人魚はぶっかけが好き

檸なっつ

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俺、人魚に助けられる1

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 かつて領土を争い合っていた人族と魔族は
 不毛な争いをやめ、共存することにした。

 平和協定から四十年……。

 相まみえることはほとんどなく、住み分けされた地域で
 それぞれが互いに干渉することなく生活している。

 稀に理解し合う者もいたようだが……。
 根本的にはやはり、違う生き物である。

 そして海に住む魔族の大半は人魚族。

 彼らには讃える『宝玉』というものがあるらしい。
 それがどんな宝であるのかは人族までは伝わってきていない。

 この大海原のどこかに……。
 そう思うだけで俺の胸はドキドキした。
 



 ***


「カミル様、そんな魔物、放っておきましょう。じきに死にますよ」
「網から外すだけだよ。かわいそうだろう? それに平和協定では互いに無用な殺生はしないことになっている」
「そんな魔物一匹、誰も咎めませんよ」
 船の網に引っかかった海亀のような魔物を網から外そうと四苦八苦していた俺に、世話係のエルクールは冷たくそんなことを言った。

 魔力を含む生き物を総称して魔物と呼ぶ。そういったものは人は触れようとしない。
 魔力を持たない人は魔物に触れるとピリピリするからだ。

 人族が食べるものを魔族は食べない。
 逆に魔族が食べるものを人は食べない。
 互いに交わらない生き物。
 要は近寄らなければ害はない。

「俺たちが魔族のいる区域に近づき過ぎたんだ。ああ、もう外れないから切るぞ」
「いけません、カミル様! 網は貴重なんですよ⁉」
「陸に着いたら買い直せばいい。俺がいいと言っているんだ」
 俺が強く出ると不服そうにしていたが、エルクールはそれ以上はなにも言わなかった。

「そら、悪かったな」
 網を切った俺は魔物に触れないようにして、海に戻す。
 魔物は何度もこちらを見ながら遠ざかっていった。
 案外助けられたのがわかったのかもしれない。

「カミル様、大丈夫ですか? 触れてはいませんよね?」
「なに、触れても少しピリピリするくらいだろ? 問題ない」
「そんなこと言って、めちゃくちゃピリピリして痛いんですからね! まったく、お人好し過ぎますよ。なにかあったらどうするんですか」
「一度体験してもいいけどな」
「バカなこと言わないでください」

 心配性のエルクールは魔物が大嫌いだ。
 そもそもピリピリするのは人に危害があるわけではなく、魔力に反応しているそうだ。
 近年研究も進んでいるが、いまだにそれが毒であると信じている者も少なくない。

「得体のしれないものは……怖いからな」

 共存を決めてからは、魔族のことも解明されてきている。
 少しずつ、互いに歩み寄ることを考える者もでてきているのだ。

 船の甲板に立つとじりじりと焼けるような太陽が俺の肌を刺激する。
 まだ春先だというのに、俺の額には汗がにじんでいた。
 見渡せば大海原。潮風が体にまとわりつくが、俺はこの感覚も不快ではなかった。

「さあ、この海域を離れよう」
「それがいいですね」
 俺がそう告げるとエルクールの頬が緩んだ。船は魔族の区域から離れて進んでいく。

 海が好きだ。
 きらめく水面に泳ぐ魚の姿を見て、前世は魚だったんじゃないかなって思える。
 俺は商家の三男坊で、マッドレー家は一族で貿易の仕事をしている。俺の担当は主に商品の仕入れ。様々な大陸の景色や食べ物、新しい文化に触れることが生きがいだ。年の大半を船の上で過ごし、今では土の上に立つほうが珍しい。

 他の兄弟と違って俺は初めて船に乗った時も船酔いはしなかった。
 げえげえ吐いていた兄妹を横目に三歳の俺は甲板を走り回っていたらしい。
 もともと机に座って作業するのは向いていない。
 適材適所が口癖の親父も俺に船を任せることにはなんの抵抗もなかったはずだ。

「カミル様、西に黒い雲が出ています。船内にお入りください」
 船長に言われて見ると先ほどまで快晴だった空に黒い雲を見つけた。

 大好きな船旅だが、長い航海の中にはやはり嵐はつきもの。
 特に今のような春の季節は急に天候が変わることは多々あった。
 俺は今まで比較的運がよく、そこまで大変な嵐に出会っていなかったのだが……。

「帆を下せ!」
「嵐だ!」
 ほんの数十分後には大きな雨粒が落ちてきていた。
 大きく船が揺れる。

 その日、俺たちの船を襲った嵐はまるでモンスターのようだった。
 少し我慢すれば収まるだろうなんて、考えが甘かったことはすぐに理解した。
 激しい波に船は揺れ、船室に水が入り、急いで甲板に出た。
 必死で柱にしがみつくしかない。
 しかし、とうとう掴んでいた柱から手が離れ……。
 俺は大海原に放り出されてしまったのだ。

「カミル様ー!」
 同じように雨風を耐えていたエルクールの声を聞いたのを最後に、俺の意識は途絶えた。
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