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1.恋が叶う花
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「リュドヴィク先輩は……花を探さなくていいんですか?」
オレたちが通うこの学園には、有名な言い伝えがある。
それは『3年に一度だけ、絶対に恋が叶う花が咲く』というものだ。
こんなむさ苦しい男子校に伝わる言い伝えにしては、えらく乙女チックな内容だ。しかし、その言い伝えを信じている者は多い。
噂では、ついに今日その花が咲くらしい。そのせいで、校内はここしばらくその話題でもちきりだった。
「別に。つーか、この状態じゃ、探しに行こうと思ったところでなぁ……」
オレはベッドに寝転がったまま、サシャを見た。
サシャは水色がかった長い銀髪を後ろで一纏めにして、自分の勉強机に向かっている。何か研究でもしているのだろうか。沢山並んだ試験管やガラス瓶に入った液体を熱心に見比べては、混ぜ合わせているようだ。
オレの位置からは、サシャの後ろ姿しか見えないが、その顔は何処の国のお姫様だろうかというくらい整っている。男ばっかりのこの学園では、まさに掃き溜めに鶴だ。
しばらく見つめていてもサシャはこちらを振り返ってくれないので、オレは仕方なく天井をぼんやりと眺めた。
今、オレの腕は頭上で一つにまとめられたまま縄でギチギチに縛られ、さらにその縄の先はしっかりとベッドに括りつけられている。
確か、オレは自室で寝ていたはずなんだが……
目覚めたら、何故かこの状態でこの部屋に居たというわけだ。ここは学園内の寮にあるサシャの部屋だろう。何度か遊びに来たことがある。
オレは明け方にこっそり出かけた後、着替えないままベッドでウトウトしていた。だから、寝巻姿ではないというのが不幸中の幸いか。
しかも上着だけは脱がしておいてくれたようで、今、サシャが座っているイスの背もたれにかかっていた。そのことにホッとする。
この学園に入学した生徒は適正によって、騎士科か魔術師科に振り分けられる。といっても、判定はいたってシンプル。少しでも魔力があれば魔術師科に、なければ騎士科に所属することになる。一学年で魔術師科は1クラスだけだが、騎士科は学年によって4クラスから6クラスある。
魔力なんてものは全くないオレは、騎士科に所属している。同年代の奴らより体格が良く、力もあるので実技科目だけなら学年トップだ。
そんなオレが、いつの間にか拘束されて、ベッドの上に転がされている。
多分、犯人はサシャだろう。状況からしても間違いない。
鍵は確かに掛けたはずなのだが、どうやって部屋に入ったのだろう。
しかも、オレが力いっぱい抱きしめたら折れてしまうんじゃないかというくらい華奢な身体で、よくオレをここまで運んでこれたものだと感心する。今回はいったいどんな魔術を使ったのだろうか。
まあ、オレが説明を聞いても、さっぱりわかんねーんだろーけど。
サシャは、地方で有力な商家の出身で、一学年下の魔術師科の生徒だ。
優秀な者はだいたい王都にある本校に行ってしまうのに、何故かサシャはこちらの分校にやって来た。しかも、入学前の簡単なテストでは満点以上の成績だったと聞いている。地元のプレスクールでもその頭の良さは有名だったとかで、入学当初から学園が始まって以来の天才と言われていた。
それだけではない。サシャはとんでもなく美人なのだ。
オレは入学式の日、彼の姿を一目見ただけで恋に落ちてしまった。彼とずっと一緒に居たい。そして、彼の全てを手に入れたい。オレが他人に対してそんな強い想いを抱いたのは、初めてのことだった。
だけど、彼に対して良からぬ想いを抱いたのはオレだけではなかった。
まるでユリの花のように美しいサシャは、男しかいないこの学園で、真っ先に狙われた。
入学式のあと、オレはどうしてもサシャと喋りたくて彼の姿を探した。
