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『ユウキの異世界(?)冒険話』
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「ん…?」
まぶたの外が明るい。
あまりに眩しくて僕は目を覚ました。
明るすぎて目が開けられない。
_急に光が消えた。
その瞬間、僕はまた眠くなって……
「おい、お前。起きろ」
誰だろ…?男の人の声がする。お父さんじゃないし…
「さっさと目 開けろ」
「ん、んー…」
僕はごしごしと手で目を擦り、まだぼやける目で側にいる人を見た。
だんだん視界がはっきりしてくる。
知らない人だ。
黒髪で、目は澄んだ水色。不機嫌そうに口を結んでいる。服は…男の妖精さんみたいな服。
「誰…?」
起きたばっかりだから声が掠れた。
「俺は スー だ」
「すー?」
「お前は ユウキ だな?」
「なんで僕の名前、知ってるの?」
「知ってるから知ってんだよ」
「…どういうこと?」
「どーでもいいだろ」
スーは舌打ちをして言った。
「お前と行かなきゃなんねー場所があるんだ。ついてこい」
「あっ、まってよ、スー!」
スーはどんどん歩いていく。
僕は駆け足でスーを追いかける。
「あ、やっべ」
スーが呟いて、急に振り向いた。
「どうしたの?」
僕がそう言おうとした時__
「やっほー、スー♪」
男の人が後ろからスーに抱きついた。
金髪で、目は薄いピンク。背はスーと同じくらいかな?
「やめろ、サク」
「あれっ、ユウキくんじゃーん」
「何で名前…?」
「色々とあってねー」
「ユウキ。こいつ、サク」
「サク、さん…?」
「やめてよー、薬品の名前みたいじゃん」
サクが "サクさん、come in " とか言ってるけど、よくわからない。
「ま、とにかく。僕のことは サク でいいよ」
「わかった!」
「サク」
スーがサクに何か耳打ちした。
サクの顔から笑顔が消えた。
だけどすぐに元の笑顔に戻った。
「ユウキくん、お腹空かない?」
確かにちょっと空いてるかも…。
でも、もし毒とか食べさせられちゃったらどうしよう…。
「安心して!僕が単純にお腹空いてるだけだから!」
「サク。今日はちゃんと金持ってきてんだろうな?」
「……」
「おい」
「…行こっか」
サクは僕に微笑みかける。
僕はとりあえず頷いた。
「今日で最後だぞ」
スーは深いため息をつきながら言った。
「やっぱ、スーは優しいねー」
「ばっ!そんなんじゃねーよ」
スーが思いっきり顔を背ける。
これが "つんでれ" っていうものなのかな?
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「さ、ユウキくん!好きなもの、いっぱい注文しちゃって良いからね~」
「え、あ、はいっ」
「おい、サク。俺の金ってこと忘れんな。…でも、ユウキは遠慮せず沢山食べていいからな」
「あ、ありがとう…」
僕はハンバーグを頼んだ。
メニューに載っている食べ物は、僕がいつも家族と行くレストランとほとんど一緒だった。
街のようすもほぼ同じだし。
違うのは服装と、髪の毛の色、あと目の色
ぐらいかな?
僕は普段着で、髪も目も真っ黒のままなんだけど…。
「なぁ、ユウキ」
スーがこっちを見ている。
「何?」
「何でお前がここにいるか わかるか?」
「わかんない」
「今な。お前は夢を見てr「わぁーっ!!」
サクがスーの言葉を遮るように叫んだ。
「馬鹿っ、言っちゃったら駄目だろ」
「言っても良くね?」
「もしものことがあったら どーすんだよ」
「…そうだな。」
「お待たせしました~!ハンバーグのお客様ー」
スーが手のひらで僕を指した。
僕の前に美味しそうなハンバーグが置かれる。
「オムライスの方ー」
スーが小さく手をあげる。
スーは目の前に置かれたオムライスをじっと見つめている。
サクの前には、ミートドリア、カルボナーラ、海鮮丼、寿司、ピザ など沢山の料理が置かれた。
テーブルがいっぱいで、ぎゅうぎゅう詰めになる。
「お前、そんなに食べきれんのか?」
「いつも こうだろー?」
「こんなに食べても太らないとかどーなってんの」
「さっ、早く食べよ食べよ!冷めたら美味しくなくなっちゃう!」
「せーの」
「「「いただきまーす」」」
僕はガチャガチャとフォークを動かしてハンバーグを一口サイズに切る。
「あれっ、ユウキくん、ナイフ使わないの?」
「使い方、よくわかんない…」
「じゃあ、この優しいサク様が教えてあげよう」
えっへん、と威張る真似をするサクを、スーが冷ややかに見つめていた。
「まず、ナイフ持って。あ、違う違う!右手。右利きだよね?扱いやすい方がナイフね。」
僕は左に持ってしまっていたナイフを右に持ち変えた。
「で、左手にフォーク持って、ハンバーグ軽く押さえて。あ、左から切ってくよ」
初めて知ることばっかり。
「で、こうやって…そうそう!切れたら、左のフォークでそのまま食べる。よし、出来たじゃん!」
僕は口に入れたハンバーグを味わう。すっごく美味しい!
