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Ⅳ奸悪の根に涙雨
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遠い空を見上げて、深いため息を一つ。ピリピりとした、張り詰めた空気。ここのところ、ずっとそうだ。侍従たちの顔は常に強張っていて、近くて遠い中庭に視線を落とす。
大変なことになった。そう言ってフォニックがエレジーの屋敷に駆け込んできたのは、もうひと月前のこと。彼が告げた台詞は、奏人だけでなく四律将のエレジーの顔色まで変えてしまった。
奏人はすぐに屋敷に戻された。ソロは仕事を切り上げて屋敷に戻ると、会うなり奏人と侍従三人に厳命を下した。それは、奏人をこの離れから一歩も出さないこと。
今でも覚えている。あの時のソロの顔は、ひどく苛立っていた。焦っているようにも思えた。あんな顔を見たのは初めてで、奏人は一抹の不安を覚えたほどだ。それがソロにも分かったのだろう。すぐにいつものソロに戻って問題はないと笑ってくれたが、触れてくる指先がほんの少しだけ冷たかった。
今、奏人は重い病にかかっていることになっている。もちろん、これもソロの命令だ。
侍従たちにはかん口令も敷かれており、下位の侍従たちでは離れの近くですら近づけない状態だった。奏人に付いてくれている三人も、ここのところずっと怖い顔で眉間から皺が取れない。
空気が重い。息苦しい。無理もないが、庭に出ることすら制限されていて本当に病気になってしまいそうだ。このひと月、奏人は不安に押しつぶされそうな毎日と戦いながら、息を殺して生活してきた。
ソロがここまで警戒している理由は、ただ一つ。四律将の束ねですら表立っては逆らえない男が、奏人に目を付けたからだ。
律王。四律将を直属に従え、その命令は律界全土に完全なる強制力をもって発動される、律界の支配者。
離宮に閉じこもっていた老齢の男は、突如玉座にソロを呼びつけて命令したらしい。
奏人を登城させよ、と。
それはまさに、数十年ぶりに聞く王命であった。いくらソロであろうと、真っ向から首を振るわけにはいかない。相手はあくまでも、王。正式に王命として受ければ、断ることはできない。
言葉通り捉え、奏人をただ登城させることは可能だ。問題は、律王が奏人を参上させる理由を語らなかったことにある。言う必要はないと一蹴され、それ以上質問することを許されなかった。
実力はソロが上でも、相手は律界の王。この世の最高権力者。ソロが唯一、頭を下げねばならない存在である。だからこそソロは、その日のうちに手を打った。エレジーを城へ呼び、彼を伴って律王へ再び謁見したのだ。
ソロが用意した、時間稼ぎ。それがこの、原因不明の重い病だ。
人間特有の病気の可能性が高く、それがどのように律界人へ影響するか分からぬため登城させられない。エレジーにも診せたと発言するソロに、エレジーもまた堂々と律王へ嘯いてみせた。
原因が分からぬ以上は、律界の王と会わせることはできない。万が一のことなどあってはならないから、と。
律王は無視して無理を通そうとしたが、さすがに原因不明の病の人間を登城させれば他の律界人にも影響が出る。そこをソロに突かれて、口惜しそうに引き下がった。
律王にも分かっているのだろう。もしこれを押し通せば、貴族たちから更に距離を置かれてしまうことを。既にシキの件、離宮へ引きこもっていたことを受けて、今代律王の評判は最低最悪だ。地に落ちている。一方のソロは政務の一切を取り仕切り、貴族たちからの信頼も厚い。政に見向きもせずシキに心酔しきっていたツケが、ここにきて大きく出た形だった。
とはいえ、いつまでも続けられることではない。あくまで時間稼ぎだ。ソロは奏人にもそう伝えていた。いずれ、王城に出向くことになると。だが、まだその時ではないから待てとも言われた。
時とはなんなのか。何を待っているのか。
「カナトさん、すぐに寝室へ」
「また来たの?」
「はい、そのようです。今フォニックとコードが出迎えていますが、すぐに近くまで来るでしょう。念のため、お願いします」
朝からずっと奏人に付いてくれているシンに言われ、ぼんやり外を眺めていた奏人は素直に寝室へと向かった。どこも悪くない中、眠くもないのにベッドへ入る。
最近は、こんなことがしょっちゅうだった。律王は本当に奏人が病に伏せっているのか調べるために、息のかかった者を幾度となく屋敷に派遣してくる。今日のように、ソロがいない時間帯を見計らって。
既にソロが結界を張り、離れにはソロの印が刻まれたフォニックたちしか入れないようになっている。けれど、派遣されてきた男たちの怒鳴り声は奏人にも毎度届く。フォニックたちを罵倒する声だ。辛くて、申し訳なくて、悔しかった。
ずっと室内に閉じこもっているせいで、気分も優れない。ソロが気分転換にと奏人でも読める本を沢山寄越してくれるが、最近では読む気力も失せていた。
いつまでこんなことが続くのか、不安は募るばかりだ。それを口にしたところでフォニックたちに気を遣わせてしまうので、我慢するしかない。自分のせいでこんなことになっている事実に、胃がキリキリと痛い。
「いけませんッ。この先はどうか……どうかッッ」
(この声、コード?)
