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十一話
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委員会を終え廊下に出ると、ぽつぽつと雨が窓を叩いていた。グラウンドに運動部の声はなく、薄茶色の砂地が焦げ茶色に染まっている。この雨はしばらく止みそうにない。
「お帰り。どうだった? 委員会は」
教室のドアを開けると、意外な人物に迎えられた。
片手をあげ、明るく笑う彼はクラスのムードメーカー、下川君だ。座っている机の上には雨粒にまみれたスポーツバッグが置いてあり、タオルで覆われた髪は濡れてぺしゃんこになっている。どうやら、雨に降られて部活が早く終わったらしい。
「濡れてるなら早く帰れよ。風邪引くぞ」
「このくらいで風邪引くほど、サッカー部はヤワじゃねーよ。それより、結果はどうだったんだ? 勝ち取れたか?」
纐纈君に言っても埒が明かないと思ったのか、下川君は私に向かって問いかけた。
想定外のパス回しに言葉が詰まり、一瞬の静寂を雨音が埋める。「あのね」と絞り出した私の声に、下川君は「だめだったか」と息を吐いた。
「苗木って感情を表に出さない大人しいタイプだと思ってたけど、結構顔に出るんだな。わかりやす過ぎ」
「ごめんね、下川君」
「いや、こっちこそ変な圧かけてごめん」
タイミングが合ったにしろ、わざわざ待っていたくらいなのだから、きっと期待していたのだろうに。申し訳なさに視線を落とすと、纐纈君の手がぽんと私の背中を叩いた。
「そうだよ。下川のことは気にしなくていい」
「なんだよ。その言い方」
「お前は結局、何になろうと楽しめるだろ。そこがお前のいいところなんだから」
「む」
纐纈君の言葉に心臓を撃ち抜かれたらしく、下川君はそれ以上反論しなかった。
「がんばろうぜ。動画上映」
「オレの扱い方をよく知ってるようで、なんか腹立つんだが」
「扱ってるんじゃなくて、頼ってるんだよ。お前の活躍に期待してんの」
「まぁ、悪い気はしないけど」
まんざらでもないようすで、下川君が組んでいた足を組み直す。
「仲いいね」
私が笑うと、二人は「フツーだよ」とぴったりと揃った声で返した。
「で、どうやって決まったんだ?」
「オレがじゃんけんで負けた」
「お前のせいか!」
下川君は怒る素振りを見せるけれど、完全にフリだ。そういうノリなのだろう。私は自分の席がすぐそこにあるのを良いことに、椅子に座って二人のやりとりを観覧することに決めた。
今、外に出ても強い雨に降られるだけだ。雨宿りがてら、この特別な時間を味わわせて貰おう。
「人のせいにするな! そもそも全学年で一クラスしか許可が出なかったんだ。そのせいで倍率が半端なかったんだよ。第二希望が通っただけ褒めろ」
「クソ。先生たちの頭が固いせいか」
「多分な。文化祭は保護者も見に来るから、あっちこっちでゲームやってたら示しがつかないんだろ」
下川君は納得していないようだったが、数秒俯き考えるような仕草をしたかと思うと、カラッとした調子で顔を上げた。
「動画上映も激戦だったのか?」
「ああ。こっちもこっちで大変だったんだからな。三クラスでやりあったんだから」
「へぇ。どうやって勝ったんだ?」
「eスポーツと同じだよ。じゃんけんで勝ったんだ。苗木が」
「やるじゃん」
ぱっと視線がこちらに向けられたため、いやいやと手を振る。纐纈君はそんな私の謙遜を吹き飛ばす勢いで、話を続けた。
「すごかったんだぞ。タイマンになってからの怒涛のグー三連発」
「どっちが手を変えるか、我慢比べみたいになるアレか」
「そうそう。意外と肝が座ってるよな。苗木」
「そんなんじゃないよ。たまたま……」
小学生のような尊敬のまなざしを向けられ、私は背中に冷や汗をかいた。
言えるわけがない。
動画上映をめぐる戦いが最終局面を迎えたあの時、纐纈君のアンケート用紙を握りしめて願掛けをしていたらじゃんけんの合図を聞き逃してしまい、咄嗟に出せたのがグーだけだったなんて。
頑張ればチョキは出せたかもしれないけれど、落として失くすのが嫌で三回ともグーを出してしまった。それがたまたまうまく嵌って動画上映を勝ち取る結果につながった。
もしかして、このお守りはものすごい効力があるんじゃないだろうか。
「そういうわけで、よろしくな」
「おう。やるからには、いいもの作らないとな」
下川君は纐纈君に拳を向けた。纐纈君がそれに応えて拳を合わせる。
男子だなぁと微笑ましく見ていると、二人が同時にこちらを向いた。
「ほら、苗木も手だして」
「うん……」
「じゃあ、オレも神のグーにあやかろっと」
差し出された纐纈君の右手にちょんと拳で触れると、そこに下川君の拳が豪快に割り込んでくる。
「神のグーってなんだよ。ダサイな」
