Accarezzevole

秋村

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Ⅰ閉じ込められた箱庭

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 豪華絢爛な内装は高級ホテルのそれで、天井を見上げると満ちるお湯の鮮やかな青を一面に映し出していた。他にもキラキラと光る不思議な石が浴槽の底や壁など四方八方に埋め込まれ、幻想的な空間を作り上げている。深いのか、浴槽には階段まであった。

 全体的に白を基調としていて、鮮やかな青色がより美しく演出されている。浴槽の周りには、石造りの椅子が四脚あった。何より奏人が驚いたのは、青い天井から落ちてくる大量の水だ。滝のようなそれは一体どこから水を汲みあげているのか、浴槽の端に流れ落ちて広い浴槽を小さく波打たせている。

 決して華美ではないのに豪華に見えるのは、全体の演出のせいだろう。

「湯浴みは好きか? いくつか屋敷内に作らせてるが、中でもここは私の気に入りだ」

 ここの世界の住人に、湯に入る習慣があることに驚きながら小さく頷く。

 律界が原型である上に影響力も強いとシンが言っていた。だとすればこちらの習慣が人間界に伝わったのか。何にせよ、これから風呂に入らねばならないことだけは事実のようだ。

「ソロ様」

 声がして、奏人は他にも誰かいたことに気づく。綺麗な青年だった。栗色の髪に碧い瞳、奏人と同じ年頃に思える。背格好も似たような感じだ。彼とは目が合ったものの、やはりコードと同じように冷たい視線を寄越されて落胆した。きっとシンが特別なのだろう。人間に対する扱いは、コードたちのそれが普通なのだと考えた方がいい。

「ここはいい、下がれ」

「ですがフォニック様に、湯殿のお手伝いをするようにと」

「では、それをカナトに頼もう」

 栗毛の少年から奏人に視線を移し、ソロが言う。軽く両手を広げる彼に小首を傾げていると、ソロは楽しそうに続けた。

「カナト、脱がせてくれ」
「は?」

 訳が分からずソロを凝視する。これはあれだろうか。昔の貴族が自分で着替えをしないという、例の。そこの栗毛の少年は、着替えや湯浴みの手伝いをしに来たわけだ。だが理解するのと納得するのは別の話だ。

「服ぐらい自分で脱げよ。子供じゃあるまいし」

 呆れ口調で拒否する。至極真っ当なことを言ったつもりだった。しかしこの世界、この屋敷内においてそれは有り得ないことだったようで、栗毛の少年が戦慄いているのが視界の端に映った。

「人間ッ、ソロ様になんという口の利き方を!」
「あ、え……? ゴメン」
「貴様……ッ」
「なんでだよ、謝ったじゃん」

 焦って言えば、彼は怒りを増した顔で殴りかかってきた。何をしくじったのか心底分からぬまま、避けきれぬ拳に身構える。咄嗟に爪を隠すように拳を握ったのは、ほとんど無意識だった。

(?)

 いつまで経っても訪れない痛みに、ガードしていた両腕を下げた。絶句する。先程と似たような光景が、目の前に広がっていたからだ。

「まったく。コードといい、何故私のものをすぐに傷つけようとするのか」

 細い首を利き手で掴み、ソロが少年を宙に浮くほど高く持ち上げている。どこにそんな力がという疑問より、苦悶する少年の方に意識が向いた。息が出来ないのか、顔を真っ赤にして身悶えている。

「何してんだよッ」
「私のものに手を出そうとしたのだから、当然だろう?」
「死んじゃうだろ!」

 焦る奏人に、ソロは一笑する。

「それがどうした」

 慣れているのか、彼は。こんな風に、誰かをアッサリ殺してしまうことに。奏人はソロの腕にしがみ付き、体重をかける。少年の足が下に着けばと思ったが、残念ながらソロの腕はピクリとも動かなかった。

「早く下ろせって!」

「そうだな、お前が私の服を脱がせてくれるのなら良しとしよう。でなければ、この首はへし折る。選ぶといい、カナト」

 歪な笑みを深くして、ソロが言う。選択肢など、最初からないようなものだ。わざと見せつけるようにソロが笑顔で手指に力を入れ、少年のえづく声と骨の軋む音が聞こえた。

「っ、わ、分かった。分かったから!」

 蒼白して承諾する。すると興味は失せたとばかりに、ソロが少年を憐憫もなく放り捨てた。

 激しく咳き込む少年に思わず駆け寄ろうとしたが、ソロの視線を感じて足を止める。強い視線だ。これ以上行けば命が危ないと思った。奏人ではない、名も知らぬ栗毛の少年のだ。