僕の手は止まらなくなった。
「…にしても、スーは ほんとにオムライス好きだね」
「…おいひいだろ」
「頬張りながら喋んないでー」
スーがオムライス好きってちょっと意外だなぁ…
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「ふぁーー!美味かったー!ごちそうさまでした~」
サクはあれほどあった食べ物を全て胃の中に送り込んだ。
「ごちそうさまでした」
スーが手を合わせて小さく呟く。
「ごちそうさまでした!」
僕も続けて言った。
「さっ、どーする?スー」
「…流石に今日は無理だよな」
「そうだねー」
うーん とサクは考え込むと、ふと顔をあげた。
「そうだ!スーの家へ行こう☆」
「はぁ!?何で俺の家なんだよ」
「良いじゃん。いつもキレイなんだし」
「でも」
「ユウキくん、今日 泊まるとこ無いよ?一人で野宿させるつもり?」
「いや…」
「最近、変なオッサンいっぱい いるからねー。小さい男の子狙って、セッ「もういい!わかったよ!泊めるから もう言うな!」
「おっ、わかってくれたか。良かったね、ユウキくん」
「う、うん!」
「じゃ、行くぞ。ついてこい」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「おい、サク」
「ん…何ぃ……?」
「来て そうそう ベッドに寝転ぶな」
「僕、もう眠い…」
「ユウキ戸惑ってんだろ」
「ふぇー…」
「ユウキがここで寝るんだぞ。サクは早く帰れ」
「え~、やだー。僕も一緒に泊まる~」
「はぁ?」
「僕と一緒に熱い夜を過ごそうよぉ…」
「あ?何寝ぼけてんだ。早くどけ」
「にゃむ…ユウキくん…一緒に寝よう…?」
「えっ」
「サク。いい加減にしろ」
「ね、ユウキくん。良いよね…?」
「あ、えと、僕は別に…」
「ちょっ、ユウキ…」
「ほぉーら、スー。ユウキくんは良いって言ってるじゃんか~」
「…ユウキ。ほんとに良いのか?」
「うん」
「ごめんな、ユウキ。おい サク。風呂入ってこいよ」
「ふぇぇい」
「あの、僕は…?」
「すまん、サクの後でも良いか…?」
「僕、サクと一緒に入ろうか?」
「…やめといた方がいい。アイツが"変なオッサン"になりそうで怖い」
「ならねぇよぉ」
「お前は早く風呂入ってこい。ユウキが待ってんだぞ」
「へぇーい…」
サクがお風呂場だと思われる部屋に入っていった。
スーは引き出しからジャージと下着類を取り出し、それをお風呂場へ持っていった。
スーの家はキチンと整理整頓されていて、無駄なものが無い。
唯一あるのは、テーブルの上にある一冊の漫画だった。
僕はそれに手を伸ばした__
「それはまだお前には早えーよ」
スーが戻ってきた。
「どんなお話なの?面白い?」
「まあまあだな。…そうだ。お前、服無いよな」
「うん」
「これでいいか?」
スーが広げた服は、丈の長いパーカーだった。
きっとスーでちょっと長いくらいの丈だ。
「うん、ありがとう」
「あぁ」
パーカーは派手な黄緑色で、スーが絶対着ないようなものだった。
スーが着ている姿を想像すると……
…意外と似合うかも……。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「ユウキ。風呂空いたから入ってこい」
「あ、わかった」
「ゆうひくぅん…」
お風呂上がりでホカホカなサクは呂律が回っていない。
「ねぇ、スー」
「何だ?」
「サクってお酒飲んでたっけ…?」
「飲んでねーよ。いつもこうだ。眠くなると酔っ払いみたいになる」
「そうなんだ」
そんな人もいるんだ…
そうだ。僕は気になっていたことを聞く。
「今日、どうして妖精さんみたいな格好していたの?」
「…そういう祭りだよ」
「そうなんだぁ」
「そんなことより ほら、さっさと風呂入れ」
「はぁい」
僕は脱衣所に向かった。そこには__
__サクの脱ぎ散らかした服が散乱していた。
僕はそれを端に固めて、服を脱ぎ始めた。
正面の鏡に、僕の裸の上半身が映る。
「あれ…?」
僕の体に不思議なマークが刻まれていた。
大きな木の絵のように見える。
何で?いつ?誰に?
洗ったら取れるかな…?
僕は服を全て脱ぎ、ほんのり冷たいシャワーを浴びた。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
……刻まれたマークは取れなかった。
「ねぇ、スー」
「お、出たか。服、いい感じだな。良かった」
「あの、これ見てほしいの」
僕は上の服を脱ぐ。
「これ、何かわかる…?」
「……」
「どうして、黙っちゃうの?」
「…このマークはお前の証明かもな」
「…?」
「さ、寝ろ寝ろ!もうサクはグッスリだぞ」
「あ…うん、おやすみ…」
「おー、おやすみ」
僕はサクと壁の隙間に入り込んだ。
サクは クスゥクスゥ、と寝息をたてながら熟睡している。
僕の体にできたマーク。
その意味を知ることはできるのかな……?
