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54⑮
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建設仮設置中のコンテナアパート地帯。海沿いに並ぶコンテナ群は人の家にもなる快適空間であり家賃も安くなる予定である。耐久性にも優れ手間のかからないメンテナンスを施せばその四角い生活空間は100年は持つと言われている。
コンテナならば旧型であれ当然食材を積み保管出来る、外観はそのままに魔改装されたコンテナ空間であれば植物を育てる適切な温度管理まで。
「よぉ……キンキンに死んでるぞ。このところ横流しのサヤだらけだ……物騒な町だな……」
「カネなら払う。丈夫なサヤと指定した女を寄越せ」
コンテナ内のフツウな生活空間。そこら一帯は全て冴えない顔をした30代この男の所有物となっており。サヤと呼ばれるブツは別のコンテナに保管してあった。
「女は……どれも甲だ。オマエもひっ!? おい臭い匂い!! ヤッた後で生でここに来るなといったろヒロシ」
「ウツワに乗り込んだ断片、一種のバグによると、あなた方ですかこの悪魔武器の発明者は」
男ふたりが密談していたその空間にいつの間にか入り込んでいた裏のバトルマニアの身体。どこかで盗んだ衣服を纏っていたが酷く汚れイヤな悪臭を漂わせていた。
「才原浩志、違うな。誰だ? なんのようだ」
冴えない男とは別の男。黒い外套を纏った背の高い男は古びた木の鞘からゆっくりと刀を抜いた。
「おっとこれは驚きました戦士ですか。そして驚かせてしまいました申し訳ない……争う気はありません私はもう今日はミレーくんで十分なのでふふ」
「ミレー……だと……才原はあの子と運悪く鉢合わせたという事か。お前は」
裏のバトルマニア才原の身体から取り出された黒い脈打つ鉈。
あり得ないそれに驚き腰を抜かし尻餅をついた冴えない男と。
刀をゆったりと構えていた男は訳の分からない侵入者に対し眉間に寄せていた皺をやめ、事態を理解し薄く笑みを浮かべた。
「システムの発明者同士。少しお話をしましょう」
▼▼▼
▽▽▽
一般的な4人部屋ではなく、1人部屋。フツウではない容体の患者が市民病院に運ばれて来て2週間経っていた。
窓から射す自然光が照らし1人の少女が病室のベットで小さなヒーローと悪役たちに囲まれている。
ケイコは子春の足、関節を手でゆっくりと動かしている。活発だった少女がずっと寝続けたままでは運動不足であり、それは酷く良くないからだ。
「やっと混ぜてもらえたらこれか」
「呪われたというのか本当に悪魔に……それとも私が呪われているのか神様に」
コツコツとした足音は止まり白いドアはスライドされ。白衣をなびかせてゆっくりと現れた。
「呪いではありません生きていますよ。夢の中でですね」
「……夢の中? 何を医者がふざけている」
「医者としてですか。そうですね子春さんには感情調整薬を定期的に投与して精神夢電子脳波を安定させています。そしてステロイド、免疫抑制剤。体内の異物に対する拒絶反応にはこれらも容体を診ながら複合的に」
「感情調整薬なんだその怪しい薬は、聞いたこともない」
「ご安心を刑事さん、ちゃんと日本でも認可された薬です、てんかんや躁鬱にも処方されるもので自白剤のような非合法的なものではありません。夢であろうと人の感情とその電気信号を受け取る身体は密接に関わっています軽視はできません。まぁ個人的な研究結果に基づき多少の特別ブレンドはしていますが……例えば、その茶葉を飲み一時高まった感情を身体を通してリラックスさせる事と同じです」
ケイコの飲んでいた棚に置かれた紅茶を指差し示した若い男の医者。
