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『──午後8時すぎ、興和きょうわの進化するニホントウ剣展覧会で特別指定国宝剣である七支刀しちしとうが盗難の被害に遭いました。防犯カメラには犯人と見られる女────』


「まじかよお! 他の狙えよ犯人さぁん、剣としての価値ないでしょ」

すっきりしない長さの黒髪はそう言うと、手に持っていたプレーンなドーナツを口に頬張り苦めのコーヒーで流し込んだ。

「わざわざ笑えるな、いってきまーす」

って父さんは海外出張でいないけどね。母ちゃん? とうの昔に消えた★。
ガチャリとドアを開けて、ちゃんと鍵は閉めた。
威厳のある黒い門を開けてさぁ出発だ。ちゃんと閉めた。

高校の入学式ってやつ。4月からこの宴陣えんじん学園の生徒となる俺、可黒美玲かぐろみれい

慣れない臙脂えんじ色の学ランを来て初登校だ。この色嫌いじゃない。

『みれーーーー!』

こいつは訳あってつるんでる虎白子春こはくこはる。いつもショートカットの黒髪の元気のあり余っているやつ。

「大変だよタイヘン!」

「なんで」

「昨日のニホントウ展覧会、私が誘ったやつ!!」

「あぁ七枝刀を盗んだ変人のことか、笑えるよなぁ!」

「そーそーじゃなくて」

「ミレーが来なかったから!! 私帰っちゃってもうさいあく」

「なんでさいあく」

「だってそんなの見たいじゃん! もうないじゃん!」

「何言ってんだ、一般人が事件に巻き込まれなくて良かったよ。俺のファインプレイだったな!」

「もうー、またそうやって。それに私は一般人じゃないし」

「刀に斬られて終わり! 一般人でしたぁ!」

「斬られないってばー!」

ズバリと虚空を切り裂き、笑う。
急に街路を駆けていった少年を追いかける少女。

この時代に刀なんて見てもなぁ分かった気になるだけなんだよね。俺が実際に振る機会なんてないんだし。でもちょっとすっぽかすなんて悪いことしたか? ……いや俺は、ふつうに、生きてみせるぞ。

「入学式たのしみだねぇ」

「いやぜんぜん」

「え、なんでえ!!」

「なんでも」

「なにそれ! また友達できないよ」

「うるせ。俺と友達になれる権利は安くないんで」

「またそんなことー」

「あ、そだオカルト探偵部は? やるんでしょまた!」

「やるかよ」

「ええなんでぇ!!」

「なんでもっ! ダサいし」

「ええ!? ダサくないってええミレーがいないと────」

駆けていく少年少女、爽やかな春のカゼに乗って────────。



▼▼▼
▽▽▽



『そしてえある第1位、今日の無双さんは蟹座のあな──ピッ──』

「そうだ、昼飯はどうしよう?」

脳内2択発動!

サンドイッチか焼きおにぎり。

フツウに考えて焼きおにぎりはないな。うまいけど、旨いけどね。今までの人生で教室に焼きおにぎりを積極的に持って来てるヤツいた? 俺が見逃していただけでしょうか……。女子ウケも悪そうだ。サンドイッチで決ーまり。

冷蔵庫から取り出したサンドイッチをタダでため込んでいたビニール袋に入れ包み、黒いリュックにふわっと詰めた。

テレビは消した、窓も閉めた、背負ってオーケー。今日も行くぞ!!

ガチャリ。

初々しく華々しい入学式も終わり。

春、まだまだ新しい風が彼のその黒い髪をなびかせて。
街路を歩くいつものふたりは。

「ねぇ、オカルト探偵部作っていいかな? ミレー?」

「……」

なにかすごく運命の選択を迫られている気がする……。

「しらね」

ぽーんと置いた一言。

可黒美玲は一気に全力疾走した。

「ええ!? しらないことないってばーー!」

不意のことで置き去りにされたコハルは、ぼさぼさと風になびく彼の黒髪を慌てて追って行った。

これが、イエスもはいもないベストアンサー!