…そんなことを考えていたら、だんだん眠く……
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「おーい、起きろー」
僕はスーの声で目を覚ます。
「おはよぅ、スー」
「おはよ、ユウキ。…おい、サク!もうユウキ起きたぞ!」
「んぅ~…むにゃ」
「仕方ねぇなぁ~…」
スーがサクの肩に手を置く。
「ほーら。起きろ、起きろって」
スーはサクの肩を激しく揺すった。
「後、五分…」
「今日、行かなきゃなんねーんだろ」
「はっ!!」
サクが勢いよく体を起こす。
「やっべ!早く用意しないと」
「ユウキ。昨日 服、洗濯しといたから」
スーが指を指した先には畳まれた僕の服があった。
少し不格好な畳み方だったけど、スーが畳んでくれたんだと思うととても嬉しかった。
「ありがとう!」
スーは微笑んだ。
袖を通すと、スーのいい匂いがした。
「なぁ、スー」
サクがスーに手招きをしている。
スーはサクのもとへ歩いていった。
サクの顔は、少し暗かった。
数分後、二人は神妙な面持ちで戻ってきた。
「ユウキ。聞いてくれ」
「…何?」
「あのな」
「これから、少し激しい戦いに巻き込まれるかもしれない」
「え?」
「強~い敵がいてね。ユウキくんのこと、狙ってるんだ。」
「どうして?」
「…人間の血は、美味しいからかな」
「スーとサクは、人間じゃないの?」
「…どうだろうな」
「とにかく、ユウキくんがこの世界から出るためには敵のもとへ行かなくちゃいけないんだ」
「ユウキも、早く家に帰りたいだろ?」
僕は小さく頷いた。
「ヒュキラー_敵に会いに行く前に、ソルトとシュガーに会いに行く。良いな?」
「りょーかい」
僕たちは一列に並んで、歩き始めた。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「あっ、いたいた。おーい、ソルト~、シュガー~!」
「あれー?サックンだ~」
「スーちゃんもいる~!あと……誰?」
一人は薄い水色の髪にハッキリとしたピンク色の目の男の子。
もう一人は薄いピンク色の髪を二つ括りにしている、水色の目の女の子。
二人とも僕より少し低いぐらいの身長だ。
「ソルト。今から俺たち、ヒュキラーに会いに行くんだけど」
「えぇっ!ヒュキラーに?」
男の子がソルトのようだ。
「ダメだよ。そこの子、人間でしょ?殺されちゃうよ」
「そうだよそうだよ!危険だよ!」
二人は頭をブンブンと横に振り、スーの体にすがり付いている。
「もう人間の子が殺されちゃうの、やだよぉ…」
「大丈夫だよ。ユウキくんは僕たちが守るから。」
「ねぇ、これ…」
シュガーが涙目で小さな袋を僕に渡した。
「これ、お守り。」
「ありがとう…」
僕はコロンとした小さなお守りをズボンのポケットにしまった。
「ヒュキラーに会うためには、この道から行った方がいいと思うよ」
「わかった」
「あと、ここには気をつけて」
「ああ」
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「気をつけてね」
「おう」
僕は歩きだした二人の背について歩く。
後ろを振り向くと、手を振る二人の姿が見えた。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「ねぇ、スー。後どれくらい?」
「ソルトが教えてくれた道だと、もうすぐだな」
僕はひたすら二人の後を追う。
二人の歩幅は大きいから、僕は早歩きをしないといけない。
「…あそこだ」
木と木の間から、黒いお城が見える。
こんなところ、あったんだ…。
二人が少し早足になったので、僕は小走りで追いかけた。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「お邪魔します」
スーが扉を押すと、扉は難なく開いた。
薄暗い廊下。誰もいない。
僕たちの足音が高く響く。
突き当たりの階段を上る。
ひたすら廊下を歩く。
すると、大きな扉が現れた。
コンコン。スーが扉をノックする。
「誰だ」
扉の向こうから声が聞こえた。
「私はスーと申します。三人で参りました。」
「僕はサクです。」
「ぼ、僕はユウキです」
「"ユウキ"…か。お前、人間か?」
「は、はい」
「そうかそうか」
扉の向こうで舌なめずりをする。
「さあ、どうぞ。お入りください」
さっきと態度が明らかに違う。
急に優しくなった。
スーが先に入り、サクは僕を守るようにしてゆっくり入った。
「ヒュキラーさん。ユウキを元の世界へ返してあげてください」
ヒュキラーは、人間の形をしていた。
闇夜のような真っ黒な髪。燃えたぎる炎のような赤い目。
「"返す"?何で?こーんなにも美味しそうなのに?」
嘲笑うヒュキラーの歯は、鋭く尖っていた。
「さあ、早くボクに渡してよ。美味しそうな"ニンゲン"をさ」
「渡すわけねーだろ」
「はぁ?」
ヒュキラーの顔が険しくなる。
「くれないのなら…」
ヒュキラーがニヤッと笑う。
「力ずくで奪うしかないよねぇ!」
ヒュキラーはそう言うと同時に僕の方へ跳んできた。
サクが僕の前に立ちはだかり、右手を前にだした。
不思議なオーラが僕を包む。
「クソッ、シールドか」
「はぁ~~っ!!」
スーが剣を後ろから振り落とそうとする。
…が、ヒュキラーは素早く振り向き避けた。
「あれれ~?おっそいなぁー。そんなんじゃボクを倒せないよー?」
ヒュキラーは嘲笑いながらスーのお腹を蹴った。
「ぐっ…」
「そこの…サクだっけ?シールドも時間、限界なんじゃない?」
シールドは薄くなり、消えかけている。
…そして、ついにシールドは完全に消えた。
サクは大きな力を使ったのか、息が切れている。
「ユウキ…っ!」
「安心して。すぐに血を飲むわけじゃないよ。もう少し虐めてからね」
ヒュキラーは薄く微笑んだ。
「心の闇が深いほど、血が美味しいからね」
「やめろ…っ!」
「あのね、ユウキくん」
ヒュキラーが少し首をかしげる。
「ユウキくんはね…」
「要らない存在なんだよ」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「いらない…そんざい?」
「そうだよ。みーんな、思ってるんだよ。」
「ユウキ!ヒュキラーの言葉を信じるな!」
「お母さんも、お父さんも、ユウキくんが産まれたときから思ってるんだよ」
「ユウキくん…っ!」
「早く死ねばいい。面倒くさい。大嫌いだーって」
僕は、今まで迷惑をかけて生きていたの…?