「現実に彼女は夢を見続け笑い泣きながらひとつのウツワに二つのウツワを負いそのバランスの中で生きているということです」
「ごたごた並べられてもな……現実に夢か。夢ならいつ覚める」
「それは分かりません。ですがプロトタイプは夢を見ます、我々と」
突然足音を重ねながらぞろぞろと出てきた看護師たち。彼らはケイコを取り囲むように見守っていた。
「ずいぶんと手厚い看護だ、フフ」
「いつでも見舞いにお越しください、患者この子にとってあなた方は良い薬のようです」
ぞろぞろとした白衣の間をするりするりと抜けて現れた、青黒い長髪を元気に散らして一直線に子春の元へと。
そのミルク色の瞳の女性をケイコはしばし見つめた。大人びた容姿だがるんるんとした雰囲気はどこかの物語の少女のようであり。異様であった。
「ぴぴぴーふふふふ、かわいい寝ちゃってる」
▼▼▼
▽▽▽
時刻は午後7時。まだまだ寒風は古井戸に吹き温かい料理が欲しくなる今日日。
2人がやって来たのは可黒邸。少年がその黒い建物に籠り数週間。このところ外にろくに出ていない彼は、一日のほとんど明かりを消し自室のベッドで布団にくるまっていた。
パチリ。スイッチを探していたウェーブしたホワイトブロンドは、やっと見つけそれを押した。
突然に明かりはつけられ。ドアの方を寝ながら振り向いた乱れた黒髪。
「生サン様です、可黒美玲」
「…………」
「オルゴナイト好き? ヤル」
オルゴナイトの透明三角錐が寝ていた彼に手渡され彼はそれを受動的に手を伸ばし受け取った。
汚い金髪の女は白い袋にごたごたと詰めた見舞い品、黒紫色のケータイを片手に。
「フツウに生きていますが死んだようにしてますね」
『そうか、薬は』
「どうもそういう問題じゃないみたいですね。イヤイヤぼそりと発した本人的には」
『……分かった、あまり長居はするな。人間には他人の善意が鬱陶しいこともある』
「りょうかい」
打ち切られた話、切られた通話。
「わかってるっての」
二つ折りのケータイ画面に一言ぶつけるように発してからソレを勢いよく閉じてポッケに仕舞った。
「はぁ……コイツ美玲に何があったのやら。私は精神科医でもないし占いしかできないって、それも人間なら鬱で占いはほんとにダメだ…………よし、メシだラーメン屋だよろこべ黒柳お姉様のおごりだ美玲!! マジで仮病なら一瞬治していくぞー!!」
「ラーメン屋黒柳、チャーシュー麺!! 可黒美玲イソゲ!!」
「…………」
寝ている男の右手を両手で取り引っ張り出そうとするサン。古井戸のチャーシュー麺はここ最近彼女の大好物になったものなのだった。
▼▼▼
▽▽▽
「可黒美玲、学校行け」
「…………」
「可黒美玲、メシ」
▼
▽
静かに怒りを込めて数度押されたドアチャイム。
「可黒美玲出てきなさい、副委員長が無断欠席なんて1年B組クラス委員長の私が許しませんわ」
「可黒くん、これお見舞い甘いココアとココアサブレクッキー。まだまだ寒いし」
可黒邸の門前に現れた臙脂色の学生服の2人。各々手荷物を引っ提げ、見舞う気満々のようだ。さすがに数週間の休み連絡も取れないとなると不思議に思い様々な可黒美玲という人物に関係ある者が動き出した。
そしてその疑問と怒りと心配に応えてガチャリと元気良く黒い戸を開け出てきた。
「うわ、だれ? かわいい白い」
「友達、ハイレ」
「お姉さんかしら? 可黒美玲はいるのでして?」
「可黒美玲は、この調子」
「友達、メシ」
▼▼▼
▽▽▽
せっかく友達が来てくれたのに可黒美玲は自室から出て来ず一切しゃべらずにいた。
だが、令月かほりの提案により一方的に質問責めするカタチでの会話はなされていた。
男はドアを少し開き、ノックしたサンに手渡し。そろりとまた閉めた。
別所透蘭が仲介役のサンから手にした1枚の紙。
