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一章
会議は踊る?
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ジャスト十四時。会議室はしんと静まり返っていた。おいおい……。ほんとに俺がここに居てもいいのか? 俺は集まったメンツを見回して帰りたくなった。企画部長や開発部長が居るのは仕方ない。そういう会議なんだからな。しかし何で総務の部長だの、経理部長……おいおいおい。専務までいるってのはどうなんだよ。まさか幻影じゃねえだろな。副社長の顔まで見えてるのは俺の気のせいなのか?
奴らの顔を全部覚えてる俺もなかなか偉いな。そんな風に心の底で俺は自分を褒め称えてみた。そうでもしなけりゃ、俺はこの場から逃げ出しそうだったんだよっ。しかも勝亦の奴、いねえじゃねえか! でかい会議室のドアに一番近い席についた俺は、この場にいない勝亦に胸中で罵詈雑言を浴びせることで何とか逃げ出さずに済んだ。
会議そのものは特に問題なく進んだ。資料についての説明を開発部の人間が行い、それについて意見を述べるというタイプの会議だった。次第に緊張感が解け、俺はその場に居る人間の観察をし始めた。長根所長の様子を見てると……ははあん。なるほど。要するに営業としてはこの商品、出来れば出して欲しくないと。そういうことっすか。まあ、確かにちょっと内容がこれまでとは違ってるし、営業はきつそうだよな。技術営業のリーダーも難しい顔してる。
だが既に商品を出すことは決まっているようだ。まあ、そりゃそだろ。でなけりゃ勝亦もあんなことを俺に言ってこないし、何より所長。あんただってほんとはこの商品は何やっても出るって判ってんだろ? そうじゃなかったらクライアントに先回りして情報ちらつかせるなんて真似、しなかっただろうし。……くそ、思い出しちまった。ああ、腹立つ。
淡々と会議が進む中、うちの所長が意見を述べた。このタイプのシステマを世に出すにはまだ時期が早いのではないか。そう言う所長の背中を押すように他の営業所の所長たちも同意見だと述べる。技術営業のリーダーたちも口を揃える。だが結局のところ、それは無駄に終わった。まあな。所長たちも建前としてそう言っただけなんだろ。革新的すぎる商品だからさほど売上が伸びなくても仕方がないのだ。そう、事前に逃げを打っておけば自己保身も兼ねられる、と。まあそういうこったな。
これで会議は終了ってことで俺はほっと息をついた。こんなメンツに囲まれて安心してろってのが間違いだ。一刻も早く部屋を出たい。そんなことを願ってた俺に唐突に誰かが声をかけた。
「能戸くん」
呼びかけに仰天して俺は慌てて声の主を見た。うわ! 開発部長! 何だってあんたが俺に話し掛けてくるんだよっ。しかも会議終了ってことでざわめいていた部屋の中が静まり返りやんの。冗談じゃねえぞ。
「そういえば君の意見を聞くのを忘れていたよ。君は新タイプのシステマをどう思う?」
白髪混じりの穏やかな風貌を持つ開発部長が静かに訊ねる。俺はどうしよう、と切羽詰ったものを感じつつちらりと横に座る長根所長を見た。うわ。こええ。そんな、おもっきり睨まなくてもいいだろうが。
「まあ……売れるんじゃないですか?」
しばし迷ってから俺は素直に答えた。すると開発部長が根拠は、と訊ねてくる。やだなあ、この雰囲気。みんな黙ってこっち見てるじゃねえか。
「新しいモノは人気がありますし」
当り障りのないことを言いながら俺は苛々していた。くそ、ここで事前調査と称して勝亦が俺に何させたか言う訳にもいかんし、かと言って所長がクライアントの目に付くとこに情報転がしてました、なんて話す訳にもいかない。むかつくが恩義ってのがあるからな。ぶちまけてやりたい、という衝動を堪えて俺は開発部長の顔色をうかがった。……あんた、営業に来たらどうだい? 考えてることが読めないその笑顔ってのは営業向きだと思うぞ。