若さに任せて走って来た身は学校の前にもうたどり着いた。

威厳のある校門を抜けて、さぁ可黒美玲出陣だ。

「じゃなー子春」

「え! うん、またねミレー!」

別クラスになった子春に手を振り。

駆けていく。駆けていく。

新天地、新たな仲間、友。

そしてか、か、彼女も。

古井戸で宴陣学園でフツウの生活ってやつを見つけられる気がする。

俺はここで……。

ラヴして恋して生きてゆくんだ!!


玄関口。靴を木枠の下駄箱に脱ぎ入れ用意していたゲタに履き替える。

入学式にもらった宴陣学園のいろは、というピンクがかった安っぽい紙の表紙の薄い書物。こんなしょぼいものいーらね! と読まずにゴミ箱にぶち込む男子もいるだろうけど俺は違う。フツウを目指している俺は違う。

例えばこれ。ただの白い上履き、なぜか上履きと呼ばずにゲタと呼ぶように義務付けられている。上履きよりゲタの方がかっこいいかららしい。そうだねフツウだよね! かっこいいし。

学園マップはいろはで確認済み。

1年生は一階、2年生は二階、3年生は三階が教室らしい。職員室と保健室は四階にある。その上にいるのはきっと神様ね。

んー不便過ぎませんこの配置。保健室なんて普通一階でしょ、バカな……おっとっと口悪いなー俺の口。

あと驚いたのは格技室、なんとむかえにある旧校舎をすべて格技室に改造してあるみたいだ。風呂やシャワー個室もある。すごい熱量だ、これは何か俺も運動部に入らないとフツウじゃないよな。

文武両道というけど。

学問と武芸の場が、完全に分けられているのは良いことじゃないの? 豪華感心。

そして宴陣学園。名前の由来は不明らしい。……ダメでしょ。いきなり新入生の頭に謎を残さないで。ここは読んで損した!

「…………教室へ向かおう」

可黒美玲は履き替えたまっさらなゲタで歩いて行く。
緑色の廊下には臙脂えんじ色の学ラン姿がよく映える。

1番のラッキーは子春と別のクラスになれたことだろう。

1年B組。クラスのやつらの顔はまだまだ覚えられていない。……前の席の金髪ドリルだけは覚えている。後で先生にこっそり席替えを願い出たいと思っている。先生、ドリルが邪魔で前が見えませーん! ……なんて学園生活は絶対フツウじゃない。目指せフツウ。

使い込まれた白の扉を横にそっと引き開け、はじまったようだ可黒美玲の学園生活が。



「B組のクラス委員長は別所透蘭べっしょトーランさんに決まりました。皆さん拍手!」

ぱちぱちぱちぱち。

ぱちぱちぱ……だよね。委員長はドリルと相場が決まっている。むしろドリルさんじゃなかったらキレてたよ? いいぞいいぞーフツウ。

「では次に副委員長を決めたいと思います。だれかやりたい方!」

メガネの地味目な女性教師が教壇に立っている。
俺のクラスの担任だ。背が意外にも割に高く、唇がちょっとエロい。総合評価は70点フツウだ。

しーーん。

静寂。

教室の窓から射し込んでいる陽射しがその場の主役になっていた。

新入生新学期、1年B組31人。もっと賑やかな雰囲気仲の良い地元グループでひそひそ話のひとつでも、陽気なお調子者が騒いで先生に注意されたり。

おいなんだこの少しやる気のないクラスは……。ドリルとの落差がすげぇぞおい。
どうしたっていうんだい。

「だれか絶対に良い経け」

「ちょっとこの私に恥をかかせる気!!」

突如。

金髪ドリルの髪が美しい、別所透蘭がガッと椅子を弾き立ち上がって圧のある高貴な声を発した。
教室の隅から住みな響く彼女の一声で静寂は切り裂かれ、少し騒つく教室はまた新たな緊張感のある静寂を作り出した。

教壇に立っている担任の女性教師はびくっと驚きその平均点はあった教師としての威厳を失っている。
彼女に逆らえる者はこの教室には存在しないことがうかがえる。

びっくりした……。そうだそうだ、怒って当然だ。俺でもきっと怒るさ、なんだよお前らいるだろやりたいメガネキャラとかさぁ!

近寄り難いドリルさんの補佐とかイヤだぞ俺はフツウでいいんだ、だれか……やるよね?