渡された反省文には「美玲は学校には体調がすぐれずしばらく行けないようです。ご飯はいただきましたありがとうございます」というシンプルで丁寧なものであった。
「小芝居出来るぐらいには元気なようね」
「そうなのかな……なんか可黒くんと別人?」
「……どちらであれ、可黒美玲はそこにいます。隠れてはいるけど逃げはしませんわ」
「かおりとーらん、サン様に協力しろ」
「えっと、ダンシングアイドル戦記2……病人のいる隣で」
「かまいませんわ、副委員長のものはクラス委員長のもの! やりますわよサン令月かほり」
専用マットコントローラーが敷かれ爆音を垂れ流しながらゲームはプレイ開始された。
どたどたと重なり響く足音、元気な女子たちの笑い声。暗がりに包まる可黒美玲の耳にとどいたその迷惑行為は約2時間続いた。
そして固く閉ざされていたドアは開き。
「はぁはあこのゲーム……はぁむずかしす……可黒美玲!! やっと出てきたのね!」
「可黒くん……ごめん、起こしちゃった?」
「……トイレ」
▼▼▼
▽▽▽
1年B組の別所透蘭と令月かほり、可黒美玲が特に親しくしていた2人が家に訪れてから数日後。
この日は家には訪問客はおらず自分1人。可黒美玲は、ここ約1ヶ月心に溜め込んだ用事を消化するため久々に古井戸の空気を吸いその場へと向かった。
その子を囲む小さなヒーローたちが増えていた。悪役は逆にその数を減らされており、ここ1ヶ月ヒーローがまだ戦い続けているのがうかがえる。
綺麗な顔で目を瞑り、息をしている。ごたごたとしていた人工呼吸器は外されており、この日の彼女はすやすやと穏やかな気分をしているのが読み取れた。
「虎白子春……夢で出てきたあの子か……」
美玲は、泣き叫んでいた。その先、その先は…………。
「…………」
「おや」
「またいつでも見舞いに来てくださいね」
帽子を深く被り直した可黒美玲。白衣の男に気付き軽く会釈をしそそくさとその場をあとにした。
▼▼▼
▽▽▽
宴陣学園。午後6時30分頃、約束した時間にひっそりと教室に姿を現した可黒美玲。
1年B組の教室。待合の人はそこに既におり、彼のいつもの席へとやさしく促した。
「可黒くん、来てくれたのね。先生何度も連絡は入れたのだけど……」
「すみません」
「何かあったのかな」
「何も」
「何もないで休んでたらその……駄目になるよ」
「…………」
「なんでもいいよその、授業がイヤになったとか。先生も休みがちだったから力になれるかも」
「多空先生が……ですか?」
「うん、ちょっと先生って学生時代あんまり明るくなかったから……落ち込んでて友達に相談してからすこし楽になったんだ」
「なんでも恥ずかしくないよ、先生は……ほら教室の壁だとおもって」
生徒にやさしく微笑む多空光。いつもかけていた眼鏡をいつの間にか外していた。その顔を見つめる可黒美玲。彼女の顔はいつも授業で見せる地味なものとは違い不思議と引き込まれるものがあった。
「……夢を……最近、ずっと同じ夢を見ます……」
生徒はそう鬱々と意味ありげに語りだした。
彼から出てきた言葉に先生は寄り添う。
「えっと……夢? それはなにかいけない……悪夢なのかな?」
「悪夢……わからない……子どもたちと小さな女の子がいて順番に大人たちがそれを囲んで……」
「そう……もっと聞かせてくれるかな。その悪夢にうなされてつらかったのね」
「う……毎日……炎がメラメラ……燃えて大人たちが子どもたちが……はぁはぁ……」
絞り出し思い出すように話し頭を抑え、黒髪をゆっくり掻きむしり息を荒げて机上に沈んでいった。
対面に寄せた机。先生は机に堕ち苦しむ様子の彼をしばし見つめて、席を立った。黒いジャケットにパンツスーツ白いブラウス、毎日が地味だった先生は、その立ち姿、フツウの格好を着こなす素敵な女性になり。
「そう……夢」
「なら先生と同じ」