なんてなことを心のどこかで思いつつも俺は必死でどう言おうかと考えていた。下手なことを言うと後で所長から厭味を食らう。勝亦の立場が悪くなることも口に出来ない。そう考えると俺に言えることなんて限られる。
「業界最大手のうちの商品ってだけで、クライアントはまず食いつきます。ただ、だからクライアントの期待を裏切ると怖いですね」
これなら大丈夫かな、と心の中でいちいち確認しつつ俺は喋った。頼む、これで納得してくれ。そんな俺の願いはある意味では聞き届けられたのだろう。誰も反論はしない。開発部の部長が興味津々の顔でほう、と言った以外はなっ。
「それで?」
「いえ、それでと言われても」
すかさず訊き返してくれた開発の部長は相変わらず人好きのする笑みを浮かべている。俺は思わずそう答えてから言葉を濁した。
「いや、私は君の忌憚ない意見を聞きたいんだがね」
忌憚ないと来たか。俺だってぶちまけたいのは山々だがな。生憎と恩義を踏みにじるほど人間は壊れてねえんだよ。
会議が終わってさっきまで部屋を出ようとしていた連中は、俺と開発部長のやり取りが面白いのか、誰も出て行こうとしない。隣では所長がもの凄い顔で俺を睨んでいる。うわ、こりゃなに言っても後で厭味攻撃だな。どうやら所長は俺が開発部長と話をしていること自体が面白くないらしい。ばかやろう、俺だって嫌に決まってんだろう。
「2wayタイプってだけでも新しいですしね。値段はそれなりになっても、性能だけじゃなくて見た目がはっきり違う訳ですから客も納得し易いでしょう」
頼む、早く解放してくれ。心底、そう思いながら口にした俺の言葉に開発部長はすぐには答えなかった。不思議に思って俺は伏せかけていた目を上げた。うわ。俺、何かまずいこと言ったか? みんながこっち向いてるのはさっきまでと同じだが、俺を見る目がそれまでとは違う。何でだ? 何でみんな変な物でも見るみたいな顔してるんだ。
「そうか。なるほど」
しばしの沈黙の後、開発部長が腕組みをして頷く。
「貴重な意見だな」
納得顔で言って開発部長が微かに笑う。嫌な予感を覚えて俺は息を潜めた。やばいこと口走ったのか、俺。でも心当たりはないぞ。隣に座ってる所長が極々小さな声でばかめ、とほざく。おい、理由も説明せずにそれかよ。文句があるなら下っ端に質問しやがる開発部長に言いやがれってんだ。
開発部長の質問はそれで終わった。俺はさっさと会議室を出てオフィスに戻ろうとした。このまま居たら所長にどんな文句を言われるか判ったもんじゃない。慌ただしく端末を片付けて席を立った俺を嫌なタイミングで開発部長が呼び止める。余計なことは言うな、と長根所長が釘を刺して出て行く。あんたな! そう思うなら先に行くなよ!
「なんすか」
やけくそ気味に俺は開発部長に返事した。こう言っちゃなんだが、俺の笑顔ってのは営業用と決まってるんだ。無愛想極まりない態度で俺は開発部長を見た。相変わらず考えてることがよく判らん笑顔で開発部長が手招きする。ああ、うぜえ。そうは思ったが俺は仕方なく呼ばれるままに開発部長の近くに行った。幸い、会議のメンツは出て行ってしまっている。残ってるのは開発部長と俺だけだ。
「君の意見はとても参考になったよ。ありがとう」
「いえ」
ストレートに礼を言われて他に言い返すことも出来ず、俺はぶっきらぼうにそう返した。大体、何で所長が怒ってたのかが俺にはまだ判らんのだが。
「長根君には私から言っておこう。私は君の発言を言質として取った訳ではないんだよ」
俺の疑問を読み取ったように開発部長が言う。なに? じゃあ俺が営業所に不利になるようなこと言っちまったってことか。うわ、そりゃ所長は怒るって。……でも俺、そんなやばいこと言った覚えはないんだけどなあ。