そしたら、脳みそまで筋肉でできている騎士科の男どもが、学校の裏庭でサシャを取り囲んでいる場面に遭遇してしまった。学年は違うけれど、あまりいい噂を聞かない生徒達だ。
すぐにその場からサシャを助け出したかったけれど、相手は六人。しかも、上級生だ。一人で突っ込んで行っても、あっさり返り討ちに遭ってしまうだろう。
それならばなんとか隙を見つけて、一人ずつ……などと考えているうちに、サシャたちはぞろぞろと裏手の森へと移動してしまった。
オレは、見つからないように気を付けながら、慎重に彼らの後を追った。森の中でなんとか一人ずつ引き剥がしていけば……などと考えていたのだけれど、オレが助けに入る前に、サシャは魔術でツタ植物を操って、自力で男どもを全員撃退してしまったのだった。
それどころか、サシャの操るツタ植物の催淫トラップにうっかりひっかかってしまい、発情状態になってしまったオレを、なんと彼が慰めてくれたのだ。
全く、これじゃあどっちが助けに来て、助けられたのかわからない。
それが、三ヶ月程前の話だ。
そんな情けない出会いではあったものの、それをきっかけに、サシャはオレの恋人になった、……多分。
多分というのは「好きだ」とか、「恋人になってほしい」だなんて直接的な言葉はお互い口にしたことはないけれど、二人きりで会えば、必ず身体を重ねる仲だからだ。これを恋人と言わずして何というのだ!!
そんな感じで、今まで二人きりになれば、そのほとんどの時間を肉体コミュニケーションを取ることに費やしてしまっている。だけど、今日は例の花が咲く日。だから、オレはサシャに花を贈って、自分の気持ちを伝えよう……なんて考えていたんだけど……
何故そんな日に、恋人であるサシャはオレをベッドの上で拘束したのか。
そして、拘束したオレを放置して、いったい何をしているのか。天才の考えることは、全くよくわからない。
「そーいや、サシャは……あの、例の花は……」
ベッドの上でぼんやりしていることに飽きたオレは、サシャの背中に向かって話しかけた。
「勿論、摘んでありますよ」
振り返ったサシャは、一本の花を手にしていた。それは、赤子の掌くらいの大きさをした薄いピンク色の花だった。サシャがにっこりと笑顔を浮かべる。ああああ、可愛い!! オレのサシャが、今日も可愛い!!
「お。サンキュー……って、ええっ!?」
恋人が花を摘んでいたということは、てっきりオレにくれるものだと思っていたのだが、サシャはオレに花を見せつけたかと思ったら、その花びらを容赦なく千切り始めた。
「ちょっ、サシャ……!? いったいなにを……その花、オレにくれるんじゃねーの?」
目の前の状況に、オレはただ唖然とする。
こんなにがっつり拘束さえされていなければ、サシャの手からその花を奪い取ってでも自分のものにしたのに。
オレが呆然としている目の前で、花は見るも無残な姿になってしまった。
サシャはただ目を見開くことしかできないオレに構うことなく、千切った花びらをパラパラと試験管に入れてガラス棒で掻き混ぜる。すると不思議なことに、花びらはまるで砂糖菓子のように溶けて消えてしまった。
「この花は、強力な媚薬の原料になるんですよ。ピンクに色づいた花から抽出された成分は、人体に強烈に作用します。その薬を盛られた人は、気が狂いそうになりながら快楽を求めるようになり、最初に精液を注がれた相手なしでは生きていけない身体になります。だから、その相手と絶対に結ばれるしかなくなる。そして一生離れられなくなる。それが、これが恋の花と呼ばれる所以なんですよね」
「あー……、そ」
普段、言葉数は少ないけれど、好きなことに対しては頬をほんのりと紅潮させて、前のめりになって早口でまくしたてるように喋る。そんなサシャのことは本当に可愛いと思う。思うけれど……そんな蘊蓄よりも、オレはその花をサシャからプレゼントしてもらいたかったな、とちょっとガッカリした。
サシャは、はっきり言って研究馬鹿だ。だから三年に一度しか咲かない花を使った研究ができるのが嬉しくて仕方ないのだろう。だって、その花が咲くのは在学中では今日だけ。つまり、この研究は今日しかできないのだから。
