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Ⅵ誰何の先に知る真実
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狼と狐を掛け合わせたような風貌は堂々と美しく、黄金色の毛並みは柔らかだ。しかし尾に打たれると、やはり痛い。ペザンテに打たれた頬を手で覆い、何度も目を瞬かせる。叩かれたことにも驚いたが、ペザンテが喋っていることの方が信じられない。しばらく一緒に過ごしたが、これまで一度も話したことはなかった。口を利けるなんて初耳だ。幻聴かと思ったものの、ハッキリと会話もした。間違いない。このペザンテは、喋ることができる。
「喋れるの、なんで黙ってたわけ?」
「ガル(面倒)」
なんともペザンテらしい理由に、奏人は叩かれた頬を撫でつつ納得した。
実はペザンテは人語を理解することが可能なほど知能が高く、妖力を介して発語も可能らしい。ただこれには相当な妖力コントロールが必要なようで、人の言葉を話せるのは個体差が大きいという。実際、人語を解し話せるペザンテはほとんど存在しないそうだ。
「面倒なのに、俺の為に……喋った、の?」
フン、と鼻を鳴らすペザンテに感動していると、目の前の男がペザンテに牙を剥いた。それを軽々と躱すペザンテは、奏人の叔父である千弥へ向けて口を開いた。
「グルルル(おい貴様)グァゥルルルル(魂が離れかけてるぞ)」
「ッ」
叔父の顔色が変わる。今の叔父は、既に体が死んでいるにも関わらず、魂を無理に詰め込んでいる状態だ。長く魂をそこに繋ぎ止めることはできないのだろう。色々と言ってはいるが、彼が奏人の体を欲する理由はそこにあるような気がした。
「だから俺の体が、欲しいのか」
「グゥゥ(人間同士)、ガルルルグゥゥゥ(波長が合うからな)」
なるほど、と納得する。改めて叔父を見た。
叔父の言う復讐は、奏人の体を奪い律王へ真実を語って絶望させること。奏人と律王同時に復讐を果たすには、これが一番いいのだろう。それに何となく、分かってきた。読めてきた。
叔父は、今度はソロを相手に似たようなことをする気だ。ソロは奏人でないことはすぐに見抜くだろうが、体そのものは奏人のもの。おそらく、傷つける真似はするまい。他のメンバーにしても、奏人の体を相手に横暴なことはしないだろう。
それが想像できるくらい、奏人は大切にされてきた。
拳を握る。湧いてきたのは、純粋な怒りだ。勃然と怒りを発し、叔父を睨み据えた。この体を死守せねば、ソロたちに害が及ぶ。あんなにも奏人のことを思ってくれる優しい人たちを、もう二度と悲しませたくない。
「本当に、腹が立つな。嫌な目をするようになりやがって……。お前は僕の言うことだけを聞いて、一生かしずいていればいいんだよッ!」
「……りだ」
「あ?」
「そんなの、お断りだッ!」
「お前……ッ」
「俺は、……俺の人生を生きる。俺を大切にしてくれる人たちと一緒に、生きる。俺は……っ、俺はっ、もう貴方の奴隷じゃないッッ」
吐き捨てたのと同時。激しい風が肌を切り裂いた。遠くに転がる奏人だったが、全身を覆う怒りが恐怖を打ち負かしていた。
歯を食いしばって起き上がった先で、布に足を取られる。この部屋の中にある、幾つもの不可思議な盛り上がり。その上に掛けられている布だ。
派手に転んで目にした、布の下。信じられない光景に絶句する。
「……なんだ、これ」
それは、死体。幾つもの肉片。バラバラになった体。まさか、と息を呑む。ここにある全ての山になった盛り上がりがそうなのかと、周囲を見回した。
これがなんであるかなど、訊かずとも分かる。今日ここまで叔父に使い捨てられてきた、律界人たちの体だ。下層区の律界人を連れてきていたと言っていたが、これほどの数だったとは。いや。こんなものではないのかもしれない。見たところ、死体がまだ新しい。