「はあ」
でも俺の口から出たのは曖昧な返事だけだった。というか、開発部長は何の用があって俺を呼び止めたんだ? わざわざ所長に口を利いてやるって言いたかったのかな。それとも別に理由が……。
「ところで能戸君。開発部の提出した資料に新タイプのシステマが2wayシステムであるとは、恐らく間違いなくどこにも書かれていないんだがね」
「あ!」
俺は思い切りはっきりと慌てた声を上げた。しまった。勝亦の奴からさんざっぱら聞かされたせいで、無意識に言っちまったんだ。確かに開発部長の言った通り、渡された資料にはそんなことはどこにも書かれていなかった。
一気に血の気が引く。多分、この時の俺は真っ青になってたんだろう。開発部長が笑みを引っ込めて大丈夫か、と声をかけてくる。だが動揺しきってた俺はろくな返事が出来なかった。機密を漏らしたってことで勝亦の立場が勝亦の立場が悪くなっちまうんじゃないだろうか。そんなことを考えてたからだ。
だが開発部長は俺を責めなかった。
「もしも君が事前に一切の情報を知らずにあの資料を見た場合、新タイプのシステマにどういった感想を抱くと思うかね」
笑顔に戻って開発部長が訊く。俺は反射的に周りに誰もいないことを確認してから小声で言った。
「多分、同じことを言ったと思います」
確かに俺には事前に得た情報があった。が、それを抜きにしてもあの資料を見る限り、新しくリリースされるシステマが2wayタイプだと思うだろう。俺は表現に苦しみながらそう説明した。勝亦の名前が何度出そうになったことか。
その答えで開発部長は納得したのだろう。俺を解放してくれた。俺がオフィスに戻った時には所長が難しい顔をして腕組みをしてた。が、どうやら開発部長は本当に所長に話を通してくれたらしい。俺を睨みつけてはくれてたが、所長は何も言わなかった。
終業まで残り時間は少なかったが俺はいつものように外回りに出た。出先で江崎に連絡を入れてどこまで回ったかを訊ね、残りの客のところに向かう。営業をこなしながら俺は全く別のことを考えていた。
2wayシステムだと勝亦はうるさいくらいに言っていた。だが開発部長の口ぶりだと違うのではないか。そもそも仕様書に明記しない理由はないだろう。それとも書けない理由があるのか? とりとめのない考えが頭の中を巡る。
結局、その日は大した成果もあげられないないままに俺は営業所に戻った。まばらに人の出入りするオフィスでとりあえず営業日誌を書く。とは言ってもそんなに書くことはないんだけどな。例の会議のおかげで今日は二件しか回れなかったし。不満と不服を込めてため息をついてから俺はふと顔を上げた。
システマが世界を変えるなんざ、幻想以外の何物でもないとは思う。なのに何でたかが商品、たかが道具のこいつらに俺が振り回されにゃならんのだ。苛立ちを込めて硝子の部屋に座るシステマを眺める。だがシステマはこちらに気付いた様子もなく、ぼんやりとどこかを見つめたままだ。そんなシステマを睨むように見ながら俺は深々とため息をついた。ついこの間までは何事もなく平穏にやってこれたのだ。今さら俺の生活に深く切り込んで欲しくない。それがシステマに対する俺の正直な感想だ。便利便利っつったって、結局のところ使うのは人間なんだぞ。くそ、とぼやいたところで俺は気配を感じて隣を見た。机についていた江崎が不思議そうに俺を見てる。
「どうしたんですか、先輩。難しい顔して」
心配顔でそこまで言ってから江崎は声を落とした。
「もしかして何か会議で嫌なことでも」
「あ、いや、まあ」
所長が空席であることを確かめてから俺は肩を落とした。まずいなあ、と思っても上司の顔色をうかがう癖が抜けない。これだから変な奴に目をつけられたりするんだって判ってるんだがな。