いつも、笑顔だった。
その笑顔は、偽物だったの…?
心の中で、僕を嫌っていたの…?
「生まれてきてくれてありがとう」
この言葉は嘘だったの…?
僕は、みんなの邪魔者だったの…?
僕は、死んだらいいの…?
「ユウキ!!」
スーの声で我に返る。
「ユウキ、ヒュキラーの言葉は全部嘘だ!」
「…その言葉も、嘘…?」
「嘘じゃない!」
誰も信じられない。
もう、誰も…
「ユウキくん、聞いて!」
僕はサクの方を見る。
「"ユウキ"って、どんな漢字で書くか知ってる?」
「…まだ知らない」
「優しい って漢字と、樹って漢字なんだよ」
「…?」
「『優しくて、大きな樹のように たくましい子に育ちますように』っていう願いが込められているんだよ」
そう、なんだ…
「後、『目の前に困難が立ちはだかっても、"勇気"を出して立ち向かえるように』って」
"ユウキ"を出して…
「胸のマーク」
僕はスーの方を見る。
「大きな樹が描いてあるだろ?」
「…ほんとうだ」
「ユウキくんは、愛されているんだよ。…亡くなったお母さんも、ずーっとユウキのこと、愛してた」
僕のお母さんは、小さいときに病気で亡くなってしまった。
「ユウキ。ヒュキラーに、気持ちを伝えろ。そうしたら、帰れる」
「…わかった」
「クソッ、心の闇が薄く…っ」
「ヒュキラー!」
「何だ」
「僕、お家に帰りたい!」
「ダメだ」
「僕のこと、愛してくれる人がいるお家へ帰りたい!」
「だからダメ…」
僕は全力で叫ぶ。
「僕に素敵な名前をつけてくれた人がいるお家へ帰りたい!」
…え?
胸のマークが急に光だした。
その光は眩しくて、この世界に来たときの光によく似ていて…
だんだん意識が朦朧としてくる。
「ユウキ!またな!」
「ユウキくん、元気でね!」
「ぅん…スーとサクも元気でね…」
そう言うのが精一杯だった。
気付くと、僕は自分の部屋のベッドの上にいた。
僕は胸のマークを確認する。
……無い。
夢…?
いや、そんなこと無い。
僕は、確かにあの世界に行ったんだ。
僕の服から微かにスーの匂いがした気がした。
コンコン。部屋のドアがノックされる。
「ユウキ。起きてるか?」
お父さんだ。
「うん。おはよう!」
「おはよう」
お父さんが微笑む。
「…ユウキ。大事なお話があるんだ」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「"大事なお話"…?」
「あのな、優樹。」
少し間が空く。
「新しいお母さんができるんだ」
「新しい、お母さん…?」
「そうだ。お父さん、素敵な人に出会ったんだ。」
「そうなんだ」
「今日のお昼、その人が会いに来るから」
「わかった」
僕の、新しいお母さん…
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
ピーンポーン。
「来たみたいだな。」
お父さんが玄関へ向かう。
しばらくすると、お父さんは一人の女の人をつれて戻ってきた。
「こんにちは、優樹くん」
「こ、こんにちは…」
髪が長く、右目の下にほくろがある優しそうな人だ。
「私はね、"紗友里"っていうの。」
「紗友里、さん…」
「"お母さん"でいいよ。これからよろしくね、優樹くん」
僕のお母さんは、髪が短くて目がパッチリしていて…
紗友里さんは、僕のお母さんじゃない…
「ゆっくりで良いのよ。急に"お母さん"なんて難しいよね。"ママ"とかでも良いよ。」
「優樹。紗友里さんはとても優しい人なんだ。ちゃんと目を合わせなさい」
「良いのよ、春樹。私も早く優花さんみたいになれるように努力するから」
紗友里さんがフワッと笑う。
「"優樹"って、いい名前だね」
!!!
