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Ⅵ誰何の先に知る真実
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「だいぶ傷が塞がってきたね」
薬草を塗り付けた布を取り換えながら、奏人が嬉しそうにペザンテへ告げた。もちろん、話が通じるわけではない。そんなことは百も承知だ。例え一方通行でも、奏人はペザンテに触れる時はいつもそうやって話しかけていた。
シンも難しい顔をしたペザンテの傷であったが、奏人の献身的な介護とシンが調合してくれた薬のお陰で順調に回復している。最近は餌も自分で食べられるようになり、少しなら庭を散歩することも可能になった。
それだけではない。周囲の不安をよそに、ペザンテは回復しても奏人を襲うことをしなかった。それどころか、奏人がブラッシングしても大人しくしている。最初のうちこそ今にも飛び掛かってきそうであったが、奏人に敵意がないことがペザンテにも理解できたのか大人しくして世話をさせていた。素直にブラッシングされるペザンテを見た時、さすがのソロも驚きを隠せないようだった。
「孤高の妖獣と呼ばれるペザンテが、こんなに人に懐くなんて……。凄いです、カナトさん」
「懐くというよりは、世話をさせてやっている感が否めないがな」
感激するシンと、皮肉たっぷりのコード。フォニックはソロについて出ているので、屋敷にはいない。奏人は布を巻き終えると、シンが用意してくれた浅い手水桶で手を洗いペザンテに向き直った。本当に元気になった。食事もよく食べてくれるし、何より目に力が戻っている。
「そろそろ、森に返さないとね」
ペザンテの背を撫でながら、奏人がポツリと零した。地球でも野生の動物は自然に返すのが鉄則だ。ソロも奏人がペザンテにかかりっきりなのが気に食わないようだし、何よりペザンテがこのままこの屋敷に留まるわけがない。元気になってきて、森の方をジッとみている回数が増えた。帰りたいのだろう。
「大丈夫。もうすぐ帰れるよ。だから、しっかり治そうな」
顔を見合わせて、もの言いたげなシンとコード。そんな二人に笑顔を見せて、奏人は布を片付けたあとペザンテとともに庭へ出た。
今日もいい天気だ。大きく伸びをしペザンテを伴い庭を散歩していると、ペザンテを見つけた時に聞いた声と同じ声が聞こえてきた。すぐに周囲を見回すが、シンとコード以外は誰もいない。それでも聞こえてくる、聞き覚えのある声。呼ばれている。奏人を呼んでいる。
「カナトさん? どうかなさいましたか?」
「……、また声が聞こえる」
怪訝そうなシンを残して、奏人はフラフラと庭の奥へと足を進めた。幻聴かとも思ったが、確かに聞こえてくる。人の声だ。しかしシンやコードには聞こえていないようで、更に奥へ進もうとする奏人を引き留めた。
「カナト、それ以上先は駄目だ。我が君との約束だろう?」
この森の危険性を熟知しているソロから、決して森の先に行くなと約束させられている。この森には律界の中でも危険だとされる妖獣がゴロゴロしており、ソロがこの土地に屋敷を建てたのも妖獣を抑え込む目的があってのことだ。ソロという抑制力が働いているお陰で、狂暴な獣たちを森の中に留めておける。
「……でも、声が」
「声なんてしない」
強く否定されて、やはり聞き間違いかと踵を返した。
トボトボと屋敷へ戻る途中、ペザンテがついてきていないことに気付く。振り返ると、ペザンテはジッと森の奥を見ていた。
もう、彼は森へ帰りたいのかもしれない。だが傷は塞がったとはいえ、完全に癒えてはいない状態だ。今戻って敵対している妖獣に会えば、また傷を負ってしまい兼ねない。それどころか死ぬ可能性だってある。
傍にいたシンに、今ペザンテが一人で森に戻って生き残れる可能性を訊いてみた。難しい顔をしたまま黙り込むシン。その表情に、奏人も胸を痛める。
「ペザンテ……」
あと少しの辛抱だからと、そう伝えようとして近づくが、ペザンテは急に森に背を向けて戻ってきた。そのまま先に行ってしまい、慌ててペザンテを追いかける。
――リィィィィン。
(え?)
