苗木萌々香は6割聴こえない世界で生きてる

一月ににか

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八話

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 飲食店は衛生管理の関係で三年生のみ。舞台は枠が限られているため参加希望者が多ければ抽選。長くなりそうな前置きを紙一枚で終わらせて、文化祭の話し合いは段取りよく進んだ。

 事前に集計した結果をホワイトボードに書き出し、実現の難しいものを外す。結果、生き残ったのはお化け屋敷、迷路、脱出ゲーム、eスポーツ、射的、フォトスポット、ボードゲーム、動画上映の八つだった。

 こう言ってはなんだけど、うちのクラスは省エネタイプが多いのかもしれない。
 はじめは舞台も案として挙がっていたけれど、クラスのムードメーカーである下川君の「動画でいいんじゃない?」の一言で動画上映に吸収された。
 前もって準備をしておけば当日は流すだけでいいというのは確かに効率的で、文化祭委員としてもその方が助かる。

 進行役を買って出てくれた纐纈こうけつ君に顔を向けると、視線がかち合い互いに頷いた。
「今の時点で確定ではありません。上位三つを希望として出し、バランスを考慮したうえで決定されます。多数決を取るので、一回だけ挙手をお願いします」
 あらかじめ考えておいたセリフを読み上げる。人前で話すのが苦手な私がなんとかできているのは、明らかに纐纈君が流れを作ってくれたお陰だ。

「お化け屋敷がいい人」
 案を読み上げると、パラパラと持ち上がる。それを纐纈君が数え、言われた数字をホワイトボードに書き込んでいく。なんてとこない流れ作業なのに楽しい。自然と声が弾んだ。
「動画上映」
 最後のひとつには、特に感情がこもってしまったかもしれない。

「四、七、三……あれ、一票足りない」
 出そろった数字を足していき、私は眉をひそめた。合計数がクラスの人数と合わない。欠席者がいたかなと教室を見回したが、私と纐纈君の席以外は埋まっている。

「萌々香、自分の票入れ忘れてない?」
「あ、本当だ。ごめん」
「苗木さん、しっかりー」

 紗耶香の指摘のうえに野次まで飛んできて、焦った私は一位のeスポーツに票を書き足してしまった。本当は二位の動画上映に投票したかったのだけれど、みんなが見ている前で優柔不断な態度は取れない。
 本当は未練たらたらだったけれど、私の一票で覆る票差ではなかったので影響はないと自分の心に蓋をした。

「なるべく希望が通るように、よろしくお願いしまーす」
「えっと、期待に添えられるかは……」
 冗談交じりの掛け声に言葉を探していると、纐纈君が右手を上げた。
「コラ、下川! 決定権はオレたちにはないんだから、無茶振りすんな」

 それが話し合い終了の合図になり、途端に教室内の雰囲気が変わった。あちこちで雑談が生まれて、収拾がつかなくなっていく。
「私は別に三位のボードゲームでもいいけどな。準備一番楽そうじゃん」
「もう後は他のクラスと被ってるかどうかでしょ」
「eスポーツはゲームが違えば複数行けるっしょ」
「いや、でも限度はあるんじゃない?」

「みんな、話していいけど授業中だから声抑えて」
 纐纈君の注意も虚しく、クラス内はざわめきに満ちた。一番前の席だからわざわざ振り返って見たことがなかったけれど、意外とみんな仲が良いみたいだ。
 知らなかった。友達同士だけじゃなく、隣の席の子と、後ろの席の子と、こんなに自然に話せるんだ。

「悪いけど、苗木は結果を残しておいてくれるか?」
「大丈夫。もう書き写したよ。みんな盛り上がってるから、ホワイトボードはまだ消さない方がいいかな」
「昼休みにも見てそうだから、残しておいていいよ」

 相談しているところでチャイムが鳴り、私たちは顔を見合わせて笑った。
 時間配分ばっちりで、こんなにうまくいくなんて思いもしなかった。
「ご協力ありがとうございました! 終わります!」
 一瞬で空気を締めて、纐纈君は窓際の席に向かって教壇を降りた。それにならって、私も壁際の席に戻る。

「お疲れ、萌々香」
「二人ともお疲れさま」
 自席に着くと、労いの言葉を掛けられて胸がじんと熱くなった。
 緊張したけど、怖かったけど、ちゃんと役割をこなすことができて嬉しい。

 私は、ホワイトボードに残る纐纈君の右上がりの字を見て笑った。
 残念ながら第一希望は一位通過できなかったけれど、もしかしてもあり得る。いや、みんなの希望を託された文化祭委員としては最善を尽くすけれど。

「萌々香。なにぼーっとしてるの、お昼ごはん食べに行くよ。今日はいい天気だから外」
「うん。すぐ行く」
 教室を出ると、初夏のにおいがした。
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