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五話

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「ねぇ、アオ。私、あんなふうにやさしくされたの初めてだったよ」
 お風呂上り、自室のベッドに寄り掛かり、私はアオを抱き上げた。
 どうしたの?と問いかけるように、プラスチックでできたまん丸な青い目が蛍光灯の光を反射する。
「右側にいたからって謝ってくれたんだよ、纐纈君は何も悪くないのに」
 私は纐纈君の申し訳なさそうな表情を思い出し、アオの右耳を撫でた。

 聞き返した時に気付いてくれる人は多い。だけど、纐纈君は私の反応が少し遅れただけで、聞こえにくいんじゃないかと気付いてくれた。あんなに細やかな人には会ったことがない。
「聞こえないのがどっちの耳か、急に聞かれたら自分でさえ戸惑うのに……」

 片耳難聴はわかりにくい。
 もしも、目が見えなくなったら、誰もが一度はそんな想像をしたことがあるだろう。目は閉じれば真っ暗になるし、視力が悪い人は世の中にたくさんいる。ストレートに言えば、身近だ。見えない世界というのはイメージがしやすく、それをテーマにした創作物も多い。
 片目の視力を失ったキャラクターが距離感を掴めずに物を落とすシーンなんて、定番中の定番だ。

 それに比べれば、片耳難聴なんて。
 音の方向が掴めないこと。聞こえていても聴き取れない場合があるということを、知ってくれている人はどれだけいるのだろう。
 比べることに意味はないとわかっている。私自身、ただ片耳が聞こえないだけで、特別誰かの気持ちに寄り添えるわけじゃない。想像力も人並み。障害を抱えていることは面倒なだけで、偉くもなんともない。

『やさしいひとって、すごいね』
 私はアオの言葉に頷いた。アオはとても素直だ。
「でも、少しこわいね」
『どうして?』
「ああいう人は特別だよ。人のやさしさを当たり前だと思っちゃいけない」
 学校は平等であるべき場所。正しいのは高村さんのような人だ。
 社会に出ればきっと、あんな場面は腐るほどある。その度だれかに助けてもらう? そんなの現実的じゃない。私自身が強くならないといけないんだ。

「委員会、不安しかないけど、自分を鍛えるいい機会かもね。纐纈君に迷惑かけないように頑張ろう」
 時計を見ると、もう十一時近かった。そろそろ寝る準備をしないといけない。
 照明を暗くすると、枕元に座らせたアオがそっと囁いた。
『ねえ、萌々香ちゃん』
 アオは、私の本心は時々とんでもないことを口走る。

『やさしさに甘えちゃいけないってことと、纐纈君のやさしさにドキドキしちゃったことは別の話だよね』
 そこはまだ掘り下げないでよ。委員会はこれからなんだから。意識して変な態度を取ってしまったら支障が出る。
 私は心の中で返事をし、目を閉じた。
『そうだね。これはまだ内緒』

 うん。内緒だ。
 甘えたりはしないけど、こっそり心の支えにはさせて貰おう。
 学校嫌いの私だけれど、明日は今までよりもぐずぐずしないで家を出られそうな気がした。
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