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Ⅳ奸悪の根に涙雨
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「律王は既にご高齢。今更、何を……」
「分からん。だが、嫌な予感がする」
エレジーの発言にソロもまた眉を顰める。今日ここにきた発端は、それであった。治癒師の予感は予言に等しい。フエテフォルツァの時も同じことを言って的中させた。エレジーは治癒師の中でも群を抜いて優秀な男だ。彼の言う予感だけは無視できない。だからこそソロもこうやって動いている。
「なるほど……、貴方の予感は当たりますからね。おそらく何か起こるのでしょう。では、ソロはシキに関して律王が動くと?」
「いや。そうは思わんな」
「どういうことです? でしたら、何故」
「動くのはおそらく、シキの方だろう」
フエテフォルツァが目を瞠る。それは律界人が口にしたくても、できなかった可能性の種。律王がシキを溺愛した結果堕落したのなら、まだよい。不味いのは、そこにシキの意思があるかどうかだ。もしもシキの意のままに律界の王が操られているのだとすれば、奴隷に王が手のひらで転がされていることになる。
万が一にでもそれが事実であれば律王の臣下である貴族たち、貴族に仕える侍従や商人などはみなシキによって苦汁をなめさせられたことに他ならない。たかが人間、たかが奴隷ごときに……だ。そのようなことを律界人が認めようはずもなく、可能性は常について回ったが誰も決して口には出さずにいた。
「シキ……が」
ソロが誕生する前、この律界は酷く荒れていた。堕落した律王に対する相次いでの反逆と反乱。先代四律将たちの死と謀反、そして引退に追い込んだ事件も記憶に深く刻まれている。
ソロが誕生したのは、まさに混乱末期。その巨大過ぎる律力をまざまざと見せつけ、生まれたその日に次期律王へ推挙された。冠はソロの律力に耐えきれず焼失。これによりソロは名を世界中に轟かせたが、次期四律将の束ねとなる予定であった王の盾はその座をソロに奪われてしまう。
二人の確執はここから始まったとされ、ソロが反乱を抑え込み貴族たちからの支持を集めてもなおおさまることはなかった。しかしソロは元々、創生樹が次期律王にするため創造した存在だ。これはソロの意思ではなく、律界そのものの意思に等しい。誰も王の盾を律王へ推薦できないのは、この事実が大きすぎるからだった。
「シキが律王を狂わせたのは事実だ。あれがどんな手を使ったかは知らんが、律王は何よりシキを特別視し頑なにそれを譲らなかった。認めるべきだろう。律王は、シキの意のままであったと。そのシキが生きていたとして、律王を動かして最後に何をやらかすのか……。厄介なことが起こる前に、こちらも動く」
「と、言いますと?」
「高齢者が急逝することはさして珍しくないものだ。そうであろう? フエテよ」
冷たく笑うエレジーに、フエテフォルツァは一瞬動きを止めた。ソロを一瞥し、彼が無言で茶を啜っている様を見て、何故この場で結界を張ったのかを理解した。
笑う。満足げに。フエテフォルツァは、心の底から笑った。ソロもエレジーも当初より彼の反応は分かっていた。こういう男なのだ。
「いいですね、ゾクゾクします。貴方に真名木を預けて良かった、ええ本当に」
歓喜にも似た笑顔は狂気じみていて、しかし美しい。
「僕の仕事は暗躍と情報収集。落ちてきたルートを辿り、シキ・タクトを探ればいいのですね? そういえば、カナトが探している友人も確かタクなんとか……、まさか、当人なのですか? いや、しかし時代が」
「可能性は高い」
「左様。カナトのことだ、どこぞやの空間の歪みに引っかかっていたと言われても、我は信じるぞ」
「な、なるほど……」
「それでフエテ、いつ頃発てる」
「そうですね、少しお時間を頂きます。こればかりは入念な準備が必要になりますので」
「必要なものがあれば言え」
「助かります。何せ従たちが逃げるように去って行きましたのでね」
「そのことだが」
「分かっていますよ。例の森のことでしょう? 言っておきますが、事実無根ですよ。調べたければどうぞお好きになさってください。単に夜逃げされただけですから。……恥ずかしいことですがね」