「そうでしょ!"優しくて、大きな樹のようにたくましい子に育つように"って付けてくれたんだよ!後ね、"勇気が出せるように"って!」
「優樹…お父さん、そんなこと教えたことあったっけ…?」
「ううん!」
「じゃあ、何で知って…」
「スーとサクが教えてくれたんだ!」
「スーとサク…?友達か?」
「うん!」
「友達が何で知ってるんだ?」
「さぁ…夢で見たんじゃない?」
「夢じゃないもん!」
「そっか。じゃあ私に後でお話ししてくれるかな?」
「うん!」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
春樹は、飾ってある優花と優樹の三人で写った写真を見た。
そして、笑顔の優花に心の中で話しかけた。
_もうひとつの理由を優樹が知るのは、もう少し大きくなってからかな。__と。
まぶたの外が明るい。
あまりに眩しくて僕は目を覚ました。
明るすぎて目が開けられない。
_急に光が消えた。
その瞬間、僕はまた眠くなって……
「おい、お前。起きろ」
誰だろ…?男の人の声がする。お父さんじゃないし…
「さっさと目 開けろ」
「ん、んー…」
僕はごしごしと手で目を擦り、まだぼやける目で側にいる人を見た。
だんだん視界がはっきりしてくる。
知らない人だ。
黒髪で、目は澄んだ水色。不機嫌そうに口を結んでいる。服は…男の妖精さんみたいな服。
「誰…?」
起きたばっかりだから声が掠れた。
「俺は スー だ」
「すー?」
「お前は ユウキ だな?」
「なんで僕の名前、知ってるの?」
「知ってるから知ってんだよ」
「…どういうこと?」
「どーでもいいだろ」
スーは舌打ちをして言った。
「お前と行かなきゃなんねー場所があるんだ。ついてこい」
「あっ、まってよ、スー!」
スーはどんどん歩いていく。
僕は駆け足でスーを追いかける。
「あ、やっべ」
スーが呟いて、急に振り向いた。
「どうしたの?」
僕がそう言おうとした時__
「やっほー、スー♪」
男の人が後ろからスーに抱きついた。
金髪で、目は薄いピンク。背はスーと同じくらいかな?
「やめろ、サク」
「あれっ、ユウキくんじゃーん」
「何で名前…?」
「色々とあってねー」
「ユウキ。こいつ、サク」
「サク、さん…?」
「やめてよー、薬品の名前みたいじゃん」
サクが "サクさん、come in " とか言ってるけど、よくわからない。
「ま、とにかく。僕のことは サク でいいよ」
「わかった!」
「サク」
スーがサクに何か耳打ちした。
サクの顔から笑顔が消えた。
だけどすぐに元の笑顔に戻った。
「ユウキくん、お腹空かない?」
確かにちょっと空いてるかも…。
でも、もし毒とか食べさせられちゃったらどうしよう…。
「安心して!僕が単純にお腹空いてるだけだから!」
「サク。今日はちゃんと金持ってきてんだろうな?」
「……」
「おい」
「…行こっか」
サクは僕に微笑みかける。
僕はとりあえず頷いた。
「今日で最後だぞ」
スーは深いため息をつきながら言った。
「やっぱ、スーは優しいねー」
「ばっ!そんなんじゃねーよ」
スーが思いっきり顔を背ける。
これが "つんでれ" っていうものなのかな?
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「さ、ユウキくん!好きなもの、いっぱい注文しちゃって良いからね~」
「え、あ、はいっ」
「おい、サク。俺の金ってこと忘れんな。…でも、ユウキは遠慮せず沢山食べていいからな」
「あ、ありがとう…」
僕はハンバーグを頼んだ。
メニューに載っている食べ物は、僕がいつも家族と行くレストランとほとんど一緒だった。
街のようすもほぼ同じだし。
違うのは服装と、髪の毛の色、あと目の色
ぐらいかな?
僕は普段着で、髪も目も真っ黒のままなんだけど…。
「なぁ、ユウキ」
スーがこっちを見ている。
「何?」
「何でお前がここにいるか わかるか?」
「わかんない」
「今な。お前は夢を見てr「わぁーっ!!」
サクがスーの言葉を遮るように叫んだ。
「馬鹿っ、言っちゃったら駄目だろ」
「言っても良くね?」
「もしものことがあったら どーすんだよ」
「…そうだな。」
「お待たせしました~!ハンバーグのお客様ー」
スーが手のひらで僕を指した。
僕の前に美味しそうなハンバーグが置かれる。
「オムライスの方ー」
スーが小さく手をあげる。
スーは目の前に置かれたオムライスをじっと見つめている。
サクの前には、ミートドリア、カルボナーラ、海鮮丼、寿司、ピザ など沢山の料理が置かれた。
テーブルがいっぱいで、ぎゅうぎゅう詰めになる。
「お前、そんなに食べきれんのか?」
「いつも こうだろー?」
「こんなに食べても太らないとかどーなってんの」
「さっ、早く食べよ食べよ!冷めたら美味しくなくなっちゃう!」
「せーの」
「「「いただきまーす」」」
僕はガチャガチャとフォークを動かしてハンバーグを一口サイズに切る。
「あれっ、ユウキくん、ナイフ使わないの?」
「使い方、よくわかんない…」
「じゃあ、この優しいサク様が教えてあげよう」
えっへん、と威張る真似をするサクを、スーが冷ややかに見つめていた。
「まず、ナイフ持って。あ、違う違う!右手。右利きだよね?扱いやすい方がナイフね。」
僕は左に持ってしまっていたナイフを右に持ち変えた。
「で、左手にフォーク持って、ハンバーグ軽く押さえて。あ、左から切ってくよ」
初めて知ることばっかり。
「で、こうやって…そうそう!切れたら、左のフォークでそのまま食べる。よし、出来たじゃん!」
僕は口に入れたハンバーグを味わう。すっごく美味しい!
