時駆け! 星空ふたごは歴史をかえてみせます

涼・麦穂

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第4章 もうひとつの任務

2.伝令

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 マウンテンバイクにまたがったソラは、あっというまにゆうに追いついた。

「裕、あたしといっしょに行こう。うしろに乗って!」
「乗るって……これにか!? なんだこれは」

 おどろく裕に、ソラは自信たっぷりに言う。

「これも、異国いこくあかしのひとつ。あたし、この乗り物で全国大会トップクラスなの。ふたり乗りしたって、裕が走るよりはやいよ。信じて!」

 裕は一瞬、迷ったようすを見せたけれど、「うん」とうなずいた。

 荷台にだいに野菜を山盛りにんだママチャリで、畑と家を往復した経験けいけんが役に立った。裕も、すぐにステップの上でバランスを取れるようになる。

「こっからは本気でいくからね」
「おう、たのむ」

 ペダルをみしめ、グッとふとももに力をこめる。ぐん、とスピードが上がった。

「うお、すげえ!」
「だまってないと、舌噛したかむよ!」

 伝令先でんれいさきは、裕たちの村から山城跡やまじろあとをはさんで反対がわの、羽場村はばむら島座村しまざむらだ。そこから先は、それぞれの村から裕のようにけ道にくわしい者がつないでいく。

(日がれるまでに、ふたつまわれるかな)

 はじめての山道だ。距離感きょりかんもわからないし、夜道よみちは現代でもあぶない。
 セイは、すばやく行き先について調べてくれた。

「さいしょの目的地は、『羽場はば杜公園もりこうえん』のそばだ」

 なるほど、とソラは頭のなかで地図をえがく。現代に羽場村はないけれど、地区名として残っている。

「裕の村が顕彰会館けんしょうかいかんの近くだから、羽場の杜公園はこの山をこえてふもとだね。くだりだけだから、ほんとにすぐ着くよ」

 整備せいびのされていない山道は、いつも練習しているオフロードコースよりもさらにでこぼこしていた。
 ソラは、あばれるバイクをたくみにあやつる。うしろに乗っている裕は、たまに「わ!」とか「うお」とか言いながらも、しっかりバランスを取っていた。
 ひとり乗りのときよりも、スピードは落としている。けれど、さいしょに宣言せんげんしたとおり、人の足で走るよりもずっとはやい。

「すっげえなあ。馬に乗ったら、こんなんかもしんねえな」

 裕は、興奮こうふんして笑う。

「あれ? 裕って、馬に乗らないの?」

 顕彰会館のシアターでは、伝令役でんれいやくのおゆうが、馬に乗った影絵かげえで走っていた。

「乗らねえよう。とくに、うちや治助じすけさまの家は、むかしっからお城に目えつけられてるだろ。役人がしょっちゅううろついてるから、見られりゃやっかいだ」

 馬に乗るのも、武士ぶし特権とっけんということだった。
 車も電車もない時代に、馬に乗ってはいけないなんて。隣村となりむらに行く、ということですら、きっとたいへんなことなんだろう。

 拍子ひょうしぬけするくらいかんたんに、山をぬけた。雑木林そうきばやしのはずれで、裕はバイクからおりる。

「寒くねえなら、そのみのかさ、返してもらっていいか? その……」

 村をぬけだす変装へんそうのためとはいえ、女物おんなものずかしいと裕は頭をかく。

「ソラは、ここで待ってろ。動きまわったらあぶねえぞ。わながしかけられてる」

 あそことか、と木と木のあいだを指さしてから、裕は2、300メートル先に見える集落しゅうらくにむかって走っていった。

 言われたあたりに目をこらすと、不自然ふしぜんにしなった若木わかぎが見えた。どんなしかけかはわからなかったけれど、あぶない罠にかわりない。

(もしかしたら、落とし穴も、いっぱいあるのかも)

 落とし穴にかかってほぼ無傷むきずですんだのは、かなり運がよかった。竹やりつきの落とし穴なら、けがどころではすまなかっただろう。

(このさきの道にも、罠があったりするのかな。ちゃんと、裕をつぎの村までつれていけるのかな)