切羽詰まったコードの声に、ベッドで横になっていた奏人は体を起こす。
どんな相手が来ても平々凡々と応じ、一切取り乱すことのなかったコード。一体何者なのか。確認しに行くわけにもいかず、ベッドの上で拳を握って耐える。
「何卒お下がりくださいませ! いくら貴方様でも危のうございますッ」
ただならぬ様子のフォニックの声も聞こえた。
嫌な予感がする。
シンも同僚二人の声に感じ取るものがあるのか、いつになく厳しい顔だ。奏人を守るように立ち、正面の入り口を睨んでいる。
(え……)
まさに一瞬。ガラスの砕け散るような音を、確かに聞いた。
シンが息を呑む。周囲を見回し、すぐに奏人に何かの術をかけようと手を掲げた。淡い光。浮かび上がる紋様。それには見覚えがあった。侍従三人に、ソロが組み込んだ術式だ。転送の術。万が一の際は、ソロの別荘へ奏人を転送させる手はずになっている。
しかし。
「動くな」
術が弾かれ、一気に室内の空気が張り詰める。奏人は寝室に入ってきた男を見上げて、フォニックたちが何故ああも慌てていたのかを理解した。
「……ゼロさん」
堂々とした体躯は相変わらずだが、こちらを見下ろす視線はひどく冷たい。マルシェで優しくしてくれた「ゼロ」の姿はなく、そこには奏人を人間として見ているゼローザの姿があった。
つい、ゼローザをゼロと呼んでしまって睫毛を伏せる。たったこれだけで首を切られても仕方がない奏人だが、ゼローザは動かない。ジッと奏人を見つめるだけ。
「ゼローザ様、どうぞお引き取りください。危険でございます。カナトさんは今、原因不明の」
「結界は張ってある」
「で、ですがいくら貴方様の結界でも、病には」
どうにか部屋から出そうとするフォニックだが、ゼローザは聞く耳を持たない。視線は奏人へ向けたままだ。
当の奏人は、フォニックがゼローザに何か制裁を受けないか心配でたまらなかった。相手は四律将。エレジーのように話が通じるわけではない。
「王命により、お前を律王のもとへ連れて行く」
やはりそう来たかと、奏人は腹に力を込めた。
王の盾、ゼローザ。王の腹心であり、四律将の一人。
ベッドの前に三人が身を挺して立ち、ゼローザの視界から奏人を隠す。すると、淡々としていたゼローザの表情があからさまに歪んだ。真ん中にいたフォニックの首を掴み、持ち上げる。すぐにミシミシと嫌な音が聞こえた。コードの悲鳴と、シンの焦り。
「やめろーッ!」
考えるより先に体が動いた。無策だ。それでも、黙ってなどいられなかった。ドンッ、とゼローザの体に体当たりをして、フォニックを助けた。なりふりなど、構ってはいられなかった。よろめいたゼローザを更に両手で押し返し、突き飛ばす。と同時に両手を広げて、三人の前に立ち塞がった。
「用があるのは俺だろッ。弱い者いじめすんなよ!」
「……なんだと」
「フォニックたちはアンタに逆らえないんだ! それを分かっててこれかよ! マルシェじゃいかにも下の者の味方みたいな雰囲気だったけど、これじゃその辺の貴族と一緒じゃないか!」
「カナトさんっ」
悲鳴にも似た声でシンが奏人を下がらせようとするが、奏人はゼローザを睨んだまま動かなかった。
「どうせ、用があるのは俺だ。王様、呼んでるんだろ? 今ここで俺をぐちゃぐちゃにしちゃったら、命令違反だ」
「……。その様子、やはり仮病か」
「違う。病気だよ。アンタに分からないだけだ」
自分を守ろうとしてくれているソロやエレジーに迷惑がかからないよう、即座に否定する。
ソロは今日、王命を受けて王都から離れた場所へ出向いている。おそらく、ゼローザを寄越すために律王が動いたのだろう。それだけ律王が奏人を所望しているわけだ。何を考えているのかは知らないが、ソロやエレジーの様子からして歓迎できないことだけは確かだ。
「随分と口の悪い。俺がお前を傷つけないとでも思っているのか?」
「まさか。この世界で俺を傷つけないのは、この三人とソロだけだ」
エレジーも、もうそんなことはするまい。だがここでエレジーの名を出して、彼に何かしらの迷惑がかかってはいけなかった。人間の奏人と仲がいいだなんて、この世界では嘲笑の種になる。
「……ソロが、だと?」
