Accarezzevole

秋村

文字の大きさ
61 / 67
Ⅵ誰何の先に知る真実

8

しおりを挟む
 狼と狐を掛け合わせたような風貌は堂々と美しく、黄金色の毛並みは柔らかだ。しかし尾に打たれると、やはり痛い。ペザンテに打たれた頬を手で覆い、何度も目を瞬かせる。叩かれたことにも驚いたが、ペザンテが喋っていることの方が信じられない。しばらく一緒に過ごしたが、これまで一度も話したことはなかった。口を利けるなんて初耳だ。幻聴かと思ったものの、ハッキリと会話もした。間違いない。このペザンテは、喋ることができる。

「喋れるの、なんで黙ってたわけ?」

「ガル(面倒)」

 なんともペザンテらしい理由に、奏人は叩かれた頬を撫でつつ納得した。

 実はペザンテは人語を理解することが可能なほど知能が高く、妖力を介して発語も可能らしい。ただこれには相当な妖力コントロールが必要なようで、人の言葉を話せるのは個体差が大きいという。実際、人語を解し話せるペザンテはほとんど存在しないそうだ。

「面倒なのに、俺の為に……喋った、の?」

 フン、と鼻を鳴らすペザンテに感動していると、目の前の男がペザンテに牙を剥いた。それを軽々と躱すペザンテは、奏人の叔父である千弥へ向けて口を開いた。

「グルルル(おい貴様)グァゥルルルル(魂が離れかけてるぞ)」

「ッ」

 叔父の顔色が変わる。今の叔父は、既に体が死んでいるにも関わらず、魂を無理に詰め込んでいる状態だ。長く魂をそこに繋ぎ止めることはできないのだろう。色々と言ってはいるが、彼が奏人の体を欲する理由はそこにあるような気がした。

「だから俺の体が、欲しいのか」

「グゥゥ(人間同士)、ガルルルグゥゥゥ(波長が合うからな)」

 なるほど、と納得する。改めて叔父を見た。

 叔父の言う復讐は、奏人の体を奪い律王へ真実を語って絶望させること。奏人と律王同時に復讐を果たすには、これが一番いいのだろう。それに何となく、分かってきた。読めてきた。

 叔父は、今度はソロを相手に似たようなことをする気だ。ソロは奏人でないことはすぐに見抜くだろうが、体そのものは奏人のもの。おそらく、傷つける真似はするまい。他のメンバーにしても、奏人の体を相手に横暴なことはしないだろう。

 それが想像できるくらい、奏人は大切にされてきた。

 拳を握る。湧いてきたのは、純粋な怒りだ。勃然と怒りを発し、叔父を睨み据えた。この体を死守せねば、ソロたちに害が及ぶ。あんなにも奏人のことを思ってくれる優しい人たちを、もう二度と悲しませたくない。

「本当に、腹が立つな。嫌な目をするようになりやがって……。お前は僕の言うことだけを聞いて、一生かしずいていればいいんだよッ!」

「……りだ」

「あ?」

「そんなの、お断りだッ!」

「お前……ッ」

「俺は、……俺の人生を生きる。俺を大切にしてくれる人たちと一緒に、生きる。俺は……っ、俺はっ、もう貴方の奴隷じゃないッッ」

 吐き捨てたのと同時。激しい風が肌を切り裂いた。遠くに転がる奏人だったが、全身を覆う怒りが恐怖を打ち負かしていた。

 歯を食いしばって起き上がった先で、布に足を取られる。この部屋の中にある、幾つもの不可思議な盛り上がり。その上に掛けられている布だ。

 派手に転んで目にした、布の下。信じられない光景に絶句する。

「……なんだ、これ」

 それは、死体。幾つもの肉片。バラバラになった体。まさか、と息を呑む。ここにある全ての山になった盛り上がりがそうなのかと、周囲を見回した。

 これがなんであるかなど、訊かずとも分かる。今日ここまで叔父に使い捨てられてきた、律界人たちの体だ。下層区の律界人を連れてきていたと言っていたが、これほどの数だったとは。いや。こんなものではないのかもしれない。見たところ、死体がまだ新しい。

 叔父は長くこの生活を続けていたようであるし、それを考えると数が少なすぎる。

「あぁ、それか? 捨てに行く場所がなくてな。前はフエテフォルツァの敷地内に捨ててたんだけど、ソロが監査を入れやがったから」

 奏人は知らないことであるが、フエテフォルツァの塔の一件後、ソロの命令で正式に森に調査が入った。報告通り、フエテフォルツァに惨殺された遺体が埋まっているかどうかを調べるものだ。

 森からは、やはり死体が大量に出てきた。まさかの事態にフエテフォルツァはひどく慌てたが、ソロは彼を拘束しなかった。原因がフエテフォルツァでないことは、明白であったからだ。

 フエテフォルツァではなし得ない力。呪詛の痕跡が、死体には微量ながらにも残っていた。例の噂も、フエテフォルツァが原因ではなかったことが、結果的に証明されたことになる。狼狽するフエテフォルツァは本当に何も知らなかったようで、自分の敷地内に無断でこれだけの死体を埋められていた事実に憤慨していた。