叔父は長くこの生活を続けていたようであるし、それを考えると数が少なすぎる。
「あぁ、それか? 捨てに行く場所がなくてな。前はフエテフォルツァの敷地内に捨ててたんだけど、ソロが監査を入れやがったから」
奏人は知らないことであるが、フエテフォルツァの塔の一件後、ソロの命令で正式に森に調査が入った。報告通り、フエテフォルツァに惨殺された遺体が埋まっているかどうかを調べるものだ。
森からは、やはり死体が大量に出てきた。まさかの事態にフエテフォルツァはひどく慌てたが、ソロは彼を拘束しなかった。原因がフエテフォルツァでないことは、明白であったからだ。
フエテフォルツァではなし得ない力。呪詛の痕跡が、死体には微量ながらにも残っていた。例の噂も、フエテフォルツァが原因ではなかったことが、結果的に証明されたことになる。狼狽するフエテフォルツァは本当に何も知らなかったようで、自分の敷地内に無断でこれだけの死体を埋められていた事実に憤慨していた。
フエテフォルツァの濡れ衣が晴れた以上、別に犯人がいることになる。
これだけの呪詛だ。必然、相手は絞られた。
「お前がさっさと器になれば、今日だってこいつ死なずに済んだのに」
自分を指差して笑う叔父に、鳥肌が立った。気持ち悪い。なんと恐ろしいのだろう。奏人はゆっくりと立ち上がりながら、叔父へ眉根をきつく寄せて見せた。侮蔑の籠った視線に気分を害したのか、利き手を挙げて攻撃してこようとする。
その手首が、ゴトリと音を立てて落ちた。まさに叔父が腕を振り下ろした瞬間であった。
身構えていた奏人は、唐突もなく落ちた右手首に目を瞠る。痛みはないのか、忌々しそうに舌を打つ叔父。ペザンテが奏人の前に出て、奏人へ自分の右後方に立てと指示を出した。
彼は既に死人。人間の魂は霊界へ還るのがこの世の法則だ。人間の魂は霊界の管轄。肉体が滅びた先で、閻王の裁きを受けなければならない。今、目の前の男はその理を無視して律界に留まり続けている状態だ。魂が霊界に引っ張られているのを器に閉じ込めて防いでいるが、魂自体は霊界へ還ろうとしているため内側から器を壊し続けている。そろそろ今の器が限界だとペザンテに聞かされ、奏人はグッと両足に力を込めた。
「あーあー、アーアーッ! 本当に腹立つなッ! なんなんだよ、お前! ちゃんと言うこと聞けよッ」
「嫌だ!」
「こっちはお願いしてんじゃない、命令してんだよッ。めーれー! お前のために、お前の魂が救われる方法を提示してやってんの! 有効活用してやるから、その体寄越せよ!」
左手が放たれる斬撃にも似た攻撃を必死になって躱しながら、奏人は間合いを詰めたいとペザンテに頼む。ペザンテは素早くそれに応じてくれるが、向こうもまさかペザンテが奏人側に付くとは思っていなかったようで目の色を変えて連撃を繰り出してきた。
ペザンテがいなければ、既にやられていただろう。それほどの攻撃だった。とはいえ、ペザンテもまだ病み上がりだ。苦しそうに息を吐く彼を見て、奏人は足元にある盛り上がりに向かって突進した。そこへ攻撃が入るより一瞬先、掴んだ布を叔父に向かって投げつける。
「ペザンテッ!」
「ガゥッ(応ッ)」
布が上手いこと視界を遮っている間に距離を詰め、ペザンテが相手の攻撃から奏人の急所を守ってくれた。
引き裂かれる布。飛び散る鮮血。しかし奏人は叔父の体に体当たりして、そのまま馬乗りになる。叔父は律力を使って奏人を殺そうとするが、今度は左腕が肩から外れて転がった。
死体だからか、先ほどから手首が落ちても肩がもげても血は流れてこない。馬乗りになった体も冷たく、まるで氷のようだ。
「かなとぉぉぉおおーッッ!」
「……っ、怖くない、怖くない……っ、もう怖くないっ。この体は、エレジーとゼロさんとフエテさんが必死になって蘇生させてくれたんだ! 今ここで貴方に渡したら、俺は三人に申し訳が立たないッ!」