どうやらつるんで厭味攻撃してる連中に言わせると、俺は上司に媚びへつらってるように見えるんだと。冗談じゃねえ。これ以上、給料下げられたらたまんねえから様子見してるだけだろうが。でも何度言っても連中は聞きやしない。そのことを思い出して俺はまたため息をついた。
「だ、大丈夫ですか」
「嫌なことはぱーっと飲んで忘れるのがいいよな」
江崎の消極的な声に続いて明るい声が聞こえる。俺と江崎は同時に振り返った。この人も不思議だよな。何で気配を殺して人の後ろに立つかな。中條先輩も。
「またですか」
苦笑しつつ俺は一応はそう言った。が、断る理由はない。それでなくても中條先輩と江崎とはよく一緒に飲みに行くのだ。話す事と言えば仕事絡みになりがちだが、不思議とこの二人と話していて不快な思いをしたことはない。俺にいつもいちゃもんつけてる奴らとは随分な差だ。
それから俺達はいつものように飲みに繰り出した。人の賑わう店内で俺は出来るだけ当り障りのない範囲で話をした。二人はそんな俺から無理に話を聞きだしたりはしなかった。だから一緒に居ても落ち着くんだよな、この二人。俺がむかついてるってのも判ってたからなんだろうが、勝亦の奴のように根掘り葉掘り訊いてこないわけ。実際、助かるよ、ほんと。
酒も入っていい気分で俺は家に戻った。会議での嫌なこともすぱっと忘れて気分転換。健康的でいいよな。上機嫌で俺はいつものように留守番電話とメールをチェックした。
うあ。見なきゃ良かったかも知れん。何でここぞとばかりに俺にメールくれやがるかな、勝亦の野郎。しかも帰ったら電話寄越せだと? てめえ、一体なに考えてやがる。一度は完全に落ち着いた怒りが甦る。俺は怒りに任せて勝亦に電話をかけた。
「なに考えてやがる! 今日の会議、お前の仕業だろう!」
相手が出るなり、俺はいきなりそう怒鳴りつけた。すると軽い笑い声が返ってくる。どうやら勝亦は俺が怒鳴ることを予測していたらしい。
『悪かったな。部長に営業担当者を紹介しろって言われて』
「だからって俺の名前出してどうすんだ! おかげで睨まれちまってるんだぞ!?」
即座に言い返しながら俺はキッチンに入って冷蔵庫からビールを取り出した。冷蔵庫のドアを蹴飛ばして閉める。苛々しながら床の上に散らかってる物をかき分けて腰を据えたところで俺は気付いた。もしかして勝亦、まだ会社にいるのか。いや、でもこの音はなんだ?
電話の向こうからやけに懐かしい、聞き覚えのある音がする。子供の頃、夏に時々行ってたプールを思い出す。泡が水面に昇って弾けるような、不思議な音が電話口から聞こえてくる。俺は怒るのも忘れてその音に聞き入った。
『睨むって例の連中か? あんなのほっとけばいいだろ』
淡々としたいつもの口調で勝亦が言う。あのな。他人事だと思ってないか? 俺はそうぼやきながらビールの封を切った。ボトルから直に飲んで一息。
「大体な。俺みたいな下っ端を呼びつけてどうしよってんだ。俺程度が知ってることなんて、所長に訊きゃ十分だろが」
それからしばらく俺は勝亦に今日の会議にまつわる愚痴を吐いた。よく考えたら諸悪の根源はこいつなんだ。文句くらい言ってもばちは当たんねえだろ。勝亦はそんな俺の心境を理解していたのか、今日は珍しく言い返してこない。ああ。判ってる。ごめん。らしくない言葉を連発され、さすがの俺も文句を言い続けることが出来なくなった。どうして俺が被害者なのにこんなに身につまされなきゃならんのだ。加害者の勝亦に同情してどうすんだ、俺。
「あー……まあ、もうああいうのは勘弁してくれ」
情けないな。結局、折れちまったよ、俺。しかもさっきまでの怒りはどこへやら、逆に勝亦の心配しだしたりして。
「で? 何でまだ会社なんだよ。もしかして新しいシステマの開発、上手く行ってないのか」
我ながら何てお人よしなんだろう。情けないものを感じつつも俺は勝亦にそう訊ねた。すると少し沈んだ声で勝亦がああ、と言う。