そろりと涙を左頬に伝わせた宝光がいた。歪んだ銀色のロケットペンダントを握りしめ。電子の荷から薙刀は取り出された。
▼▼▼
▽▽▽
ざりざりと足音は移動し、暗がりの中央に長い木の台は運ばれた。
▼深夜の運動場、宴陣学園▼
そこにぞろぞろと。
集まっていたあやしい黒い外套たち。
「これはうちの生徒ではないのか」
「神の座に相応しいウツワを見つけ出すそれが宴陣学園、我々本来の役割」
「ふふふ役割なんてどうでもいいわ始めましょう」
「先生方の遊びじゃなければいいが」
「神聖な儀式雰囲気を壊さないでください」
「さっそく……これは高濃度の仮称フルイド粒子、これを被験体に飲ませて」
「それはなんだ……」
「この古井戸町に広がる陣のパワーの一部を圧縮して閉じ込めた兵糧丸みたいなところよ」
「そのようなものが……神に背くマッドではないのか」
「古井戸私たちの町のパワー……!」
「栄養剤をマッドというならお手上げ。ふふ、別にあなた抜きでもいいんだけど」
「ナッ!? かせっ!!」
荒々しい口調になった男は詰め寄りそれを保健医から受け取った。
ビー玉ほどの大きさの白。
男は臙脂色の学ランの生徒が眠る木の台へと近づき。
保健医の指示通りに物理的に飲ませ投与してみせた。薄い膜は口内で溶け仮称高濃度フルイド粒子が被験体へと流れ込んでいった。
「何も起きないやはりマッ」
「ああああああああああああ」
眠っていたはずの青年は目をイカれたように見開き腹を反り上げながら絶叫し、一瞬にして黒は赤に染まった。
被験体から噴き出した炎は周囲を呑み込んでいった。火災旋風のように激しく立ちながら辺りを暴走し。
死の苦痛、断末魔、燃える黒い外套。被験体に投与されたフルイド粒子は忘れさせられ眠っていたチカラを刺激してしまい炎となり逆流し運動場を赤く染め上げた。
▼▼▼▼▼▼▼▼
台の上で眠り動かなくなった少女がいた。
それはとてもだいじで
美玲は、俺はッ、泣き叫んで。
彼女をイジメるすべてを燃やした。
そこには大人たちも連れられた子どもたちも
そして俺は子春とヤクソク────
▼▼▼▼▼▼▼▼
「はぁはぁ……ああああああああああァァァァァァ」
起き上がった可黒美玲。苦悶の表情を浮かべながらその光景を目の当たりにし、フラッシュバックする夢と重なり合う絶望が押し寄せ狂い叫ぶしかなかった。
「これはまさか……まさか炎神の、炎!!!! ……ふふふ嘘よすごい!! 実在していたなんて素晴らしいわ!!」
「ハァハァ、ふふふ」
黒い外套の懐から取り出された真っ白な短剣。
「実験成果よ、わたしも神座!!!!」
発光する短剣を握りしめ。白いイバラが右腕に巻きつき刺さりエネルギーパイプ代わりとなり人体を強化していく。黒いフードを脱ぎあらわになった保健医の素顔。金の短い髪を乱しながらひどく興奮し彼へと迫った。
「可黒美玲くんその炎もっともっと私にしらべさ」
彼を無力化するために襲いかかろうとした∀の組織の一員に、かざした手の平。
「うるさいいいいいいいいィィィィ」
一瞬にして黒い炎が呑み込み焼き払った。可黒美玲の中に眠っていたすべての汚れを吐き出すように。
「うわああああああああ」
赤赤と燃え上がる校庭。夜と死、夜に死。見つけられた、見つかってしまった神が座するはずの身体は暴走し古井戸の悪意を燃やした。
本来体内にあったリミッターが外され、ひどく唇を噛むと血は流れる。黒い髪を掻きむしっても終わりはしない、目の前に広がる赤い悪夢から青年は狂い叫び逃げだした。
コンテナならば旧型であれ当然食材を積み保管出来る、外観はそのままに魔改装されたコンテナ空間であれば植物を育てる適切な温度管理まで。
「よぉ……キンキンに死んでるぞ。このところ横流しのサヤだらけだ……物騒な町だな……」