懸命に残った部位の腕を押さえる奏人だったが、術を繰り出せるのは腕だけではないのか体全体からの風圧を受けて逆に倒されてしまう。覆いかぶさってこようとする叔父の体から逃れ、奏人は渾身の拳を彼の顔にぶつけた。
だが決定打には欠ける。痛覚がないからだ。叔父は奏人の体を蹴り上げ、今度こそ転がった奏人の首に利き足を押し付けた。寸前で腕で庇うが、足を払うには至らない。
「動けば殺すッ! 道連れだッ!」
助けに入ろうとしたペザンテに、叔父の一喝が飛んだ。
奏人は息苦しさに苦悶しながらも、左手でどうにか足を押し退けようとする。視線は、決して叔父から離さなかった。意地でも逸らさなかった。
「いい気になりやがって……っ」
おそらくは、気付いていないのだろう。足にかける力が、徐々に軽くなっている。奏人は腕で足の位置を少しだけずらすことに成功し、気道を確保した。それすら気付かないのは、目の前の瞳が徐々に濁り始めているせいか。
「無価値なお前を僕が再利用してやるって、そう言ってるんだ。抵抗するなよ、クズ」
「……。く、くず、じゃ……ない」
「クズだろうがッ」
「俺は、クズじゃない。無価値でもない。……ここで、それを教えてもらった……っ」
「ふざけるなっ、お前なんか最低最悪の罪人で」
「そうだ。向こうの世界じゃ、それが正解だと思ってた。貴方の言う通り、無価値で、クズで、罪人だった。だけど、俺が死んだら泣く人たちがいる。俺の為に戦ってくれる人たちがいるっ。俺を愛してくれる人に出会えた! 俺は、無価値じゃないっ。クズでもないっ。この世界に落ちてきて、俺は幸せだ! 律界に落ちた自分を、よくやったなと褒めてやりたいくらいだッ!」
「お前のせいで僕は巻き込まれたんだぞッ!」
「軽装で無茶な道を勝手に歩き、挙げ句に転んで足を挫いて! それを俺に背負わせて! 悪天候の中で下山する俺を、急げ急げとずっと攻め立てた! 貴方にも非はあるだろうッ! なんでもかんでも俺のせいにするなッ!」
全身に力を込めて冷たい足を押し退ける。ペザンテが大きく傾いた叔父の体に体当たりし、その隙に奏人は起き上がった。
「……っ?」
床が大きく揺れる。天井から聞こえる穿孔音。何、と思い上を見上げた瞬間。天井に大きな穴が空き、パラパラと石の破片が落ちてきた。
差し込む、目映い月光。逆光になってはいるが、そこに浮かぶ姿に奏人の視界が潤む。両手を広げ、その名を呼んだ。
「喋れるの、なんで黙ってたわけ?」
「ガル(面倒)」
なんともペザンテらしい理由に、奏人は叩かれた頬を撫でつつ納得した。
実はペザンテは人語を理解することが可能なほど知能が高く、妖力を介して発語も可能らしい。ただこれには相当な妖力コントロールが必要なようで、人の言葉を話せるのは個体差が大きいという。実際、人語を解し話せるペザンテはほとんど存在しないそうだ。
「面倒なのに、俺の為に……喋った、の?」
フン、と鼻を鳴らすペザンテに感動していると、目の前の男がペザンテに牙を剥いた。それを軽々と躱すペザンテは、奏人の叔父である千弥へ向けて口を開いた。
「グルルル(おい貴様)グァゥルルルル(魂が離れかけてるぞ)」
「ッ」
叔父の顔色が変わる。今の叔父は、既に体が死んでいるにも関わらず、魂を無理に詰め込んでいる状態だ。長く魂をそこに繋ぎ止めることはできないのだろう。色々と言ってはいるが、彼が奏人の体を欲する理由はそこにあるような気がした。
「だから俺の体が、欲しいのか」
「グゥゥ(人間同士)、ガルルルグゥゥゥ(波長が合うからな)」
なるほど、と納得する。改めて叔父を見た。
叔父の言う復讐は、奏人の体を奪い律王へ真実を語って絶望させること。奏人と律王同時に復讐を果たすには、これが一番いいのだろう。それに何となく、分かってきた。読めてきた。
叔父は、今度はソロを相手に似たようなことをする気だ。ソロは奏人でないことはすぐに見抜くだろうが、体そのものは奏人のもの。おそらく、傷つける真似はするまい。他のメンバーにしても、奏人の体を相手に横暴なことはしないだろう。
