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第三章 王子の秘密
公女と王子
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月も改まり、少しずつフェンシング大会の日が近づいてきたある日の放課後。ローゼは薔薇園を散策していた。
庭園の奥の方からかすかに、金属の打ち合わさる音がするのに気づいてそちらの方へと歩みを進めると、最奥部のひらけた場所で、フェンシングの練習をしている男性がいた。
エルネスト王子だ。執事を相手に剣を交えている。
「エリオ、もう一試合やろうじゃないか。今日は試合形式の練習を徹底したい」
ひと区切りついたころ、エルネストは執事にそう声をかけた。
「よろしゅうございますが、わたくしとばかり試合をしていても、多様な相手に対応できるようにはなりませんよ。他の学生とも練習試合を組まれたら良いのではありませんか。特に手練れの方。具体的にはラエルテス様やテオバルド様ですね。一年生の中ではフェルナンド様もお強いと聞きます」
「彼らには、手の内を見せたくない」
その時エルネストはようやくローゼに気づいたようで、ばつが悪そうに彼女の方に目をやった。
「練習熱心ですわね」
「今日はたまたまだよ。女子たちが群がってきてうっとおしいからあまり練習していない。人目につかなそうな良い練習場を見つけたので、まったく練習しないのもまずいと思って肩慣らしをしただけだ」
それが嘘であろうことはローゼにもわかった。さっき彼は「今日は」試合形式の練習をすると言っていた。つまりは、普段は試合形式でない練習をしているわけだ。
「ふふっ。確かに、邪魔の入らない良いところですね。他の男子にも教えて差し上げたら? フランシスコさんたち、あまりにもたくさんの女子たちが見に来るので閉口なさっておりましたよ」
「二年生のハビリス先輩か。他の男子にこんな良い場所を教えたくないし、ましてやハビリス先輩に教えたら、ここも女子に嗅ぎつけられて台無しになってしまう」
その答えを聞いて、ローゼは苦笑いする。確かにキコの女子人気は王子であるエルネスト以上だから、彼がここで練習し始めたら、早晩ここも女子たちに気づかれてしまうだろう。
「フランシスコ様はともかく、親しいご学友には教えてはどうですか。一緒に練習すれば殿下の腕も向上しますし」
執事のエリオもそう口を出すが、エルネストは首を横に振る。
「親しくてもライバルだ。こんな良い場所は教えられない。だいたい、ラエルテス先輩くらい上手い人じゃないと、実力が違いすぎて私の練習にはならない」
「上手な方には手の内を見せたくない、上手でない方とは実力が違うから練習にならない、そう言って殿下は、いつもお一人で練習なさっているのですね」
ローゼがそう言うと、エルネストは「人を孤独みたいに言うな」とちょっと怒った様子で言う。
「孤独で何が悪いのでしょうか」
そうローゼが返すと、エルネストは虚をつかれたような表情になる。
「わたくしだって孤独ですわ。学園に来るまで、乳母のルイーゼ以外の誰とも会話をいたしませんでしたもの」
「さすがに、そのレベルの孤独と一緒にされたら困る」
反論しようとするエルネストをなかば遮るように、ローゼは続ける。
「孤独だから良いとか悪いではなく、いろいろな方がいる。それでいいのではないでしょうか? 誰にも知られずにこうして努力を重ねている王子殿下は素敵だと思いますし、どなたにも優しく接して女子たちから人気のあるフランシスコ様も優れたお方だと思います。人それぞれで良いのですわ」
エルネストは小さな声で「努力などしていないというのに」と呟きながら、エリオの方へ向き直り、練習を再開する。だがどうしても集中できないようで、次々にエリオにポイントを取られていく。
「いつまでそこにいるつもりだ」
不機嫌そうに、エルネストはローゼにそう突っかかる。ローゼは邪険にされても一向に気にしないという風に微笑む。
「婚約者の頑張る姿を応援していたいだけですのに」
「その婚約者が見ないで欲しいと言っているんだ」
少しイライラした様子でエルネストが言うと、エリオが横から口を挟む。
「ヴィルデローゼ殿下。エルネスト殿下は内気な性格でして、あけすけな好意に慣れていないのです。そっとしておいていただけますと幸いです」
「エリオッ!」
フォローしているのか皮肉を言っているのかわからないエリオを、エルネストは一喝する。ローゼはエルネストがなぜ怒っているのかはわからないが、とりあえず承諾することにした。
「見られているのがお嫌でしたら、わたくしはそこの薔薇を見ていることに致しますわ」
そう言ってローゼは、傍らにある薔薇の方へ歩み寄っていく。
「そうじゃなく、邪魔だからどこかへ行けと言っているんだ」
「見ていないのですから良いでしょう? 薔薇園は学園の全員に広く開放されているものですよ? この国を統べる国王陛下ならともかく、王子殿下が独り占めしてよいものではありませんわ」
「……っ!」
言い返す言葉が見つからず、エルネストは仕方なしに練習を再開する。そんなエルネストを尻目に、ローゼは薔薇の鑑賞をはじめる。
薔薇はローゼンブルク公国の名産の一つでもあったから、ローゼも薔薇には詳しい。
「あら、この薔薇、野いばらですわね。しかも園芸に向かないタイプの……」
最奥部にあたるその一角のなかでも一番の突きあたり、学園と外との外壁に近いあたりに植えられた薔薇を見て、ローゼはそう独りごちた。野いばらにもいくつか変種があったりするが、そこに植わっているのはローゼが見た中でもひときわ棘が鋭く、園芸には向いていないものに見える。そんな薔薇が二本だけ、いかにも観賞用といった品種の薔薇たちにまぎれて寄り添うように茂っている。
「君よ知るや その庭の奥
密やかに咲く 野生の薔薇を
