苗木萌々香は6割聴こえない世界で生きてる

一月ににか

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七話

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「あの、纐纈こうけつ君は何か考えてる?」
 沈黙に耐えられず、無理矢理会話を繋いだ。
 もっと気の利いたことを言えないのかと思うが、今の私にはこれが精一杯だった。
 やっぱり質問が悪かったのか、纐纈君は一呼吸おいてから答えた。

「みんな無記名なのに、オレだけここで言わないとダメなん?」
「あ、いや。そんなことはないけど。その、ごめん」
 慌てて胸の前で両手を振ると、それが面白かったのか、纐纈君はぷるぷると肩を震わせた。指の間から笑い声が漏れる。

「ごめん。意地悪言ったつもりはないんだけど、あんまりにも苗木の反応が生真面目だから」
 屈託のない笑顔を向けられ、私はますます困惑した。揶揄ってるんじゃないなら、どういう感情なのだろう。
「苗木は?」
「私はまだ考え中。思いつかないから、纐纈君の意見を参考にさせて貰おうかなって思ったんだけど……」
「じゃあ、オレも考え中」
「じゃあって、なんか思いついてるよね」
 戸惑いながら答えると、纐纈君は白々しく首を傾げた。反射的につっこむと、イタズラっ子の微笑みが返ってくる。

 くやしいけれど、纐纈君のペースに乗せられていた。
 いつのまにか肩の力が抜けている。自分は今、自然な笑顔を浮かべているのだとわかる。
 人にいいように動かされるのは好きじゃないのに、純粋に楽しい。纐纈君は私を楽しませようとしてくれている。

「秘密。でも、文化祭委員なんだから、苗木にはアンケート用紙を見る権利があるよ。苗木がオレの字を判別できるならわかるんじゃない?」
「纐纈君はそこまでクセ字じゃないでしょ」
 薄っすら覚えている纐纈君の字を思い浮かべ反論する。私の反撃が意外だったのか、纐纈君は一瞬目を丸くし、それから得意げに鼻で笑った。

「もしかしたら、意識して筆跡変えるかも」
「何でそこまで徹底するの」
「苗木が一生懸命オレの字を探したら面白いだろ」
「そんなことしてまで知ろうとはしないってば」
「それはそれでショック」
「なにこの人、めんどくさいー」

 気付いた時には、傾きだした陽の光が教室に入り込んでいた。木造の床が淡く光っている。私は時計を見上げた。少し話し過ぎたかもしれない。

「纐纈君、そろそろ」
「あのさ、苗木」
 重なった声に、メモ帳を閉じかけた手を止める。
「うん?」
「いや、オレも同じことを言おうとしてた。今日はこの辺にしておこう」
 纐纈君は鞄を手に取り、立ち上がった。

「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
 私の返事は彼の耳に届いただろうか。先日とは逆に、今度は纐纈君が逃げるように教室を後にした。
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