呼ばれた。目を剥いて振り返り、ソロから止められている境界線の先に向かおうとする。
「カナトさんッ?」
「駄目だ! 急にどうした!」
「で、でもっ。拓斗だ! この声、拓斗が呼んでる……ッ」
「何を言って……。この先に人間がいるわけないだろうっ。とてもじゃないが、生きていけない! 入った瞬間、すぐに食い殺されて終わりだ!」
「そんな……、だって」
間違いない。この声は拓斗だ。拓斗が呼んでいる。奏人、と。こっちだと。
シンやコードの制止を振り切って先に進もうとする奏人の前に、まさかのペザンテが立ち塞がった。金色の毛並みを逆撫でて、唸り声をあげる。それが奏人を叱責しているようにしか見えなくて、奏人はようやく我に返った。
「ぁ、ご……ごめん。約束、破るとこだった」
冷静さを取り戻す。侍従の二人に頭を下げ、ペザンテにも謝った。安堵するシンとコードに促され、今度こそ屋敷に戻る。部屋に入ると、シンがお茶を淹れてくると退室して行った。コード一人が残り、ペザンテを警戒しながら奏人に付いてくれている。
奏人は定位置のソファに腰掛け、ぼんやり窓の向こうに目を向けていた。拓斗の声が聞こえたのは、これで三度目だ。一度目は、フエテフォルツァの塔。二度目は王城。三度目は例の森。全部場所が違う。彼が移動しているのか、それとも律界の術を使っているのか。人間である奏人や拓斗に律力は使えないから、道具を介している可能性が高い。
これまで奏人は、拓斗がこの世界に本当に落ちてきているのか確信がなかった。だが最近は、拓斗がこの世界にいると信じて疑わない。
きっと拓斗も奏人を探している。手がかりは、ソロだ。ソロが持っていた新聞。彼は何か知っているに違いない。何故奏人に話してくれないのかは分からないけれど、ソロのことだ。奏人が危険に晒される何かがあるのだろう。
もう一度ちゃんと話し合ってみよう。今日、森で拓斗に呼ばれたことも話してみれば、少しは状況が変わるかもしれない。
しかし――。
この日を境に、ソロは屋敷に戻って来なくなった。少しの間、遠征に出るとフォニックの伝言があっただけだ。いつ戻ってくるのか分からない。何かあったのかと尋ねても、侍従たちは心配無用だと口にするばかりで何も教えてくれなかった。
異変を感じ取ったのは、一週間後。ソロがまだ帰って来ない。なんの連絡もない。更に一週間。帰ってくるどころか、音沙汰のないソロに不安が募る。
唯一、心の支えとなっているのはソロから届けられるブレスだった。奏人はソロのブレスがないと生きていけない。ブレスが手渡されるたび、彼が生きている証拠に心から安堵する。
何もできない自分が不甲斐ない。お荷物でしかない状況に苛立ちが隠せない。
そんな奏人の心細さを察したかのように、拓斗の声が頻繁に聞こえてくるようになった。庭の奥。森の方からだ。外に出ると、必ず聞こえてきていた。何度かフォニックに頼んでみたが、頑なに拒まれた。無理もない。無茶なことを頼んでいるのは承知していたので、奏人も強くは出られなかった。
あの日。もう二度と馬鹿な真似はしないと誓った。身を守る術を持たない以上、大人しく屋敷にいるしかない。実際、部屋に籠っていた。
そんな奏人を襲った、不調。ブレスの力が弱いのだ。二度目の摂取の時点で、既に体の調子がおかしかった。空腹を感じた。こんなこと、これまで一度もなかった。一週間の効力を持つソロのブレス。それなのに期日を前にして、体に力が入らなくなった。三度目のブレスは、更に酷い。五日目辺りから眩暈を覚え、起き上がることができなくなった。
すぐにエレジーが屋敷に来て診てくれたが、初めて見るような深刻な表情をされた。治癒の術で幾分、楽にはなったけれど、根本的なことは何も解決していない。エレジーもブレスを作り出せるが、ソロと奏人は八重の吐息で魂命を繋いでる。エレジーは奏人に伏せたが、更に二人は寿命すらも繋いでいる状態だ。繊細な術の上に、もう一つ緻密な術をかけている。
八重の吐息がある限りは、ソロ以外からのブレスの供給は何が起こるか分からない。エレジーは辛そうに奏人に謝ったが、奏人は笑った。ありがとうと、笑顔でお礼を言った。心配してくれることが嬉しかった。
だが四度目のブレスは、三度目よりも効力を失っていた。奏人は、寝たきりとなり、思うように動けない。少し起き上がるだけで息を切らすような状態だ。
(体に、力が入らない……)
