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十話
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前回の委員会からちょうど二週間後、纐纈君と私は三階の空き教室に向かって歩いていた。
六月になり、制服は夏服に切り替わった。紺色のブレザーから白いシャツへ、色合いが変わると同時に学校中の雰囲気が明るくなったように感じる。
まだ梅雨入りはしていないが、天気がぐずついているせいか廊下の窓は締め切られている。今はまだ薄暗いだけだけれど、委員会が終わるころには雨が降り出しているかもしれない。
「そういえば、結局、纐纈君はアンケートになんて書いたの?」
階段を登りきり、会話が途切れた今が絶好のタイミングだと話しかける。緊張から、ポケットの中の小さく折りたたんだプリントを握りしめた。
纐纈君は筆跡を変えなかったのか、それとも変えたつもりでクセが残っていたのか。私は、多分これが纐纈君が書いたものだろうなというアンケート用紙を見つけていた。
けれど、もしもそれが別の人が書いたものだったら……。その内容は自意識過剰とも言えそうなもので、「これでしょ!」と言い切るにはかなりの勇気が必要だった。
「わからなかった? オレの」
纐纈君は少し意外そうに私の顔を見た。
「当たりは付けてるよ。でも、違ったら恥ずかしいし」
「じゃあ、同時に言ってみよう」
会話を重ねるうちにわかってきたことだけれど、纐纈君は案外意地悪なところがある。
「恥ずかしいって言ってるのに?」
「違ってたっていいよ。苗木がアンケート用紙とにらめっこしたところを想像するだけで笑えるから」
「言い方が酷いよ」
せめて楽しいって言ってくれたらいいのに、ムクれた私を置き去りに纐纈君は「せーの」と合図を送った。
「「動画上映」」
慌てたせいで大きくなった声は、言葉も声量も纐纈君のものときれいに揃った。飛び上がるくらいにうれしい。
「正解!」と両手で指を差されて、調子に乗って「字幕付き?」と返す。
動画上映と書かれたものは複数あった。だけど、「字幕付き」と書かれていたのはたった一つ。今私の手の中に在るアンケート用紙だけだった。
絶対に間違いない。「動画上映(字幕付き)」は纐纈君が書いたものだ。
「そう。その方がみんな楽しめるだろ。さすがに副音声とか、手話とか対応するのは難しいけどさ」
「何もかも全部対応するのは難しいよ。字幕付きってだけでもすごい! そうやって不便を感じてる人をすくい上げようってしてくれるのが、とてもうれしい!」
なんとか気持ちを伝えたくて、ジェスチャーを交えて大袈裟なくらいに喜びを表現する。
纐纈君はそれを、やさしい眼差しで受け取ってくれた。
私たちはいつも、世界に置いていかれる。当然のことだけれど、世界は圧倒的マジョリティ、五体満足の人達のために最適化されている。ステレオも立体音響も両耳が聞こえないと成立しない。
わからないはずだから、わかってほしいとは思わない。だけど、わかろうとして貰えたらとてもうれしい。それだけなんだ。
「まあ、eスポーツに負けちゃったけどな。苗木もそっちに票入れてたもんな」
「あれは……本当は違う」
今更こんなことを言ったって嘘みたいだけれど、祈るような気持ちで否定した。がっかりした反応を見るのが怖くて俯く。
ちゃんとあの場で訂正すればよかった。どの案に票を投じても結果は変わらなかったのだから、書き換えたって問題なかったのに。
「私は本当に、字幕付きって言葉がうれしかった」
「苗木は焦ると頭の中が真っ白になるタイプだろ。見ててわかったよ。間違って票入れたの。
もしかして、今日提出する分はそこのところ修正してる?」
「してないよ。それはズルい気がしたから」
顔を上げると、纐纈君は笑っていた。
「本当に真面目だよな。苗木は」
信じてくれたことに、胸がぎゅっと痛くなる。
違うよ。私は本当はズルい。委員特権で纐纈君の票を暴いて、あまつさえそのアンケート用紙を拝借してしまったのだから。