ゼローザの纏う気配が、変わった。気配に鈍い奏人にも、それが分かった。本当に仲が悪いようだ。いや、仲が悪いなんて生易しいレベルではないのかもしれない。なんだろうか。妙なものを、感じた。
「お前は、あんな奴を庇うのか」
「本当のことだ。少なくとも、ソロは俺に一度だって暴力を振るったことがない」
「馬鹿な」
「嘘じゃないよ。俺が文句言っても怒らないし、俺の体調に気を遣ってくれる。フエテに連れ去られた時だって助けてくれた。ソロは、俺が俺のままでいることを許してくれてる。それがどれだけありがたいか、律界人のアンタには分からない」
両手の拳を握り、目を閉じてソロに謝る。
きっと、怒る。きっと、心配する。誰がなんと言おうと、奏人にとっては優しい人だから。
落ちてきて今日まで、奏人はソロに守られてきた。逃げ出そうとしたことは一度や二度ではない。何度もある。それでもソロは脅すだけで、奏人を痛めつけることはしなかった。ただの一度もだ。
あれだけ憎まれ口を叩いたのに、嫌な奴だったのに。奏人のために色んなものを揃えてくれた。叶えてくれた。お昼寝三点セットだって、奏人が眠りやすいようにと特注してくれたものだ。人間のことを勉強してくれているのは、身をもって理解している。文字の練習や習得も、奏人が覚えたいと言ったから沢山の本を揃えてくれて、ソロ自ら字を教えてくれた。
「十分、よくしてもらった。俺は、ちゃんと幸せだった」
「……」
「だから、もういい」
ソロの焦る顔なんて見たくない。憎たらしいくらいに尊大で、自信家で、居丈高なのがソロだ。
不安や焦りなんて彼に必要ない。
一歩、ゼローザの前に出る。真っ直ぐにゼローザの瞳を見つめ、力強く告げた。
「貴方様と一緒に参ります。ゼローザ様」
大変なことになった。そう言ってフォニックがエレジーの屋敷に駆け込んできたのは、もうひと月前のこと。彼が告げた台詞は、奏人だけでなく四律将のエレジーの顔色まで変えてしまった。
奏人はすぐに屋敷に戻された。ソロは仕事を切り上げて屋敷に戻ると、会うなり奏人と侍従三人に厳命を下した。それは、奏人をこの離れから一歩も出さないこと。
今でも覚えている。あの時のソロの顔は、ひどく苛立っていた。焦っているようにも思えた。あんな顔を見たのは初めてで、奏人は一抹の不安を覚えたほどだ。それがソロにも分かったのだろう。すぐにいつものソロに戻って問題はないと笑ってくれたが、触れてくる指先がほんの少しだけ冷たかった。
今、奏人は重い病にかかっていることになっている。もちろん、これもソロの命令だ。
侍従たちにはかん口令も敷かれており、下位の侍従たちでは離れの近くですら近づけない状態だった。奏人に付いてくれている三人も、ここのところずっと怖い顔で眉間から皺が取れない。
空気が重い。息苦しい。無理もないが、庭に出ることすら制限されていて本当に病気になってしまいそうだ。このひと月、奏人は不安に押しつぶされそうな毎日と戦いながら、息を殺して生活してきた。
ソロがここまで警戒している理由は、ただ一つ。四律将の束ねですら表立っては逆らえない男が、奏人に目を付けたからだ。
律王。四律将を直属に従え、その命令は律界全土に完全なる強制力をもって発動される、律界の支配者。
離宮に閉じこもっていた老齢の男は、突如玉座にソロを呼びつけて命令したらしい。
奏人を登城させよ、と。
それはまさに、数十年ぶりに聞く王命であった。いくらソロであろうと、真っ向から首を振るわけにはいかない。相手はあくまでも、王。正式に王命として受ければ、断ることはできない。
言葉通り捉え、奏人をただ登城させることは可能だ。問題は、律王が奏人を参上させる理由を語らなかったことにある。言う必要はないと一蹴され、それ以上質問することを許されなかった。
実力はソロが上でも、相手は律界の王。この世の最高権力者。ソロが唯一、頭を下げねばならない存在である。だからこそソロは、その日のうちに手を打った。エレジーを城へ呼び、彼を伴って律王へ再び謁見したのだ。
ソロが用意した、時間稼ぎ。それがこの、原因不明の重い病だ。
人間特有の病気の可能性が高く、それがどのように律界人へ影響するか分からぬため登城させられない。エレジーにも診せたと発言するソロに、エレジーもまた堂々と律王へ嘯いてみせた。
