此処ではない、遠い別の世界で

曼殊沙華

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寒く凍て付く雪、温もりに厳しさは和らいで

それは試練の如く、それは災禍を体現して 後編

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【10】

 現れた男性の指示に拠って戦況を何とか巻き返す事に成功する。意識を分散させ、急所を狙う。無理な攻撃には決して行わず、寧ろ回避に徹する。その事で格段に被弾が減少、治癒が間に合い始めていた。
 時折、戦況を大きく変動させた行動を展開させるも、瞬きすらも禁じた監視役の指示が、杞憂が混じった早急なそれによって被害は激減し、存続が危ぶまれる事態は遠退きつつあった。
 そうした動きに加え、確実な攻撃はダメージとして、巨大な銀龍に蓄積する。けれど、討伐には至れない。どの道、ジリ貧、消耗戦で敗北しかねない。そこで、例の男性はとある一手を講じて戦況を更に動かさんとしていた。
 銀龍の意識が外れている中、やや近くで彼は待機する。その傍へ数人の魔族ヴァレスが駆け寄ると、二言三言指示が送られる。彼女達は戸惑いつつも距離を取り、息を整えて何かを念じ始めた。
 並行して男性は銀龍の動向を注視しながら姿勢を低く構える。そうした姿を見た者は疑問視しよう、その時であった。
 彼の身が急激に上昇した。いや、彼が立つ足場、地面が隆起したのだ。凄まじき勢いで延長、嘗てあった建物を遥かに超える高さに、いや更なる高さを目指して。
 凄まじい速度で高所に挑む彼を見た者は目を疑おうか。実際、偶然にも一部始終を見てしまったトレイドとガリードは眉を顰める。ガリードは感心して。
すげぇ事するな!」
「阿呆!あんな真似すれば、恰好の標的でしかないだろッ!」
 既に銀龍の目線の高さに至り、視界に入れば排除せんとするのは必然。彼がそれを誘発しているとは思えず。
「あっ!」
 指摘されて気付いたガリードは間抜けな声を出し、慌てて案じながら眺める。トレイドもハラハラとして。
 心配とは裏腹に、男性を乗せた足場、最早石柱と言えるそれは銀龍の全長を越えていた。其処から別の行動を行おうとした、寸前で巨躯が動き出す。
「早く其処から・・・ッ!」
 警句も間に合わず、腰元を探して動き出していた男性の身が、天高く掲げ、振り下ろされた頑強な腕に呑み込まれた。
 強烈な一撃、石柱は微塵にも砕かれ、周辺に飛び散った。その光景を目の当たりにした者は絶句しよう。予期出来た展開とは言え、容赦の無い様に唖然とする。しかし、注視していた者は息を吐き、安堵を浮かべていた。
 男性は寸前で腰から鉤手が付いた縄を取り出し、銀龍に向けて投擲しながら飛び降りて何処かを掠めながらも躱していたのだ。巧みに鉤手を引っ掛けると大きく弧を描きながら空を駆けていく。
 その彼は重装備でありながら片手で縄を握り、大きな軌道を描いて懐へ潜り、そのままの勢いで反対側へ消える。直後、大きく宙へ舞い上がった彼は上手い具合に背に飛び乗ってみせていた。
 光沢を帯びた硬質な鱗と突起が目立つ背へ降り立つと同時に走り出し、腕に巻き付けていた縄を武器に切り裂く。その視線、向かう先は飛翔する為の翼へと。
 敵を排除したと判断し、眼下で展開して手を煩わせてくる人間達を排除せんと銀龍は猛る。その隙に、素早く翼の付け根に狙いを定めて駆ける。其処にも古いながらも傷が刻まれて。
 それを確認しつつ、大きく息を吸い込みながら携える斧を両手で持つ。行動で揺れる背中を駆け抜けた彼は飛び上がり、少々仰け反りながら全身全霊を篭めて斧を振り下ろした。金属同士が反発し合う音が空間を斬り裂いた。
 硬度に負け、刃は毀れて散る。それに肌を傷付けられながらも彼は確かな手応えを、その目は古傷に刻み込んだ斧を捉えていた。
 堪らぬ激痛に銀龍は悲鳴を上げて暴れ出す。当然、その一撃で敵を気取り、暴れる烈度を強めた。
 忽ちに放り出されそうになる彼だが鱗に手を掛けて懸命に耐え、隙を見ては所有する武器で負傷箇所に叩き込んだ。打ち込む頻度は多くなって。
 背の猛攻を知らない者達は一旦距離を置くも、好機と見定めて連携攻撃を再開させた。主に、操魔術ヴァーテアスが銀龍の動きを阻害し、急所への攻撃は苦しみを増幅させる。ならば暴れる範囲は増し、被害も増して。けれど、それが男性の行動も捗った。
 所有する武器で猛攻を、硬質な鱗に刃が砕けようと傷口を抉る事に専念する。広がれば流血も酷さを増し、赤黒き内部を、筋肉筋が見え始める。認識すると否や何処にでもあるような手斧を叩き込んだ。
 絶叫はセントガルドの外まで響いただろう、未だ嘗てない激痛に違いなかった。そうした苦しみなど知らぬと、男性は手を止めない。鱗に因る外殻と比較するまでもない体内の硬度、晒してしまえば抉る事など容易く。
 剣を、刃の砕けた斧を、使い物にならなくなった武器で筋を引き裂いて内部を目指して。
 苦しみに喘ぎ、銀龍は暴れ狂う。口から焔を吐き出し、負傷した身体で周囲の全てに被害を齎す。負傷者が増し、近付けなくなった事で、流石に何かが起きていると判断し、皆は離れて様子を窺った。