姫様を守る 兵のように
左右を固める 棘鋭き枝
鋏持つ園丁は 野薔薇の姫を摘み取ろうとする」
好きだった子守唄を思い出し、あれは野薔薇の姫を守る兵なのかな、とローゼは思った。
庭園の奥の方からかすかに、金属の打ち合わさる音がするのに気づいてそちらの方へと歩みを進めると、最奥部のひらけた場所で、フェンシングの練習をしている男性がいた。
エルネスト王子だ。執事を相手に剣を交えている。
「エリオ、もう一試合やろうじゃないか。今日は試合形式の練習を徹底したい」
ひと区切りついたころ、エルネストは執事にそう声をかけた。
「よろしゅうございますが、わたくしとばかり試合をしていても、多様な相手に対応できるようにはなりませんよ。他の学生とも練習試合を組まれたら良いのではありませんか。特に手練れの方。具体的にはラエルテス様やテオバルド様ですね。一年生の中ではフェルナンド様もお強いと聞きます」
「彼らには、手の内を見せたくない」
その時エルネストはようやくローゼに気づいたようで、ばつが悪そうに彼女の方に目をやった。
「練習熱心ですわね」
「今日はたまたまだよ。女子たちが群がってきてうっとおしいからあまり練習していない。人目につかなそうな良い練習場を見つけたので、まったく練習しないのもまずいと思って肩慣らしをしただけだ」
それが嘘であろうことはローゼにもわかった。さっき彼は「今日は」試合形式の練習をすると言っていた。つまりは、普段は試合形式でない練習をしているわけだ。
「ふふっ。確かに、邪魔の入らない良いところですね。他の男子にも教えて差し上げたら? フランシスコさんたち、あまりにもたくさんの女子たちが見に来るので閉口なさっておりましたよ」
「二年生のハビリス先輩か。他の男子にこんな良い場所を教えたくないし、ましてやハビリス先輩に教えたら、ここも女子に嗅ぎつけられて台無しになってしまう」
その答えを聞いて、ローゼは苦笑いする。確かにキコの女子人気は王子であるエルネスト以上だから、彼がここで練習し始めたら、早晩ここも女子たちに気づかれてしまうだろう。
「フランシスコ様はともかく、親しいご学友には教えてはどうですか。一緒に練習すれば殿下の腕も向上しますし」
執事のエリオもそう口を出すが、エルネストは首を横に振る。
「親しくてもライバルだ。こんな良い場所は教えられない。だいたい、ラエルテス先輩くらい上手い人じゃないと、実力が違いすぎて私の練習にはならない」
「上手な方には手の内を見せたくない、上手でない方とは実力が違うから練習にならない、そう言って殿下は、いつもお一人で練習なさっているのですね」
ローゼがそう言うと、エルネストは「人を孤独みたいに言うな」とちょっと怒った様子で言う。
「孤独で何が悪いのでしょうか」
そうローゼが返すと、エルネストは虚をつかれたような表情になる。
「わたくしだって孤独ですわ。学園に来るまで、乳母のルイーゼ以外の誰とも会話をいたしませんでしたもの」
「さすがに、そのレベルの孤独と一緒にされたら困る」
反論しようとするエルネストをなかば遮るように、ローゼは続ける。
「孤独だから良いとか悪いではなく、いろいろな方がいる。それでいいのではないでしょうか? 誰にも知られずにこうして努力を重ねている王子殿下は素敵だと思いますし、どなたにも優しく接して女子たちから人気のあるフランシスコ様も優れたお方だと思います。人それぞれで良いのですわ」
エルネストは小さな声で「努力などしていないというのに」と呟きながら、エリオの方へ向き直り、練習を再開する。だがどうしても集中できないようで、次々にエリオにポイントを取られていく。
「いつまでそこにいるつもりだ」
不機嫌そうに、エルネストはローゼにそう突っかかる。ローゼは邪険にされても一向に気にしないという風に微笑む。
「婚約者の頑張る姿を応援していたいだけですのに」
「その婚約者が見ないで欲しいと言っているんだ」
少しイライラした様子でエルネストが言うと、エリオが横から口を挟む。
「ヴィルデローゼ殿下。エルネスト殿下は内気な性格でして、あけすけな好意に慣れていないのです。そっとしておいていただけますと幸いです」
「エリオッ!」
フォローしているのか皮肉を言っているのかわからないエリオを、エルネストは一喝する。ローゼはエルネストがなぜ怒っているのかはわからないが、とりあえず承諾することにした。
「見られているのがお嫌でしたら、わたくしはそこの薔薇を見ていることに致しますわ」
そう言ってローゼは、傍らにある薔薇の方へ歩み寄っていく。
「そうじゃなく、邪魔だからどこかへ行けと言っているんだ」
「見ていないのですから良いでしょう? 薔薇園は学園の全員に広く開放されているものですよ? この国を統べる国王陛下ならともかく、王子殿下が独り占めしてよいものではありませんわ」
「……っ!」
言い返す言葉が見つからず、エルネストは仕方なしに練習を再開する。そんなエルネストを尻目に、ローゼは薔薇の鑑賞をはじめる。
薔薇はローゼンブルク公国の名産の一つでもあったから、ローゼも薔薇には詳しい。
「あら、この薔薇、野いばらですわね。しかも園芸に向かないタイプの……」
最奥部にあたるその一角のなかでも一番の突きあたり、学園と外との外壁に近いあたりに植えられた薔薇を見て、ローゼはそう独りごちた。野いばらにもいくつか変種があったりするが、そこに植わっているのはローゼが見た中でもひときわ棘が鋭く、園芸には向いていないものに見える。そんな薔薇が二本だけ、いかにも観賞用といった品種の薔薇たちにまぎれて寄り添うように茂っている。
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姫様を守る 兵のように
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