『どうやら明日も出勤になりそうだ。……というより、帰れるかどうか怪しいんだけどな』
「うわ」
思わず顔をしかめて俺は心底勝亦に同情した。うちの営業所にも休日に出勤する奴はいるが、そんなのは稀だ。普通は客から打診されても営業は休日には滅多に動かない。折角の休み、いちいち客の我がままに付き合ってられっかよ。第一、休日に呼び出してくれるような奴はな。ろくなこと言わないもんなんだよ。下手に一度、甘い顔を見せると次々に無理難題を押し付けやがる。って、俺が詳しいのは一度痛い目を見てるからなんだがな。
何でそんな気になったのかは判らない。もしかしたら珍しく勝亦の声に張りがなかったからなのかも知れない。
「忙しそうだから、差し入れでも持ってってやろうか?」
大したことは考えていなかった。どうせ休日っても俺は暇だし。その程度の考えで俺は勝亦にそう声をかけた。だが俺は勝亦もすぐに断るって思っていた。何しろ本社ビルにはテナントがずらりと入っていて、開店している間なら必要なものはそこで買うことが出来る。中には上のオフィスに出前してくれる店ももちろんある。ま、出前が頼めるのは主に飯屋だけどな。
『え、本当か? じゃあ頼もうかな』
まあ、断るだろ。なんてなことを思ってた俺は勝亦にすぐに返事が出来なかった。おい、と呼びかけられてようやく反応する。
「あ、ああ。ええと、大したものはないけど」
本気か、俺。何で男友達が働いてるとこに差し入れなんだよ。しかも勝亦の奴、何で頼むとか言い出すんだ。いつものノリで断れよこのやろう。などと、我ながら理不尽なことを考えつつも俺は明日行く、と勝亦に言って電話を切った。ああ、俺の休日が。
奴らの顔を全部覚えてる俺もなかなか偉いな。そんな風に心の底で俺は自分を褒め称えてみた。そうでもしなけりゃ、俺はこの場から逃げ出しそうだったんだよっ。しかも勝亦の奴、いねえじゃねえか! でかい会議室のドアに一番近い席についた俺は、この場にいない勝亦に胸中で罵詈雑言を浴びせることで何とか逃げ出さずに済んだ。
会議そのものは特に問題なく進んだ。資料についての説明を開発部の人間が行い、それについて意見を述べるというタイプの会議だった。次第に緊張感が解け、俺はその場に居る人間の観察をし始めた。長根所長の様子を見てると……ははあん。なるほど。要するに営業としてはこの商品、出来れば出して欲しくないと。そういうことっすか。まあ、確かにちょっと内容がこれまでとは違ってるし、営業はきつそうだよな。技術営業のリーダーも難しい顔してる。
だが既に商品を出すことは決まっているようだ。まあ、そりゃそだろ。でなけりゃ勝亦もあんなことを俺に言ってこないし、何より所長。あんただってほんとはこの商品は何やっても出るって判ってんだろ? そうじゃなかったらクライアントに先回りして情報ちらつかせるなんて真似、しなかっただろうし。……くそ、思い出しちまった。ああ、腹立つ。
淡々と会議が進む中、うちの所長が意見を述べた。このタイプのシステマを世に出すにはまだ時期が早いのではないか。そう言う所長の背中を押すように他の営業所の所長たちも同意見だと述べる。技術営業のリーダーたちも口を揃える。だが結局のところ、それは無駄に終わった。まあな。所長たちも建前としてそう言っただけなんだろ。革新的すぎる商品だからさほど売上が伸びなくても仕方がないのだ。そう、事前に逃げを打っておけば自己保身も兼ねられる、と。まあそういうこったな。
これで会議は終了ってことで俺はほっと息をついた。こんなメンツに囲まれて安心してろってのが間違いだ。一刻も早く部屋を出たい。そんなことを願ってた俺に唐突に誰かが声をかけた。
「能戸くん」
呼びかけに仰天して俺は慌てて声の主を見た。うわ! 開発部長! 何だってあんたが俺に話し掛けてくるんだよっ。しかも会議終了ってことでざわめいていた部屋の中が静まり返りやんの。冗談じゃねえぞ。
