苗木萌々香は6割聴こえない世界で生きてる

一月ににか

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九話

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「萌々香、纐纈こうけつ君といい感じだったよね」
 風がそよぐ中庭でのランチタイム。サンドウィッチにかじりついたばかりの私は、紗耶香の意地の悪い微笑みに「んんんんん!」と首を振った。
 取り囲む好奇の目は八つ、獲物を捉えている。早く否定しなければと焦る私を嘲笑あざわらうように、噛みちぎったパンの隙間からレタスがぴろんと飛び出した。

「どうしてそんなに慌てるの? 図星?」
「ホントに? 萌々香はそういう××に興味ないと思ってたのに、この裏切り者!」
「それって萌々香を推薦した×××の××じゃん?」

 一言目を発した紗耶香から始まり、陽菜乃ひなのとリコとあやちゃんと。彼女たちはタイミングを図ったかのように代わりばんこに詰め寄ってくる。
 完全にいつも通りのことで慣れっこだけれど、この時間の会話はほとんどが当てずっぽうだ。

 私の耳は大人数の会話を聴き取れるようにできていない。そのうえ、自分の咀嚼音そしゃくおんがほとんどの音をかき消してしまうのだ。ずっとそれが当たり前だと思っていたけれど、両耳が聞こえる人はそうじゃないなんてね。初めて知った時は本当に驚いた。

「あはは。ねー」
 適当に笑ってごまかそうかと思ったが、四人は許してくれないらしい。
 普段はそれで形だけの会話が成立するのに、今日の主題はどう足掻いても私のようだ。こんな日に限って昼食にキュウリが入っているとは運が悪い。

 唯一この会話に参加していない舞衣子さんに「助けて」と視線を向けたが、彼女は淡々とゆでたまごの殻をむくばかりだった。薄皮と一緒に最後の欠片を引っぺがすと、つるんとした白身が顔を出す。

「そういえば、纐纈君が文化祭委員に立候補したのって、一人目が萌々香に決まった直後だったね」
 舞衣子さんは満足げにたまごを掲げながら、ぽつりと爆弾を落とした。放送部の彼女は活舌かつぜつが良く、凛とした声はとても聴き取りやすい。
「そ、そそ、そうだったかなぁ?」
 白々しく目をらしたけれど、あの時の記憶はしっかりある。

「立候補者がいないなら他薦でも」
 先生の言葉を受けて、あやちゃんはすぐに私の名前を出した。
 帰宅部でかつ、4月の委員会決めをすり抜けた女子はクラスに三人。どのみちいつかは何らかの役割をこなさなければならない。だったら、まだ興味の持てる文化祭委員の方がマシ。あやちゃんの判断はとてつもなく正しくて、受け入れる他なかった。
 渋々頷いた時だった。纐纈君が手を上げたのは。

「それって間違いないじゃん」
「違うって! 纐纈君はみんなのために立候補してくれたんだよ。私と一緒に委員会やりたかったんじゃなくて、私が委員になっちゃったから自分が何とかするしかないって奮起ふんきしてくれたんだよ。纐纈君はただやさしいだけだって」
「そ×××なぁ」
「そうは××わないなー」
「仮にだよ、仮に。仮に纐纈君が××しいだけだったとして、萌々香は×××の?」
「ええ?」
「好きなの? 嫌いなの?」

 この話題に一番食いついているのは多分リコだ。輪になって座っていたはずなのに、いつのまにか目の前にいる。
「二択が極端すぎるよ」
 気圧されて、仰け反りながら言葉を濁した。
 絶対にどちかを選ばないといけないなら、それはもちろん好きの方だけど……。

「引っ込み思案の萌々香があれだけ頑張れてるのは、纐纈君がフォローしてくれるからでしょ」
「う、うん。それはそう」
 興味なさそうな口ぶりだけれど、舞衣子さんの言葉はさりげなく話を本筋に戻している。意外と色恋沙汰に興味があるのだろうか。

「纐纈君は、萌々香にすごくいい影響を与えてくれてるよね」
「わかってる。ありがたいことだよね」
「ということは?」
「もう! ちょっと短絡的だよ。リコ。箸の先を人に向けないで」

 強めに諫めると、リコはしゅんと肩を落とした。
 言い過ぎただろうか。けれど、期待に添えるつもりはなく、心の奥の一歩手前の部分を言葉にする。

「文化祭委員、正直言って最初は嫌々だったけど、今はちょっとやりがいを感じてる。みんなが楽しかったって言える文化祭にしたいって思うようになったのは、纐纈君のお陰だよ。だから、尊敬してる。
 あやちゃんも、きっかけをくれてありがとうね」

「やだピュア!」
 リコは両手で口を覆い、あやちゃんは照れ臭そうに笑った。紗耶香と陽菜乃はにこやかに頷き、舞衣子さんはお母さんのような顔でお茶をすすった。
「だから、あんまり冷やかさないでね」
「ごめんごめん。調×××った」
「萌々香がそんなに真剣なら、応援するしかないじゃん」
「……ありがとう」

 それは文化祭委員を応援してくれるってこと? それとも発展させるつもりもない一方的な想いを応援するってこと?
 聞き返したら面倒なことになりそうで、私はそっと疑問を飲み込んだ。
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