「もう少し優しくしてやることだな。あれらも生きて意思を持っておる。いくら死してのち再生が安易なことでも、恐怖は恐怖だぞ」
「ご忠告痛み入りますよ、エレジー。まぁ、確かに僕も今回のことで目が覚めました。まだ残ってくれている侍従には感謝しています」
「それを当人らに言ってやることだな。おい、ソロ。そろそろ時間だ」
「分かっている。では、明日にでも登城命令を出す」
「ええ。ありがとうございます」
ソロはそう言うと結界を解き、エレジーとともに部屋を出た。フエテフォルツァも見送りに立ち、侍従統括を始め屋敷に残った侍従ら総出で見送った。
「あ、ソロ。もう一つだけ」
「なんだ」
「その……彼に、カナトに、会えないでしょうか……?」
「なんだと?」
「待ってください。怒らないで。何もしません。ただ、彼に……詫びたいのです」
これに控えていた侍従らが大きくざわついた。彼らも既に名前くらいは承知している。何故主が蟄居を命じられているのか、理由の大元となった人間の男の名前だ。
いかに理由があったにせよ、ソロではなく当のカナトに詫びたいというフエテフォルツァ。これはとんでもないことであった。何せ相手は矮小の存在。あの人間だ。奴隷である。いくらソロの寵愛が深いとはいえ、最高位貴族のフエテが頭を下げる相手では決してない。
しかし。ふわり、ソロが表情を緩めた。威厳に満ち溢れ、常に威風堂々とした姿しか知らないフエテフォルツァの侍従たちは瞬時に目を奪われた。たったそれだけで、何故主がそんな愚かしい真似をしようとしているのか理解する。そんな気にさせられる、ほんの一瞬の微笑みだった。
「考えておこう」
「ええ。どうかお願いします。では明日、ご命令をお待ちしております」
天高く飛び立ったソロとエレジー。
二人ともにある場所へ向かいながら、エレジーがポツリと尋ねた。
「さっきのは、本気か? カナトの負担になり兼ねんぞ」
「そうか。では却下だ」
あっさりと意見を覆したソロに、エレジーはあまり律王と変わらないのではと思ったが、口には出さなかった。ソロが奏人を溺愛しているのは常日頃から見ている。だが、律王のそれとはどうも違う。そう思えるのは、偏に奏人のせいだ。
奏人はよく立場を弁えている。むしろ少し心配になるくらい、自分を過小評価し過ぎだ。ソロが侍従たちを傷つけるのを極端に嫌い、彼らが嫌がるからとあまり表立って動くことをしない。少し前まではそれもあったようだが、心境の変化か今では大人しく文字の練習に勤しんでいるようだ。
主への畏怖と畏敬が一番だろうが、奏人への侍従たちの態度が少しずつ変わってきている。まだまだ人間への風当たりは強いものの、この先どうなるかは実に見ものだった。
「……まったく、つくづくフエテは手を出した相手を間違えたな」
「何をブツブツ言っている。飛ばすぞ」
「あ! 言ってる最中からスピードを上げる奴があるか!」
「ついてこられなくなったら言え。小脇に抱えていってやる」
「死んでもごめんだ!」
我を誰だと思うておるっ、と必死にソロについてゆく幼い子。
ソロとエレジーがしばらく進んだ先。そこに見慣れた顔が二つあった。
「お待ちしておりました、我が君。エレジー様」
そう言ってソロとエレジーを出迎えたのは、フォニックとコードだ。恭しく頭を垂れ、二人が着地したのちフォニックが小高い丘の上の小さな森を指差す。一角だけ木々が青々と生えているそこは、フォニックと位を同じくする金糸の侍従の探索方二人が、誇りと威厳をかけて見つけてきた場所だ。
「ご苦労だった。よく見つけた」
「ありがとうございます。我が君にお褒めの言葉を賜り、あの者たちも喜びましょう」
「コード、準備はできているな?」
「はい。お任せください」
緊張した面持ちで首肯するコードの利き腕には、自ら組んだ術式が施されている。数日前からフォニックやシンの手を借りて、念入りに準備をしてきたものだ。
「行くぞ」
漆黒の外套を翻し、目的の場所へ足を向けるソロ。その少し後ろでエレジーがコードと軽く打合せを始める。
「先に我が四方陣を作る。貴様は我の合図を待ってから術にかかれ」
「承知致しました」
「下に何か術がかけられている可能性は高い。我が援護してやるが、無理はするな」
「はい。ありがとうございます」
