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パーティは危険の香り

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 煌びやかな会場でパーティが催される。

 夜会のために着飾った貴婦人や領地のために話を盛り上げる領主の面々、顔つなぎをして利益を上げようとする者など様々な目的で集まってくる。
 リリーナは会場の中で他の者と同じように忙しく動いていた。

 会場の案内や不備が無いか見て回ったりするのも仕事の一つだ。
 そんな中リリーナに声をかけてくる人物がいた。

 かつてサロンでリリーナに詰め寄ってきた女性。
 ナタリア・ハイエンスだ。
 豪華なドレスを身に纏った彼女は今日一人でリリーナの前に立っていた。

「付いてきなさい。」

 ナタリアはリリーナに告げるとさっさとその場を移動してしまう。

 いきなりの事で驚いたリリーナだったが、今日は会場のお手伝いとして来ている。
 ナタリアは参加している側の人間だ。
 大人しくリリーナは付いていく事にした。

 会場を出て暗い廊下を歩いていく。
 かなり遠くまで歩くと暗がりの中、一人の青年が立っていた。
 金の髪に薄い紫の瞳を持つ青年はこの国の第二王子であるカイル・オステア・イルマークだ。

 顔立ちは若干レオンに似ているが纏っている雰囲気はまるで違う。
 レオンが緩やかな水の流れならばこの男が纏っているのは極寒の冷気だ。

「約束通り連れて参りましたわ。カイル殿下。」

「ほう。これが兄のご執心というかの令嬢か。」

 底知れぬ闇を抱えた瞳に囚われてリリーナは思わず後ずさる。

「何か勘違いをされておいでではありませんか?私は侍女ですもの。」

「はは、これは傑作だな。まるで伝わっていないでは無いか。母に頼んで良かった。これで私は兄に一矢報いることができる。」

 歪んだ笑みを浮かべるカイル殿下はリリーナにゆっくりと歩み寄ってくる。
 ナタリアはこれ以上この場に居たくないと早々に立ち去った。
 じわじわと壁際に追い詰められるリリーナはびしゃりとグラスに入っていた液体をかけられてしまった。

 思わず濡れた服に気を取られたリリーナはカイルの接近を許してしまう。
 壁に手を付かれて退路を阻まれたリリーナはカイル王子がなぜこんな事をするのか不思議でならなかった。
 侍女として城に上がったリリーナは城内の情報をしっかりと掴めるほど交友関係はまだない。

 だからレオン王子とカイル王子の確執も知らなければ正妃と側室のことも知らなかったのだ。
 服にかけられたワインが真っ赤にリリーナの服を濡らしツンとした香りが辺りに充満する。
 リリーナはカイル王子をまっすぐに見つめる。

 その目に浮かんでいるのは歪んだ情欲。

 腕を吊るし上げられたリリーナはカイル王子がこれから何をしようとしているのかを察して体を強張らせた。

「や、やめて……ください。」

「ふっ、顔はなかなか整っているじゃないか。」

 右の手で顎を掴まれてリリーナはますますどうすればいいのか分からない。
 王族相手に攻撃など出来るはずもなく、リリーナはただその場で耐えるしかなかった。
 カイル王子の欲の浮かんだ瞳にぞっと背筋が寒くなる。