 フエテフォルツァの濡れ衣が晴れた以上、別に犯人がいることになる。
 これだけの呪詛だ。必然、相手は絞られた。

「お前がさっさと器になれば、今日だってこいつ死なずに済んだのに」

 自分を指差して笑う叔父に、鳥肌が立った。気持ち悪い。なんと恐ろしいのだろう。奏人はゆっくりと立ち上がりながら、叔父へ眉根をきつく寄せて見せた。侮蔑の籠った視線に気分を害したのか、利き手を挙げて攻撃してこようとする。

 その手首が、ゴトリと音を立てて落ちた。まさに叔父が腕を振り下ろした瞬間であった。

 身構えていた奏人は、唐突もなく落ちた右手首に目を瞠る。痛みはないのか、忌々しそうに舌を打つ叔父。ペザンテが奏人の前に出て、奏人へ自分の右後方に立てと指示を出した。

 彼は既に死人。人間の魂は霊界へ還るのがこの世の法則だ。人間の魂は霊界の管轄。肉体が滅びた先で、閻王の裁きを受けなければならない。今、目の前の男はその理を無視して律界に留まり続けている状態だ。魂が霊界に引っ張られているのを器に閉じ込めて防いでいるが、魂自体は霊界へ還ろうとしているため内側から器を壊し続けている。そろそろ今の器が限界だとペザンテに聞かされ、奏人はグッと両足に力を込めた。

「あーあー、アーアーッ! 本当に腹立つなッ! なんなんだよ、お前! ちゃんと言うこと聞けよッ」

「嫌だ!」

「こっちはお願いしてんじゃない、命令してんだよッ。めーれー! お前のために、お前の魂が救われる方法を提示してやってんの! 有効活用してやるから、その体寄越せよ!」

 左手が放たれる斬撃にも似た攻撃を必死になって躱しながら、奏人は間合いを詰めたいとペザンテに頼む。ペザンテは素早くそれに応じてくれるが、向こうもまさかペザンテが奏人側に付くとは思っていなかったようで目の色を変えて連撃を繰り出してきた。

 ペザンテがいなければ、既にやられていただろう。それほどの攻撃だった。とはいえ、ペザンテもまだ病み上がりだ。苦しそうに息を吐く彼を見て、奏人は足元にある盛り上がりに向かって突進した。そこへ攻撃が入るより一瞬先、掴んだ布を叔父に向かって投げつける。

「ペザンテッ!」

「ガゥッ(応ッ)」

 布が上手いこと視界を遮っている間に距離を詰め、ペザンテが相手の攻撃から奏人の急所を守ってくれた。

 引き裂かれる布。飛び散る鮮血。しかし奏人は叔父の体に体当たりして、そのまま馬乗りになる。叔父は律力を使って奏人を殺そうとするが、今度は左腕が肩から外れて転がった。

 死体だからか、先ほどから手首が落ちても肩がもげても血は流れてこない。馬乗りになった体も冷たく、まるで氷のようだ。

「かなとぉぉぉおおーッッ!」

「……っ、怖くない、怖くない……っ、もう怖くないっ。この体は、エレジーとゼロさんとフエテさんが必死になって蘇生させてくれたんだ! 今ここで貴方に渡したら、俺は三人に申し訳が立たないッ!」

 懸命に残った部位の腕を押さえる奏人だったが、術を繰り出せるのは腕だけではないのか体全体からの風圧を受けて逆に倒されてしまう。覆いかぶさってこようとする叔父の体から逃れ、奏人は渾身の拳を彼の顔にぶつけた。

 だが決定打には欠ける。痛覚がないからだ。叔父は奏人の体を蹴り上げ、今度こそ転がった奏人の首に利き足を押し付けた。寸前で腕で庇うが、足を払うには至らない。

「動けば殺すッ! 道連れだッ!」

 助けに入ろうとしたペザンテに、叔父の一喝が飛んだ。

 奏人は息苦しさに苦悶しながらも、左手でどうにか足を押し退けようとする。視線は、決して叔父から離さなかった。意地でも逸らさなかった。

「いい気になりやがって……っ」

 おそらくは、気付いていないのだろう。足にかける力が、徐々に軽くなっている。奏人は腕で足の位置を少しだけずらすことに成功し、気道を確保した。それすら気付かないのは、目の前の瞳が徐々に濁り始めているせいか。

「無価値なお前を僕が再利用してやるって、そう言ってるんだ。抵抗するなよ、クズ」

「……。く、くず、じゃ……ない」

「クズだろうがッ」

「俺は、クズじゃない。無価値でもない。……ここで、それを教えてもらった……っ」

「ふざけるなっ、お前なんか最低最悪の罪人で」

「そうだ。向こうの世界じゃ、それが正解だと思ってた。貴方の言う通り、無価値で、クズで、罪人だった。だけど、俺が死んだら泣く人たちがいる。俺の為に戦ってくれる人たちがいるっ。俺を愛してくれる人に出会えた! 俺は、無価値じゃないっ。クズでもないっ。この世界に落ちてきて、俺は幸せだ! 律界に落ちた自分を、よくやったなと褒めてやりたいくらいだッ!」

