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第一章.美女と熊と北の山

16.もう村に帰りたい

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「ルルー、シャルルー。起きてー」 
 いつもの私を起こすジョエルの声だ。 
「おはよう、お母さん」 
 ここ、どこだっけ? あー、温泉宿の部屋だ。あの薄桃ともダイダイとも言えない色の壁紙は、覚えてる。そっかー、温泉宿についたかー。薬師さんを探さないとー?
「身体の具合は、どぅお? ごはん食べれそう?」 
「んー。全身痛くて動きたくないんだけど、あちこちベタベタざらざらして気持ち悪い。ジョエル、お風呂で洗ってー」
「え゛っ?! い、いいのかな?」
「良い訳あるか!」 
 キーリーの蹴りが炸裂して、倒れたジョエルがぶつかってきて、ちょっと痛かった。
 結局、頭だけ洗ってもらって、自力でお風呂に入ってきた。お風呂の入り口まで抱っこで運んでもらって、出てきたら、完全介護でごはんを食べさせてもらう。前は、すっごい嫌だったのに、慣れた。ジョエルがキラキラしてるのとか、身体が痛すぎて、もうどうでもいい。
 さっきお風呂で見たら、全身アザだらけだった。罠回避の時に痛かったところと、落とし穴から落ちたケガではないかと思う。もしかしたら、キーリーの所為かもしれない。
 あの時は、気付いてなかったから気にならなかったけど、気付いてしまったから、もう終わりだ。痛すぎて薬も塗れないんだけど、誰も代わりに塗ってくれない。こんな時のための薬じゃないのか。


 1日休んだら、帰ることになった。何か忘れているような気がするが、私ももう帰りたい。
 しかし、問題は、馬だ。馬の恐怖再びだ。今は、ジョエルの寝相の悪さより、馬が怖い気がしている。馬はいい子なんだけどね。行きは怖いだけだったが、帰りは揺れる度に痛みが発生するのだ。憂鬱しかない。  

 ジョエルに抱えられて、外に出ると、ローちゃんさんがいた。そうだ。忘れていたのは、ローちゃんさんだ! ローちゃんさんに弟子入りしたくて、ジョエルを騙してここまで来たんだった。 
 思い出したのはいいけれど、今の私は、歩くのもしんどいジョエルの完全看護付きですよ? 弟子入りなんて、無理だよね。また馬で出直すのも嫌だしさ。どうする? 
「心配すんな。ジョエルが、女性薬師を口説いてくるから」 
「そっかー。そうだね。それが現実的かも」
 キーリーと、こそこそ話す。頭の上には、ジョエルの顔があるから聞こえてるハズだけど、何も言ってこないから、女性薬師をナンパしてきてくれるのだろう。ジョエルなら楽勝だ。私は、信じてる! 

「お父さん、僕を娘さんの弟子にしてください。お願いします!」
「あ゛?」 
 ローちゃんさんが、変なことを言い出した。娘さんって、私のことだよね? 半人前未満のお荷物でしかない私が人に教えられることなんて、何かあったろうか? 私が教わりに来たのに。
「却下だ! ドラゴンを止められないヤツは近寄るな、と言ったハズだ」
 そんな理不尽な。だがしかし、ジョエルとキーリーにはできるのだから、文句は言えない。私はできないから、私に近寄ってはいけないのだ。
「婿じゃありませんよ。弟子ですよ?」
 若さ故か、なかなかしつこく食い付いてくるローちゃんさん。キーリーも大人気ないな。
「どっちも募集してないんだよ」 


 きーきーやりあっている2人を無視して、ジョエルは宿の前の道路に出た。見覚えのある馬が繋がれた馬車があった。
 幌付きの荷馬車ではない。シンデレラのかぼちゃの馬車みたいなタイプのヤツだ。宝石が付いてるのか、金銀があしらわれているのか、やたらとキラキラしている。何コレ。実用品だとは、とても思えない。
「ルルーが、乗馬が嫌いみたいだから、馬車をもらってきたの」
 ジョエルもキラキラだ。まぁ、ジョエルの馬車だと言われたら、そうかと納得しそうではあるが、騙されてはいけない。 
「これ、どこから持ってきたの?」
「ドラゴンの宝物庫に転がってたから、もらってきたの。どうせあいつには、使えないでしょう? ルルーのためだって言ったら、快く譲ってくれたわ。担いで穴から出るの、大変だったのよ」
 うふふーじゃないし! 私を抱えて降りるのを申し訳ないって思ってた穴、馬車担いで上がったのかよ。どんな馬鹿力だよ。ロープが先に死ぬよ。申し訳ない気分吹き飛んだじゃん。
「さあ、乗ってみて頂戴。気に入ってもらえるといいのだけど」 
 座ってみて、確信した。やはりこれは実用品ではない。イスはちゃんとついているが、かっちかちで、長時間座るようなものじゃない。ドラゴンが座る機会などないだろうから、こだわらなかったのだろう。この馬車がいいのは、見た目だけだ!
 タイヤは、大丈夫だろうか? 街中はともかく、街をつなぐ街道はいい道ばかりじゃないのだが。最悪、だって置物だもーんっと回らないことすらありそうだ。 
 キーリーが御者になったのだろう。しばらくしたら、馬車が動き出した。タイヤは、ちゃんと回っているようだ。サスペンションの欠片も感じられない乗り心地だが、馬の時のような恐怖心は湧かない。やはり箱型の乗り物は、安心感が違う! 素晴らしい。 

「あれは、どうした?」
 ジョエルが御者席とつなぐ窓を開けて、キーリーと話している。 
「ん? 荷造りしてて、ついてこようとしてたから、簀巻きにして置いてきたぞ」 
 ローちゃんさん、、、合掌。
 可哀想だけど、ついてきたら親御さんが心配するだろうから、良かったんだろう。 


「村についたよ。起きれる?」
「無理」 
 気を遣って、馬車を用意してもらった帰り道だったが、私は盛大に車酔いした。馬で叫び散らしていたのと、どっちが辛かったか、わからない。
 今回も、気持ち悪い以外の道中の記憶がないが、朝ごはんも食べていないことを考えると、より悪化した気しかしない。
 私は、温泉に行って、5キロは痩せた。体重計がないので、定かではないが、今ならダイエット広告の仕事ができそうだ。 

 宿に着いたら、ローちゃんさんがいた。目立つ馬車の情報を頼りに追いかけてきて、追いついたというか、追い越したらしい。納得だ。あんなに目立つ馬車はない。ジョエルだけで充分目立って追いつけそうなものなのに、あの馬車で隠密行動はない。
 途中、山賊だか盗賊だかがやってきて、ジョエル無双ショーも何度か開催されたので、歩みも遅かった。追い越すのも簡単だったろう。
 だが、私はそれどころじゃないのだ。無視して、部屋に寝かせてもらう。馬車から降りたのに、身体はまだ揺れている。気持ち悪い。ジョエルがいなくなったら私は死んでしまうので、キーリーに任せよう。一度、クビを切ってしまった気がするが、お父さんに再就任だ。よろしくやってくれたまえ。最初は嫌がってたくせに、数日前は、自分で名乗っていたから、多分、大丈夫だ。大丈夫じゃなくても、よろしく。

 私は、ジョエルの謎の子守唄を聴きながら、眠りについた。
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