「そういえば君の意見を聞くのを忘れていたよ。君は新タイプのシステマをどう思う?」
白髪混じりの穏やかな風貌を持つ開発部長が静かに訊ねる。俺はどうしよう、と切羽詰ったものを感じつつちらりと横に座る長根所長を見た。うわ。こええ。そんな、おもっきり睨まなくてもいいだろうが。
「まあ……売れるんじゃないですか?」
しばし迷ってから俺は素直に答えた。すると開発部長が根拠は、と訊ねてくる。やだなあ、この雰囲気。みんな黙ってこっち見てるじゃねえか。
「新しいモノは人気がありますし」
当り障りのないことを言いながら俺は苛々していた。くそ、ここで事前調査と称して勝亦が俺に何させたか言う訳にもいかんし、かと言って所長がクライアントの目に付くとこに情報転がしてました、なんて話す訳にもいかない。むかつくが恩義ってのがあるからな。ぶちまけてやりたい、という衝動を堪えて俺は開発部長の顔色をうかがった。……あんた、営業に来たらどうだい? 考えてることが読めないその笑顔ってのは営業向きだと思うぞ。
なんてなことを心のどこかで思いつつも俺は必死でどう言おうかと考えていた。下手なことを言うと後で所長から厭味を食らう。勝亦の立場が悪くなることも口に出来ない。そう考えると俺に言えることなんて限られる。
「業界最大手のうちの商品ってだけで、クライアントはまず食いつきます。ただ、だからクライアントの期待を裏切ると怖いですね」
これなら大丈夫かな、と心の中でいちいち確認しつつ俺は喋った。頼む、これで納得してくれ。そんな俺の願いはある意味では聞き届けられたのだろう。誰も反論はしない。開発部の部長が興味津々の顔でほう、と言った以外はなっ。
「それで?」
「いえ、それでと言われても」
すかさず訊き返してくれた開発の部長は相変わらず人好きのする笑みを浮かべている。俺は思わずそう答えてから言葉を濁した。
「いや、私は君の忌憚ない意見を聞きたいんだがね」
忌憚ないと来たか。俺だってぶちまけたいのは山々だがな。生憎と恩義を踏みにじるほど人間は壊れてねえんだよ。
会議が終わってさっきまで部屋を出ようとしていた連中は、俺と開発部長のやり取りが面白いのか、誰も出て行こうとしない。隣では所長がもの凄い顔で俺を睨んでいる。うわ、こりゃなに言っても後で厭味攻撃だな。どうやら所長は俺が開発部長と話をしていること自体が面白くないらしい。ばかやろう、俺だって嫌に決まってんだろう。
「2wayタイプってだけでも新しいですしね。値段はそれなりになっても、性能だけじゃなくて見た目がはっきり違う訳ですから客も納得し易いでしょう」
頼む、早く解放してくれ。心底、そう思いながら口にした俺の言葉に開発部長はすぐには答えなかった。不思議に思って俺は伏せかけていた目を上げた。うわ。俺、何かまずいこと言ったか? みんながこっち向いてるのはさっきまでと同じだが、俺を見る目がそれまでとは違う。何でだ? 何でみんな変な物でも見るみたいな顔してるんだ。
「そうか。なるほど」
しばしの沈黙の後、開発部長が腕組みをして頷く。
「貴重な意見だな」
納得顔で言って開発部長が微かに笑う。嫌な予感を覚えて俺は息を潜めた。やばいこと口走ったのか、俺。でも心当たりはないぞ。隣に座ってる所長が極々小さな声でばかめ、とほざく。おい、理由も説明せずにそれかよ。文句があるなら下っ端に質問しやがる開発部長に言いやがれってんだ。
開発部長の質問はそれで終わった。俺はさっさと会議室を出てオフィスに戻ろうとした。このまま居たら所長にどんな文句を言われるか判ったもんじゃない。慌ただしく端末を片付けて席を立った俺を嫌なタイミングで開発部長が呼び止める。余計なことは言うな、と長根所長が釘を刺して出て行く。あんたな! そう思うなら先に行くなよ!