「お前のせいで僕は巻き込まれたんだぞッ!」

「軽装で無茶な道を勝手に歩き、挙げ句に転んで足を挫いて! それを俺に背負わせて! 悪天候の中で下山する俺を、急げ急げとずっと攻め立てた! 貴方にも非はあるだろうッ! なんでもかんでも俺のせいにするなッ!」

 全身に力を込めて冷たい足を押し退ける。ペザンテが大きく傾いた叔父の体に体当たりし、その隙に奏人は起き上がった。

「……っ?」

 床が大きく揺れる。天井から聞こえる穿孔音。何、と思い上を見上げた瞬間。天井に大きな穴が空き、パラパラと石の破片が落ちてきた。

 差し込む、目映い月光。逆光になってはいるが、そこに浮かぶ姿に奏人の視界が潤む。両手を広げ、その名を呼んだ。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

まおうさまは勇者が怖くて仕方がない

黒弧 追兎
BL
百年前に現れた魔王によって侵攻が行われたアルキドセ王国。 国土の半分を魔物の支配下とされてしまったアルキドセ王国の国王はやむなく、国土を分断した。 ------------- 百年後、魔王の座は孫へと譲られていた。 「あー、だる……座り心地悪すぎだろ、」 しかし、譲られた孫であるセーレに魔王の素質はなく、百年間城にも攻めに来ない勇者に驕りきっていた。 ------------- その日、魔王城に戦慄が走った。 勇者が魔王城まで攻め入ったのだ。 「ひ、ひっ……!、よ、よくきたなぁ、っゆうしゃ!」 血の滴る剣を持ち、近づく勇者に恐怖で震えるセーレに与えられたのは痛みではなく、獣の皮の温かな感触だった。 「っかわいい……俺のものにする、っ」 「ぁ、ぇひ!やだやだやだっ、ひ、ぃい……」 理解できない勇者の言葉は死に怯えるセーレを混乱させ、失神させた。 ___________________ 魔王に一目惚れで掻っ攫う溺愛勇者       × 言動が理解できない勇者が怖い卑屈な名ばかり魔王 愛をまっすぐ伝える勇者に怯える魔王のすれ違い、らぶらぶストーリー。

氷の檻に閉じ込められた月~兄上のすべては、私のもの~

春野ふぶき
BL
『兄上は私のものだ。魂も、肉体も。永遠に―—』 アーヴェント侯爵家の長男ライカは、妾腹として正妻に虐げられ続けてきた。 唯一の救いは、次期当主を目される異母弟カイエンの存在。 美しく聡明で、氷の騎士と呼ばれる彼だけは、常にライカの味方だった。 だが、その愛情は兄を守るものではなく、深く歪んだ執着だった。 母を排除し、兄を囲い込み、逃げれば鎖で捕らえる。 そしてついに、ライカの心身は限界に追い詰められていく。 ——カイエンが下す「最後の選択」とは。 ふたりが辿る結末は、幸福か、それとも狂気の果てか。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

のろまの矜持 恋人に蔑ろにされすぎて逃げた男の子のお話

月夜の晩に
BL
イケメンエリートの恋人からは、雑な扱いばかり。良い加減嫌気がさして逃げた受けくん。ようやくやばいと青ざめた攻めくん。間に立ち塞がる恋のライバルたち。そんな男の子たちの嫉妬にまみれた4角関係物語です。

黒豹陛下の溺愛生活

月城雪華
BL
アレンは母であるアンナを弑した獣人を探すため、生まれ育ったスラム街から街に出ていた。 しかし唐突な大雨に見舞われ、加えて空腹で正常な判断ができない。 幸い街の近くまで来ていたため、明かりの着いた建物に入ると、安心したのか身体の力が抜けてしまう。 目覚めると不思議な目の色をした獣人がおり、すぐ後に長身でどこか威圧感のある獣人がやってきた。 その男はレオと言い、初めて街に来たアレンに優しく接してくれる。 街での滞在が長くなってきた頃、突然「俺の伴侶になってくれ」と言われ── 優しく(?)兄貴肌の黒豹×幸薄系オオカミが織り成す獣人BL、ここに開幕!

アイドルのマネージャーになったら

はぴたん
BL
大人気5人組アイドル"Noise" ひょんな事からそのマネージャーとして働く事になった冴島咲夜(さえじまさくや)。 Noiseのメンバー達がみんなで住む寮に一緒に住むことになり、一日中メンバーの誰かと共にする毎日。 必死にマネージャー業に専念し徐々にメンバーとの仲も深まってきたけど、、仲深まりすぎたかも!? メンバー5人、だけではなく様々な人を虜にしちゃう総愛され物語。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...