今まで何度も、恋に関する研究の成果をオレに報告してきたことはあった。サシャの研究内容は多岐の分野に渡っているそうなのだが、惚れ薬だの、身体の感度を上げる魔法薬だの、そういった可愛らしい内容の研究についてはオレによく話してくれる。
研究の成果がどうだったと話すときの笑顔とか、実際に使ってみたときのデータをまとめているときのウキウキした様子とかが本当に可愛くて、オレはサシャの研究に関しては全面的に応援している。
といっても、サシャの話はいつもオレには難しすぎるので、論理について語られても半分も理解できないのだが。でも、内容はよくわからなくても、サシャの話を聞くたびに、オレの恋人は美人で可愛いだけじゃなくて、頭も良くて最高だと毎回惚れ直している。
しかし、今回に限っては、サシャの研究狂いに関してはちょっとだけ複雑な気分だった。
「ほら、完成しましたよ」
「……それはよかったな」
花をサシャからもらえなかったことに拗ねていたオレは、おざなりに返事をする。
「ねぇ、リュドヴィク先輩……」
立ち上がったサシャがベッドサイドまでやって来て、名前を呼んだ。どんなに拗ねていても、名前を呼ばれるとやはり嬉しくなってしまって、オレはサシャを見上げる。
サシャは、先程完成した薬が入った試験管を手にしてオレの真横に立っていた。花びらは淡いピンク色だったのに、出来上がった薬は濃いピンク色をしていた。
「早速ですが、この媚薬を飲んでください」
「はぁ!?」
「ああ、腕が縛られたままだと飲みにくいですよね。それなら、私が飲ませてあげますね」
ポカンとしていると、サシャは先程作った薬を口に含んだ。
え。その媚薬を、誰が飲むって!?
「さ、サシャ!?」
花が千切られてしまったことがショックであまり真面目に聞いていなかったけれど、先程、サシャはこの媚薬についてなにか物騒なことを言っていなかっただろうか。最初に精液をもらった相手から離れられなくなるとかなんとか……
その説明が本当なら、サシャにその薬を飲ませるわけにはいかない。慌てて身体を起こそうとしたけれど、オレをがっちりと拘束する縄に阻まれてしまった。チッ、こんなことなら、サシャのすることをぼんやりと静観なんてせず、最初から引き千切っておくべきだったか。
今からでも戒めをを引き千切ろうと腕に力を入れたけれど、縄は思ったより頑丈でびくともしない。もしかしたら、オレを拘束しているのは普通のものではなく、猛獣などを捕縛するときに使う魔法縄なのかもしれない。
縄から逃れることができずにもたもたしていると、サシャがオレの上に乗り上がってきた。そして、顔を捕まえて唇を合わせてくる。
────いったい、なにを……!?
オレが言葉を発する代わりに、先程サシャが口に含んだ媚薬がオレの口の中に流れ込んできた。
キスをするときは与えられた唾液を飲み込むものだと教え込まれているオレは、サシャの舌が口の中を掻き回してくると、条件反射のように、与えられた液体を飲み込んでしまう。
「……っは、今のは……」
「だから、今、説明したじゃないですか。媚薬ですよ」
ようやく唇が離れると、オレの腰の上に乗ったサシャが満足そうな笑みを浮かべていた。
どうやらサシャは媚薬を飲もうとしたのではなく、口移しでオレに媚薬を飲ませようとしていただけのようだ。
そうだとわかると、オレは身体から力を抜いた。
「ああ、なんだ。そうか、よかった」
「……いいんですか?」
「……? 何か問題でも?」
サシャが媚薬を飲んだのではないのなら、オレに不都合はなにもないのだが。
「先輩って、なんでいつもそんなに無防備なんですか? 今まで私にされたこと、忘れたわけじゃないでしょうに?」
その言葉に、オレは首を傾げる。
「今までされたことって……?」
「そのままの意味ですよ。自由を奪われて、好き勝手されて。それとも、そんな扱いをされるのが癖になってしまいましたか?」
やっぱり、サシャが言っていることがわからない。
今まで、サシャがオレにしたこと……って、何だ?