僕の手は止まらなくなった。
「…にしても、スーは ほんとにオムライス好きだね」
「…おいひいだろ」
「頬張りながら喋んないでー」
スーがオムライス好きってちょっと意外だなぁ…
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「ふぁーー!美味かったー!ごちそうさまでした~」
サクはあれほどあった食べ物を全て胃の中に送り込んだ。
「ごちそうさまでした」
スーが手を合わせて小さく呟く。
「ごちそうさまでした!」
僕も続けて言った。
「さっ、どーする?スー」
「…流石に今日は無理だよな」
「そうだねー」
うーん とサクは考え込むと、ふと顔をあげた。
「そうだ!スーの家へ行こう☆」
「はぁ!?何で俺の家なんだよ」
「良いじゃん。いつもキレイなんだし」
「でも」
「ユウキくん、今日 泊まるとこ無いよ?一人で野宿させるつもり?」
「いや…」
「最近、変なオッサンいっぱい いるからねー。小さい男の子狙って、セッ「もういい!わかったよ!泊めるから もう言うな!」
「おっ、わかってくれたか。良かったね、ユウキくん」
「う、うん!」
「じゃ、行くぞ。ついてこい」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「おい、サク」
「ん…何ぃ……?」
「来て そうそう ベッドに寝転ぶな」
「僕、もう眠い…」
「ユウキ戸惑ってんだろ」
「ふぇー…」
「ユウキがここで寝るんだぞ。サクは早く帰れ」
「え~、やだー。僕も一緒に泊まる~」
「はぁ?」
「僕と一緒に熱い夜を過ごそうよぉ…」
「あ?何寝ぼけてんだ。早くどけ」
「にゃむ…ユウキくん…一緒に寝よう…?」
「えっ」
「サク。いい加減にしろ」
「ね、ユウキくん。良いよね…?」
「あ、えと、僕は別に…」
「ちょっ、ユウキ…」
「ほぉーら、スー。ユウキくんは良いって言ってるじゃんか~」
「…ユウキ。ほんとに良いのか?」
「うん」
「ごめんな、ユウキ。おい サク。風呂入ってこいよ」
「ふぇぇい」
「あの、僕は…?」
「すまん、サクの後でも良いか…?」
「僕、サクと一緒に入ろうか?」
「…やめといた方がいい。アイツが"変なオッサン"になりそうで怖い」
「ならねぇよぉ」
「お前は早く風呂入ってこい。ユウキが待ってんだぞ」
「へぇーい…」
サクがお風呂場だと思われる部屋に入っていった。
スーは引き出しからジャージと下着類を取り出し、それをお風呂場へ持っていった。
スーの家はキチンと整理整頓されていて、無駄なものが無い。
唯一あるのは、テーブルの上にある一冊の漫画だった。
僕はそれに手を伸ばした__
「それはまだお前には早えーよ」
スーが戻ってきた。
「どんなお話なの?面白い?」
「まあまあだな。…そうだ。お前、服無いよな」
「うん」
「これでいいか?」
スーが広げた服は、丈の長いパーカーだった。
きっとスーでちょっと長いくらいの丈だ。
「うん、ありがとう」
「あぁ」
パーカーは派手な黄緑色で、スーが絶対着ないようなものだった。
スーが着ている姿を想像すると……
…意外と似合うかも……。
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「ユウキ。風呂空いたから入ってこい」
「あ、わかった」
「ゆうひくぅん…」
お風呂上がりでホカホカなサクは呂律が回っていない。
「ねぇ、スー」
「何だ?」
「サクってお酒飲んでたっけ…?」
「飲んでねーよ。いつもこうだ。眠くなると酔っ払いみたいになる」
「そうなんだ」
そんな人もいるんだ…
そうだ。僕は気になっていたことを聞く。
「今日、どうして妖精さんみたいな格好していたの?」
「…そういう祭りだよ」
「そうなんだぁ」
「そんなことより ほら、さっさと風呂入れ」
「はぁい」
僕は脱衣所に向かった。そこには__
__サクの脱ぎ散らかした服が散乱していた。
僕はそれを端に固めて、服を脱ぎ始めた。
正面の鏡に、僕の裸の上半身が映る。
「あれ…?」
僕の体に不思議なマークが刻まれていた。
大きな木の絵のように見える。
何で?いつ?誰に?
洗ったら取れるかな…?
僕は服を全て脱ぎ、ほんのり冷たいシャワーを浴びた。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
……刻まれたマークは取れなかった。
「ねぇ、スー」
「お、出たか。服、いい感じだな。良かった」
「あの、これ見てほしいの」
僕は上の服を脱ぐ。
「これ、何かわかる…?」
「……」
「どうして、黙っちゃうの?」
「…このマークはお前の証明かもな」
「…?」
「さ、寝ろ寝ろ!もうサクはグッスリだぞ」
「あ…うん、おやすみ…」
「おー、おやすみ」
僕はサクと壁の隙間に入り込んだ。
サクは クスゥクスゥ、と寝息をたてながら熟睡している。
僕の体にできたマーク。
その意味を知ることはできるのかな……?