 カイルの唇がリリーナのそれと重なりそうになり思わず目を瞑った。
 その動きがぴくりと止まる。
 そろそろと目を開けるとこの場には居ないはずの人物が目に止まる。

「…れ、おん……か。」

 紡いだ言葉は掠れてしまっている。
 自分が震えているのだとリリーナはやっと気が付いた。
 カイルは詰まらなさそうにレオンの方を見る。

「これはこれは、兄上ではありませんか。こんな所に何のようです?」

「……カイル。リリーナを離せ。」

「嫌だといったら?」

「っ、離せ!」

 くるりと体の向きを変えられてリリーナはカイルの腕に囚われる。
 横向きにされた瞬間、侍女服が破かれて白い素肌が露になる。

「…やっ……。」

 柔らかな胸元が外気に晒されてリリーナは叫ぼうとした。
 だが次の瞬間、リリーナに顔を埋めたカイルの舌がリリーナの肌を這いずった。

「…っ……やめっ…。」

 ぞわりと肌に悪寒が走る。
 リリーナの瞳に大粒の涙が溜まってぽろりと零れ落ちた。
 ぽろぽろと止め処なく涙が流れる。

「リリーナ!」

 それを見たレオンは怒りのままにカイルからリリーナを引き剥がして殴り飛ばした。
 カイルは笑った。
 レオンのここまで焦った顔は見た事がなかった。

 口の端から流れた血を舐め取るとゆっくりと立ち上がる。

「どうしたんだい兄上、たかが侍女ごときに本気になるなんて。」

「たかがじゃない。リリーナは私の大切な人だ。」

 リリーナを抱きしめる腕に力が篭りレオンはカイルを睨み付けた。

「継承権一位の私を傷つけてただではすまないですよ?兄上。」

「元より私は王位に興味など無い。それよりも大切な人を傷つけてお前こそただで済むと思うな。」

 にやにやと笑うカイルにレオンは吐き捨てるように告げる。
 もともと王位なんて興味は無いレオンはカイルの愚行に怒りが収まらない。
 そっとリリーナを降ろして更にカイルを攻撃しようとしたレオンを止めたのはリリーナだった。

「お止めくださいレオン殿下、私は……大丈夫ですから。」

 カイルに向かおうとしたレオンをリリーナは抱き付いて止めようとした。

「侍女のためにそのような事をしてはいけません。だからレオン殿下、戻りましょう?」

 レオンを見上げる形でリリーナはレオンに呼びかける。
 柔らかなものがレオンの背中に当たる。

「リリーナ……。」

「はい。レオン殿下。」

「君は本当に……。」

 その先は言葉にせずにレオンはリリーナに自分の上着をそっとかける。

 そしてそのまま抱きかかえるとカイルを睨み付けてからその場を去った。
 その場からはパーティ会場の方へ抜けなければ自室には向かえない。
 レオンはリリーナにしっかりと上着を着せると抱きかかえたまま会場を通り抜けようとしてそのまま歩いた。

 多くの視線がレオンとリリーナに集中する。
 リリーナはなんだか恥ずかしくて顔を俯けた。
 そんな中、レオンに声がかかる。ナタリア嬢だ。

「殿下、なぜそんな侍女を抱えていらっしゃるのです。」

「ナタリア嬢……。」

「まぁ、名前を覚えていて下さったのですか?嬉しいですわレオン殿下。」

「どいてくれ、邪魔だ。」

 その言葉にナタリアは唇を悔しげに噛む。
 そしてリリーナを睨み付ける。

「子爵では釣り合いが取れませんわ。私なら伯爵家ですし十分殿下に釣り合います。」

「悪いが、私にそんな気はないよ。それに君はカイルと共謀してリリーナを傷つけた。私は君を許すことはない。」

 ぴしゃりと言い切られてナタリアは顔を青ざめさせた。
 それでも縋ろうとしたナタリアにずっと顔を俯けていたリリーナが顔を上げる。

「あの、私子爵家ではありませんよ?」

 その言葉にナタリアは笑った。

「では何かしら。男爵家にでも嫁いだのかしら?家柄も弁えずに殿下に擦り寄る愚かなお前が何だというのよ。」

 大勢の前で殿下に振られて愛する人の心を奪ったリリーナに嫉妬の心を向けて居る今、彼女を貶められるなら何でも良かった。

「………名乗ってしまっても宜しいのですか?」

「ふん、どうせ碌でもない家じゃない。言いなさいよ!子爵家ごときが、何だというのよ。」

 リリーナは良いのかなと思いつつ、この状況を見守っている国王に視線を送る。
 頷いた国王から許可を得たとばかりにレオンに降ろすようにお願いした。
 そして淑女の礼をとって挨拶をする。

「では改めましてリリーナ・クライムと申します。クライム公爵家の養女となりましたので、今の私は子爵ではなく、公爵家です。どうぞお見知りおきを。」

 その言葉に会場がざわつく。

「そんな、鈴蘭の姫は子爵じゃなかったのか?」

 多くの貴族がそんな言葉を口々に叫ぶ。
 そして全員の視線が国王に向けられた。

「リリーナ嬢はクライム公爵家の養女だ。まだなったばかりで貴族年鑑にも載っていないが事実だ。」

 その言葉を聞いてナタリアはそんなと呟きながら腰を抜かした。
 子爵家だと侮っていたら自分よりも明らかに身分が上の人物となって居たのだ。
 驚かない方がおかしい。

「ナタリア様、鈴蘭には毒があります。見た目通りの姿ではありませんわ。」

 にっこりと微笑むリリーナにナタリアはもはや言葉も出ない。
 可憐な花だと侮れば実は毒花であったなど思いもしない。
 順々に散っていく見物人たち。

 頭を下げてこれまでの無礼を許してと乞うナタリアだけがその場に残された。
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