オレは、出会ってから今までのことについて、一生懸命、記憶を辿った。
オレたちが通うこの学園には、有名な言い伝えがある。
それは『3年に一度だけ、絶対に恋が叶う花が咲く』というものだ。
こんなむさ苦しい男子校に伝わる言い伝えにしては、えらく乙女チックな内容だ。しかし、その言い伝えを信じている者は多い。
噂では、ついに今日その花が咲くらしい。そのせいで、校内はここしばらくその話題でもちきりだった。
「別に。つーか、この状態じゃ、探しに行こうと思ったところでなぁ……」
オレはベッドに寝転がったまま、サシャを見た。
サシャは水色がかった長い銀髪を後ろで一纏めにして、自分の勉強机に向かっている。何か研究でもしているのだろうか。沢山並んだ試験管やガラス瓶に入った液体を熱心に見比べては、混ぜ合わせているようだ。
オレの位置からは、サシャの後ろ姿しか見えないが、その顔は何処の国のお姫様だろうかというくらい整っている。男ばっかりのこの学園では、まさに掃き溜めに鶴だ。
しばらく見つめていてもサシャはこちらを振り返ってくれないので、オレは仕方なく天井をぼんやりと眺めた。
今、オレの腕は頭上で一つにまとめられたまま縄でギチギチに縛られ、さらにその縄の先はしっかりとベッドに括りつけられている。
確か、オレは自室で寝ていたはずなんだが……
目覚めたら、何故かこの状態でこの部屋に居たというわけだ。ここは学園内の寮にあるサシャの部屋だろう。何度か遊びに来たことがある。
オレは明け方にこっそり出かけた後、着替えないままベッドでウトウトしていた。だから、寝巻姿ではないというのが不幸中の幸いか。
しかも上着だけは脱がしておいてくれたようで、今、サシャが座っているイスの背もたれにかかっていた。そのことにホッとする。
この学園に入学した生徒は適正によって、騎士科か魔術師科に振り分けられる。といっても、判定はいたってシンプル。少しでも魔力があれば魔術師科に、なければ騎士科に所属することになる。一学年で魔術師科は1クラスだけだが、騎士科は学年によって4クラスから6クラスある。
魔力なんてものは全くないオレは、騎士科に所属している。同年代の奴らより体格が良く、力もあるので実技科目だけなら学年トップだ。
そんなオレが、いつの間にか拘束されて、ベッドの上に転がされている。
多分、犯人はサシャだろう。状況からしても間違いない。
鍵は確かに掛けたはずなのだが、どうやって部屋に入ったのだろう。
しかも、オレが力いっぱい抱きしめたら折れてしまうんじゃないかというくらい華奢な身体で、よくオレをここまで運んでこれたものだと感心する。今回はいったいどんな魔術を使ったのだろうか。
まあ、オレが説明を聞いても、さっぱりわかんねーんだろーけど。
サシャは、地方で有力な商家の出身で、一学年下の魔術師科の生徒だ。
優秀な者はだいたい王都にある本校に行ってしまうのに、何故かサシャはこちらの分校にやって来た。しかも、入学前の簡単なテストでは満点以上の成績だったと聞いている。地元のプレスクールでもその頭の良さは有名だったとかで、入学当初から学園が始まって以来の天才と言われていた。
それだけではない。サシャはとんでもなく美人なのだ。
オレは入学式の日、彼の姿を一目見ただけで恋に落ちてしまった。彼とずっと一緒に居たい。そして、彼の全てを手に入れたい。オレが他人に対してそんな強い想いを抱いたのは、初めてのことだった。
だけど、彼に対して良からぬ想いを抱いたのはオレだけではなかった。
まるでユリの花のように美しいサシャは、男しかいないこの学園で、真っ先に狙われた。
入学式のあと、オレはどうしてもサシャと喋りたくて彼の姿を探した。
そしたら、脳みそまで筋肉でできている騎士科の男どもが、学校の裏庭でサシャを取り囲んでいる場面に遭遇してしまった。学年は違うけれど、あまりいい噂を聞かない生徒達だ。
すぐにその場からサシャを助け出したかったけれど、相手は六人。しかも、上級生だ。一人で突っ込んで行っても、あっさり返り討ちに遭ってしまうだろう。
それならばなんとか隙を見つけて、一人ずつ……などと考えているうちに、サシャたちはぞろぞろと裏手の森へと移動してしまった。
オレは、見つからないように気を付けながら、慎重に彼らの後を追った。森の中でなんとか一人ずつ引き剥がしていけば……などと考えていたのだけれど、オレが助けに入る前に、サシャは魔術でツタ植物を操って、自力で男どもを全員撃退してしまったのだった。
それどころか、サシャの操るツタ植物の催淫トラップにうっかりひっかかってしまい、発情状態になってしまったオレを、なんと彼が慰めてくれたのだ。
全く、これじゃあどっちが助けに来て、助けられたのかわからない。
それが、三ヶ月程前の話だ。
そんな情けない出会いではあったものの、それをきっかけに、サシャはオレの恋人になった、……多分。
多分というのは「好きだ」とか、「恋人になってほしい」だなんて直接的な言葉はお互い口にしたことはないけれど、二人きりで会えば、必ず身体を重ねる仲だからだ。これを恋人と言わずして何というのだ!!
