1 / 15
俺、人魚に助けられる1
しおりを挟むかつて領土を争い合っていた人族と魔族は
不毛な争いをやめ、共存することにした。
平和協定から四十年……。
相まみえることはほとんどなく、住み分けされた地域で
それぞれが互いに干渉することなく生活している。
稀に理解し合う者もいたようだが……。
根本的にはやはり、違う生き物である。
そして海に住む魔族の大半は人魚族。
彼らには讃える『宝玉』というものがあるらしい。
それがどんな宝であるのかは人族までは伝わってきていない。
この大海原のどこかに……。
そう思うだけで俺の胸はドキドキした。
***
「カミル様、そんな魔物、放っておきましょう。じきに死にますよ」
「網から外すだけだよ。かわいそうだろう? それに平和協定では互いに無用な殺生はしないことになっている」
「そんな魔物一匹、誰も咎めませんよ」
船の網に引っかかった海亀のような魔物を網から外そうと四苦八苦していた俺に、世話係のエルクールは冷たくそんなことを言った。
魔力を含む生き物を総称して魔物と呼ぶ。そういったものは人は触れようとしない。
魔力を持たない人は魔物に触れるとピリピリするからだ。
人族が食べるものを魔族は食べない。
逆に魔族が食べるものを人は食べない。
互いに交わらない生き物。
要は近寄らなければ害はない。
「俺たちが魔族のいる区域に近づき過ぎたんだ。ああ、もう外れないから切るぞ」
「いけません、カミル様! 網は貴重なんですよ⁉」
「陸に着いたら買い直せばいい。俺がいいと言っているんだ」
俺が強く出ると不服そうにしていたが、エルクールはそれ以上はなにも言わなかった。
「そら、悪かったな」
網を切った俺は魔物に触れないようにして、海に戻す。
魔物は何度もこちらを見ながら遠ざかっていった。
案外助けられたのがわかったのかもしれない。
「カミル様、大丈夫ですか? 触れてはいませんよね?」
「なに、触れても少しピリピリするくらいだろ? 問題ない」
「そんなこと言って、めちゃくちゃピリピリして痛いんですからね! まったく、お人好し過ぎますよ。なにかあったらどうするんですか」
「一度体験してもいいけどな」
「バカなこと言わないでください」
心配性のエルクールは魔物が大嫌いだ。
そもそもピリピリするのは人に危害があるわけではなく、魔力に反応しているそうだ。
近年研究も進んでいるが、いまだにそれが毒であると信じている者も少なくない。
「得体のしれないものは……怖いからな」
共存を決めてからは、魔族のことも解明されてきている。
少しずつ、互いに歩み寄ることを考える者もでてきているのだ。
船の甲板に立つとじりじりと焼けるような太陽が俺の肌を刺激する。
まだ春先だというのに、俺の額には汗がにじんでいた。
見渡せば大海原。潮風が体にまとわりつくが、俺はこの感覚も不快ではなかった。
「さあ、この海域を離れよう」
「それがいいですね」
俺がそう告げるとエルクールの頬が緩んだ。船は魔族の区域から離れて進んでいく。
海が好きだ。
きらめく水面に泳ぐ魚の姿を見て、前世は魚だったんじゃないかなって思える。
俺は商家の三男坊で、マッドレー家は一族で貿易の仕事をしている。俺の担当は主に商品の仕入れ。様々な大陸の景色や食べ物、新しい文化に触れることが生きがいだ。年の大半を船の上で過ごし、今では土の上に立つほうが珍しい。
他の兄弟と違って俺は初めて船に乗った時も船酔いはしなかった。
げえげえ吐いていた兄妹を横目に三歳の俺は甲板を走り回っていたらしい。
もともと机に座って作業するのは向いていない。
適材適所が口癖の親父も俺に船を任せることにはなんの抵抗もなかったはずだ。
「カミル様、西に黒い雲が出ています。船内にお入りください」
船長に言われて見ると先ほどまで快晴だった空に黒い雲を見つけた。
大好きな船旅だが、長い航海の中にはやはり嵐はつきもの。
特に今のような春の季節は急に天候が変わることは多々あった。
俺は今まで比較的運がよく、そこまで大変な嵐に出会っていなかったのだが……。
「帆を下せ!」
「嵐だ!」
ほんの数十分後には大きな雨粒が落ちてきていた。
大きく船が揺れる。
その日、俺たちの船を襲った嵐はまるでモンスターのようだった。
少し我慢すれば収まるだろうなんて、考えが甘かったことはすぐに理解した。
激しい波に船は揺れ、船室に水が入り、急いで甲板に出た。
必死で柱にしがみつくしかない。
しかし、とうとう掴んでいた柱から手が離れ……。
俺は大海原に放り出されてしまったのだ。
「カミル様ー!」
同じように雨風を耐えていたエルクールの声を聞いたのを最後に、俺の意識は途絶えた。
18
あなたにおすすめの小説
オメガのブルーノは第一王子様に愛されたくない
あさざきゆずき
BL
悪事を働く侯爵家に生まれてしまった。両親からスパイ活動を行うよう命じられてしまい、逆らうこともできない。僕は第一王子に接近したものの、騙している罪悪感でいっぱいだった。
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される
あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
Bランク冒険者の転落
しそみょうが
BL
幼馴染の才能に嫉妬したBランク冒険者の主人公が、出奔した先で騙されて名有りモブ冒険者に隷属させられて性的に可哀想な日々を過ごしていたところに、激重友情で探しに来た粘着幼馴染がモブ✕主人公のあれこれを見て脳が破壊されてメリバ風になるお話です。
◯前半は名有りモブ✕主人公で後半は幼馴染✕主人公
◯お下品ワードがちょいちょい出てきて主人公はずっと性的に可哀想な感じです(・_・;)
◯今のところほとんどのページにちょっとずつ性描写があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる