Accarezzevole

秋村

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Ⅳ奸悪の根に涙雨

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 真上から聞こえて来た、知った声。外套をなびかせて降りてくる少年に、今はとにかくホッとした。ここに現れてくれたことに感謝する。もし彼が奏人の予想通りの存在だったとして、シンやコードに何かあっては奏人ではどうにもできない。奏人の正体を知って無礼だと言って態度を翻されても、それをシンやコードではどうにもできない。

 だが、彼は違う。

「エレジー!」

「まったくお主は……。何かしでかさんと、外に出られんのか」

「ご、ごめん」
 
 幼い小学生にしか見えないエレジーに小突かれて頬を掻く。シンとコードも明らかにホッとした様子で、前をエレジーに譲った。

「こんなところで何をしている、ゼローザ」

「……エレジー」

「我に何か用だったか?」

「いや」

 エレジーからまた視線を奏人に戻して、ジッと見つめてくるゼローザと呼ばれた男。お互い、何も知らずにこのまま別れられていればどんなに良かっただろう。

「……そうか。では君が、ソロの」

 失望に満ちた声。無理もないが、悲しくなる。人間というだけで自分のすべてが否定されてしまったようで、辛かった。ソロやエレジー、侍従の三人は奏人にこんな態度を取らないからつい忘れがちになる。奏人は奴隷だ。人間はペットであり、娯楽用のオモチャ。ソロが妙に気に入ってくれているので勘違いをしそうになるが、この世界ではゼローザの反応こそが普通なのだ。

「お手数をおかけして、申し訳ございません。ここまで連れてきていただき、ありがとうございました。……隠していて、ごめんなさい」

 罵倒されたくなくて、深々と頭を下げ謝罪する。エレジーは合点がいった様子で小さく頷き、奏人の腕を掴むと軽々飛び上がった。

「ではな、ゼローザ。世話になった。二人とも、行くぞ」

 エレジーの合図にシンとコードも一礼して飛び上がり、そのままエレジーの屋敷へと向かう。奏人はゼローザの方を振り返ったが、彼は己の利き手を見つめていてこちらを見ていなかった。

「エレジー、あの人って」

「お主も名と顔くらいは覚えておけ。あれが王の盾と呼ばれる四律将最後の一人、ゼローザだ」

「……やっぱり、そうなんだ」

「何かされたのか?」

「ううん。いい人だった。凄く。……嫌な気分にさせた。よくしてくれたのに」

「それはお主が気にすることではない。あやつ個人の問題だ」

 珍しくしょんぼりしている奏人に、エレジーが眉根を寄せる。

 シンとコードもどこか青ざめていた。

「先に言っておくぞ、カナト。あれはソロと折り合いが悪い。とにかく相容れぬ仲だ。ソロの前でゼローザの話はするな。絶対にだ」

「カナトさん、どうかくれぐれもお願いします。カナトさんの口からゼローザ様のお名前が出たとなれば、我が君のお怒りは想像だにできません」

「なんで?」

 たかがペットが仲の悪い男の名を呼んだからといって、なんだというのだろう。

「いい人だったよ? 俺のこと危ないからって、手まで繋いで連れて行こうとしてくれたり」

 後ろから聞こえてきた悲鳴。青ざめていた顔を更に青白くして、シンとコードが戦慄いていた。

「手……ッ? 手だとッ? カナト、お前は全然分かっていないだろうが、我が君には絶対に報告するな! 絶対ッッにだ!」

「でも、本当はいい人なんだってソロも知れば」

「知った瞬間、戦争が起こるわッ!」

「お願いですカナトさんっ、僕はまだ死にたくないです……っ」

 血の気のないコードと涙目のシンに念を押され、奏人は圧に負けて大人しく頷く。

 侍従たちだけでなくエレジーもゼローザの話をするなと言うので、やはりソロには言わない方がいいのだろう。シンたちのことも考えて、奏人はゼローザのことは忘れることにした。滅多に屋敷から出ることのない身では、もう会うこともあるまい。

 残念ではあるけれど、きっと次出会えば彼は奏人を人間として扱う。それはとても悲しいことだ。せっかく優しい人だと思えたのだから、このまま小さないい思い出として終わりたい。

「カナト、そんなにゼローザのことが気に入ったのか?」

「なんかさ、兄さんがいたらこういう感じかなって思ったんだ。少し年の離れた兄さん」

「兄? あぁ、人間特有の血の繋がりか。親とやらを同じにする年上の雄をそう呼ぶのだろう?」

「雄って……、まぁそうだけど。俺からすると、ゼローザさんはそんな感じ。エレジーは弟だな」

「なんだと? ふざけるなっ。我を幾つだと思っているっ、どう考えても我の方が兄だろうっ? 兄!」

「怒るとこ、そこでいいんだ……」

 てっきり人間の奏人と兄弟に例えられて怒ったと思ったのに、そうではなくて苦笑する。確かに見た目は小学生のエレジーだが、奏人よりかなり長く生きている。年齢からすれば随分と年の離れた兄だ。