そんな感じで、今まで二人きりになれば、そのほとんどの時間を肉体コミュニケーションを取ることに費やしてしまっている。だけど、今日は例の花が咲く日。だから、オレはサシャに花を贈って、自分の気持ちを伝えよう……なんて考えていたんだけど……
何故そんな日に、恋人であるサシャはオレをベッドの上で拘束したのか。
そして、拘束したオレを放置して、いったい何をしているのか。天才の考えることは、全くよくわからない。
「そーいや、サシャは……あの、例の花は……」
ベッドの上でぼんやりしていることに飽きたオレは、サシャの背中に向かって話しかけた。
「勿論、摘んでありますよ」
振り返ったサシャは、一本の花を手にしていた。それは、赤子の掌くらいの大きさをした薄いピンク色の花だった。サシャがにっこりと笑顔を浮かべる。ああああ、可愛い!! オレのサシャが、今日も可愛い!!
「お。サンキュー……って、ええっ!?」
恋人が花を摘んでいたということは、てっきりオレにくれるものだと思っていたのだが、サシャはオレに花を見せつけたかと思ったら、その花びらを容赦なく千切り始めた。
「ちょっ、サシャ……!? いったいなにを……その花、オレにくれるんじゃねーの?」
目の前の状況に、オレはただ唖然とする。
こんなにがっつり拘束さえされていなければ、サシャの手からその花を奪い取ってでも自分のものにしたのに。
オレが呆然としている目の前で、花は見るも無残な姿になってしまった。
サシャはただ目を見開くことしかできないオレに構うことなく、千切った花びらをパラパラと試験管に入れてガラス棒で掻き混ぜる。すると不思議なことに、花びらはまるで砂糖菓子のように溶けて消えてしまった。
「この花は、強力な媚薬の原料になるんですよ。ピンクに色づいた花から抽出された成分は、人体に強烈に作用します。その薬を盛られた人は、気が狂いそうになりながら快楽を求めるようになり、最初に精液を注がれた相手なしでは生きていけない身体になります。だから、その相手と絶対に結ばれるしかなくなる。そして一生離れられなくなる。それが、これが恋の花と呼ばれる所以なんですよね」
「あー……、そ」
普段、言葉数は少ないけれど、好きなことに対しては頬をほんのりと紅潮させて、前のめりになって早口でまくしたてるように喋る。そんなサシャのことは本当に可愛いと思う。思うけれど……そんな蘊蓄よりも、オレはその花をサシャからプレゼントしてもらいたかったな、とちょっとガッカリした。
サシャは、はっきり言って研究馬鹿だ。だから三年に一度しか咲かない花を使った研究ができるのが嬉しくて仕方ないのだろう。だって、その花が咲くのは在学中では今日だけ。つまり、この研究は今日しかできないのだから。
今まで何度も、恋に関する研究の成果をオレに報告してきたことはあった。サシャの研究内容は多岐の分野に渡っているそうなのだが、惚れ薬だの、身体の感度を上げる魔法薬だの、そういった可愛らしい内容の研究についてはオレによく話してくれる。
研究の成果がどうだったと話すときの笑顔とか、実際に使ってみたときのデータをまとめているときのウキウキした様子とかが本当に可愛くて、オレはサシャの研究に関しては全面的に応援している。
といっても、サシャの話はいつもオレには難しすぎるので、論理について語られても半分も理解できないのだが。でも、内容はよくわからなくても、サシャの話を聞くたびに、オレの恋人は美人で可愛いだけじゃなくて、頭も良くて最高だと毎回惚れ直している。