美しい金髪のふわっとしたドリルが優雅に揺れた。
彼女はキラキラと眩しく振り返り。

「あなたやりなさい」

圧のある鋭い目付きのパープルの瞳にすぐ後ろ席の可黒美玲の姿は捉えられていた。
初めて目が合う彼女と、

「ええ!? っと、イヤ俺はフツウに部活が……」

「弱そうなのにどこに?」

「よ、よわそう……」

ヤダー、ゼッタイヤダー!!

……ここは……。


きっぱり断るか……いやそれとも。

ここは……ここは……!!

「ハーッハッハッハッ!!」

「!? ちょっと!? いきなりどうしたの??」

突然もトツゼン、狂ったように笑い出した彼の様子を見て、向かい合っていた別所透蘭は口元の前に右手のひらをみせながらお上品に驚いてしまった。

「じゃんけんコロシアムのじかんダァーーーーーー!!」

静寂の教室が騒つく、完全に彼の独壇場だ。
この空間を支配しているのはまさしくこのハジけた男子生徒。
皆の視線が一気にその男に吸い寄せられていく。
堂々と立ち上がった彼はハジけてやがて冷静に。

「委員長ご安心を。委員長が求めているのは強者!」

「強い補佐!!」

「1年B組、じゃんけんの強いやつを、最強にいてるヤツを決めようではないか」

右手のパーを鼻の柱に置き、左手をチョキ、クロスさせた謎のポーズが決まった。
もはやクラスの視線が可黒美玲、一点に集められる。注目しない者などいない。

「……なるほど一理あるわね」

別所透蘭は、その美しい角度の顎に手をやり、真剣味を含めエレガントな仕草をしている。

(────水産が、ちくわ市場において他のシェアを寄せ付けないのはノウハウ歴史的な優位、運と巡り合わせも……)

「……ん?」

「任せるわ」

彼と向かい合ったパープルの鋭い目は、少し微笑んでいた。
なんともまぁ彼女からそんな微笑みが見られるとは。

「任された!」

その瞳にコクリと頷いた彼。

その後、威厳を少し取り戻した先生を交え彼のペースで話は進み。
黒板には大規模なトーナメント表が組まれた。
本当にじゃんけんコロシアムのじかんが始まってしまうようだ。

この場に悪態をつく馬鹿はいない。1年B組、空気を読むことに長けたクラスのようだ。


出さなきゃいけない──。


「「「「「「じゃんけん!!」」」」」」






残ったのは

こいつと俺とは……。

「じゃんけんコロシアムのじかん、決勝戦は令月れいつきかほりさんと可黒美玲さん、あ! くん!」

オーケー、先生ソレ慣れっこですから。

そんなやさしみの目で先生の顔を見返した彼の顔を見て先生は少し安堵したようだ。

「はぁ……さいあ」「くぅーたのしいぜ!!」

「バカみ」「タイマンってやつはよぉー!!」

ナーァァァ馬鹿かこいつは、空気を読めないのですか。どんなツラ……まぁなかなかやるようだな。

美玲の前にはクールでフツウにかわいい女子がいた。想定通りのクールかわいい声を発していて。黒髪のセミロングにちょいと短い前髪がいいアクセントになっている。

どこに隠れていたんだ……このオーラ、素晴らしい彼女力かのじょチカラだ……。こんな場所で会いたくなかった。
でも負けるわけにはいかない! ちがった、負けさせていただく!

「……あの、じゃあ始めていい……?」
「はぁ……どぞ」

出さなきゃいけない──。


「「じゃんけん」」


よし、脳内2択だ!!

よぉく考えるか反射で行くか。

……ここは……。

相手はザ・フツウにクールかわいい女子。クールキャラと見せかけて根はやさしいのが定番だ、ならばかわいいグーを繰り出してくるはず。さらにタイミングをずらしグーを出させる確率を上げるため通常のじゃんけん速度より1.1倍の速度で勝負だ。

教壇の前、戦いの場、観衆が固唾を飲んで見守る中、向かい合った両者が繰り出した手────。






ぱちぱちぱちと中規模の拍手が起こった。

思ったよりも協調性のあるクラスのようだ。


俺は勝利を掴んだ、そして。


「あなたが最強とはね」
「フンまあいいわ」

別所透蘭はそう言いすてて、身体を前に向き直し席に着いた。

何かを得て、すべてを失った。

1年B組。クラス副委員長、可黒美玲の学園生活はまだまだはじまったばかりだ。








白熱の教室の舞台代わり青い空の下、程々に照らしてくれる太陽の陽射しが心地よい。どこかメンタルをやられたクラス副委員長の可黒美玲は、ヘンに昂った心を落ち着けるため昼食を外で食べることにした。

