ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

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第三章 王子の秘密

ミリアム

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 フェンシング大会の本番も差し迫ったある日の昼休み。カフェテリアで昼食を済ませた後も午後の授業まではまだ時間があったので、リディアとその取り巻きたちは女子Aの教室で集まっておしゃべりをしていた。最前列中央のあたりに取り巻きたちの席がかたまっているので、リディアもその辺りにある他の生徒の席を借りて座っている。

「困りましたわ」

 何やら細かい文字が書かれた紙を見ながらそうひとりごちたのは、最近リディアの取り巻きに加わった男爵令嬢ミリアム・カノだった。カノ男爵家はとても新しい家柄で、王都の商家に生まれたミリアムの曾祖父が魔力を持っていたため爵位を得たことに端を発する。魔力を持つ平民に与えられる爵位は一代限りで世襲されないが、貴族階級の配偶者を迎えた場合は子供も魔力を持つ可能性は高くなる。そうやって三代連続で魔力を持っていた場合、その家は世襲貴族として認められる。カノ家は、ミリアムの父親である現当主からやっと世襲貴族と認められた新興貴族だった。商家だった頃の名残で、王都の服飾店『カノ商会』の経営権は今も男爵家が持っている。
 ミリアムはそんな出自に似つかわしい、好奇心旺盛で行動力ある少女だった。

「ミリアム、何を困っているんですの?」

 リディアが問うと、ミリアムはその質問にすぐには答えず、逆に質問を返した。

「わたくしが新聞部に所属しているのはご存知でしょう?」
「ああ、前におっしゃっていましたわね」

 学園にはいくつかの部活動が存在する。とは言っても生徒たちはなんらかの部活に所属しなければならないというような義務はなく、リディアもその取り巻きの多くもなんの部活にも入っていない。
 ちなみに各部活は社交ダンス部を除いて男女別々で活動しており、たとえば男子新聞部というものもあるのかも知れないが、女子の新聞部と一緒に活動することはない。
 ミリアムは、その女子新聞部に所属していた。

「伝統的に新聞部は、学園で大会などが催されると、複数の注目選手の全試合を取材して、校舎前の掲示板に貼る壁新聞を随時更新するのですけれど、今回のフェンシング大会には優勝候補と目される注目選手が四人おりまして」

 ミリアムは、注目選手一人ひとりについて説明した。
 一人目は、三年生のラエルテス。北方帝国の宮中伯の息子で、前回大会の優勝者だ。リディアも以前、彼とフェルナンドの試合を目撃したが、確かに相当な実力だった。
 二人目は、二年生のテオバルド。リディアと絶賛対立中のアルボス家の令嬢の兄にあたる。前回大会では一年生ながら三位入賞を果たした実力者だそうだ。
 三人目は、一年生のエルネスト王子。何をやっても平均以上という文武両道に優れた王子だが、とりわけフェンシングの腕は一流だそうだ。
 四人目は、こちらも一年生のフェルナンド。『白騎士』の異名で呼ばれる新進気鋭の実力者だ。

「今朝、当日のトーナメント表とタイムテーブルが発表されまして、新聞部としてはこの四人は是非とも全試合を取材したいので、彼らが勝ち進んだ場合に出ることになる試合の時間を書き写して来たのですが、それぞれの方の試合時間が結構かち合うのですわ。新聞部のメンバーだけでは全員を追いきれません」

 そう言ってミリアムは、はぁ、と大きくため息をついた。

「ちなみに、新聞部員は何名いらっしゃるんですの?」
「わたくしと部長の二人しかおりませんの。部長はずっと部室にいて、部員が書いてきた記事を元に新聞を作る役目ですので、わたくし一人で全員の試合を回ることになります。組分けで四人とも同じブロックになってくれればなんとか一人で回れますので、今日の組分け発表に一縷いちるの望みをかけていたのですが……」

 ミリアムは、自分が見ていた紙をリディアたちに見せる。

「ラエルテス様とテオバルド様は同じBブロックなので一人で回れますが、Aブロックのエルネスト殿下とCブロックのフェルナンド様は無理ですわ。手伝って下さる方をお二人ほど見つけなければ」

 リディアはチャンスだ、と思った。この件をうまく利用すれば、クロエと一緒にエルネストとフェルナンドの試合を見て回る口実が作れる。

「わたくしがお手伝い致しますわ。まずフェルナンド様の一試合目を観たあと、Aブロックへ移動して殿下の試合も観戦して、第二回戦もお二人の試合時間は開きがありますからこう回って、それからこう移動して……、こんな風に回れば、お二人の全試合を観ることは可能ですわ」

 リディアは二人が順当に勝ち上がった場合の全試合の回り方を示す。そのルートは、現在エレナに暗記させられている『チェンジ☆リングス』のゲーム内イベントをすべて回るためにルートとほぼ重なる。

「確かに回るだけなら可能ですけれど、第四回戦あたりがかなりギリギリじゃありません? 観るだけでなく記事を書いて部室まで届けなくてはならないことを考えると間に合いませんわ」
「観戦しながら記事を書いて、届けるのはエレナにお願いすればなんとかなりますわ」
「新聞記事なんて書いたことのないリディア様が、そんなに手際よく記事をかけますかしら。せめて、記事を書きなれているミリアムが殿下とフェルナンド様を担当して、リディア様はラエルテス様とテオバルド様を担当なさっては」
「フェルナンド様はわたくしが担当しますわ。グアハルド家とは家族ぐるみのお付き合いですので」

 取り巻き達から次々と問題点が指摘されるが、リディアは一つひとつ反論していく。リディアがフェルナンドに特別な想いを寄せていることは取り巻き達にはバレているから、かたくなにフェルナンドの試合を観戦したがることに違和感を持たれたりはしない。
 ただし違和感を持たれないというのは、異論が出ないということではない。

「リディア様。困っているミリアムを助けるのは良いことだと思いますが、キコ――いえフランシスコ様たちはわたくし達の揉め事に巻き込まれて勝負をする羽目になっているんですよ。わたくし達にはフランシスコ様たちを応援する義務がありますわ」

 フェリシアの言い分に、リディアは頷く。

「そうですわね。わたくし達と言うより、わたくし一人が勝手にアルボス家の令嬢と揉めたのですわ。そんなことに巻き込んでおいて応援もしないのでは、フランシスコさんから恨まれても文句は言えませんわ。ですがそれでも、わたくしはミリアムのお手伝いをしたいのです。フランシスコさん達の応援はフェリシアたちにお願いできますか?」

 フェリシアはしばらくの間考える様子を見せた後、諦めた様に言った。

「リディア様は目茶苦茶なことを言う方ですけれど、自分で目茶苦茶だと分かっていても押し通そうとするときは、大抵なにか正当な理由があるときですわ。わかりました。フランシスコ様たちはわたくしが心を込めて応援致しますから、リディア様はミリアムのお手伝いをお願い致します」
「ありがとうフェリシア。わたくしが薄情にも応援に行かない代わりにあなたが応援してあげたら、フランシスコさんは将来わたくしではなくあなたの執事になりたいと言い出すかもしれませんわね」

 リディアが自分のわがままのフォローをしてくれるフェリシアへのリップサービスのつもりでそう言うと、フェリシアは顔を真っ赤にして慌てはじめた。

「そ、そそそそんな。フランシスコ様がわたくしの執事だなんて! キコ様がわたくしのそばに生涯仕えるだなんて、そんな、そんな夢みたいなことがあるわけが、……キコ様がキコ様がキコ様が……」

 相変わらずフェリシアはキコのことになると余裕がなくなるな、とリディアは思った。
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