「カネなら払う。丈夫なサヤと指定した女を寄越せ」
コンテナ内のフツウな生活空間。そこら一帯は全て冴えない顔をした30代この男の所有物となっており。サヤと呼ばれるブツは別のコンテナに保管してあった。
「女は……どれも甲だ。オマエもひっ!? おい臭い匂い!! ヤッた後で生でここに来るなといったろヒロシ」
「ウツワに乗り込んだ断片、一種のバグによると、あなた方ですかこの悪魔武器の発明者は」
男ふたりが密談していたその空間にいつの間にか入り込んでいた裏のバトルマニアの身体。どこかで盗んだ衣服を纏っていたが酷く汚れイヤな悪臭を漂わせていた。
「才原浩志、違うな。誰だ? なんのようだ」
冴えない男とは別の男。黒い外套を纏った背の高い男は古びた木の鞘からゆっくりと刀を抜いた。
「おっとこれは驚きました戦士ですか。そして驚かせてしまいました申し訳ない……争う気はありません私はもう今日はミレーくんで十分なのでふふ」
「ミレー……だと……才原はあの子と運悪く鉢合わせたという事か。お前は」
裏のバトルマニア才原の身体から取り出された黒い脈打つ鉈。
あり得ないそれに驚き腰を抜かし尻餅をついた冴えない男と。
刀をゆったりと構えていた男は訳の分からない侵入者に対し眉間に寄せていた皺をやめ、事態を理解し薄く笑みを浮かべた。
「システムの発明者同士。少しお話をしましょう」
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一般的な4人部屋ではなく、1人部屋。フツウではない容体の患者が市民病院に運ばれて来て2週間経っていた。
窓から射す自然光が照らし1人の少女が病室のベットで小さなヒーローと悪役たちに囲まれている。
ケイコは子春の足、関節を手でゆっくりと動かしている。活発だった少女がずっと寝続けたままでは運動不足であり、それは酷く良くないからだ。
「やっと混ぜてもらえたらこれか」
「呪われたというのか本当に悪魔に……それとも私が呪われているのか神様に」
コツコツとした足音は止まり白いドアはスライドされ。白衣をなびかせてゆっくりと現れた。
「呪いではありません生きていますよ。夢の中でですね」
「……夢の中? 何を医者がふざけている」
「医者としてですか。そうですね子春さんには感情調整薬を定期的に投与して精神夢電子脳波を安定させています。そしてステロイド、免疫抑制剤。体内の異物に対する拒絶反応にはこれらも容体を診ながら複合的に」
「感情調整薬なんだその怪しい薬は、聞いたこともない」
「ご安心を刑事さん、ちゃんと日本でも認可された薬です、てんかんや躁鬱にも処方されるもので自白剤のような非合法的なものではありません。夢であろうと人の感情とその電気信号を受け取る身体は密接に関わっています軽視はできません。まぁ個人的な研究結果に基づき多少の特別ブレンドはしていますが……例えば、その茶葉を飲み一時高まった感情を身体を通してリラックスさせる事と同じです」
ケイコの飲んでいた棚に置かれた紅茶を指差し示した若い男の医者。
「現実に彼女は夢を見続け笑い泣きながらひとつのウツワに二つのウツワを負いそのバランスの中で生きているということです」
「ごたごた並べられてもな……現実に夢か。夢ならいつ覚める」
「それは分かりません。ですがプロトタイプは夢を見ます、我々と」
突然足音を重ねながらぞろぞろと出てきた看護師たち。彼らはケイコを取り囲むように見守っていた。
「ずいぶんと手厚い看護だ、フフ」
「いつでも見舞いにお越しください、患者この子にとってあなた方は良い薬のようです」
ぞろぞろとした白衣の間をするりするりと抜けて現れた、青黒い長髪を元気に散らして一直線に子春の元へと。
そのミルク色の瞳の女性をケイコはしばし見つめた。大人びた容姿だがるんるんとした雰囲気はどこかの物語の少女のようであり。異様であった。