「優しいことだな」

 ソロの冷たい指先が、ふと奏人の頬を撫でる。

 ひどく、昏い瞳。怒りを削ぐには十分で、奏人はまじまじと見入ってしまう。

 自分の育った環境を幸福だと思ったことは一度もないけれど、ソロの言うそれはどこか次元が違うように感じた。顎をなぞる指先に、わずかばかりに力が籠る。薄く開いた唇に触れた、ゾッとするような冷たい声音。

「優しさの通じる世界は、一体どんな色をしているのだろうな」

「何、言って……」

「ある貴族は、人間が勝手に歩き回らぬようその手足を折って

「っ」

「別の貴族は奉仕する際に歯を立てぬよう歯を全て抜き取り、綺麗だからという理由だけで目を抉り取った貴族もいる。どこまで我らと同じなのか調べたいと、皮膚を剥ぐところから始め、終いには骨にしてしまった貴族もいたな」

 静かに笑みを湛えて、ソロが並べる人間への加虐。想像したくないのに脳が勝手に映像化して、冷たい恐怖心を奏人に植え付ける。この世界において、人間は家畜以下なのだと改めて思い知った。

 指先が冷たい。震えるそれを握り締めて、微笑みを湛える男を見た。きっと顔は真っ青だ。見えないだけで、血の気は完全に引いているに違いない。

「あいつは? 拓斗はっ?」

「タク、ト……?」

「そうだ! アンタの侍従は間に合うよな? ここに来たら、アンタの傍に置いてもらえるんだろっ?」

 僅かに、ソロの目が見開く。しかし奏人は気にも留めず、出入り口の方を見て拓斗はまだかと不安を隠そうとしない。今まさに自分がそうされるかもしれない状況下、拓斗の心配だけをする奏人にソロが今一度細い顎をすくい上げた。何かを、呟かれる。囁くようなその台詞は、生憎と滝の音にかき消されて奏人の耳には届かない。奏人は笑みの失せたソロを見上げ、何かと目だけで問うた。彼は興味深げに尋ねる。

「私の傍が、まさか安全だと思っているのか?」

「アンタの言い連ねた貴族とかよりは、拓斗に酷いことはしないだろう?」

「生憎と私は優しくない」

「でも、しないよ」

「何故だ」

「だってそれじゃ、アンタは面白くない」

 自分の爪をソロに差し出して、奏人が言う。

 奏人が爪をソロに近づけた途端、倒れていた栗毛の侍従が動いた。それをソロが視線一つで制し、また無言で奏人を見下ろす。

 奏人は真っ直ぐにそれを受け止めた。奏人が抱く彼への恐怖は、もっと別のところにある。それを直接口にする気はないし、おそらく機会もないだろう。

 傷つける前に引っ込めようとして、腕を掴まれた。グッと引き寄せられて、何を考えているのか利き手を握られる。爪が触れるかもしれない可能性に、奏人は身動きが取れない。

「動くと、私の皮膚は溶けてしまうな」

 耳朶に触れる吐息に肩を竦め、体を強ばらせる。

「危ないだろ……!」

「そうだ。だから、――動くな」

 腰を抱かれ、傾く美しい顔と、触れる吐息。

 ドクドクと大きく脈を打つ心臓の音がうるさいほどに鼓膜を揺らし、待てと紡ぐはずだった言葉ごと唇を奪われた。物心ついて初めて、そこに他人が触れた。まさか異世界で、しかも男相手だとは夢にも思わない。

 きつく瞑った双眸と、結んだ唇。ガチガチに緊張している奏人に、ソロが小さく笑う。ムッとして文句を言いかけて、触れるだけだったそれが色を変えた。滑り込んでくる舌先。瞠若としたのは、ほんの束の間。絡め取られた舌先をきつく吸われ、ゾクゾクしたものが背を駆け抜ける。咄嗟に体を押し返そうとするが、握られた手のことを思い出し抵抗を止めた。

 男にキスをされて、吐き気の一つでも催すかと思ったのに実際はそんな暇さえない。

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