルフォンソ様。ファーントしたらシャンジェマンです」
「さすがはフランシスコ様、何を言ってるかわかりませんわ」

 それは褒めてるのか? とリディアが女子たちの称賛に疑問を感じていると、一人の男子生徒がキコたちに近づいてきた。

「やあキコ。女子が騒いでるから多分キミだろうと思って来てみたよ。なんか、キミの主家の親戚にあたる後輩のフェンシング指導をしてるらしいと聞いたものでね」

 その口ぶりからキコの同級生と思われるその男子は、一人の女生徒を伴っていた。よく見ればその女子は、先日リディアといさかいを起こしたアルボス家の令嬢だ。

「はいテオバルドさん。お嬢様に頼まれたもので。指導とは言っても私も得意ではないので、互いに切磋琢磨している側面もありますが」
「エチェバルリア家のお嬢様、ねえ。うちの妹が、そのお嬢様に大変お世話になったらしいんだけど、ご挨拶させてもらえないかな」

 テオバルドと呼ばれた男子は、そう言ってかたわらの女子を見やる。おそらく彼はアルボス家の令嬢の兄なのだろう。

「お嬢様に挨拶、ですか。でも私から取り次ぐというわけには……」
「ご挨拶程度なら誰に取り次いでもらうまでもなく、直接お越しいただいてもよろしいのに」

 テオバルドたちの表情からおそらくリディアたちと良好な関係ではないのだと察したキコが取り次ぎを拒んでいるのを見かねて、リディアが自分から進み出る。

「おやおやエチェバルリア家のご息女閣下。俺はアルボス侯爵家長男のテオバルドと申します。妹がお世話になったそうで」

 慇懃無礼な表情で挨拶をするテオバルドに、リディアはカーテシーで応じる。

「エチェバルリア公爵家の長女リディアです。ええ、お世話いたしましたわ。カフェテリアでお残しをする時のマナーをご存じなかったようですので」

 テオバルドは少しイラッとした表情をする。

「……妹から聞いたとおりのかたですね。人を不愉快にさせる天才だ」
「貴族たるもの、人を楽しませるすべは幼少の頃より教え込まれておりますので、その逆を行えば不愉快にさせるのは簡単ですわね。礼儀を教えてさしあげた話でなぜご機嫌を害されたのかはわかりませんけれど」

 皮肉の応酬に、キコがあわあわしはじめる。あまりテオバルドと衝突するとキコの心労が増えるので気の毒だが、ここで引いたらそれはそれでエチェバルリアの関係者がアルボス家の兄妹にあなどられる。

「礼儀礼儀とうるさいですが、他人の礼儀をどうこう言えるほどご自分は立派なのですかね? 平民の娘と馴れ合う風変わりなご令嬢だと聞き及んでいますが」
「わたくしの礼儀がなっていなかろうが、平民と馴れ合っていようが、お残しのマナーについてはわたくしが正しいことに変わりはありませんわ。どんな人物からの指摘であろうと、それが正しいならば受け入れるべきではなくて?」

 際限のない言い争いを続けていると、キコが口を挟んだ。

「そうだテオバルドさん。よかったら、一戦お手合わせお願いできませんか。わたくし自身もですけれど、こちらのお二人にも、そろそろ上手なかたとの軽い実戦を経験していただきたいと思っていた頃ですので」

 リディアとテオバルドに言い争いをさせていると埒が明かないので、フェンシングでひと試合して負けてあげることで、テオバルドの自尊心を満足させて事態をおさめようというのだろう。結局キコに気を使わせてしまって申し訳ないが、確かにそれが一番いいような気がする。

「良いだろう。三ポイント先取くらいの短い形式でやろうじゃないか。まずはキコ。キミがかかって来たまえ」

 テオバルドは剣を持参していなかったのでとりあえずダミアンの剣を借り、試合が始まった。テオバルドがお手並み拝見とばかりに軽く突きを繰り出すと、キコは巧みにそれを払う。

「やはりキコは技術はあるな。だがキミの弱点は」

 テオバルドはわざとすきをつくってキコの突きを誘導すると、その剣先を力いっぱい横薙ぎにする。
 剣を取り落しそうになるくらい強く弾かれたことで、キコの身体ががら空きになる。テオバルドはそこに素早く突きを入れる。

「強引に力で押されると抵抗しきれないところだ」

 キコが相手に先制点を許したことで、見ていた女子たちからため息が漏れる。そんな周囲の反応すら、テオバルドは楽しんでいるように見えた。
 結果は三-0でテオバルドの圧勝だった。キコ自身が負けるつもりだったせいもあるのだが、彼の性格からすれば負けるにしても一ポイントくらいは取ろうとするはずだが、それができないくらい相手の実力が上だったのだ。
 第二戦はアルフォンソがテオバルドの相手をつとめた。気弱な性格に似合わず腕力はわりとあるアルフォンソは、キコのように力で押し負けることは少なかったものの、技術的につたなすぎてやはりポイントを取れずに完敗した。
 キコは腕力において、アルフォンソは技術において、力の強さと技術力の両方を兼ね備えているテオバルドには勝てない。ましてや第三戦の相手であるダミアンはそのどちらもないのだから、彼もポイントを取れぬまま負けるだろうがそれでいい。テオバルドが勝利して良い気分になって満足してくれればこの場はおさまる。そうリディアは思っていたのだが。

始めアレ!」

 審判を務めるキコの号令で第三戦が始まると、いきなりダミアンの突きが決まった。

「い、今のは開始前から動いてなかったか?」

 テオバルドがそう抗議するが、キコは首を横にふる。確かにリディアから見ても、ダミアンが開始の合図より前に動いていたようには見えなかった。テオバルド自身も無理筋だと感じたのか、それ以上食い下がりはしなかった。
 その後の試合展開は意外なものだった。テオバルドもいきなり先制点を取られて動揺したのかも知れない。ダミアンの素人ならではの予測不能な目茶苦茶な攻めに翻弄され、ポイントは二-二となった。

「ダ、ダミアンさん!?」

 ダミアンが勝ってしまうとキコの気遣いが無駄になってしまうので、リディアはダミアンに「空気読め」とアイコンタクトを送る。

「リディア様……? ああ、大丈夫です。頑張りますから!」

 だめだこの駄犬わかってない。
 そしてしばらく戦闘が続いた後、ついにダミアンの剣先がテオバルドの鎖骨のあたりを捉え、試合はダミアンの勝利で幕を閉じた。

「ま、まあ、試合はどちらが勝つかわからないからこそ面白いものですから……」

 キコが曖昧な笑顔を浮かべてそんな事を言う。露骨にテオバルドをフォローするのも失礼にあたるので、何を言えばよいかわからないといった様子だ。

「うるさい! いい気にならないでもらいたい!」

 もちろんキコはいい気になどなっていない。ダミアンのまさかの勝利にリディアでさえまずいことになったと焦っているのだ。キコはもっと困惑しているだろう。

「……来月のフェンシング大会で、正式に勝敗をつけようじゃないか。大会ではベスト十六以上に勝ち進んだ選手は、順位決定戦ではっきりと順位がつけられる。俺はベスト十六以上に勝ち残る自信はあるから、キミ達のうちのだれか一人でも俺よりも上の順位になったらキミたちの勝ちということにしよう。もちろん直接試合が組まれれば、もっとはっきり決着がつけられるな」

 そう言い残して、テオバルドは去っていった。その妹も後を追って立ち去る。

「なんか、勝負することになっちゃいましたね」

 元凶のダミアンが、いまいち状況を理解していない表情でそう呟いた。
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