不満げな纐纈君の顔が新鮮で可笑しい。我慢できずに私が噴き出すと、つられて二人も笑い出した。
いつのまにか雨は止み、グラウンドにできた水たまりには澄んだ青空が映っていた。
「お帰り。どうだった? 委員会は」
教室のドアを開けると、意外な人物に迎えられた。
片手をあげ、明るく笑う彼はクラスのムードメーカー、下川君だ。座っている机の上には雨粒にまみれたスポーツバッグが置いてあり、タオルで覆われた髪は濡れてぺしゃんこになっている。どうやら、雨に降られて部活が早く終わったらしい。
「濡れてるなら早く帰れよ。風邪引くぞ」
「このくらいで風邪引くほど、サッカー部はヤワじゃねーよ。それより、結果はどうだったんだ? 勝ち取れたか?」
纐纈君に言っても埒が明かないと思ったのか、下川君は私に向かって問いかけた。
想定外のパス回しに言葉が詰まり、一瞬の静寂を雨音が埋める。「あのね」と絞り出した私の声に、下川君は「だめだったか」と息を吐いた。
「苗木って感情を表に出さない大人しいタイプだと思ってたけど、結構顔に出るんだな。わかりやす過ぎ」
「ごめんね、下川君」
「いや、こっちこそ変な圧かけてごめん」
タイミングが合ったにしろ、わざわざ待っていたくらいなのだから、きっと期待していたのだろうに。申し訳なさに視線を落とすと、纐纈君の手がぽんと私の背中を叩いた。
「そうだよ。下川のことは気にしなくていい」
「なんだよ。その言い方」
「お前は結局、何になろうと楽しめるだろ。そこがお前のいいところなんだから」
「む」
纐纈君の言葉に心臓を撃ち抜かれたらしく、下川君はそれ以上反論しなかった。
「がんばろうぜ。動画上映」
「オレの扱い方をよく知ってるようで、なんか腹立つんだが」
「扱ってるんじゃなくて、頼ってるんだよ。お前の活躍に期待してんの」
「まぁ、悪い気はしないけど」
まんざらでもないようすで、下川君が組んでいた足を組み直す。
「仲いいね」
私が笑うと、二人は「フツーだよ」とぴったりと揃った声で返した。
「で、どうやって決まったんだ?」
「オレがじゃんけんで負けた」
「お前のせいか!」
下川君は怒る素振りを見せるけれど、完全にフリだ。そういうノリなのだろう。私は自分の席がすぐそこにあるのを良いことに、椅子に座って二人のやりとりを観覧することに決めた。
今、外に出ても強い雨に降られるだけだ。雨宿りがてら、この特別な時間を味わわせて貰おう。
「人のせいにするな! そもそも全学年で一クラスしか許可が出なかったんだ。そのせいで倍率が半端なかったんだよ。第二希望が通っただけ褒めろ」
「クソ。先生たちの頭が固いせいか」
「多分な。文化祭は保護者も見に来るから、あっちこっちでゲームやってたら示しがつかないんだろ」
下川君は納得していないようだったが、数秒俯き考えるような仕草をしたかと思うと、カラッとした調子で顔を上げた。
「動画上映も激戦だったのか?」
「ああ。こっちもこっちで大変だったんだからな。三クラスでやりあったんだから」
「へぇ。どうやって勝ったんだ?」
「eスポーツと同じだよ。じゃんけんで勝ったんだ。苗木が」
「やるじゃん」
ぱっと視線がこちらに向けられたため、いやいやと手を振る。纐纈君はそんな私の謙遜を吹き飛ばす勢いで、話を続けた。
「すごかったんだぞ。タイマンになってからの怒涛のグー三連発」
「どっちが手を変えるか、我慢比べみたいになるアレか」
「そうそう。意外と肝が座ってるよな。苗木」
「そんなんじゃないよ。たまたま……」
小学生のような尊敬のまなざしを向けられ、私は背中に冷や汗をかいた。
言えるわけがない。
動画上映をめぐる戦いが最終局面を迎えたあの時、纐纈君のアンケート用紙を握りしめて願掛けをしていたらじゃんけんの合図を聞き逃してしまい、咄嗟に出せたのがグーだけだったなんて。
頑張ればチョキは出せたかもしれないけれど、落として失くすのが嫌で三回ともグーを出してしまった。それがたまたまうまく嵌って動画上映を勝ち取る結果につながった。
もしかして、このお守りはものすごい効力があるんじゃないだろうか。
「そういうわけで、よろしくな」
「おう。やるからには、いいもの作らないとな」
下川君は纐纈君に拳を向けた。纐纈君がそれに応えて拳を合わせる。
男子だなぁと微笑ましく見ていると、二人が同時にこちらを向いた。
「ほら、苗木も手だして」
「うん……」
「じゃあ、オレも神のグーにあやかろっと」
差し出された纐纈君の右手にちょんと拳で触れると、そこに下川君の拳が豪快に割り込んでくる。
「神のグーってなんだよ。ダサイな」
不満げな纐纈君の顔が新鮮で可笑しい。我慢できずに私が噴き出すと、つられて二人も笑い出した。
いつのまにか雨は止み、グラウンドにできた水たまりには澄んだ青空が映っていた。
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