しかし、今回に限っては、サシャの研究狂いに関してはちょっとだけ複雑な気分だった。
「ほら、完成しましたよ」
「……それはよかったな」
花をサシャからもらえなかったことに拗ねていたオレは、おざなりに返事をする。
「ねぇ、リュドヴィク先輩……」
立ち上がったサシャがベッドサイドまでやって来て、名前を呼んだ。どんなに拗ねていても、名前を呼ばれるとやはり嬉しくなってしまって、オレはサシャを見上げる。
サシャは、先程完成した薬が入った試験管を手にしてオレの真横に立っていた。花びらは淡いピンク色だったのに、出来上がった薬は濃いピンク色をしていた。
「早速ですが、この媚薬を飲んでください」
「はぁ!?」
「ああ、腕が縛られたままだと飲みにくいですよね。それなら、私が飲ませてあげますね」
ポカンとしていると、サシャは先程作った薬を口に含んだ。
え。その媚薬を、誰が飲むって!?
「さ、サシャ!?」
花が千切られてしまったことがショックであまり真面目に聞いていなかったけれど、先程、サシャはこの媚薬についてなにか物騒なことを言っていなかっただろうか。最初に精液をもらった相手から離れられなくなるとかなんとか……
その説明が本当なら、サシャにその薬を飲ませるわけにはいかない。慌てて身体を起こそうとしたけれど、オレをがっちりと拘束する縄に阻まれてしまった。チッ、こんなことなら、サシャのすることをぼんやりと静観なんてせず、最初から引き千切っておくべきだったか。
今からでも戒めをを引き千切ろうと腕に力を入れたけれど、縄は思ったより頑丈でびくともしない。もしかしたら、オレを拘束しているのは普通のものではなく、猛獣などを捕縛するときに使う魔法縄なのかもしれない。
縄から逃れることができずにもたもたしていると、サシャがオレの上に乗り上がってきた。そして、顔を捕まえて唇を合わせてくる。
────いったい、なにを……!?
オレが言葉を発する代わりに、先程サシャが口に含んだ媚薬がオレの口の中に流れ込んできた。
キスをするときは与えられた唾液を飲み込むものだと教え込まれているオレは、サシャの舌が口の中を掻き回してくると、条件反射のように、与えられた液体を飲み込んでしまう。
「……っは、今のは……」
「だから、今、説明したじゃないですか。媚薬ですよ」
ようやく唇が離れると、オレの腰の上に乗ったサシャが満足そうな笑みを浮かべていた。
どうやらサシャは媚薬を飲もうとしたのではなく、口移しでオレに媚薬を飲ませようとしていただけのようだ。
そうだとわかると、オレは身体から力を抜いた。
「ああ、なんだ。そうか、よかった」
「……いいんですか?」
「……? 何か問題でも?」
サシャが媚薬を飲んだのではないのなら、オレに不都合はなにもないのだが。
「先輩って、なんでいつもそんなに無防備なんですか? 今まで私にされたこと、忘れたわけじゃないでしょうに?」
その言葉に、オレは首を傾げる。
「今までされたことって……?」
「そのままの意味ですよ。自由を奪われて、好き勝手されて。それとも、そんな扱いをされるのが癖になってしまいましたか?」
やっぱり、サシャが言っていることがわからない。
今まで、サシャがオレにしたこと……って、何だ?
オレは、出会ってから今までのことについて、一生懸命、記憶を辿った。
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