…そんなことを考えていたら、だんだん眠く……
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「おーい、起きろー」
僕はスーの声で目を覚ます。
「おはよぅ、スー」
「おはよ、ユウキ。…おい、サク!もうユウキ起きたぞ!」
「んぅ~…むにゃ」
「仕方ねぇなぁ~…」
スーがサクの肩に手を置く。
「ほーら。起きろ、起きろって」
スーはサクの肩を激しく揺すった。
「後、五分…」
「今日、行かなきゃなんねーんだろ」
「はっ!!」
サクが勢いよく体を起こす。
「やっべ!早く用意しないと」
「ユウキ。昨日 服、洗濯しといたから」
スーが指を指した先には畳まれた僕の服があった。
少し不格好な畳み方だったけど、スーが畳んでくれたんだと思うととても嬉しかった。
「ありがとう!」
スーは微笑んだ。
袖を通すと、スーのいい匂いがした。
「なぁ、スー」
サクがスーに手招きをしている。
スーはサクのもとへ歩いていった。
サクの顔は、少し暗かった。
数分後、二人は神妙な面持ちで戻ってきた。
「ユウキ。聞いてくれ」
「…何?」
「あのな」
「これから、少し激しい戦いに巻き込まれるかもしれない」
「え?」
「強~い敵がいてね。ユウキくんのこと、狙ってるんだ。」
「どうして?」
「…人間の血は、美味しいからかな」
「スーとサクは、人間じゃないの?」
「…どうだろうな」
「とにかく、ユウキくんがこの世界から出るためには敵のもとへ行かなくちゃいけないんだ」
「ユウキも、早く家に帰りたいだろ?」
僕は小さく頷いた。
「ヒュキラー_敵に会いに行く前に、ソルトとシュガーに会いに行く。良いな?」
「りょーかい」
僕たちは一列に並んで、歩き始めた。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「あっ、いたいた。おーい、ソルト~、シュガー~!」
「あれー?サックンだ~」
「スーちゃんもいる~!あと……誰?」
一人は薄い水色の髪にハッキリとしたピンク色の目の男の子。
もう一人は薄いピンク色の髪を二つ括りにしている、水色の目の女の子。
二人とも僕より少し低いぐらいの身長だ。
「ソルト。今から俺たち、ヒュキラーに会いに行くんだけど」
「えぇっ!ヒュキラーに?」
男の子がソルトのようだ。
「ダメだよ。そこの子、人間でしょ?殺されちゃうよ」
「そうだよそうだよ!危険だよ!」
二人は頭をブンブンと横に振り、スーの体にすがり付いている。
「もう人間の子が殺されちゃうの、やだよぉ…」
「大丈夫だよ。ユウキくんは僕たちが守るから。」
「ねぇ、これ…」
シュガーが涙目で小さな袋を僕に渡した。
「これ、お守り。」
「ありがとう…」
僕はコロンとした小さなお守りをズボンのポケットにしまった。
「ヒュキラーに会うためには、この道から行った方がいいと思うよ」
「わかった」
「あと、ここには気をつけて」
「ああ」
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「気をつけてね」
「おう」
僕は歩きだした二人の背について歩く。
後ろを振り向くと、手を振る二人の姿が見えた。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「ねぇ、スー。後どれくらい?」
「ソルトが教えてくれた道だと、もうすぐだな」
僕はひたすら二人の後を追う。
二人の歩幅は大きいから、僕は早歩きをしないといけない。
「…あそこだ」
木と木の間から、黒いお城が見える。
こんなところ、あったんだ…。
二人が少し早足になったので、僕は小走りで追いかけた。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「お邪魔します」
スーが扉を押すと、扉は難なく開いた。
薄暗い廊下。誰もいない。
僕たちの足音が高く響く。
突き当たりの階段を上る。
ひたすら廊下を歩く。
すると、大きな扉が現れた。
コンコン。スーが扉をノックする。
「誰だ」
扉の向こうから声が聞こえた。
「私はスーと申します。三人で参りました。」
「僕はサクです。」
「ぼ、僕はユウキです」
「"ユウキ"…か。お前、人間か?」
「は、はい」
「そうかそうか」
扉の向こうで舌なめずりをする。
「さあ、どうぞ。お入りください」
さっきと態度が明らかに違う。
急に優しくなった。
スーが先に入り、サクは僕を守るようにしてゆっくり入った。
「ヒュキラーさん。ユウキを元の世界へ返してあげてください」
ヒュキラーは、人間の形をしていた。
闇夜のような真っ黒な髪。燃えたぎる炎のような赤い目。
「"返す"?何で?こーんなにも美味しそうなのに?」
嘲笑うヒュキラーの歯は、鋭く尖っていた。
「さあ、早くボクに渡してよ。美味しそうな"ニンゲン"をさ」
「渡すわけねーだろ」
「はぁ?」
ヒュキラーの顔が険しくなる。
「くれないのなら…」
ヒュキラーがニヤッと笑う。
「力ずくで奪うしかないよねぇ!」
ヒュキラーはそう言うと同時に僕の方へ跳んできた。
サクが僕の前に立ちはだかり、右手を前にだした。
不思議なオーラが僕を包む。
「クソッ、シールドか」
「はぁ~~っ!!」
スーが剣を後ろから振り落とそうとする。
…が、ヒュキラーは素早く振り向き避けた。
「あれれ~?おっそいなぁー。そんなんじゃボクを倒せないよー?」
ヒュキラーは嘲笑いながらスーのお腹を蹴った。
「ぐっ…」
「そこの…サクだっけ?シールドも時間、限界なんじゃない?」
シールドは薄くなり、消えかけている。
…そして、ついにシールドは完全に消えた。
サクは大きな力を使ったのか、息が切れている。
「ユウキ…っ!」
「安心して。すぐに血を飲むわけじゃないよ。もう少し虐めてからね」
ヒュキラーは薄く微笑んだ。
「心の闇が深いほど、血が美味しいからね」
「やめろ…っ!」
「あのね、ユウキくん」
ヒュキラーが少し首をかしげる。
「ユウキくんはね…」
「要らない存在なんだよ」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「いらない…そんざい?」
「そうだよ。みーんな、思ってるんだよ。」
「ユウキ!ヒュキラーの言葉を信じるな!」
「お母さんも、お父さんも、ユウキくんが産まれたときから思ってるんだよ」
「ユウキくん…っ!」
「早く死ねばいい。面倒くさい。大嫌いだーって」
僕は、今まで迷惑をかけて生きていたの…?