 もう既に動かぬ翼の根本、夥しき流血に塗れた其処に立つ男性は追い打ちと背の槍を突き刺す。足りないと、他の武器も突き刺し、刃の砕けた斧でそれらの柄を叩き込む。そして、最後に腰元から何かを取り出して突っ込み、液体を満たした小瓶に火を点け、傷口に投げ付けた。
 何処かで鳴った爆発音の直後、銀龍は絶叫を響かせて暴れ狂い出す。体験した事のない激痛に、悲鳴の大きさは強くなるばかり。
「退避ッ!!龍から離れろッ!!」
 誰かの怒鳴り声が響き渡った。騒音の中、言い渡される指示に従うまでも無く、誰もが動き出していた。
 それは破砕音と言うのか、砕けた音は大よそ生物から齎された者とは思えないほどに巨大に響いた。伴い、あの巨大な片翼は地面へと崩れ落ちていった。
 耳を劈く悲鳴を上げて銀龍は派手に怯む。咆哮から、傾いた身体が地面に崩れるほどに耐え切れない激痛であったに違いない。
 周囲に雨が降り注ぐ。赤く塗られたそれは血、発生源は翼の根本。爆発痕と焦熱した跡を刻んで翼は折れ、砕けた巨大な骨が見えて。辛うじて残った筋肉が繋ぎ止めて。
 状況は一気に傾いた。勝機を確信するほどの姿に誰もが昂揚し、銀龍に向けて踏み込んだ。今迄の雪辱を晴らさんとするように。

「この龍は比肩に出来ないほど、追従させないほど、隔絶するほどに強力だ!だが、あと一息でもある!皆、気を引き締めて掛かるんだッ!!」
 最大の功労者と言える礼の男性の声が響く。耳にした者は呼応するように吼え、士気は急激に高められた。屈辱を、誰かの仇を討たんと武器を握り締めて。
 皆の反応を見るまでも無く、男性は身体を駆け上がり、銀龍の首を昇る。激痛に動きが鈍っている為、容易に移動出来ず、けれど顔に迷いはなく。そして、縦に割れた瞳孔を輝かせる瞳に向けて武器を振るった。
 巨大な眼球は傷を負い、内部から赤い液体が滝の如く噴出した。
 重要な目を潰され、巨大な絶叫は堪らず響き渡される。何度も苦痛の悲鳴を上げるその様、溜飲が下がると言わんばかりに誰もの気分は昂揚した。
 けれど、銀龍とて座して死ぬ事は無い。重傷の身を乱雑に動かして群がる人々を蹴散らす。尚も命を屠れる威力は衰えず、死傷者は増加を辿る。油断を押さえ、戦士達は龍の命を削っていった。
 討伐せんと奮起する空気が蔓延する中、その渦中に別の感情を滾らせて接近する影が一つ。その者は大柄、ややだらしない腹部や別として、隆々とした腕はオークにも負けないほどに太くごつく。その腕は巨大な鎚を、戦闘用だが他の生物を潰す殺意を篭められて作られたとしか思えないそれを易く持つ。
「あの小僧!いい加減な仕事をしくさりおって・・・」
 隠し切れない憤怒を燃え滾らせ、特定の者にその感情を見せる。理由は定かではないが、その圧迫感は人が扱うにはあまりにも強力で。
 何処とから、大層不機嫌な様子のガストールが文句交じりに参上した。自身の腹部以上の大きな鎚の重さか、瓦礫の地を踏み込む足は減り込むほどに強く。
 その彼は不用意と言える様子で銀龍に接近する。片目、片翼を潰され、男性や周囲の戦士達に意識が分散する銀龍はガストールには気付けず。
「小僧ッ!!一度、潰れて反省せいィッ!!」
 雷の如き怒号を響かせた彼、四肢の一つの傍に立つと鎚を両手で掴んで大きく振り被った。生物の唸り声の如き音を唸らせて円を描き、硬質な太き足を打ち付けた。
 激怒に任せた渾身の一撃。その音は叩いた音とは思えないほど、重々しく腹に響くような重音を轟かせた。豪快過ぎる一撃は弾かれず、寧押し買ち、力のままに振り抜いていた。
 片翼が折れた銀龍の重心は既に傾いていた。其処に彼の怒涛の一撃が加わり、不意の事もあってか巨大な足は浮かされていた。体勢は完全に崩され、巨躯は再び大きく傾く。大きさ故か、ゆっくりと倒れていく様に錯覚しよう。
 付近に立っていた人達は慌てて撤退していく。一心に、無心に。そうした彼等を押し潰すように、横転した巨躯は無様に倒れ込んだ。地面を揺らし、音を鳴り響かせて。
 あの巨大で絶望するほどに震撼する思いを抱かせた魔物モンスター、インファントヴァルムが今、皆の眼前で横転した。倒せると言う確信は得ても、流石にそこまでは信じられず、そうした光景を呆然と眺めていた。
「・・・~ッ!今だッ!!総員、止めを刺せッ!!急所だ、急所を狙い、終わらせるんだッ!!」
 あの男性の命令が下る。最後の指示と言わんばかりに大声で行われた。一瞬、痛がるような声が聞こえたのは、恐らく気の所為ではないだろう。
「ガリードッ!!」
「応よッ!!」
 倒れた銀龍の傍で立っていた二人は呼応して駆け出す。全身全霊を篭めながら、急所へ、首に向けて。
 立ち上がろうと苦難する銀龍の首元へ接近したガリード、瓦礫を利用して飛び上がって乾坤一擲の一撃を繰り出す。大振りに振られた重音を纏う一撃は首元を、鱗で覆われた其処を捉える。幾ら表面が硬い生物でも首の内側は伸縮の為に薄く柔らかくなっている。それでも十分に硬いそれを、斬り裂いていた。
 勢い、腕力、体重が相まった一撃は、その長さに添って切創を刻み込んでいった。川を思わせるほどの多量の血が噴出される傍、地面を斬り裂きながらトレイドが接近する。振り上げた剣を構え、駆ける勢いのままに突進した。黒い刀身は鱗の間を縫って内部へ沈み込ませた。汚れようと構わずに、奥を目指して捻じ込む。