原因が分からぬ以上は、律界の王と会わせることはできない。万が一のことなどあってはならないから、と。
律王は無視して無理を通そうとしたが、さすがに原因不明の病の人間を登城させれば他の律界人にも影響が出る。そこをソロに突かれて、口惜しそうに引き下がった。
律王にも分かっているのだろう。もしこれを押し通せば、貴族たちから更に距離を置かれてしまうことを。既にシキの件、離宮へ引きこもっていたことを受けて、今代律王の評判は最低最悪だ。地に落ちている。一方のソロは政務の一切を取り仕切り、貴族たちからの信頼も厚い。政に見向きもせずシキに心酔しきっていたツケが、ここにきて大きく出た形だった。
とはいえ、いつまでも続けられることではない。あくまで時間稼ぎだ。ソロは奏人にもそう伝えていた。いずれ、王城に出向くことになると。だが、まだその時ではないから待てとも言われた。
時とはなんなのか。何を待っているのか。
「カナトさん、すぐに寝室へ」
「また来たの?」
「はい、そのようです。今フォニックとコードが出迎えていますが、すぐに近くまで来るでしょう。念のため、お願いします」
朝からずっと奏人に付いてくれているシンに言われ、ぼんやり外を眺めていた奏人は素直に寝室へと向かった。どこも悪くない中、眠くもないのにベッドへ入る。
最近は、こんなことがしょっちゅうだった。律王は本当に奏人が病に伏せっているのか調べるために、息のかかった者を幾度となく屋敷に派遣してくる。今日のように、ソロがいない時間帯を見計らって。
既にソロが結界を張り、離れにはソロの印が刻まれたフォニックたちしか入れないようになっている。けれど、派遣されてきた男たちの怒鳴り声は奏人にも毎度届く。フォニックたちを罵倒する声だ。辛くて、申し訳なくて、悔しかった。
ずっと室内に閉じこもっているせいで、気分も優れない。ソロが気分転換にと奏人でも読める本を沢山寄越してくれるが、最近では読む気力も失せていた。
いつまでこんなことが続くのか、不安は募るばかりだ。それを口にしたところでフォニックたちに気を遣わせてしまうので、我慢するしかない。自分のせいでこんなことになっている事実に、胃がキリキリと痛い。
「いけませんッ。この先はどうか……どうかッッ」
(この声、コード?)
切羽詰まったコードの声に、ベッドで横になっていた奏人は体を起こす。
どんな相手が来ても平々凡々と応じ、一切取り乱すことのなかったコード。一体何者なのか。確認しに行くわけにもいかず、ベッドの上で拳を握って耐える。
「何卒お下がりくださいませ! いくら貴方様でも危のうございますッ」
ただならぬ様子のフォニックの声も聞こえた。
嫌な予感がする。
シンも同僚二人の声に感じ取るものがあるのか、いつになく厳しい顔だ。奏人を守るように立ち、正面の入り口を睨んでいる。
(え……)
まさに一瞬。ガラスの砕け散るような音を、確かに聞いた。
シンが息を呑む。周囲を見回し、すぐに奏人に何かの術をかけようと手を掲げた。淡い光。浮かび上がる紋様。それには見覚えがあった。侍従三人に、ソロが組み込んだ術式だ。転送の術。万が一の際は、ソロの別荘へ奏人を転送させる手はずになっている。
しかし。
「動くな」
術が弾かれ、一気に室内の空気が張り詰める。奏人は寝室に入ってきた男を見上げて、フォニックたちが何故ああも慌てていたのかを理解した。
「……ゼロさん」
堂々とした体躯は相変わらずだが、こちらを見下ろす視線はひどく冷たい。マルシェで優しくしてくれた「ゼロ」の姿はなく、そこには奏人を人間として見ているゼローザの姿があった。
つい、ゼローザをゼロと呼んでしまって睫毛を伏せる。たったこれだけで首を切られても仕方がない奏人だが、ゼローザは動かない。ジッと奏人を見つめるだけ。
「ゼローザ様、どうぞお引き取りください。危険でございます。カナトさんは今、原因不明の」
「結界は張ってある」
「で、ですがいくら貴方様の結界でも、病には」
どうにか部屋から出そうとするフォニックだが、ゼローザは聞く耳を持たない。視線は奏人へ向けたままだ。