勝手にごめんね。お守り代わりに持っていたいんだ。文化祭が終わるまでは。
六月になり、制服は夏服に切り替わった。紺色のブレザーから白いシャツへ、色合いが変わると同時に学校中の雰囲気が明るくなったように感じる。
まだ梅雨入りはしていないが、天気がぐずついているせいか廊下の窓は締め切られている。今はまだ薄暗いだけだけれど、委員会が終わるころには雨が降り出しているかもしれない。
「そういえば、結局、纐纈君はアンケートになんて書いたの?」
階段を登りきり、会話が途切れた今が絶好のタイミングだと話しかける。緊張から、ポケットの中の小さく折りたたんだプリントを握りしめた。
纐纈君は筆跡を変えなかったのか、それとも変えたつもりでクセが残っていたのか。私は、多分これが纐纈君が書いたものだろうなというアンケート用紙を見つけていた。
けれど、もしもそれが別の人が書いたものだったら……。その内容は自意識過剰とも言えそうなもので、「これでしょ!」と言い切るにはかなりの勇気が必要だった。
「わからなかった? オレの」
纐纈君は少し意外そうに私の顔を見た。
「当たりは付けてるよ。でも、違ったら恥ずかしいし」
「じゃあ、同時に言ってみよう」
会話を重ねるうちにわかってきたことだけれど、纐纈君は案外意地悪なところがある。
「恥ずかしいって言ってるのに?」
「違ってたっていいよ。苗木がアンケート用紙とにらめっこしたところを想像するだけで笑えるから」
「言い方が酷いよ」
せめて楽しいって言ってくれたらいいのに、ムクれた私を置き去りに纐纈君は「せーの」と合図を送った。
「「動画上映」」
慌てたせいで大きくなった声は、言葉も声量も纐纈君のものときれいに揃った。飛び上がるくらいにうれしい。
「正解!」と両手で指を差されて、調子に乗って「字幕付き?」と返す。
動画上映と書かれたものは複数あった。だけど、「字幕付き」と書かれていたのはたった一つ。今私の手の中に在るアンケート用紙だけだった。
絶対に間違いない。「動画上映(字幕付き)」は纐纈君が書いたものだ。
「そう。その方がみんな楽しめるだろ。さすがに副音声とか、手話とか対応するのは難しいけどさ」
「何もかも全部対応するのは難しいよ。字幕付きってだけでもすごい! そうやって不便を感じてる人をすくい上げようってしてくれるのが、とてもうれしい!」
なんとか気持ちを伝えたくて、ジェスチャーを交えて大袈裟なくらいに喜びを表現する。
纐纈君はそれを、やさしい眼差しで受け取ってくれた。
私たちはいつも、世界に置いていかれる。当然のことだけれど、世界は圧倒的マジョリティ、五体満足の人達のために最適化されている。ステレオも立体音響も両耳が聞こえないと成立しない。
わからないはずだから、わかってほしいとは思わない。だけど、わかろうとして貰えたらとてもうれしい。それだけなんだ。
「まあ、eスポーツに負けちゃったけどな。苗木もそっちに票入れてたもんな」
「あれは……本当は違う」
今更こんなことを言ったって嘘みたいだけれど、祈るような気持ちで否定した。がっかりした反応を見るのが怖くて俯く。
ちゃんとあの場で訂正すればよかった。どの案に票を投じても結果は変わらなかったのだから、書き換えたって問題なかったのに。
「私は本当に、字幕付きって言葉がうれしかった」
「苗木は焦ると頭の中が真っ白になるタイプだろ。見ててわかったよ。間違って票入れたの。
もしかして、今日提出する分はそこのところ修正してる?」
「してないよ。それはズルい気がしたから」
顔を上げると、纐纈君は笑っていた。
「本当に真面目だよな。苗木は」
信じてくれたことに、胸がぎゅっと痛くなる。
違うよ。私は本当はズルい。委員特権で纐纈君の票を暴いて、あまつさえそのアンケート用紙を拝借してしまったのだから。
勝手にごめんね。お守り代わりに持っていたいんだ。文化祭が終わるまでは。
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