 どんな巨大な存在であろうと首を斬られれば致命傷に繋がろう。それでもなお銀龍は立ち上がろうと、抵抗しようと動く。首から大量の血を噴き出し、四肢で立ち上がっていく。その凄まじき生命力、驚嘆の意を示そうか。
「ガリード、離れろッ!!」
「分かったッ!!」
 友人同士は連携を取り、銀龍が動き出すよりも先に行動を続ける。
 ガリードが飛び退いた直後、龍の首に無数の結晶が貫いていった。黒く、円錐を模ったそれ、数え切れないほどの量のそれを出したのはトレイドである。途中で幾多のそれが砕け散ったのだが、確実に命に届く量が穿ち貫いていた。
「いい加減、寝ていろ・・・」
 巻き込まれる事を覚悟で無数の結晶を出現させたトレイドが呟く。腕や顔を掠めて出来る新たな痛みも寄せ付けない、積み重ねた怒りと憎しみを呟きに篭めて。
 幾多の黒い結晶が砕け、煌いて消えていく傍、急激な疲労感に包まれたトレイドは卒倒していく。その目が、巨躯が地面に落ち、低い音と共に小さな地響きを起こす光景を捉えて。
 血の雨、瓦礫が散り、土埃が舞い上がる。音が落ち着き、静けさは続いた。死力を尽くして戦った者達は息を抑えて銀龍の動向を睨む。誰もが緊張し、願っただろう。それが叶ったのか、それ以降、巨大な身体が動き出す事は無かった。

【11】

 戦いは終わった。悲惨な光景となったセントガルド城下町、其処に巨大な亡骸が横たわる。巨躯が周囲の瓦礫を押し潰して息絶える。凄まじき負傷を刻み、周囲を悍ましい色に染め上げて。
 歓声が上がった。勝鬨、誰もが勝利を喜び、そして開放感に酔い痴れた。強大な存在を打ち倒した、総力を挙げて倒した事は自分達の武勲になると感動して。けれど、現実に戻るのは早かった。
 戦果、被害は甚大。セントガルド城下町はおよそ半壊、主要の施設が残っている事は奇跡と言えよう。外敵の脅威を防ぐであろう巨壁、それにも被害は無かったのだが、この度でその重要性が疑われようか。
 死者、負傷者は夥しい数となった。負傷に関しては聖復術キュリアティやフェレストレの薬等で如何にかなる。だが、死者に関しては手の施しようがなく、瓦礫に埋もれた者も多く居るだろう。その数を数えるのは、誰もが気に滅入る作業であり、考えるだけで意気消沈するだろう。
 銀龍の狼藉、火炎の影響は多くに出た。崩壊させた部分の多くが居住区や工業区であり、住む場所の多くが失われた。道具も殆どが残骸となり、衣食も火炎や崩落に巻き込まれて駄目になった。
 直ぐに全てを把握する事は出来ないだろう。それでも、多大な被害を想像し、頭を悩ませる者は多く居よう。今は収束に追われていようと、直ぐにも直面する現実。直ぐにでも、ギルドや主要の人間での会議が行われるほどの酷さである事は言うまでも無く。
 存在を隠せられない、銀色に光沢を帯びた巨龍、その死骸の付近。決死の覚悟で挑んだ者達は極度の緊張から解放され、その場に崩れて安堵と達成感、何より身動きが一時的に出来なくなるほどの疲労感に包まれる。
 そうした中、軽い傷なら自らが、重めの傷ならば修道服姿の女性が治して。
「やっと、終わったな」
「・・・そうだな」
 結晶を呼び出し、その弊害で倒れ込むほどに疲労したトレイドを立たせるガリード。互いに終わった事を確認し合い、励まし合う。自然と笑みが零れて。
 少し休憩すれば体力は戻り、立たされた頃には自分の足で立てるほどには回復した。けれど、満足に歩めず、克明な痛みに苦しむばかり。骨折し、皮膚が突き破られた左腕の強烈な痛みに顔を歪ませて。
「トレイドさん!無事ですっ!腕が・・・」
 身を案じて駆け寄ってきたのはクルーエ。発見して安堵したのも束の間、酷い状態の左腕に気付いて声を詰まらせる。直視出来ず、口元を押えて。
「これは・・・気にするな。治せる筈だ。それよりも・・・」
 悲しむ彼女に少しだけ気の利いた言葉を掛ける。苦悶の表情を浮かべる彼の関心は別にあり、支えてくれるガリードに指示して歩み寄っていく。
 視線の先、何処からか現れた男性が立つ。今は憤慨するガストールに詰め寄られ、叱咤と暴力の嵐の只中。その姿は少々情けなく、人間味が見られて。
 彼の出現、指揮して布陣を展開させた事で状況は一変、優位に運んだままあの銀龍の討伐に至った。称えられるべき者だがその正体が知れない。邂逅してからずっと抱いていた疑惑、それが猜疑の眼差しを向けさせて。
 左腕を庇いながら近寄る。足を動かす振動で左腕が痛み、眉間に皺が刻まれてしまう。先刻までの昂揚感、アドレナリンに拠る麻痺が冷め始め、その痛みは増すばかり。それを歯を食い縛って耐える、胸に抱いた疑惑を解消する為に。
 怒涛のように叱責を受けた男性はまだ憤慨するガストールを見送る。怒鳴られ続けて頭痛がするのか、苦しむ表情で額を抑える仕草を行う。
 トレイドが近寄った時、彼も気付いて正対する。トレイドの視線が若干上向きになる身長差があった。
「・・・俺の事を、聞いていると言ったが、誰に聞いた?」
 痙攣するように残留する痛み、それを吐き出すように深く長い息を零した後、単刀直入に尋ねていた。受けた彼は怪訝な顔をせずに淡々と答えていく。
「・・・そうだな。レインから直に、直接的に、面と向き合って、な。本当に嬉しそうだったな、本当に・・・」