息をするのも苦しくて、何よりソロに逢いたくて、八重の吐息を通じて彼へ呼びかけてみる。甲高い鎖の音は一切鳴らず、虚しい静寂が広がるばかり。侍従たちはソロは無事だと言うが、本当なのだろうか。怖かった。大好きな人に何かあったのかもしれないと、不安で夜も眠れないのだ。
「グオゥ」
ベッドの横に顔を寄せてくる、美しい獣。金色の妖獣は、まだ奏人の傍にいてくれた。一度フォニックたちが森へ返しに行ったのだが、すぐに戻ってきて奏人の傍から離れようとしなくなった。孤高の妖獣が懐いて離れない事態に、屋敷中の誰もが驚いていた。
そんなペザンテを、害ナシと判断したエレジーが傍に置くことを許可してくれた。ただし、コードの結界は必須条件だ。
手を伸ばして、頭を撫でる。たったそれだけで息の上がる奏人に、ペザンテが自ら頭を引いてベッドの下で丸くなった。賢い妖獣に目を細める。
そこへフォニックが入ってきた。手には小さな箱と水。見覚えのあるそれに、奏人は胸を痛めた。
「……ソロは、まだなんだね」
「はい……。どうぞ、これを。少しは楽になるはずです」
フォニックに差し出されたブレスを口に入れて、どうにか水と一緒に飲み込む。嚥下する力も弱っており、かなりの時間がかかってしまった。それでもブレスを摂取すると、体が急に軽くなる。
数日ぶりに体を起こし、フォニックへ向き直った。
「ねぇ、フォニック。本当にソロは大丈夫なの? 今どこにいるの?」
「それ……は」
「お願い、フォニック。この通りだ。教えて欲しい」
ベッドの上で頭を下げる奏人に、フォニックがひどく困った様子で狼狽える。ソロに口止めされているのかもしれないが、本当に心配でたまらなかった。
「フォニック、お願いだから……」
フォニックの服を掴んで頼み込む奏人に、なおもフォニックは言い淀む。
「教えてやれ。ただし居場所だけだ。それ以上は何も訊くな。カナト、約束できるか?」
ノックもなしに部屋に入って来たのは、泊まり込みで奏人を診てくれているエレジーだ。後ろにはシンとコードもいる。
エレジーは奏人の傍に立つと、再度約束はできるかと尋ねてきた。逡巡ののち、奏人は頷く。真っ直ぐにエレジーの目を見つめ、約束すると応じた。
「では、教えてやる。あやつは今、フエテと一緒に律界を出ておる」
「律界を? また魔物が攻めてきたの?」
「違う。あやつは、お主の故郷……人間界に飛んでおるのだ」
薬草を塗り付けた布を取り換えながら、奏人が嬉しそうにペザンテへ告げた。もちろん、話が通じるわけではない。そんなことは百も承知だ。例え一方通行でも、奏人はペザンテに触れる時はいつもそうやって話しかけていた。
シンも難しい顔をしたペザンテの傷であったが、奏人の献身的な介護とシンが調合してくれた薬のお陰で順調に回復している。最近は餌も自分で食べられるようになり、少しなら庭を散歩することも可能になった。
それだけではない。周囲の不安をよそに、ペザンテは回復しても奏人を襲うことをしなかった。それどころか、奏人がブラッシングしても大人しくしている。最初のうちこそ今にも飛び掛かってきそうであったが、奏人に敵意がないことがペザンテにも理解できたのか大人しくして世話をさせていた。素直にブラッシングされるペザンテを見た時、さすがのソロも驚きを隠せないようだった。
「孤高の妖獣と呼ばれるペザンテが、こんなに人に懐くなんて……。凄いです、カナトさん」
「懐くというよりは、世話をさせてやっている感が否めないがな」
感激するシンと、皮肉たっぷりのコード。フォニックはソロについて出ているので、屋敷にはいない。奏人は布を巻き終えると、シンが用意してくれた浅い手水桶で手を洗いペザンテに向き直った。本当に元気になった。食事もよく食べてくれるし、何より目に力が戻っている。
「そろそろ、森に返さないとね」
ペザンテの背を撫でながら、奏人がポツリと零した。地球でも野生の動物は自然に返すのが鉄則だ。ソロも奏人がペザンテにかかりっきりなのが気に食わないようだし、何よりペザンテがこのままこの屋敷に留まるわけがない。元気になってきて、森の方をジッとみている回数が増えた。帰りたいのだろう。
「大丈夫。もうすぐ帰れるよ。だから、しっかり治そうな」
顔を見合わせて、もの言いたげなシンとコード。そんな二人に笑顔を見せて、奏人は布を片付けたあとペザンテとともに庭へ出た。