「ソラ、つぎの村の場所、調べたぞ」

 セイの声にはっとして、ソラは両手でぴしゃりとほおをはさんだ。



 しばらくして、裕がもどってくる。太陽は王念岳おうねんだけかたにさしかかっている。

「つぎの、島座村。そこにせり出してる山のむこうがわのところ……ここだね」

 ソラは地勢図ちせいずを指した。前回持ちこんだ住宅地図じゅうたくちずよりも、地形がはっきりとわかる。
 噴火ふんかや山をけずるほどの大規模だいきぼ宅地開発じゅうたくかいはつでもないかぎり、山の位置や形はそうそうかわらない。350年まえでもきっと役に立つだろうと、セイが用意したのだ。
 裕はふしぎそうに地図をなでる。

「なんだこれ。どうやって見るんだ」

 むかしの地図は顕彰会館にも展示てんじされていたけれど、ソラからすれば、あっちのほうがわけが分からない。
 方角ほうがく距離きょり感覚的かんかくてきすぎて、よくこれで移動したり作戦を立てたりしたものだと感心した。

「えーと、この、線がうねうねしてるところがそこに見える山で……。ここから島座村って、どんな道があるの」
「いちばん近いのは、とうげごえさ。街道かいどうもあっけど、遠回りなうえに、いまは見はりの役人がいるだろうな」

 峠ごえは、のぼる時間とくだる時間を予測よそくして、どれくらいかかるか判断しなければならない。地図上で見ても実際じっさいの山を見ても、かなり急で標高ひょうこうも高い。

「ねえ、このあたりを、こういうふうに通る道って、ないかな」

 地図上で山の稜線りょうせんぞいに指を走らせてから、「あそこのふもと沿いね」と山を指した。

「あるには、ある。峠ごえより危ねえけどな。けものの巣があるんだ」

 クマだろうか、とソラは思う。現代でも、イノシシやクマが町なかにまで出てきてよくニュースになる。

「ソラは、山沿いの道がいいと思うのか?」
「うん。峠をこえるのは、かなりたいへん。バイクをかついで山登りになるし、くだりも急すぎてあぶないと思う。でも山沿いに行けば、高低差こうていさが少ないからふつうに走れる。峠を歩いてこえるより、ぜったいはやい」

 そうか、と裕はつぶやき、こぶしを口もとにあてて考えはじめる。
 すぐに、顔を上げた。

「オレ、夜の山ごえになるから命がけだって、覚悟かくごしてたんだ。明るいうちにここまで来られるなんて思ってなかった。ソラのおかげだ。だから、ソラを信じる。ソラは、前だけ見て走れ。獣になんかおそわせねえし、罠だってよけてやる。
 オレがソラを守る。だから、たのむ。行ってくれ」

 ソラはドキンとして、思わずむねのあたりをきゅっとにぎった。

「わかった。裕がいっしょなら、こわくないよ。こちらこそ、お願い」

 ストラップで首から下げたホルンちゃん人形をたしかめる。セイの気配けはいはするのに、裕が戻ってきてから無口むくちだ。ということは、観察かんさつモードに集中しているのだろう。
 セイにドキドキが伝わっていませんように、と人形を指ではじいた。

 もういちど地図をたしかめる。
 暗くなってきたので、ソラはペンライトを取りだした。

「うわ! それも異国の証か? そんなに明るくって、あつくねえのか?」
「うん、便利べんりでしょ。そうだ、つぎの村まで裕が持ってて」

 ホルンちゃん人形のストラップを外してペンライトにつけ、裕の首に下げる。
 人形は、胸ポケットにぎゅうっとつめこんだ。念のためにストラップでつないでいたけれど、ポケットから飛びだしたことはない。

「じゃあ、いこう!」

 つぎの目的地、島座村をめざして出発した。

 舗装ほそうされていないでこぼこ道はおなじでも、へいたんなだけにバランスをとるのはそんなにむずかくない。ふたり乗りでも、野菜山積みのママチャリよりもずっと楽だった。