 レインを介して存在を知っていたと言われ、益々に疑念が膨れる。多少なりとも不信感を覚えたトレイドは険しい表情のまま、睨むように対面し続ける。
「・・・それで、名前は?」
「そう言えば、名前を言っていなかったな。レインやユウから聞いているかも知れないが、ステインだ」
 その名前はトレイドが所属するギルド、人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーのリアの名前と合致する。だとしても目の前にいるステインである事は断定出来ない。けれど、偶然の一致とは思えず、加えて高い指揮能力と戦闘能力は無視出来なかった。
 故に問う。それが一番手っ取り早く。
「じゃ、あれなんスか?俺達の、人と人を繋ぐ架け橋ラファーのリア、なんスか?」
「そう、如何にも、その通りだ」
 トレイドの疑惑の視線に気付き、ガリードの質問に応じて、誤魔化しや嘘はなく、誠意を以て肯定した。世界は狭いと言えど、あまりにも狭いとトレイドは感じていた。
「・・・そのレインの事は、知っているのか?」
 その問いにステインと名乗った彼の表情は険しくなる。それは憤りではない事を、硬く目を瞑り、やや俯いた面に悲しみが刻まれている事に。口を閉ざして僅かに沈黙を流した。
「・・・ああ、知っているな」
 再び開いた口から出された言葉は肯定のそれであった。答えなくとも示した様子が顕著過ぎて。
「なら、今迄、何処に居たんだ?レインの時もそうだが、長い間、不在だったのは何故だ?」
「トレイド、落ち着けって」
 ガリードが小さく諫めるのだが我慢など出来なかった。
 知っていようと来られない理由、それが知りたくなった。それがくだらない要件だとすれば、容易には許す事は出来ないだろう。彼にその権利はないとしても、その意志を示すように拳を硬く握って。
「・・・高山地帯、其処である依頼を担い、それに務めていた・・・だが、漸く終えた。今、まさにな」
 その視線は灰銀を伴う焔カサシスの異名を与えれて恐れられる魔物モンスター、インファントヴァルムに向かれる。静かに横たわる銀の屍、睨む目には感情が宿る。その仕草と意味を含めた台詞から察するには容易く。
「・・・あの龍を、相手にしていたのか・・・他の仲間は?」
「いや、一人だ」
「えっ?あれを一人で?」
 仲間と思われる人物は見なかったと尋ねると思わぬ返答をされ、感心する友人の隣、トレイドは怪訝な顔で睨み付ける。その先、ステインは悔いを抱く表情を浮かべて。
 一人で挑めるほどの実力は目の当たりにした。それは流石に蛮勇と見れるのだが、問題は其処ではない。一人で立ち向かい、手が回らなくなった事に拠る今回に悲劇に繋がったのかと勘繰ってしまう。若しくは、対処し切れないほどに刺激を与えた事に拠る弊害が、今の災害なのかと。
 それは想像に過ぎない。だが、そう思い込むと憤る。掴み掛かる程でなくとも、その衝動が込み上がるほどに。
「如何して、そんな真似をした?他に仲間が居たなら、連絡役が居たなら事前に割けられたかも知れないッ!」
 仮定の話、した処で終わった事。追い込み、反省を促す訳ではない。その判断を下した理由を知りたくて息を巻く。
 向けられたステインは小さく息を零しつつ、その理由を語り出す。深い後悔を顔に宿して。
「確かに、な。俺の判断ミス、だな」
「・・・如何して、そんな判断をしたんだ?」
 悲しい表情で呟く為、単純なミスではない事を察し、神妙な面持ちで尋ねる。それにステインは苦しい表情なまま語り出す。
「・・・発見当初、数人の部下と共に戦った。見ての通り、この龍を倒すには回数をこなすしかなく、その度に死者が出た・・・何時しか、結局、最終的には一人で抑えていた」
 故に、セントガルドに降り立った時点で負傷していた理由を知り、目の前で誰かが死ぬ経験は言い表せないだろう。
「そんな日常を繰り返していた中、偶然にあの背に乗り込み、攻撃を加えていた時だった。突然、気を失い、気が付くとセントガルドに居た」
「・・・気絶、巨大な自身に見舞われた時、俺も気絶した。俺だけじゃない、全員がそうだった」
「そうそう!俺もそうだったぜ?」
「・・・だろうな。世界に変化が生じる時に必ず起きる地震の影響だ。不思議な事に、何かが壊れる事は無い。代わりに、変化の大小関わらず生じるそれが起きる度、人、恐らくありとあらゆる生物が気を失う、現象だ」
 そう説明され、得心が行っていた。ガリードの周囲での反応、慣れ、それほど危機に感じていなかった理由が分かった。
「だが・・・それは最早如何でも良い事だ・・・結果的に。この事態を招いた。この責任は幾らでも取ろう。そう、言われたなら、そうする、だろうな・・・」
 彼は無計画に全てを行った訳ではない。不用意な点があるものの、不確定要素が絡んだ結果とも言える。一概には責める事は出来ず、寧ろ謝るべきだと頭を下げて。
「・・・知らなかったとは言え、無神経な事を言ってしまった。すまない」
「・・・構わない。俺は、何時も遅れる。人に責められ、なじられても仕方ない」
 非礼を詫びる言葉に彼は自虐的に、唇を噛み締めて言葉を零す。その姿に責められるものでなく、重苦しい空気が流されていた。