緊張した面持ちを崩さないコードへ、フォニックが「コードなら大丈夫だ」と笑いかける。ほんの少しだけ表情を和らげたが、目的地にたどり着くとまたその美しい顔を強張らせた。
無理もなかった。これからコードが遂行する任務は、最悪ソロの汚名となってしまうことへと繋がる。もしそんなことになればコードは自らの命をもって償うつもりだが、自分程度が死んだところでソロの名に傷を付けた罪は償いきれるものではない。心の底からそう思っているコードに緊張するなと言う方が無理な話であった。
「……ここか」
無造作に石が積み上げられているだけの、粗末な墓標。しかし周辺の草木はしっかりと刈り取られ、美しい大輪の花々が周囲を埋め尽くすように咲き誇っている。
名の刻まれたものは何もない。だがここは律王の直轄地。律王と命を受けた管理者だけが立ち入ることが許された聖域の中だ。ここには、歴代の律王の亡骸が眠っている。既に魂は創生樹へと還元されているが、各霊廟に雄々しく名を刻まれていた。
この森はどの霊廟からも離れた、いわば予定地。現律王の霊廟が建つ予定の場所だ。
「ここに人間を入れるとは、他の貴族連中が知れば阿鼻叫喚だな。崩御後には、シキの亡骸だけ掘り起こされてその辺に捨てられるぞ。……あれば、だが」
エレジーが美しく整えられた墓を見下ろし、ニヤリと笑う。外套を外してフォニックに預け、三人を少し後ろに下がらせた。珍しく深呼吸し、気を整え、素早く正確に印を刻む。呪文のようなものはない。徐々にエレジーの体から淡い光があふれ出し、墓標を四つの印が取り囲んだ。そのままの体勢を維持した状態で、口を開く。
「いいぞ、コード」
「は、はい!」
エレジーの合図を受けてコードが深く息を吐いたのち、四方陣の中に結界を張り巡らせた。準備をしてきた術式を開放し、全能力をそこへ注ぎこむ。
空気がバチバチと弾けるほどの強さだ。それでいてひどく繊細な術が一つ丁寧に組み込まれていた。
「そのまま下へ降ろせ。ゆっくりでよい。我がついておる、大丈夫だ」
「っ、はい……!」
滝のような汗がコードの額から流れていたが、それを気にする余裕などない。
歯を食いしばって結界を土の中へ送り込む。時間にすればほんの数分程度だったのかもしれないが、当のコードには数十分にも数時間にも思える鋭いまでの緊張感と集中力だった。
「分からん。だが、嫌な予感がする」
エレジーの発言にソロもまた眉を顰める。今日ここにきた発端は、それであった。治癒師の予感は予言に等しい。フエテフォルツァの時も同じことを言って的中させた。エレジーは治癒師の中でも群を抜いて優秀な男だ。彼の言う予感だけは無視できない。だからこそソロもこうやって動いている。
「なるほど……、貴方の予感は当たりますからね。おそらく何か起こるのでしょう。では、ソロはシキに関して律王が動くと?」
「いや。そうは思わんな」
「どういうことです? でしたら、何故」
「動くのはおそらく、シキの方だろう」
フエテフォルツァが目を瞠る。それは律界人が口にしたくても、できなかった可能性の種。律王がシキを溺愛した結果堕落したのなら、まだよい。不味いのは、そこにシキの意思があるかどうかだ。もしもシキの意のままに律界の王が操られているのだとすれば、奴隷に王が手のひらで転がされていることになる。
万が一にでもそれが事実であれば律王の臣下である貴族たち、貴族に仕える侍従や商人などはみなシキによって苦汁をなめさせられたことに他ならない。たかが人間、たかが奴隷ごときに……だ。そのようなことを律界人が認めようはずもなく、可能性は常について回ったが誰も決して口には出さずにいた。
「シキ……が」
ソロが誕生する前、この律界は酷く荒れていた。堕落した律王に対する相次いでの反逆と反乱。先代四律将たちの死と謀反、そして引退に追い込んだ事件も記憶に深く刻まれている。
ソロが誕生したのは、まさに混乱末期。その巨大過ぎる律力をまざまざと見せつけ、生まれたその日に次期律王へ推挙された。冠はソロの律力に耐えきれず焼失。これによりソロは名を世界中に轟かせたが、次期四律将の束ねとなる予定であった王の盾はその座をソロに奪われてしまう。
二人の確執はここから始まったとされ、ソロが反乱を抑え込み貴族たちからの支持を集めてもなおおさまることはなかった。しかしソロは元々、創生樹が次期律王にするため創造した存在だ。これはソロの意思ではなく、律界そのものの意思に等しい。誰も王の盾を律王へ推薦できないのは、この事実が大きすぎるからだった。