 問題は暗闇くらやみだ。ライトをふたつにしたセイに感謝かんしゃしつつも、じゅうぶんではない。

「わっぷ!」

 くぼみにタイヤをとられて、ガクンとゆれる。

「ソラ、いまの見えてなかったのか」
「ええっ? 裕には見えてたの!?」

 便利な道具にかこまれた現代人よりも、むかしの人のほうが感覚や身体しんたい能力のうりょくが高いのかもしれない。

「ごめん、ああいうのあったら、それも教えて」

 そこから先、り上がった木の根や、はりだす枝などを発見すると、裕は「そこ!」とペンライトでらして教えてくれた。
 落とし穴まで見やぶる裕には、感心するしかない。

 進んでしばらく、すこしけた月がのぼってきた。月明かりは思っていたいじょうに明るい。電灯でんとうのない世界のやみの深さと月の明るさに、ソラはちょっと感動していた。

「ソラ、とまれ!」

 とつぜん、裕がするどい声を出した。急ブレーキのせいで、キイ! とタイヤが鳴る。

「どうしたの、なにか……」
「シッ!」

 裕は、明かりを前方ぜんぽうに向ける。ふたつずつついになった光がそこかしこにかんだ。

 ソラは、息をのんだ。テレビで、見たことがある。
――暗闇に反射はんしゃする、獣の目。

 背おっていた火縄銃ひなわじゅうに手をのばした裕が、チッっと舌うちした。

「火が消えてやがる。くそ、これだから安物やすものの火縄はよ」

 暗闇をにらみつけたまま、裕は低くささやく。

「いいか、ソラ。あれは野犬やけんれだ。銃を一発いっぱつ見まえば、たぶん逃げる。オレが火をつくるあいだ、ヤツらからぜったいに目をそらすな。そらした瞬間しゅんかんに、襲ってくるぞ」

 ソラはごくりとつばを飲む。
 いまは、裕がにらみをきかせているから、やつらは襲ってこないのだ。
 ソラに、裕とおなじだけの迫力はくりょく対峙たいじできるだろうか。
 不気味ぶきみうなり声が聞こえはじめた。
 裕はおびにくくられた小袋こぶくろをまさぐる。石が入っているようだ。

(え、火をつけるって、アレのこと?)

 カンカンと石を打って火花をらし、油をしみこませたわらのようなものに点火てんかして火種ひだねをつくる、アレだ。
 いくら裕がれていても、時間がかかりすぎる。
 セイがさけんだ。
「右のサイドバッグのうちポケットに、ジッポがある!」

 ソラはバッグに手をつっこむ。冷たい金属きんぞくれた。

「裕は、そのままで! 火はあたしがつける」
「……異国の証、でか」

 裕はすぐに理解りかいしたようで、視線しせんを前にむけたまま火縄銃をかまえなおし、ここにつけてくれ、と火縄の先をさす。

 野犬たちは銃を知っているのだろうか、警戒けいかいしてあとじさる気配がした。

(なんで、セイがこんなもんまで持ってんのよ! ええと)

 ジッポでタバコに火をつける、映画えいが俳優はいゆうのしぐさを思いうかべる。ふたを親指おやゆびではねあげてなかのボタンをすと、青白いほのおがボっとあらわれた。

 強い火力かりょくは、一瞬いっしゅんで火縄に火をともす。

「へへ、すげえ。合図あいずしたら、おもいっきり走りだせ。走りながらつからな。……いけ!」

 ソラは、渾身こんしんの力でペダルを踏む。車体しゃたい安定あんていしてスピードに乗りはじめたときには、光る獣の目はもう目と鼻の先だった。

 なまぐさい息までが感じられたその瞬間しゅんかん、裕が発砲はっぽうした。
 パアン! とはじけた銃声じゅうせいに、耳がつまる。

 ギャイン! 

 つまった耳に、野犬の悲鳴ひめいがとどく。ザザザっと草むらを鳴らして、群れはあっというまに遠ざかっていった。

「よし、ってったぞ! やったぞ、ソラ」
「うん、やったやった! すごいよ、裕!」

 マウンテンバイクに乗っていなかったら、ふたりで万歳ばんざいをして抱きあっているところだ。

「こっからは、もうそんなに遠くねえ。あんがとなあ。ソラはすげえなあ」

 裕は興奮こうふんしてソラのかたをたたく。

(ほんとうにすごいのは、裕だよ。あたし、じぶんだけの力じゃ、ここへ来てもなにもできなかった)

 むかしの人よりも、現代のじぶんのほうが優秀ゆうしゅうだという感覚を、なんとなく持っていた。
 だから、「助けにいくんだ」「助けなければ」と思っていた。

 とんでもないかんちがいだ。

(助けられてるのは、あたしたち。裕や治助さんたちががんばったから、いまのあたしたちはごはんを食べて、学校に行って、好きなことができてる。そのことに、ちょっとだけおんがえしができるチャンスをもらっただけなんだ)

 その恩がえしすら、裕たちの力をりなければ、なにもできはしない。
 ソラは奥歯おくばをかみしめながら、月明かりの道を走りつづけた。


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