いつか、愛に跪くまで

夏芽玉

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本編

【3】大型犬

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「まあまあ、とりあえず立ちなよ」

 長冨に言われて、久我はようやく立ち上がった。
 背が高い。190cm近くありそうだ。思わず見上げてしまう。

「あ、すみません。ご挨拶が遅れました。オレ、こういうものです」

 慌てた様子で、久我が胸元から名刺を出して長冨に差し出した。

 入店して即、土下座告白をかましてきた所為で、オレからの評価は最底辺に近いものだったが、一応、スーツを着て会社員を名乗る程度には、社会人らしい最低限の挨拶くらいはできるようだ。

 受け取った名刺を見た瞬間、長冨の唇の端が上がった。

「オレはここの店長の長冨だ。仕事の詳しい話はまた後日でいいよ。その代わり、貸し1つな」
「ありがとうございます」
「おい、何お前ら勝手に……!」

 長冨もカウンターから名刺を取り出して、久我に渡した。様子からして、長冨と久我も初対面なのだろう。

 学生時代から社会人になっても交流が続いている長冨は、オレのSubとしての少し特殊な事情を唯一知っている、一番信頼しているDomと言っていい。その事情を知った上で、当人の意向を無視して勝手に進められていく話にオレは焦った。 

「NGとセーフワードはここで決めて。そしたら、二階の部屋の鍵を渡す」
「はぁ!? 二階って、お前何言って……お試しプレイ程度なら奥のボックス席で十分だろ」

 ここのバーは普通のバーではない。DomとSub専用のプレイバーだ。入店できるのは、DomとSubのみ。冷やかしが入らないように、入店に際しては店員に第二性が書かれた身分証を提示するなどの簡単なチェックが入るのだが、久我はあの名刺だけでクリアしたことになる。名刺に第二性なんて当然書くハズもないので、一体何が書かれている名刺だったのか……

 カウンター席は待ち合わせか、相手探し専用。オレは首輪カラーを提示して待ち合わせであることを仄めかしたのだが、待ち合わせ相手にそれを覆されてしまった。

 オレの今日の待ち合わせ相手は……長冨だったからだ。

 といっても、オレと長冨はパートナーではない。

 久我が言ったように、オレの首輪カラー偽物フェイクだ。

 オレの事情を知っていて、Sub欲の発散に付き合ってもらっているだけの関係。パートナーは恋人関係になりやすいが、パートナーですらないオレ達に恋愛感情など欠片もない。
 抑制剤すら効かないくらいオレの体調不良がどうしようもなくなったときに、無理を言って付き合ってもらっているだけだ。

 そしてこの店では、オープンスペースになっているフロアはカップル用だ。カップルで来店した客か、カウンターで知り合ったペアが使うことができる。フロアで使用できるCommand命令Kneelお座りのみ。

 ボックス席だと、それ以上のCommandも使用したプレイもできる。ただし、服を脱ぐのと性的行為は禁止。ここはあくまでオープンなバーだからだ。

 そして、二階にはVIPルームがある。店長の許可があったときのみ使える特別室だ。


「ボックス席はこの店に被害が出るからダメ。おまえは気づいてないみたいだけど、久我くんはわかるよなぁ?」
「はい、スミマセン。この距離でも影響ありましたか? それなら、お騒がせしたお詫びにドリンクかデザートを皆様にお出ししてください。後で支払いますので……」

 何のことだ?

「遠慮なく頂戴するよ。プレイ中は、鍵を掛けてもいいよ。二階は普段は誰も上がらないけど。でも、中には防犯用の監視カメラがあるし、こっちでモニターのチェックをする。有坂ありさかがセーフワードを言うか、助けを求める行動をした場合はすぐに踏み込ませてもらう。合鍵はあるからね。状況によっては、警察に突き出すこともあるから、そこのところはよく覚えておきなよ、将来有望なエリート会社員くん」
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