「ぴぴぴーふふふふ、かわいい寝ちゃってる」
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時刻は午後7時。まだまだ寒風は古井戸に吹き温かい料理が欲しくなる今日日。
2人がやって来たのは可黒邸。少年がその黒い建物に籠り数週間。このところ外にろくに出ていない彼は、一日のほとんど明かりを消し自室のベッドで布団にくるまっていた。
パチリ。スイッチを探していたウェーブしたホワイトブロンドは、やっと見つけそれを押した。
突然に明かりはつけられ。ドアの方を寝ながら振り向いた乱れた黒髪。
「生サン様です、可黒美玲」
「…………」
「オルゴナイト好き? ヤル」
オルゴナイトの透明三角錐が寝ていた彼に手渡され彼はそれを受動的に手を伸ばし受け取った。
汚い金髪の女は白い袋にごたごたと詰めた見舞い品、黒紫色のケータイを片手に。
「フツウに生きていますが死んだようにしてますね」
『そうか、薬は』
「どうもそういう問題じゃないみたいですね。イヤイヤぼそりと発した本人的には」
『……分かった、あまり長居はするな。人間には他人の善意が鬱陶しいこともある』
「りょうかい」
打ち切られた話、切られた通話。
「わかってるっての」
二つ折りのケータイ画面に一言ぶつけるように発してからソレを勢いよく閉じてポッケに仕舞った。
「はぁ……コイツ美玲に何があったのやら。私は精神科医でもないし占いしかできないって、それも人間なら鬱で占いはほんとにダメだ…………よし、メシだラーメン屋だよろこべ黒柳お姉様のおごりだ美玲!! マジで仮病なら一瞬治していくぞー!!」
「ラーメン屋黒柳、チャーシュー麺!! 可黒美玲イソゲ!!」
「…………」
寝ている男の右手を両手で取り引っ張り出そうとするサン。古井戸のチャーシュー麺はここ最近彼女の大好物になったものなのだった。
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「可黒美玲、学校行け」
「…………」
「可黒美玲、メシ」
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静かに怒りを込めて数度押されたドアチャイム。
「可黒美玲出てきなさい、副委員長が無断欠席なんて1年B組クラス委員長の私が許しませんわ」
「可黒くん、これお見舞い甘いココアとココアサブレクッキー。まだまだ寒いし」
可黒邸の門前に現れた臙脂色の学生服の2人。各々手荷物を引っ提げ、見舞う気満々のようだ。さすがに数週間の休み連絡も取れないとなると不思議に思い様々な可黒美玲という人物に関係ある者が動き出した。
そしてその疑問と怒りと心配に応えてガチャリと元気良く黒い戸を開け出てきた。
「うわ、だれ? かわいい白い」
「友達、ハイレ」
「お姉さんかしら? 可黒美玲はいるのでして?」
「可黒美玲は、この調子」
「友達、メシ」
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せっかく友達が来てくれたのに可黒美玲は自室から出て来ず一切しゃべらずにいた。
だが、令月かほりの提案により一方的に質問責めするカタチでの会話はなされていた。
男はドアを少し開き、ノックしたサンに手渡し。そろりとまた閉めた。
別所透蘭が仲介役のサンから手にした1枚の紙。
渡された反省文には「美玲は学校には体調がすぐれずしばらく行けないようです。ご飯はいただきましたありがとうございます」というシンプルで丁寧なものであった。
「小芝居出来るぐらいには元気なようね」
「そうなのかな……なんか可黒くんと別人?」