それが想像できるくらい、奏人は大切にされてきた。
拳を握る。湧いてきたのは、純粋な怒りだ。勃然と怒りを発し、叔父を睨み据えた。この体を死守せねば、ソロたちに害が及ぶ。あんなにも奏人のことを思ってくれる優しい人たちを、もう二度と悲しませたくない。
「本当に、腹が立つな。嫌な目をするようになりやがって……。お前は僕の言うことだけを聞いて、一生かしずいていればいいんだよッ!」
「……りだ」
「あ?」
「そんなの、お断りだッ!」
「お前……ッ」
「俺は、……俺の人生を生きる。俺を大切にしてくれる人たちと一緒に、生きる。俺は……っ、俺はっ、もう貴方の奴隷じゃないッッ」
吐き捨てたのと同時。激しい風が肌を切り裂いた。遠くに転がる奏人だったが、全身を覆う怒りが恐怖を打ち負かしていた。
歯を食いしばって起き上がった先で、布に足を取られる。この部屋の中にある、幾つもの不可思議な盛り上がり。その上に掛けられている布だ。
派手に転んで目にした、布の下。信じられない光景に絶句する。
「……なんだ、これ」
それは、死体。幾つもの肉片。バラバラになった体。まさか、と息を呑む。ここにある全ての山になった盛り上がりがそうなのかと、周囲を見回した。
これがなんであるかなど、訊かずとも分かる。今日ここまで叔父に使い捨てられてきた、律界人たちの体だ。下層区の律界人を連れてきていたと言っていたが、これほどの数だったとは。いや。こんなものではないのかもしれない。見たところ、死体がまだ新しい。
叔父は長くこの生活を続けていたようであるし、それを考えると数が少なすぎる。
「あぁ、それか? 捨てに行く場所がなくてな。前はフエテフォルツァの敷地内に捨ててたんだけど、ソロが監査を入れやがったから」
奏人は知らないことであるが、フエテフォルツァの塔の一件後、ソロの命令で正式に森に調査が入った。報告通り、フエテフォルツァに惨殺された遺体が埋まっているかどうかを調べるものだ。
森からは、やはり死体が大量に出てきた。まさかの事態にフエテフォルツァはひどく慌てたが、ソロは彼を拘束しなかった。原因がフエテフォルツァでないことは、明白であったからだ。
フエテフォルツァではなし得ない力。呪詛の痕跡が、死体には微量ながらにも残っていた。例の噂も、フエテフォルツァが原因ではなかったことが、結果的に証明されたことになる。狼狽するフエテフォルツァは本当に何も知らなかったようで、自分の敷地内に無断でこれだけの死体を埋められていた事実に憤慨していた。
フエテフォルツァの濡れ衣が晴れた以上、別に犯人がいることになる。
これだけの呪詛だ。必然、相手は絞られた。
「お前がさっさと器になれば、今日だってこいつ死なずに済んだのに」
自分を指差して笑う叔父に、鳥肌が立った。気持ち悪い。なんと恐ろしいのだろう。奏人はゆっくりと立ち上がりながら、叔父へ眉根をきつく寄せて見せた。侮蔑の籠った視線に気分を害したのか、利き手を挙げて攻撃してこようとする。
その手首が、ゴトリと音を立てて落ちた。まさに叔父が腕を振り下ろした瞬間であった。
身構えていた奏人は、唐突もなく落ちた右手首に目を瞠る。痛みはないのか、忌々しそうに舌を打つ叔父。ペザンテが奏人の前に出て、奏人へ自分の右後方に立てと指示を出した。
彼は既に死人。人間の魂は霊界へ還るのがこの世の法則だ。人間の魂は霊界の管轄。肉体が滅びた先で、閻王の裁きを受けなければならない。今、目の前の男はその理を無視して律界に留まり続けている状態だ。魂が霊界に引っ張られているのを器に閉じ込めて防いでいるが、魂自体は霊界へ還ろうとしているため内側から器を壊し続けている。そろそろ今の器が限界だとペザンテに聞かされ、奏人はグッと両足に力を込めた。
「あーあー、アーアーッ! 本当に腹立つなッ! なんなんだよ、お前! ちゃんと言うこと聞けよッ」
「嫌だ!」
