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六話

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 学校でして貰える配慮なんて、前の席に座らせてもらうことくらいだ。それが当然で、それ以上を求めるのは傲慢。そう自分に言い聞かせてきた。
 欠けた部分について、不公平だとか理不尽だとか思っていたらやっていけない。他人の厚意前提で生きたくない。そうやってだましだまし、綱渡り状態でやり過ごしてきた。

 だからだろうか。予想外のやさしさは私の心を容易く持って行ってしまい、正直対応に困っている。

「今度の委員会までに、クラスで何をしたいか希望をまとめないといけないだろう。ちょっと打ち合わせしないか?」
 放課後、日直の仕事を終えてだらだらと帰り支度をしていた私は、廊下に半歩出たところで纐纈こうけつ君に呼び止められた。
「ああ、うん。そうだね」
 咄嗟とっさに返した言葉はそっけなく、何をやってるんだと自分をののしる。

 教室に戻り、空いている席を確認する。纐纈君の席がある窓際はクラスの男子たちが談笑している。必然的に私の席と、隣の席を使わせてもらうことになった。ちょうどいいから、メモ帳を取り出す。
「今日、用事あった?」
「ううん。別になにもない。私ぼんやりしてるから、こうやって声がけして貰えるとすごく助かる。二週間あるって余裕かましてたら、時間に追われそうだもんね」

 すでに、前回の招集から三日が経っている。昨日、今週のロングホームルームを使わせてもらえるように担任の先生にお願いして、それだけで仕事をしたつもりになっていた。みんなに候補を挙げて貰って、多数決で決めればいいかななんて曖昧にイメージしていたけど……。

「事前にプリントを配って候補を出して貰った方がいいと思うんだ。その方が苗木もやりやすいだろ」
「確かに」
 私は唐突に出てくる単語が苦手だ。家族に話してもちっとも共感を得られないのだが、漫画喫茶をパンナコッタと聞き間違えるくらい私にとってはおてのもの。的外れなことを言いながら何度も聞き返す自分を想像して深く頷いた。

 それにしても、纐纈君はどうしてそこまで考えてくれるんだろう。

「じゃあ、アンケートは私が作ってくるよ。自分用のパソコンもってるし。
 なにができて、なにができないかも載せておくね。そしたら注意事項を説明する手間が省けて一石二鳥。人前で話す時間減らせるの助かるなぁ。私みたいに発表するの苦手な人も案出しやすくていいよね。どんな案が出てくるか楽しみだね!」

 頼ってばかりでは申し訳なくて、断られないよう一気に捲し立てた。簡単な文章なら今ここでスマホで作ることも可能だけれど、そこにはたどり着かないでほしい。
「……そう。じゃあ、頼む。オレは投票用の箱を用意するよ」
「よろしくね」

 気圧されたようすの纐纈君に、コミュ障でごめんと笑顔を向ける。きっと、口角が上がり過ぎて妖怪みたいになっているけど、何を考えてるかわからないと思われるよりずっといい。不器用でもいいから、親愛を示したかった。
 けれど、その思いは空回りしてしまったらしい。纐纈君は口元に手を当て、黙り込んでしまった。

 これは、どうしたらいい……?
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