「じゃあエレジー兄さん」

「え。な、なんだ急に。我の偉大さがようやく理解できたのか?」

「そう。実は今できたとこ」

 至極真面目に首肯すれば、エレジーがパァァァァと嬉しそうに頬を紅色させる。大きな目をキラキラさせて、歓喜を一ミリも隠せていない。

(かっ、可愛い……!)

 やっぱり弟にしか思えなかったが、口にすると拗ねそうなのでやめておく。最初出会った頃は極悪非道な奴だと思ったエレジーも、蓋を開けてみればこの通り。奏人でも多少心配になるくらいのチョロさで、愛らしいことこの上ない。

「少々時間がかかったようだが、まぁよい。我は器も大きいからな! 笑って許してやる!」

 得意げに鼻を鳴らす上機嫌のエレジーに、我慢できずに繋いでいない方の手で頭を撫でた。

「……、もしかして我を弟扱い」

「してないしてない。格好イイな~って憧れてる」

「そう、なのか? そうか! であろうな! では、頭を撫でることを許そう!」

「フフフ」

 毎度毎度似たようなことを言って奏人に頭を撫でられているエレジーは、おそらくだが頭を撫でられることが嫌ではない。それがまた最高に可愛くて、やっぱり小学生にしか思えない奏人だった。

 エレジーに手を引かれて屋敷の敷地内に降り立つと、老齢の男が主の帰邸を待っていた。

「我が君、お帰りなさいませ。君がカナトくんですね。初めまして、いと尊き我が君の侍従統括にございます」

 六十代半ば頃の風貌をした男は、そう挨拶すると人間の奏人を普通の客人のようにもてなしてくれた。奥の部屋へ通され、「トニックです」とお茶まで出してくれる。早速飲もうとカップを手にした奏人だったが、それをシンが取り上げた。

「エレジー様。ご無礼を承知でお願いがございます。我々は我が君より、カナトさんをお守りするように申し付かっております。……このトニック、一度味を見てもよろしいでしょうか?」

「うちの侍従統括が淹れたお茶だ。不備があるわけがなかろう。貴様、何か仕込んでいるかもしれないというのか」

「何卒……これが我らの役目」

「構わないのではないですか? わたくしも逆の立場ならそう致します」

「……、お前がそう言うのなら。分かった、許そう」

 理解のあるエレジーの侍従統括に、シンとコードが深々と頭を下げて礼を言う。エレジーの侍従統括が差し出してくれたスプーンを使い、毒見をする。

 何もそこまでしなくてもと思ったが、奏人も口にはしなかった。ソロから言われていることだとしても、自分のために頭を下げてくれる二人がありがたかった。

 一口、口に含んで味を見るシン。コードも確認したのち、カップが手元に戻ってくる。

「大変失礼を致しました。お許しいただき、心より御礼申し上げます」

 エレジーと彼の侍従にそう告げて下がった二人に、許しが出たのだろうと奏人がお茶を飲む。 

「美味しいです。ありがとうございます」

「それは良かった。君は我が君のお気に入りですからね、傷つける真似はしませんよ」

「え、そうなの?」

「なななな何を馬鹿なっ。我はだな、こやつに負けっぱなしなのが許せぬから、あえて生かして」

「可愛いでしょう?」

「はい。とっても」

「聞けっ」

 顔を真っ赤にして怒鳴るエレジーの微笑ましさに和んでいる中、奏人を除く四人が何かに気付いたように視線を外へ向けた。

「おや……何やら、ただならぬご様子」

「そうだな」

 そう言って立ち上がるエレジーに、奏人は目を瞬く。不思議に思って自らも席を立つと、すぐに重厚な扉をノックする音が聞こえた。

 エレジーが返事をするのとほぼ同時。現れたのは、知った顔。別の侍従に案内されて来た、フォニックだった。屋敷にいるはずの彼が、何故ここにいるのか。

 フォニックは息を切らせ、奏人を見るなり青い顔で駆け寄ってくる。

「カナトさんッ」

 こうも取り乱したフォニックの姿を、奏人は初めて見た。両手で掴まれた肩が痛い。

 シンもコードも切羽詰まったフォニックの様子に顔色を変え、何事かと近寄ってくる。

「大変なことに、大変なことになりました……ッッ」
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