「この噴水いいなぁ」

宴陣学園のいろはでおさえていた場所だ。
噴水広場という癒しと交流の場がある。なんと2カ所。学園の中心にある大きな噴水広場と旧校舎裏の小さな噴水広場。

今、可黒美玲は小さな噴水広場の方にやって来ていた。
泉の中心にそびえる、少し古びた青緑色の二枚の受け皿を伝って水が流れている穏やかな噴水。

水のやさしく跳ねる音が聞こえる、静寂の空間に響き渡る余韻、すごく穏やかなじかん。

「チッ、くっ、私としたことが……」

「お財布もお弁当も忘れるなんて……! しかもいつも食べている朝食のバナナは腐っていたからァ! 今日はセイロン紅茶だけだ! いつものクセでバナナに含まれる糖分と味のバランスを考えて砂糖も一切入れてないんだぞ! おやつもそうだ! いつもの硬いよく分からん文字で書かれたグミが売ってなくて持って来てないのに! ……ハァハァハァ……ハァ……」

「…………」

プライベートのこだわりがここまで丸聞こえなんですけど……。

青い長髪ストレートのただならぬオーラを放つザ・クールな容姿がいた。
ひとり噴水の側の古い木のベンチですこしうつむきながら座り込み、大ボリュームの念仏を唱え何かに耐えているようだ。

今日はクール属性によく会う日みたいだ。
しかもどちらもルックスが凄く良い。
まぁ、言動は少々おかしい気がするけど……。

「よければこれ」

美玲はいつの間にやら彼女の元へと吸い寄せられるように近付きビニール袋に提げていたサンドイッチを1切れ差し出した。

ゆっくりと上げた綺麗に澄んだ青い目と目が合い。

「君は……これは……いいのか? すまない!」

彼女はそれをバッと掴むように受け取り。そそくさとアルミホイルの包装を破るよう開けた。

「ナッ!?」
「こんな軟弱な食い物はいらん!」

明るい期待の表情から瞬間怒りの形相に変わった彼女。

「チッ、くっ! 余計に腹が……」

クールな彼女はサンドイッチをくしゃくしゃになった銀の包みごと美玲の手に突き返し、腹を少しさすり押さえその場を元気のない足取りで去って行った。

「……サンドイッチに軟弱とかあんの? はむっ」

美玲はパパッと返品された卵とハムとレタスとマーガリンを挟んだ至ってフツウの自家製サンドイッチを食した。

「生よりトースト派だったか……?」

親切の反応を裏切られると少し傷付く。はぁ……。

「はぁ……」

思考からこぼれた溜息と、ひとりベンチの前で立ち尽くす。

『みれーいたーーーー』

聞き覚えのある太陽のような元気な声が耳に届く、タンタンタンッと石畳を蹴る音が駆け寄って来た。

「子春か……」

「どうしたの? 元気ない?」

「ははは……ありがとう……」

俺がぼっちやってないか探しに来てくれたのか。ははは……今は子春のありがたみがよくわかる。

「ソレ、サンドイッチおいしそうー! 私はおにぎり、鮭と鮭とノーマル! 交換しようよ!」

「あぁ……鮭で」

「鮭2つにしといてよかったー! やっぱ鮭はふたつだね!」

ここに、おにぎり(鮭)とサンドイッチ(フツウ)の電撃トレードが成立した。

年季の入った木のベンチに腰掛けた2人は心地よい青空の下、各々ライスとパンをほおばり昼食のじかんを楽しんでいる。

「あ、そだミレー。私ねオカル────」






チャイムが響き渡る。

午後2時15分、クラス委員決めや自己紹介、読書、道徳のかる目の授業は終わり。

もう帰宅の時間。

なんか今日は空回って疲れたな。帰ってさっさと寝たいキブン……。

少し荷が減った黒いリュックを背負いB組の教室を後にした可黒美玲の背を、緑の廊下を蹴る元気な足音がはねている。
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