「……どちらであれ、可黒美玲はそこにいます。隠れてはいるけど逃げはしませんわ」
「かおりとーらん、サン様に協力しろ」
「えっと、ダンシングアイドル戦記2……病人のいる隣で」
「かまいませんわ、副委員長のものはクラス委員長のもの! やりますわよサン令月かほり」
専用マットコントローラーが敷かれ爆音を垂れ流しながらゲームはプレイ開始された。
どたどたと重なり響く足音、元気な女子たちの笑い声。暗がりに包まる可黒美玲の耳にとどいたその迷惑行為は約2時間続いた。
そして固く閉ざされていたドアは開き。
「はぁはあこのゲーム……はぁむずかしす……可黒美玲!! やっと出てきたのね!」
「可黒くん……ごめん、起こしちゃった?」
「……トイレ」
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1年B組の別所透蘭と令月かほり、可黒美玲が特に親しくしていた2人が家に訪れてから数日後。
この日は家には訪問客はおらず自分1人。可黒美玲は、ここ約1ヶ月心に溜め込んだ用事を消化するため久々に古井戸の空気を吸いその場へと向かった。
その子を囲む小さなヒーローたちが増えていた。悪役は逆にその数を減らされており、ここ1ヶ月ヒーローがまだ戦い続けているのがうかがえる。
綺麗な顔で目を瞑り、息をしている。ごたごたとしていた人工呼吸器は外されており、この日の彼女はすやすやと穏やかな気分をしているのが読み取れた。
「虎白子春……夢で出てきたあの子か……」
美玲は、泣き叫んでいた。その先、その先は…………。
「…………」
「おや」
「またいつでも見舞いに来てくださいね」
帽子を深く被り直した可黒美玲。白衣の男に気付き軽く会釈をしそそくさとその場をあとにした。
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宴陣学園。午後6時30分頃、約束した時間にひっそりと教室に姿を現した可黒美玲。
1年B組の教室。待合の人はそこに既におり、彼のいつもの席へとやさしく促した。
「可黒くん、来てくれたのね。先生何度も連絡は入れたのだけど……」
「すみません」
「何かあったのかな」
「何も」
「何もないで休んでたらその……駄目になるよ」
「…………」
「なんでもいいよその、授業がイヤになったとか。先生も休みがちだったから力になれるかも」
「多空先生が……ですか?」
「うん、ちょっと先生って学生時代あんまり明るくなかったから……落ち込んでて友達に相談してからすこし楽になったんだ」
「なんでも恥ずかしくないよ、先生は……ほら教室の壁だとおもって」
生徒にやさしく微笑む多空光。いつもかけていた眼鏡をいつの間にか外していた。その顔を見つめる可黒美玲。彼女の顔はいつも授業で見せる地味なものとは違い不思議と引き込まれるものがあった。
「……夢を……最近、ずっと同じ夢を見ます……」
生徒はそう鬱々と意味ありげに語りだした。
彼から出てきた言葉に先生は寄り添う。
「えっと……夢? それはなにかいけない……悪夢なのかな?」
「悪夢……わからない……子どもたちと小さな女の子がいて順番に大人たちがそれを囲んで……」
「そう……もっと聞かせてくれるかな。その悪夢にうなされてつらかったのね」
「う……毎日……炎がメラメラ……燃えて大人たちが子どもたちが……はぁはぁ……」
絞り出し思い出すように話し頭を抑え、黒髪をゆっくり掻きむしり息を荒げて机上に沈んでいった。
対面に寄せた机。先生は机に堕ち苦しむ様子の彼をしばし見つめて、席を立った。黒いジャケットにパンツスーツ白いブラウス、毎日が地味だった先生は、その立ち姿、フツウの格好を着こなす素敵な女性になり。
「そう……夢」
「なら先生と同じ」