「シキが律王を狂わせたのは事実だ。あれがどんな手を使ったかは知らんが、律王は何よりシキを特別視し頑なにそれを譲らなかった。認めるべきだろう。律王は、シキの意のままであったと。そのシキが生きていたとして、律王を動かして最後に何をやらかすのか……。厄介なことが起こる前に、こちらも動く」
「と、言いますと?」
「高齢者が急逝することはさして珍しくないものだ。そうであろう? フエテよ」
冷たく笑うエレジーに、フエテフォルツァは一瞬動きを止めた。ソロを一瞥し、彼が無言で茶を啜っている様を見て、何故この場で結界を張ったのかを理解した。
笑う。満足げに。フエテフォルツァは、心の底から笑った。ソロもエレジーも当初より彼の反応は分かっていた。こういう男なのだ。
「いいですね、ゾクゾクします。貴方に真名木を預けて良かった、ええ本当に」
歓喜にも似た笑顔は狂気じみていて、しかし美しい。
「僕の仕事は暗躍と情報収集。落ちてきたルートを辿り、シキ・タクトを探ればいいのですね? そういえば、カナトが探している友人も確かタクなんとか……、まさか、当人なのですか? いや、しかし時代が」
「可能性は高い」
「左様。カナトのことだ、どこぞやの空間の歪みに引っかかっていたと言われても、我は信じるぞ」
「な、なるほど……」
「それでフエテ、いつ頃発てる」
「そうですね、少しお時間を頂きます。こればかりは入念な準備が必要になりますので」
「必要なものがあれば言え」
「助かります。何せ従たちが逃げるように去って行きましたのでね」
「そのことだが」
「分かっていますよ。例の森のことでしょう? 言っておきますが、事実無根ですよ。調べたければどうぞお好きになさってください。単に夜逃げされただけですから。……恥ずかしいことですがね」
「もう少し優しくしてやることだな。あれらも生きて意思を持っておる。いくら死してのち再生が安易なことでも、恐怖は恐怖だぞ」
「ご忠告痛み入りますよ、エレジー。まぁ、確かに僕も今回のことで目が覚めました。まだ残ってくれている侍従には感謝しています」
「それを当人らに言ってやることだな。おい、ソロ。そろそろ時間だ」
「分かっている。では、明日にでも登城命令を出す」
「ええ。ありがとうございます」
ソロはそう言うと結界を解き、エレジーとともに部屋を出た。フエテフォルツァも見送りに立ち、侍従統括を始め屋敷に残った侍従ら総出で見送った。
「あ、ソロ。もう一つだけ」
「なんだ」
「その……彼に、カナトに、会えないでしょうか……?」
「なんだと?」
「待ってください。怒らないで。何もしません。ただ、彼に……詫びたいのです」
これに控えていた侍従らが大きくざわついた。彼らも既に名前くらいは承知している。何故主が蟄居を命じられているのか、理由の大元となった人間の男の名前だ。
いかに理由があったにせよ、ソロではなく当のカナトに詫びたいというフエテフォルツァ。これはとんでもないことであった。何せ相手は矮小の存在。あの人間だ。奴隷である。いくらソロの寵愛が深いとはいえ、最高位貴族のフエテが頭を下げる相手では決してない。
しかし。ふわり、ソロが表情を緩めた。威厳に満ち溢れ、常に威風堂々とした姿しか知らないフエテフォルツァの侍従たちは瞬時に目を奪われた。たったそれだけで、何故主がそんな愚かしい真似をしようとしているのか理解する。そんな気にさせられる、ほんの一瞬の微笑みだった。
「考えておこう」
「ええ。どうかお願いします。では明日、ご命令をお待ちしております」
天高く飛び立ったソロとエレジー。
二人ともにある場所へ向かいながら、エレジーがポツリと尋ねた。
「さっきのは、本気か? カナトの負担になり兼ねんぞ」
「そうか。では却下だ」
あっさりと意見を覆したソロに、エレジーはあまり律王と変わらないのではと思ったが、口には出さなかった。ソロが奏人を溺愛しているのは常日頃から見ている。だが、律王のそれとはどうも違う。そう思えるのは、偏に奏人のせいだ。
奏人はよく立場を弁えている。むしろ少し心配になるくらい、自分を過小評価し過ぎだ。ソロが侍従たちを傷つけるのを極端に嫌い、彼らが嫌がるからとあまり表立って動くことをしない。少し前まではそれもあったようだが、心境の変化か今では大人しく文字の練習に勤しんでいるようだ。