いつも、笑顔だった。
その笑顔は、偽物だったの…?
心の中で、僕を嫌っていたの…?
「生まれてきてくれてありがとう」
この言葉は嘘だったの…?
僕は、みんなの邪魔者だったの…?
僕は、死んだらいいの…?
「ユウキ!!」
スーの声で我に返る。
「ユウキ、ヒュキラーの言葉は全部嘘だ!」
「…その言葉も、嘘…?」
「嘘じゃない!」
誰も信じられない。
もう、誰も…
「ユウキくん、聞いて!」
僕はサクの方を見る。
「"ユウキ"って、どんな漢字で書くか知ってる?」
「…まだ知らない」
「優しい って漢字と、樹って漢字なんだよ」
「…?」
「『優しくて、大きな樹のように たくましい子に育ちますように』っていう願いが込められているんだよ」
そう、なんだ…
「後、『目の前に困難が立ちはだかっても、"勇気"を出して立ち向かえるように』って」
"ユウキ"を出して…
「胸のマーク」
僕はスーの方を見る。
「大きな樹が描いてあるだろ?」
「…ほんとうだ」
「ユウキくんは、愛されているんだよ。…亡くなったお母さんも、ずーっとユウキのこと、愛してた」
僕のお母さんは、小さいときに病気で亡くなってしまった。
「ユウキ。ヒュキラーに、気持ちを伝えろ。そうしたら、帰れる」
「…わかった」
「クソッ、心の闇が薄く…っ」
「ヒュキラー!」
「何だ」
「僕、お家に帰りたい!」
「ダメだ」
「僕のこと、愛してくれる人がいるお家へ帰りたい!」
「だからダメ…」
僕は全力で叫ぶ。
「僕に素敵な名前をつけてくれた人がいるお家へ帰りたい!」
…え?
胸のマークが急に光だした。
その光は眩しくて、この世界に来たときの光によく似ていて…
だんだん意識が朦朧としてくる。
「ユウキ!またな!」
「ユウキくん、元気でね!」
「ぅん…スーとサクも元気でね…」
そう言うのが精一杯だった。
気付くと、僕は自分の部屋のベッドの上にいた。
僕は胸のマークを確認する。
……無い。
夢…?
いや、そんなこと無い。
僕は、確かにあの世界に行ったんだ。
僕の服から微かにスーの匂いがした気がした。
コンコン。部屋のドアがノックされる。
「ユウキ。起きてるか?」
お父さんだ。
「うん。おはよう!」
「おはよう」
お父さんが微笑む。
「…ユウキ。大事なお話があるんだ」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「"大事なお話"…?」
「あのな、優樹。」
少し間が空く。
「新しいお母さんができるんだ」
「新しい、お母さん…?」
「そうだ。お父さん、素敵な人に出会ったんだ。」
「そうなんだ」
「今日のお昼、その人が会いに来るから」
「わかった」
僕の、新しいお母さん…
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
ピーンポーン。
「来たみたいだな。」
お父さんが玄関へ向かう。
しばらくすると、お父さんは一人の女の人をつれて戻ってきた。
「こんにちは、優樹くん」
「こ、こんにちは…」
髪が長く、右目の下にほくろがある優しそうな人だ。
「私はね、"紗友里"っていうの。」
「紗友里、さん…」
「"お母さん"でいいよ。これからよろしくね、優樹くん」
僕のお母さんは、髪が短くて目がパッチリしていて…
紗友里さんは、僕のお母さんじゃない…
「ゆっくりで良いのよ。急に"お母さん"なんて難しいよね。"ママ"とかでも良いよ。」
「優樹。紗友里さんはとても優しい人なんだ。ちゃんと目を合わせなさい」
「良いのよ、春樹。私も早く優花さんみたいになれるように努力するから」
紗友里さんがフワッと笑う。
「"優樹"って、いい名前だね」
!!!
「そうでしょ!"優しくて、大きな樹のようにたくましい子に育つように"って付けてくれたんだよ!後ね、"勇気が出せるように"って!」
「優樹…お父さん、そんなこと教えたことあったっけ…?」
「ううん!」
「じゃあ、何で知って…」
「スーとサクが教えてくれたんだ!」
「スーとサク…?友達か?」
「うん!」
「友達が何で知ってるんだ?」
「さぁ…夢で見たんじゃない?」
「夢じゃないもん!」
「そっか。じゃあ私に後でお話ししてくれるかな?」
「うん!」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
春樹は、飾ってある優花と優樹の三人で写った写真を見た。
そして、笑顔の優花に心の中で話しかけた。
_もうひとつの理由を優樹が知るのは、もう少し大きくなってからかな。__と。
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