そろりと涙を左頬に伝わせた宝光がいた。歪んだ銀色のロケットペンダントを握りしめ。電子の荷から薙刀は取り出された。
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ざりざりと足音は移動し、暗がりの中央に長い木の台は運ばれた。
▼深夜の運動場、宴陣学園▼
そこにぞろぞろと。
集まっていたあやしい黒い外套たち。
「これはうちの生徒ではないのか」
「神の座に相応しいウツワを見つけ出すそれが宴陣学園、我々本来の役割」
「ふふふ役割なんてどうでもいいわ始めましょう」
「先生方の遊びじゃなければいいが」
「神聖な儀式雰囲気を壊さないでください」
「さっそく……これは高濃度の仮称フルイド粒子、これを被験体に飲ませて」
「それはなんだ……」
「この古井戸町に広がる陣のパワーの一部を圧縮して閉じ込めた兵糧丸みたいなところよ」
「そのようなものが……神に背くマッドではないのか」
「古井戸私たちの町のパワー……!」
「栄養剤をマッドというならお手上げ。ふふ、別にあなた抜きでもいいんだけど」
「ナッ!? かせっ!!」
荒々しい口調になった男は詰め寄りそれを保健医から受け取った。
ビー玉ほどの大きさの白。
男は臙脂色の学ランの生徒が眠る木の台へと近づき。
保健医の指示通りに物理的に飲ませ投与してみせた。薄い膜は口内で溶け仮称高濃度フルイド粒子が被験体へと流れ込んでいった。
「何も起きないやはりマッ」
「ああああああああああああ」
眠っていたはずの青年は目をイカれたように見開き腹を反り上げながら絶叫し、一瞬にして黒は赤に染まった。
被験体から噴き出した炎は周囲を呑み込んでいった。火災旋風のように激しく立ちながら辺りを暴走し。
死の苦痛、断末魔、燃える黒い外套。被験体に投与されたフルイド粒子は忘れさせられ眠っていたチカラを刺激してしまい炎となり逆流し運動場を赤く染め上げた。
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台の上で眠り動かなくなった少女がいた。
それはとてもだいじで
美玲は、俺はッ、泣き叫んで。
彼女をイジメるすべてを燃やした。
そこには大人たちも連れられた子どもたちも
そして俺は子春とヤクソク────
▼▼▼▼▼▼▼▼
「はぁはぁ……ああああああああああァァァァァァ」
起き上がった可黒美玲。苦悶の表情を浮かべながらその光景を目の当たりにし、フラッシュバックする夢と重なり合う絶望が押し寄せ狂い叫ぶしかなかった。
「これはまさか……まさか炎神の、炎!!!! ……ふふふ嘘よすごい!! 実在していたなんて素晴らしいわ!!」
「ハァハァ、ふふふ」
黒い外套の懐から取り出された真っ白な短剣。
「実験成果よ、わたしも神座!!!!」
発光する短剣を握りしめ。白いイバラが右腕に巻きつき刺さりエネルギーパイプ代わりとなり人体を強化していく。黒いフードを脱ぎあらわになった保健医の素顔。金の短い髪を乱しながらひどく興奮し彼へと迫った。
「可黒美玲くんその炎もっともっと私にしらべさ」
彼を無力化するために襲いかかろうとした∀の組織の一員に、かざした手の平。
「うるさいいいいいいいいィィィィ」
一瞬にして黒い炎が呑み込み焼き払った。可黒美玲の中に眠っていたすべての汚れを吐き出すように。
「うわああああああああ」
赤赤と燃え上がる校庭。夜と死、夜に死。見つけられた、見つかってしまった神が座するはずの身体は暴走し古井戸の悪意を燃やした。
本来体内にあったリミッターが外され、ひどく唇を噛むと血は流れる。黒い髪を掻きむしっても終わりはしない、目の前に広がる赤い悪夢から青年は狂い叫び逃げだした。
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