「と、兎も角、倒したんですから、先ずはそれで良いんじゃねぇんスか?それよりも、一回、皆の所に行かねぇっスか?」
 終わった事を悔やみ、その責云々を考えるよりも、今すべき事に向き合うようにとガリードが促す。
「・・・そう、そうだな、その通りだ。撃退、討伐関わらず終わったら、一先ず全員を広場に集めるように指示を送っている」
「広場だな」
 多大に広がった戦いの跡を眺め、悔しさと悲しさに顔を歪めながら進む。龍を相手にしたとは言え、食い止められなかった被害の跡に心を痛める。
 瓦礫の海、どれ程の命が埋められてしまったのだろうか。そう思えば思う程、心は沈み、広場へ運ぶ足は遅くされていた。

【12】

 広場には相当数の人が集まっていた。崩壊の波から奇跡的にも外れ、瓦礫が殆ど流れ込んでいなかった。象徴である中央の噴水も無傷、地震の影響か、周囲が水浸しになっているものの、他に影響は無く。
 一旦集まるには都合の良いその場所で避難した者達が集まる。多くは自主的に、ステインの指示を受けた者もまた此処に来て、心身共に休めていた。町の状況を確認する事も兼ねて。
 また、其処に負傷者が集められる。多くの場所が更地になったとは言え、瓦礫の崩壊等の危険がない場所に移すのは当然であった。
 表情に悲しみを刻み、途中で出会った誰かを、力を失った身体を横抱きにするステインに続いてトレイドとガリードは到着する。広がる光景を見て、安心するのも束の間、追い付くのは悲しみ。
 集った人々は不自然に間を設ける。良く見なくともそれは区分を目的とする。そう、免れた者と負傷者、そして死者と。一目で解り、解りたくないと目を背けて。
 負傷者が集められた箇所、その数点で光が灯る。暖かく仄かな輝き、それは聖復術キュリアティによるもの。白の修道服を着込む女性、天の加護と導きセイメル・クロウリアの職員達が懸命に治療を行っている。しかし、引っ切り無しに負傷者が増え、難航している事は間違いなく、誰もが倒れそうなほど疲労が見られた。
 精神を削って誰かに尽くすのは天の加護と導きセイメル・クロウリアの職員ではない、一般人であろう者達もフェレストレの塗り薬や包帯を始めとする医療品で応急処置を行う。参加しない者は、負傷を負わなかった者は眺めるか、身に起きた不幸に怒りを向けて。
 拡大した被害の一端を前に、移動していくステインの姿を横目にしながらトレイドとガリードは立ち尽くす。胸を痛め、溜息が小さく零されていた。
「・・・こんなに、死ん、じまったんだな」
「・・・そう、だな。此処も、酷い有様だ」
 勝利を勝ち取り、生き残った代償としてはあまりにも多く、あまりにも膨大な命が犠牲となった。その爪痕は深々と、命を賭して戦った者達の胸に刻み込まれてしまう。
 傷心し、深く悔やむトレイドの耳がとある会話を聞き付ける。それは彼に対してのものではなく、気に食わない内容であった。ただ単に魔族ヴァレスを貶す罵詈雑言。
魔族ヴァレスなんかを入れるから、こうなっちまうんだよ」
「ったく、迷惑しか掛けないんだよな。やっぱり、要らねぇよ。あんな連中」
 真新しい汚れや多少の傷を負えど、凄惨な目に遭わなかった者達は口々に文句を零す。文句と言うより、ただの憂さ晴らしに過ぎず、八つ当たりでしかなかった。
 彼女達もまた命を賭し、多くの命を救おうと奮起した。心の無い声を受けようと、彼女達は危険な場所で居続けて一人でも多くの命を助けようと。中には攻撃に巻き込まれ、今も尚死地を彷徨っている者も居ると言うのに。そうした事実から目を逸らし、貶せるのは愚かでしかなかった。
 本人達を前にしながらも平然とその台詞を、憚る事無く零すその神経。厚かましい、厚顔無恥と言える態度と会話に怒りは抱こう。一方的且つ自分勝手、己の事しか考えない様に感情は昂り、拳を強く握り振る。けれど、支えられる身、文句を満足に出来ず。
「落ち着けよ」
 怒りを感じ取ったのか、それとも同じ思いなのか、表情が笑っていないガリードが宥める。当然、気は済む訳がなく。
「・・・不安なのは分かる、怖かったのは分かる。だが、全ての責任を擦り付ける根性が、気に食わない」
「言いたい奴は言わせときゃ良いんだよ。そんだけ馬鹿、って事だ」
 珍しくも突き放し、それどころか罵倒を零して。今直ぐに憤慨したい思いを必死に抑えている様子であると、察したトレイドは少々落ち着いて。
「レミィ!!」
 怒りを抑制し、周囲を見渡していた矢先であった。一緒に来ていたクルーエが誰かに気付き、血相を変えて何処かに駆け出していった。
 脇目もせずに駆けた彼女は一つの集団の中に紛れる。近寄った時、その集団は魔族ヴァレス達だと分かり、集められる視線、地面には一人横にされている事にも気付く。
 彼女はクルーエと同い年と思われ、ローブの大部分が血に染まる。遠目でも分かるほどの重症、瓦礫に巻き込まれてしまったのか、そして、鋭利な部分が刺さってしまったのか、腹部から流血が生じて。
 皆が固唾を飲み、息を止めて見守る中、其処は淡い光に包まれていた。傍にはシャオの姿が見え、苦悶の表情を浮かべながら懸命に念じていた。
 苦しそうな表情で呼吸を切らし、今にも居なくなりそうな女性。その様子が少しずつ変化を遂げる。流血の勢いと共に、表情は穏やかになり、呼吸も安定していく。その面に死の予感は遠退いて。