「こっちはお願いしてんじゃない、命令してんだよッ。めーれー! お前のために、お前の魂が救われる方法を提示してやってんの! 有効活用してやるから、その体寄越せよ!」
左手が放たれる斬撃にも似た攻撃を必死になって躱しながら、奏人は間合いを詰めたいとペザンテに頼む。ペザンテは素早くそれに応じてくれるが、向こうもまさかペザンテが奏人側に付くとは思っていなかったようで目の色を変えて連撃を繰り出してきた。
ペザンテがいなければ、既にやられていただろう。それほどの攻撃だった。とはいえ、ペザンテもまだ病み上がりだ。苦しそうに息を吐く彼を見て、奏人は足元にある盛り上がりに向かって突進した。そこへ攻撃が入るより一瞬先、掴んだ布を叔父に向かって投げつける。
「ペザンテッ!」
「ガゥッ(応ッ)」
布が上手いこと視界を遮っている間に距離を詰め、ペザンテが相手の攻撃から奏人の急所を守ってくれた。
引き裂かれる布。飛び散る鮮血。しかし奏人は叔父の体に体当たりして、そのまま馬乗りになる。叔父は律力を使って奏人を殺そうとするが、今度は左腕が肩から外れて転がった。
死体だからか、先ほどから手首が落ちても肩がもげても血は流れてこない。馬乗りになった体も冷たく、まるで氷のようだ。
「かなとぉぉぉおおーッッ!」
「……っ、怖くない、怖くない……っ、もう怖くないっ。この体は、エレジーとゼロさんとフエテさんが必死になって蘇生させてくれたんだ! 今ここで貴方に渡したら、俺は三人に申し訳が立たないッ!」
懸命に残った部位の腕を押さえる奏人だったが、術を繰り出せるのは腕だけではないのか体全体からの風圧を受けて逆に倒されてしまう。覆いかぶさってこようとする叔父の体から逃れ、奏人は渾身の拳を彼の顔にぶつけた。
だが決定打には欠ける。痛覚がないからだ。叔父は奏人の体を蹴り上げ、今度こそ転がった奏人の首に利き足を押し付けた。寸前で腕で庇うが、足を払うには至らない。
「動けば殺すッ! 道連れだッ!」
助けに入ろうとしたペザンテに、叔父の一喝が飛んだ。
奏人は息苦しさに苦悶しながらも、左手でどうにか足を押し退けようとする。視線は、決して叔父から離さなかった。意地でも逸らさなかった。
「いい気になりやがって……っ」
おそらくは、気付いていないのだろう。足にかける力が、徐々に軽くなっている。奏人は腕で足の位置を少しだけずらすことに成功し、気道を確保した。それすら気付かないのは、目の前の瞳が徐々に濁り始めているせいか。
「無価値なお前を僕が再利用してやるって、そう言ってるんだ。抵抗するなよ、クズ」
「……。く、くず、じゃ……ない」
「クズだろうがッ」
「俺は、クズじゃない。無価値でもない。……ここで、それを教えてもらった……っ」
「ふざけるなっ、お前なんか最低最悪の罪人で」
「そうだ。向こうの世界じゃ、それが正解だと思ってた。貴方の言う通り、無価値で、クズで、罪人だった。だけど、俺が死んだら泣く人たちがいる。俺の為に戦ってくれる人たちがいるっ。俺を愛してくれる人に出会えた! 俺は、無価値じゃないっ。クズでもないっ。この世界に落ちてきて、俺は幸せだ! 律界に落ちた自分を、よくやったなと褒めてやりたいくらいだッ!」
「お前のせいで僕は巻き込まれたんだぞッ!」
「軽装で無茶な道を勝手に歩き、挙げ句に転んで足を挫いて! それを俺に背負わせて! 悪天候の中で下山する俺を、急げ急げとずっと攻め立てた! 貴方にも非はあるだろうッ! なんでもかんでも俺のせいにするなッ!」
全身に力を込めて冷たい足を押し退ける。ペザンテが大きく傾いた叔父の体に体当たりし、その隙に奏人は起き上がった。
「……っ?」
床が大きく揺れる。天井から聞こえる穿孔音。何、と思い上を見上げた瞬間。天井に大きな穴が空き、パラパラと石の破片が落ちてきた。
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