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進路

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 高校三年の夏休みも過ぎ、定山渓の方から紅葉の知らせが届き始めた。

「お母さん、三者面談には来てくれる?」

 母の表情が曇った。

「ごめんね、光花」
「えーっ」

 娘の将来が決まるかも知れない三者面談だよ?

「どうして?」
「お母さんだって行きたいんだよ……」
「だったらさ、来てもらわないと私だって困っちゃうよ」

 泣きたい気分だった。

「お父さんが……」
「お父さんがどうしたの?」
「自分が行くと言って聞かないのよ」

 あまりのサプライズに頭がクラクラした。

「まあ、光花が可愛いんだよ。度が過ぎてるような気もするけど」
「お父さんか」

 別に全然イヤじゃない。だけど、何を言い出すのか読めないことに一抹の不安を覚えた。
 
「お父さん、もう張り切っちゃって」
「そう……」

 三者面談の日がやって来た。

「藤木の志望校を見ると、第一志望が常智大学、第二志望が真駒内大学となっているが」

 担任の伊東先生が切り出す。

「真駒内大学にしようと思います」
「秘書養成コースに行きたいんだよね。模試の判定だと常智でも大丈夫だと思うけど」
「それは……やっぱり上京するより、札幌で暮らしたいです」

 父も先生も、意外そうな顔をしている。

「ふーん、まあ人それぞれだからな。お父さんはいかがですか?」
「いや、東京に行きたいとばかり思っていましたから、ちょっと意外です。東京には自宅マンションもありますし、妻も一緒に行くと思うのでまったく支障はありません。帰って、もう一度三人で相談します」
「まあ、ご家族でよく話してみて下さい」
「はい」

 帰り道、父が聞いて来た。

「心境の変化があったようだけど」
「うん……」

 私が上京すれば母も一緒に来るだろう。そうすれば父と母は離れて暮らすことになる。
 それでいいのかな?
 私から見ても、本当に仲が良く微笑ましい夫婦なのだ。そんな両親と過ごす時間がとても心地良かった。その二人を引き離すことがなんとなくためらわれた。
 東京に住めばいろいろな所に遊びに行ける。札幌も大きな街だが、華やかさではやはり東京だ。ショッピングだってライブだって好きなだけ行ける。
 でも……
 東京には欠けているものがある。
 永井先生……
 美弦さん……
 無理な事は分かっている。
 向こうは十二歳も年上の大人の男性だ。きっと相応しい女性がいるだろう。
 でも、もう少し見ていたい ……
 私が諦められるまで。

「光花、東京へ行きたいんじゃなかったの?」

 母が話しかけて来た。

「お父さん、びっくりしてたよ」
「うん」
「お母さんは、どっちでも反対はしない。光花が思ったとおり選べば良い。でも、よく考えたことなの?」
「それは……」

 母は私を見た。

「想像だけど、好きな子がいるの?」

 す、鋭い。でも半分当たって、半分は外れている。相手は同年代の男子だと思っているらしい。

「特に深い関係になっている訳じゃないんでしょ?」
「キスもしていない」
「まあ初恋ってステキだけど、光花だって、その男の子だって、新しい環境の中で新しい出逢いがあるかもよ」

 私の中で何かが弾けた。

「そうじゃないの!ボーイフレンドとかじゃないの!」
「え?」

 母は驚いた顔をしたが、気持ちを落ち着かせるように行った。

「じゃ、どんな人なの?」
「永井先生……」

 母は驚愕の表情を浮かべた。

「え、永井美弦さん?」
「うん」

 少しショックを受けたような母に私もショックを受け、慌てて言った。

「ご、ごめんね、驚かせて」
「うん、かなりビックリした。それで、美弦さんはなんて言ってるの?」
「話せるわけないよ。十二歳も離れてるんだよ」
「そうね」

 母は安堵したような表情を浮かべた。

「だとすれば、やっぱり光花は新しい場所で新しい出逢いを探した方が良いと思うよ」
「でも……」
「でも?」
「やっぱりあきらめ切れないよ」

 母は天を仰ぎ、小さくため息をついた。

「私たち親子の宿命なのかな」
「宿命?」
「うん、私はねお父さんと美雪さんとのことは完全に理解していた。光花が美雪さんの実家に遊びに行くのも全然気にならなかった。でもね、光花が美弦さんに惹かれるなんて偶然とは思えないわ」
「ごめんなさい」
「謝らなくてもいいよ」

 母は優しく言った。

「年上イケメンが好きなのは母親に似ているし、永井さんの面影に惹かれるのは父親に似ている。やっぱり光花は私たちの娘なんだね」
「お母さん」
「ただね、理解はできるんだけど、それが上手くいくかは、また別の話だわ」
「分かってる」
「お父さんには、まだ言わないでおこうね」
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