主への畏怖と畏敬が一番だろうが、奏人への侍従たちの態度が少しずつ変わってきている。まだまだ人間への風当たりは強いものの、この先どうなるかは実に見ものだった。
「……まったく、つくづくフエテは手を出した相手を間違えたな」
「何をブツブツ言っている。飛ばすぞ」
「あ! 言ってる最中からスピードを上げる奴があるか!」
「ついてこられなくなったら言え。小脇に抱えていってやる」
「死んでもごめんだ!」
我を誰だと思うておるっ、と必死にソロについてゆく幼い子。
ソロとエレジーがしばらく進んだ先。そこに見慣れた顔が二つあった。
「お待ちしておりました、我が君。エレジー様」
そう言ってソロとエレジーを出迎えたのは、フォニックとコードだ。恭しく頭を垂れ、二人が着地したのちフォニックが小高い丘の上の小さな森を指差す。一角だけ木々が青々と生えているそこは、フォニックと位を同じくする金糸の侍従の探索方二人が、誇りと威厳をかけて見つけてきた場所だ。
「ご苦労だった。よく見つけた」
「ありがとうございます。我が君にお褒めの言葉を賜り、あの者たちも喜びましょう」
「コード、準備はできているな?」
「はい。お任せください」
緊張した面持ちで首肯するコードの利き腕には、自ら組んだ術式が施されている。数日前からフォニックやシンの手を借りて、念入りに準備をしてきたものだ。
「行くぞ」
漆黒の外套を翻し、目的の場所へ足を向けるソロ。その少し後ろでエレジーがコードと軽く打合せを始める。
「先に我が四方陣を作る。貴様は我の合図を待ってから術にかかれ」
「承知致しました」
「下に何か術がかけられている可能性は高い。我が援護してやるが、無理はするな」
「はい。ありがとうございます」
緊張した面持ちを崩さないコードへ、フォニックが「コードなら大丈夫だ」と笑いかける。ほんの少しだけ表情を和らげたが、目的地にたどり着くとまたその美しい顔を強張らせた。
無理もなかった。これからコードが遂行する任務は、最悪ソロの汚名となってしまうことへと繋がる。もしそんなことになればコードは自らの命をもって償うつもりだが、自分程度が死んだところでソロの名に傷を付けた罪は償いきれるものではない。心の底からそう思っているコードに緊張するなと言う方が無理な話であった。
「……ここか」
無造作に石が積み上げられているだけの、粗末な墓標。しかし周辺の草木はしっかりと刈り取られ、美しい大輪の花々が周囲を埋め尽くすように咲き誇っている。
名の刻まれたものは何もない。だがここは律王の直轄地。律王と命を受けた管理者だけが立ち入ることが許された聖域の中だ。ここには、歴代の律王の亡骸が眠っている。既に魂は創生樹へと還元されているが、各霊廟に雄々しく名を刻まれていた。
この森はどの霊廟からも離れた、いわば予定地。現律王の霊廟が建つ予定の場所だ。
「ここに人間を入れるとは、他の貴族連中が知れば阿鼻叫喚だな。崩御後には、シキの亡骸だけ掘り起こされてその辺に捨てられるぞ。……あれば、だが」
エレジーが美しく整えられた墓を見下ろし、ニヤリと笑う。外套を外してフォニックに預け、三人を少し後ろに下がらせた。珍しく深呼吸し、気を整え、素早く正確に印を刻む。呪文のようなものはない。徐々にエレジーの体から淡い光があふれ出し、墓標を四つの印が取り囲んだ。そのままの体勢を維持した状態で、口を開く。
「いいぞ、コード」
「は、はい!」
エレジーの合図を受けてコードが深く息を吐いたのち、四方陣の中に結界を張り巡らせた。準備をしてきた術式を開放し、全能力をそこへ注ぎこむ。
空気がバチバチと弾けるほどの強さだ。それでいてひどく繊細な術が一つ丁寧に組み込まれていた。
「そのまま下へ降ろせ。ゆっくりでよい。我がついておる、大丈夫だ」
「っ、はい……!」
滝のような汗がコードの額から流れていたが、それを気にする余裕などない。
歯を食いしばって結界を土の中へ送り込む。時間にすればほんの数分程度だったのかもしれないが、当のコードには数十分にも数時間にも思える鋭いまでの緊張感と集中力だった。
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