「・・・ふぅ、これで大丈夫です。もう暫くは、安静にさせてあげてください」
 小さく息を吐いたシャオは微笑んで告げる。峠は越え、命を繋げられたと小さく喜んで。
 瞬間、周りの者達は緊張を解き、崩れ落ちたり、抱き合ったりとして助かった事を喜んだ。その思いは恐らく、セントガルド城下町の者達より強いかも知れない。
「良かった!良かった・・・!」
 零す言葉はそれしかなかった。それしか言えぬほど、嬉しさが込み上げていた。他の感情など微塵とも浮かばせないほど、強く、より強く。
 涙を流し、親しい者は抱き締めて喜ぶ。親しい仲だったのだろう、クルーエも同じように顔を押さえて感涙を流して。
 再会、感動的な光景を眺めるトレイドとガリード。多くの命が失われた中、助かった命、再会は感動の一入であろう。眺める者も思わず感動し、涙ぐむほどに。
 魔族ヴァレスに負傷者が発生した。死地に挑んだ、それは当然の事。けれど、奇跡的に死者は居らず、生死を彷徨った者はシャオの懸命な治療によって一命を取り留めた。とは言え、油断を許さない状態には変わらない。他の負傷者同様、包帯や薬を処方され、安静にするように念を押されていた。

 逃げて、或いは決死の覚悟で戦い、勝ち取った命達。思いは様々だが、次第に現実に向き合い始める。貫かれるような痛みと共に。
 自然の巨大さなど、始めから分かっていた。人の命など、容易く消されてしまうのだと。人の思想など、自然を揺るがすほど強大ではない。それでこそ、人が花を指先で摘むように。そのありありと映し出される現実を、皆は思い知るしかなかった。
 何処かでは嘆く声が、何処かでは悲鳴が、何処かでは如何しようもない感情を叫びに映して。姿などは如何でも良かった。理不尽な現状の中、理解させられる終わり、隣人の亡骸。理不尽なままに、人の思想など全く感じない無情な摂理。それは、あまりにも、過酷で、残酷であった。打ち拉がれ、嘆く事しか叶わない。再会を、覚醒を、会話は抱擁など、もう二度と叶わない。故に人は悲しむ。絶望と悲哀の水底に落とされてしまう、しまうのだ。
 立ち尽くし、泣き崩れ、怒りに地面を叩く。ぶつけられない思いを人に辛い思いで叫び、抱き合って号泣を頬に流す。声もないまま涙すれば、呆然と空を見上げて思考を停止させる。鮮明に映る現実が信じられない、信じたくない。それでも目の当たりにして、感情を昂ぶらせるしかない。悲しみの一入、感極まり、誰もが涙を流す中、比べて僅かばかり少ない者達はそれらを眺めて、呼吸を詰まらせて視界に焼き付けるしかなかった。
 とは言えど、彼等は幸いだったのかも知れない。それを知れる事に、見れる事に。喪った知らせを受けない者達は知れるまで苦しむしかない。生死を問わないと望んでも、どれだけ悲しもうとも。

【13】

 時間が流れても思いは尽きず、治まる事は無い。容易に落ち着けず、しかし、押し込めるしかない状況下、少しずつ悲しみが反映した声は治まっていく。現実に向き合い、無理矢理にでも気持ちを切り替える、それは如何しようもなく悲しく、如何しようもなく可哀想で。
 涙の跡、血の跡を、悲しみの姿を焼き付け、振り解けないままに。涙や血で塗れた亡骸から離れ行く。犇く思いを必死に抑え込んで。
 気絶する原理は不明だが自然現象なる地震、意思を持ち、暴虐の限りを尽くした銀龍インファントヴァルム。二つの天災に、強いられた理不尽に対する怒りは胸の中で燻るばかり。その顔は言うまでも無かった。
 生物が及ぼした悲劇、けれど終わってしまった事。刻まれた理不尽に対する怒りの行く先は失われ、もやもやした気持ちを抑え込むしかなく。その表情は言うまでもなかった。
「なんで、こんな事になっちまったんだろうな・・・」
 険しい表情に悲しみを滲ませたガリードが切実な思いを吐露する。それは恰も半身を奪われたかのように、哀惜を絞り出し、その声は風に消えて。細められる目には薄らと涙が浮かんで。
 そんな彼に対し、トレイドは一言も喋らない。その目は遠くを、瓦礫に埋もれた光景の中で無意識に被災者を探して。そうした眉間に血管が浮かんだ。
「トレイド?おい!」
 無言で離れ行く彼を呼び止めようとするも、止められない事を悟って引き留めようとした手を止めた。例え、漸く歩けるようになった身であろうと止められないと察して。
 怒りの形相を浮かべる彼、その理由はまだ魔族ヴァレスに向けて憂さを晴らすような、流言蜚語を吐いていた為に。それに気を取られ、視線を向けた時、もう我慢ならなかった。
 小競り合い、いや一方的な虐めとも言えようか。大した負傷を負っていない者達が徒党を組み、魔族ヴァレスに詰め寄り、好き勝手に批難、難詰の嵐を起していたのだ。
 魔族ヴァレス達は言い返さず、増長してそれは次第に大きくなる。周囲の目など気にせずに、貶す者達は気分を大きくさせ、口を大きく開いて。
 そうした者達、早くに避難、或いは誘導された身なのだろうか。然程恐怖に晒されず、危機から遠い場所に居た者達は浅慮のままに口を走らせる。あろうことか、対象は先述の通り。地震でも、破壊と恐怖を齎した銀龍でもなく。