当の奏人は、フォニックがゼローザに何か制裁を受けないか心配でたまらなかった。相手は四律将。エレジーのように話が通じるわけではない。
「王命により、お前を律王のもとへ連れて行く」
やはりそう来たかと、奏人は腹に力を込めた。
王の盾、ゼローザ。王の腹心であり、四律将の一人。
ベッドの前に三人が身を挺して立ち、ゼローザの視界から奏人を隠す。すると、淡々としていたゼローザの表情があからさまに歪んだ。真ん中にいたフォニックの首を掴み、持ち上げる。すぐにミシミシと嫌な音が聞こえた。コードの悲鳴と、シンの焦り。
「やめろーッ!」
考えるより先に体が動いた。無策だ。それでも、黙ってなどいられなかった。ドンッ、とゼローザの体に体当たりをして、フォニックを助けた。なりふりなど、構ってはいられなかった。よろめいたゼローザを更に両手で押し返し、突き飛ばす。と同時に両手を広げて、三人の前に立ち塞がった。
「用があるのは俺だろッ。弱い者いじめすんなよ!」
「……なんだと」
「フォニックたちはアンタに逆らえないんだ! それを分かっててこれかよ! マルシェじゃいかにも下の者の味方みたいな雰囲気だったけど、これじゃその辺の貴族と一緒じゃないか!」
「カナトさんっ」
悲鳴にも似た声でシンが奏人を下がらせようとするが、奏人はゼローザを睨んだまま動かなかった。
「どうせ、用があるのは俺だ。王様、呼んでるんだろ? 今ここで俺をぐちゃぐちゃにしちゃったら、命令違反だ」
「……。その様子、やはり仮病か」
「違う。病気だよ。アンタに分からないだけだ」
自分を守ろうとしてくれているソロやエレジーに迷惑がかからないよう、即座に否定する。
ソロは今日、王命を受けて王都から離れた場所へ出向いている。おそらく、ゼローザを寄越すために律王が動いたのだろう。それだけ律王が奏人を所望しているわけだ。何を考えているのかは知らないが、ソロやエレジーの様子からして歓迎できないことだけは確かだ。
「随分と口の悪い。俺がお前を傷つけないとでも思っているのか?」
「まさか。この世界で俺を傷つけないのは、この三人とソロだけだ」
エレジーも、もうそんなことはするまい。だがここでエレジーの名を出して、彼に何かしらの迷惑がかかってはいけなかった。人間の奏人と仲がいいだなんて、この世界では嘲笑の種になる。
「……ソロが、だと?」
ゼローザの纏う気配が、変わった。気配に鈍い奏人にも、それが分かった。本当に仲が悪いようだ。いや、仲が悪いなんて生易しいレベルではないのかもしれない。なんだろうか。妙なものを、感じた。
「お前は、あんな奴を庇うのか」
「本当のことだ。少なくとも、ソロは俺に一度だって暴力を振るったことがない」
「馬鹿な」
「嘘じゃないよ。俺が文句言っても怒らないし、俺の体調に気を遣ってくれる。フエテに連れ去られた時だって助けてくれた。ソロは、俺が俺のままでいることを許してくれてる。それがどれだけありがたいか、律界人のアンタには分からない」
両手の拳を握り、目を閉じてソロに謝る。
きっと、怒る。きっと、心配する。誰がなんと言おうと、奏人にとっては優しい人だから。
落ちてきて今日まで、奏人はソロに守られてきた。逃げ出そうとしたことは一度や二度ではない。何度もある。それでもソロは脅すだけで、奏人を痛めつけることはしなかった。ただの一度もだ。
あれだけ憎まれ口を叩いたのに、嫌な奴だったのに。奏人のために色んなものを揃えてくれた。叶えてくれた。お昼寝三点セットだって、奏人が眠りやすいようにと特注してくれたものだ。人間のことを勉強してくれているのは、身をもって理解している。文字の練習や習得も、奏人が覚えたいと言ったから沢山の本を揃えてくれて、ソロ自ら字を教えてくれた。
「十分、よくしてもらった。俺は、ちゃんと幸せだった」
「……」
「だから、もういい」
ソロの焦る顔なんて見たくない。憎たらしいくらいに尊大で、自信家で、居丈高なのがソロだ。
不安や焦りなんて彼に必要ない。
一歩、ゼローザの前に出る。真っ直ぐにゼローザの瞳を見つめ、力強く告げた。
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