今日もいい天気だ。大きく伸びをしペザンテを伴い庭を散歩していると、ペザンテを見つけた時に聞いた声と同じ声が聞こえてきた。すぐに周囲を見回すが、シンとコード以外は誰もいない。それでも聞こえてくる、聞き覚えのある声。呼ばれている。奏人を呼んでいる。
「カナトさん? どうかなさいましたか?」
「……、また声が聞こえる」
怪訝そうなシンを残して、奏人はフラフラと庭の奥へと足を進めた。幻聴かとも思ったが、確かに聞こえてくる。人の声だ。しかしシンやコードには聞こえていないようで、更に奥へ進もうとする奏人を引き留めた。
「カナト、それ以上先は駄目だ。我が君との約束だろう?」
この森の危険性を熟知しているソロから、決して森の先に行くなと約束させられている。この森には律界の中でも危険だとされる妖獣がゴロゴロしており、ソロがこの土地に屋敷を建てたのも妖獣を抑え込む目的があってのことだ。ソロという抑制力が働いているお陰で、狂暴な獣たちを森の中に留めておける。
「……でも、声が」
「声なんてしない」
強く否定されて、やはり聞き間違いかと踵を返した。
トボトボと屋敷へ戻る途中、ペザンテがついてきていないことに気付く。振り返ると、ペザンテはジッと森の奥を見ていた。
もう、彼は森へ帰りたいのかもしれない。だが傷は塞がったとはいえ、完全に癒えてはいない状態だ。今戻って敵対している妖獣に会えば、また傷を負ってしまい兼ねない。それどころか死ぬ可能性だってある。
傍にいたシンに、今ペザンテが一人で森に戻って生き残れる可能性を訊いてみた。難しい顔をしたまま黙り込むシン。その表情に、奏人も胸を痛める。
「ペザンテ……」
あと少しの辛抱だからと、そう伝えようとして近づくが、ペザンテは急に森に背を向けて戻ってきた。そのまま先に行ってしまい、慌ててペザンテを追いかける。
――リィィィィン。
(え?)
呼ばれた。目を剥いて振り返り、ソロから止められている境界線の先に向かおうとする。
「カナトさんッ?」
「駄目だ! 急にどうした!」
「で、でもっ。拓斗だ! この声、拓斗が呼んでる……ッ」
「何を言って……。この先に人間がいるわけないだろうっ。とてもじゃないが、生きていけない! 入った瞬間、すぐに食い殺されて終わりだ!」
「そんな……、だって」
間違いない。この声は拓斗だ。拓斗が呼んでいる。奏人、と。こっちだと。
シンやコードの制止を振り切って先に進もうとする奏人の前に、まさかのペザンテが立ち塞がった。金色の毛並みを逆撫でて、唸り声をあげる。それが奏人を叱責しているようにしか見えなくて、奏人はようやく我に返った。
「ぁ、ご……ごめん。約束、破るとこだった」
冷静さを取り戻す。侍従の二人に頭を下げ、ペザンテにも謝った。安堵するシンとコードに促され、今度こそ屋敷に戻る。部屋に入ると、シンがお茶を淹れてくると退室して行った。コード一人が残り、ペザンテを警戒しながら奏人に付いてくれている。
奏人は定位置のソファに腰掛け、ぼんやり窓の向こうに目を向けていた。拓斗の声が聞こえたのは、これで三度目だ。一度目は、フエテフォルツァの塔。二度目は王城。三度目は例の森。全部場所が違う。彼が移動しているのか、それとも律界の術を使っているのか。人間である奏人や拓斗に律力は使えないから、道具を介している可能性が高い。
これまで奏人は、拓斗がこの世界に本当に落ちてきているのか確信がなかった。だが最近は、拓斗がこの世界にいると信じて疑わない。
きっと拓斗も奏人を探している。手がかりは、ソロだ。ソロが持っていた新聞。彼は何か知っているに違いない。何故奏人に話してくれないのかは分からないけれど、ソロのことだ。奏人が危険に晒される何かがあるのだろう。
もう一度ちゃんと話し合ってみよう。今日、森で拓斗に呼ばれたことも話してみれば、少しは状況が変わるかもしれない。
しかし――。
この日を境に、ソロは屋敷に戻って来なくなった。少しの間、遠征に出るとフォニックの伝言があっただけだ。いつ戻ってくるのか分からない。何かあったのかと尋ねても、侍従たちは心配無用だと口にするばかりで何も教えてくれなかった。
異変を感じ取ったのは、一週間後。ソロがまだ帰って来ない。なんの連絡もない。更に一週間。帰ってくるどころか、音沙汰のないソロに不安が募る。
唯一、心の支えとなっているのはソロから届けられるブレスだった。奏人はソロのブレスがないと生きていけない。ブレスが手渡されるたび、彼が生きている証拠に心から安堵する。