 釈然とする筈がない。挑んだ者なら、その場に居た者なら知っているのだ。彼女達の多くが勇敢に銀龍と戦った事を、誰かを守った事を。結果、負傷者が多く出た、庇って命を落としそうになった者さえいる。
 それなのに、そんな事実を一切見ようとせずに批難する。疫病神と、お前等の所為だと。彼女達の献身を、善意を土足で踏み躙る行為。其処に思い遣りなど皆無、自分達の欲を、安心感を得る為の行為に、擁護のしようなどなかった。
 故に、トレイドは憤怒した。区別処か、弁えるべき状況でも抑えられない者達など愚かとしか言い得ず、唾棄に値するほどに醜く映った。
「・・・何を口走っているのか、理解しての事なのか?」
 静かに問う。煮え滾るような怒りを先ずは抑え、冷静に問い掛ける。今にも決壊しそうなそれ、その為に無表情に映る面の先は、身勝手な怒りを満たした面々が向けられた。
「何だ?お前。関係ないなら引っ込んでいろ!そもそも、あいつ等が、魔族ヴァレスが居るから、こんな事になっちまったんだろうがっ!」
「そうだ!あいつ等が来るまでは平和だったんだよ!あいつ等が呼び込んだんじゃないのか!?」
「そうよ!あの龍が、魔族ヴァレスが来なかったら、私の、私の子供は死なずに済んだわっ!!」
 真意を問い掛けると自己中心的な者達は口々に冤罪を吐き掛ける。不安を誤魔化す為の台詞ではなく、本気でそう信じ、魔族ヴァレスをどうしても悪役に立てようとして。
 無理矢理に勝手な主張は聞くに堪えられなかった。反論もせず、ただ黙って我慢する魔族ヴァレス達が不憫でならず、怒りは身を縛る疲労を忘れさせた。
「いい加減にしろッ!!」
 必死に抑制していた義憤、一気に膨れたそれに駆られ、怒号を轟かせた。その場に響き渡り、場に居た者達を縮まらせ、視線を集めてしまう。遣り取りに関わらぬ者も、不安な面の魔族ヴァレスも。
「貴様等の様な人族ヒュトゥムが居るから、彼女達が今も尚苦しんでいる!何故、批難出来る?虐げられるんだッ!!如何して人を思い遣れない、考えられない!?苦しむ気持ちも、悲しむ気持ちも、同じだと言うのに、如何してそんな考えが持てるんだッ!!」
 激昂した彼に圧倒され、魔族ヴァレスを目の敵にしていた者達は口を開閉させる。それでも文句を言葉にする。
「そんなの、知るかよ・・・こいつ等が居たから・・・」
「ふざけるなッ!貴様は、その魔族ヴァレスに助けられたのを忘れたのかッ!!」
 反論を口にしようとした青年に対し、即座に怒号を響かせて指摘する。それに思い出したか、逸らした顔は蒼褪めて。そう、庇われ、負傷した魔族ヴァレスの女性を見捨てた事実は消えない。
「それだけじゃない。貴様等が我が身可愛さに逃げ惑う中、彼女達は命を賭けて、あの龍と戦った!危険も承知で避難誘導も行った!どちらも懸命に、それで命を落とし掛けた者も居る!!それを見た筈だ!!隣での遣り取り、見ていないとは言わせない。それに対し、貴様等は何をしていたッ!?言ってみろッ!!」
 もう身を縛る疲労など頭から離れ、勝手な彼等に愚かさを気付かせるように怒鳴り付ける。それで少しは気付けたのか、数人ばかりだが顔色を悪くして。
「少しはまともに物を考えろッ!!根拠の無い噂や自分のものではない記憶に踊らされず、自分の目で確認するんだッ!あまつさえ、助けられた恩義を、勇敢な彼女達を批難するだと!?少しは自身の行いを鑑みろ!!どれだけ愚かな事をしているのか、分かっているのかッ!!」
 彼の大声は広場に響き渡る。叫ぶ声に力を篭め、息を少し切らす。その目が連中を見渡す。黙り込む連中だが、その多くが不満を滲ませる。反論しないものの、反省の様子など無い。
「・・・少しは冷静なって物事を見ろ。誰が助けてくれたのかを、認めるんだ」
 鋭い目で睨み付けつつも懇々と諭す。情に訴え掛け、少しは考え改めて貰おうとして。
「・・・それよりも、すべき事に専念する方が先ではないか?」
 押し黙り、様々に想いを巡らす最中は静かであった。其処に異論を呈して一人の男性が間に割り込んだ。
 その者はアイゼン、法と秩序ルガー・デ・メギルを担う者。酷き場所と成り果てたにも関わらず、物静かで、興味無げに佇む彼。それは性格故か、苦手意識がそう見せるのか。
 味方を得たと表情を変える住人達を背に、トレイドと向き合う彼。既に広場の状態を確認したのか、他は見向きもせずに。
「・・・その通りだ。だが、混乱を招くような考えは先に止めさせたい。それだけだ」
「混乱、事実ではないのか?」
「何だと?」
「依然として、魔族ヴァレスは危険分子である事には変わりない。確かに、彼女達は住民の命を救い、銀龍討伐の一躍を担った。だが、その力は危険である事には変わりない。龍に有効打を与える力、それが誰かに向けられるとしたら?」
 ここに来て、操魔術ヴァーテアスを使用した事が響いてきた。誰かを救い、守る為に止むを得ずにしようとしたと言うのに、これでは報われない。
 論点の摩り替え、危険度を示す事で否応なしに悪い印象を与えようとしているのか。そのやり方に憤って仕方なく。
操魔術ヴァーテアスは意図的に様々な属性の現象を生じさせる能力。故意に爆発を、地面の変動も・・・それが、容易く命を奪えるだろう」
「・・・それを言えば、俺達は如何なる?剣を始めとする武器を振るう。要は使い手の問題だ、魔族ヴァレスと言う種族だけで決め付けられない」
「確かに。だが、その力を持っている事は変えられない・・・」
 様々な事を肯定し、だからこそ危険度をはっきりと示す。印象を植え付け、誘導しようとしている事は明らか。現に、押し黙っていた者達は気力を取り戻しつつあった。
 アイゼンに如何言った意図があるのか読めず、トレイドは内心困惑していた。混乱が続く中、更なる混乱を招く事は彼とて避けたいだろう。ましてや、暴力を伴いかねない事は望んでいない筈。それなのに、植え付けていた憎悪を煽る。その理由がどうしても分からなかった。
 ただ、彼が一瞬見せた表情、魔族ヴァレスを見た時に見せた僅かな憎しみ。それが根本的な原因なのかも知れない。けれど、それを指摘する余裕はなく、再び起こりかねない混乱を危惧して反論しようとした時であった。
「・・・ステイン」
 再び割って入る者が一人。それは人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーのリア、ステインである。その彼の登場に、一番に反応したのはアイゼンであった。
「久しぶりだな、アイゼン・・・何ヶ月振り、六ヶ月か?」
「五ヶ月と、丁度三週間目だな・・・何処に行っていたんだ?」
「丁度、終えた。後は・・・それを片付ける事、だけだ」
 若干だが口調を柔らかくするステイン。アイゼンもまた雰囲気が少しだけ崩れる。旧知の仲なのだろう、会話を交わす様子は少しだけ和らいで。
「あれは、俺の失態だ。俺があの龍を抑えていた。だが、地震に伴って気絶し、気が付くとセントガルドに居た。押さえ込み切れなかったんだ・・・その点では、彼女達ではなく、俺を咎めるべきだ」
 事実を、あるがままの情報を伝え、責は受けると言う姿勢を見せるステイン。その言動を、態度を目の当たりにし、住民達は惑わされ、混乱して考えを右往左往する。その流されるだけの意思は苛立ちを与えて。
「そうか・・・其処の彼の言う通り、問答をしている状況ではないな。早急に復旧しなければならない」
「その通り、同意し、賛同しよう。まずは目先の問題、セントガルドの復旧だ・・・だが、今日は休まないとな」
 様々な事が立て続けに起き、多くの者の精神は限界に達しようか。知人、家族、恋人と言った繋がりのある者を喪った者なら尚更に。そうした者達は今すぐには動けず、一先ずの支援に人員を裂かねばならないと発言して。
「分かった、住民達は法と秩序メギルの方で対処しよう。魔族ヴァレスの管理、他のギルドへの協力要請、食料云々の決め事はそちらに任せる」
 ステインに促された為か、機を逸した、若しくはその時ではないと判断したのか、アイゼンは冷めた面持ちのままに立ち去っていく。それは諦めるようにも、ただ流されるだけの人間に見切りを付けるようにも見えて。
 その背を物憂げに見送るステイン。周囲に何かを言い掛けた彼は再び口を開かせる。
「・・・何時かは忘れたが、何が起きたかは覚えている。お前が、最初だった・・・そう、魔族ヴァレスを批難し、否定し、弾劾し始めたのは」
 呟くような言葉が届いた彼は足を止めた。後姿でも目で見て分かる程の反応、動揺だろう、それを示していた。ゆっくりと振り返った顔、その双眸は鋭く細められ、眉間に皺を寄せた顔から憎しみが読み取れる。直ぐにも正面に向き直して。
「・・・覚えていないな」
 明らかに反応した彼は惚けた台詞を残し、足早に去っていった。その後姿を見て、ステインは胸を痛めているように表情を暗くさせていた。
「先ずは、使える建物を探すんスか?」
「そうだな。トレイド、行くぞ」
「・・・ああ」
 何時の間にか近くに居たガリードの問いに応じ、彼等は行動を開始していく。今日は心を休め、明日から心を削る為に。
 状況を唖然と眺めてただ困惑する住民達を放置し、彼等は魔族ヴァレスに声を掛けて離れていく。最中にトレイドは左腕を治して貰ったのだが、それまで終始痛みが走っていた。怒りで拳を作っていた為に。

 生き残った事を噛み締め、喪った者を悼み、明日を生きる為に誰もが思いを馳せて。
 そんな最中、彼等は気付けなかった。今起こっている現状があまりにも大き過ぎて、気付く由も無かった。突き付けられた事態を収拾する事を優先してしまった為に。少数は気付いていたかも知れないが、それでも。自身の明日を安定する為に、余計な事に気を回せなかった。
 あの戦いの最中、それは建っていた。出現した時期など知らず、けれど要因となったのは間違いなく、あの地震であろう。インファントヴァルムに倒壊されなかったのは奇跡としか言いようがない、其処で一番に目立つから尚更に。
 惨劇が広がるこのセントガルド城下町に、雄大な建造物が聳え立っていた。西洋の趣を感じさせ、不落を思わせて存在していた。
 白を基調とし、屋根を青とした、清く美しく外見。古風な雰囲気は一切無く、今まさに完成されたのかと思う程、真新しく輝くそれが悠然と。
 城無き城下町、その名はもう通用しない。城、正しくそう断言出来る建造物が聳え立っていた。それに気付き、話題にまで昇ったのはもう少し後になっての事。
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