何もできない自分が不甲斐ない。お荷物でしかない状況に苛立ちが隠せない。
そんな奏人の心細さを察したかのように、拓斗の声が頻繁に聞こえてくるようになった。庭の奥。森の方からだ。外に出ると、必ず聞こえてきていた。何度かフォニックに頼んでみたが、頑なに拒まれた。無理もない。無茶なことを頼んでいるのは承知していたので、奏人も強くは出られなかった。
あの日。もう二度と馬鹿な真似はしないと誓った。身を守る術を持たない以上、大人しく屋敷にいるしかない。実際、部屋に籠っていた。
そんな奏人を襲った、不調。ブレスの力が弱いのだ。二度目の摂取の時点で、既に体の調子がおかしかった。空腹を感じた。こんなこと、これまで一度もなかった。一週間の効力を持つソロのブレス。それなのに期日を前にして、体に力が入らなくなった。三度目のブレスは、更に酷い。五日目辺りから眩暈を覚え、起き上がることができなくなった。
すぐにエレジーが屋敷に来て診てくれたが、初めて見るような深刻な表情をされた。治癒の術で幾分、楽にはなったけれど、根本的なことは何も解決していない。エレジーもブレスを作り出せるが、ソロと奏人は八重の吐息で魂命を繋いでる。エレジーは奏人に伏せたが、更に二人は寿命すらも繋いでいる状態だ。繊細な術の上に、もう一つ緻密な術をかけている。
八重の吐息がある限りは、ソロ以外からのブレスの供給は何が起こるか分からない。エレジーは辛そうに奏人に謝ったが、奏人は笑った。ありがとうと、笑顔でお礼を言った。心配してくれることが嬉しかった。
だが四度目のブレスは、三度目よりも効力を失っていた。奏人は、寝たきりとなり、思うように動けない。少し起き上がるだけで息を切らすような状態だ。
(体に、力が入らない……)
息をするのも苦しくて、何よりソロに逢いたくて、八重の吐息を通じて彼へ呼びかけてみる。甲高い鎖の音は一切鳴らず、虚しい静寂が広がるばかり。侍従たちはソロは無事だと言うが、本当なのだろうか。怖かった。大好きな人に何かあったのかもしれないと、不安で夜も眠れないのだ。
「グオゥ」
ベッドの横に顔を寄せてくる、美しい獣。金色の妖獣は、まだ奏人の傍にいてくれた。一度フォニックたちが森へ返しに行ったのだが、すぐに戻ってきて奏人の傍から離れようとしなくなった。孤高の妖獣が懐いて離れない事態に、屋敷中の誰もが驚いていた。
そんなペザンテを、害ナシと判断したエレジーが傍に置くことを許可してくれた。ただし、コードの結界は必須条件だ。
手を伸ばして、頭を撫でる。たったそれだけで息の上がる奏人に、ペザンテが自ら頭を引いてベッドの下で丸くなった。賢い妖獣に目を細める。
そこへフォニックが入ってきた。手には小さな箱と水。見覚えのあるそれに、奏人は胸を痛めた。
「……ソロは、まだなんだね」
「はい……。どうぞ、これを。少しは楽になるはずです」
フォニックに差し出されたブレスを口に入れて、どうにか水と一緒に飲み込む。嚥下する力も弱っており、かなりの時間がかかってしまった。それでもブレスを摂取すると、体が急に軽くなる。
数日ぶりに体を起こし、フォニックへ向き直った。
「ねぇ、フォニック。本当にソロは大丈夫なの? 今どこにいるの?」
「それ……は」
「お願い、フォニック。この通りだ。教えて欲しい」
ベッドの上で頭を下げる奏人に、フォニックがひどく困った様子で狼狽える。ソロに口止めされているのかもしれないが、本当に心配でたまらなかった。
「フォニック、お願いだから……」
フォニックの服を掴んで頼み込む奏人に、なおもフォニックは言い淀む。
「教えてやれ。ただし居場所だけだ。それ以上は何も訊くな。カナト、約束できるか?」
ノックもなしに部屋に入って来たのは、泊まり込みで奏人を診てくれているエレジーだ。後ろにはシンとコードもいる。
エレジーは奏人の傍に立つと、再度約束はできるかと尋ねてきた。逡巡ののち、奏人は頷く。真っ直ぐにエレジーの目を見つめ、約束すると応じた。
「では、教えてやる。あやつは今、フエテと一緒に律界を出ておる」
「律界を? また魔物が攻めてきたの?」
「違う。あやつは、お主の故郷……人間界に飛んでおるのだ」
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