「なんすか」
やけくそ気味に俺は開発部長に返事した。こう言っちゃなんだが、俺の笑顔ってのは営業用と決まってるんだ。無愛想極まりない態度で俺は開発部長を見た。相変わらず考えてることがよく判らん笑顔で開発部長が手招きする。ああ、うぜえ。そうは思ったが俺は仕方なく呼ばれるままに開発部長の近くに行った。幸い、会議のメンツは出て行ってしまっている。残ってるのは開発部長と俺だけだ。
「君の意見はとても参考になったよ。ありがとう」
「いえ」
ストレートに礼を言われて他に言い返すことも出来ず、俺はぶっきらぼうにそう返した。大体、何で所長が怒ってたのかが俺にはまだ判らんのだが。
「長根君には私から言っておこう。私は君の発言を言質として取った訳ではないんだよ」
俺の疑問を読み取ったように開発部長が言う。なに? じゃあ俺が営業所に不利になるようなこと言っちまったってことか。うわ、そりゃ所長は怒るって。……でも俺、そんなやばいこと言った覚えはないんだけどなあ。
「はあ」
でも俺の口から出たのは曖昧な返事だけだった。というか、開発部長は何の用があって俺を呼び止めたんだ? わざわざ所長に口を利いてやるって言いたかったのかな。それとも別に理由が……。
「ところで能戸君。開発部の提出した資料に新タイプのシステマが2wayシステムであるとは、恐らく間違いなくどこにも書かれていないんだがね」
「あ!」
俺は思い切りはっきりと慌てた声を上げた。しまった。勝亦の奴からさんざっぱら聞かされたせいで、無意識に言っちまったんだ。確かに開発部長の言った通り、渡された資料にはそんなことはどこにも書かれていなかった。
一気に血の気が引く。多分、この時の俺は真っ青になってたんだろう。開発部長が笑みを引っ込めて大丈夫か、と声をかけてくる。だが動揺しきってた俺はろくな返事が出来なかった。機密を漏らしたってことで勝亦の立場が勝亦の立場が悪くなっちまうんじゃないだろうか。そんなことを考えてたからだ。
だが開発部長は俺を責めなかった。
「もしも君が事前に一切の情報を知らずにあの資料を見た場合、新タイプのシステマにどういった感想を抱くと思うかね」
笑顔に戻って開発部長が訊く。俺は反射的に周りに誰もいないことを確認してから小声で言った。
「多分、同じことを言ったと思います」
確かに俺には事前に得た情報があった。が、それを抜きにしてもあの資料を見る限り、新しくリリースされるシステマが2wayタイプだと思うだろう。俺は表現に苦しみながらそう説明した。勝亦の名前が何度出そうになったことか。
その答えで開発部長は納得したのだろう。俺を解放してくれた。俺がオフィスに戻った時には所長が難しい顔をして腕組みをしてた。が、どうやら開発部長は本当に所長に話を通してくれたらしい。俺を睨みつけてはくれてたが、所長は何も言わなかった。
終業まで残り時間は少なかったが俺はいつものように外回りに出た。出先で江崎に連絡を入れてどこまで回ったかを訊ね、残りの客のところに向かう。営業をこなしながら俺は全く別のことを考えていた。
2wayシステムだと勝亦はうるさいくらいに言っていた。だが開発部長の口ぶりだと違うのではないか。そもそも仕様書に明記しない理由はないだろう。それとも書けない理由があるのか? とりとめのない考えが頭の中を巡る。
結局、その日は大した成果もあげられないないままに俺は営業所に戻った。まばらに人の出入りするオフィスでとりあえず営業日誌を書く。とは言ってもそんなに書くことはないんだけどな。例の会議のおかげで今日は二件しか回れなかったし。不満と不服を込めてため息をついてから俺はふと顔を上げた。
システマが世界を変えるなんざ、幻想以外の何物でもないとは思う。なのに何でたかが商品、たかが道具のこいつらに俺が振り回されにゃならんのだ。苛立ちを込めて硝子の部屋に座るシステマを眺める。だがシステマはこちらに気付いた様子もなく、ぼんやりとどこかを見つめたままだ。そんなシステマを睨むように見ながら俺は深々とため息をついた。ついこの間までは何事もなく平穏にやってこれたのだ。今さら俺の生活に深く切り込んで欲しくない。それがシステマに対する俺の正直な感想だ。便利便利っつったって、結局のところ使うのは人間なんだぞ。くそ、とぼやいたところで俺は気配を感じて隣を見た。机についていた江崎が不思議そうに俺を見てる。
「どうしたんですか、先輩。難しい顔して」
心配顔でそこまで言ってから江崎は声を落とした。
「もしかして何か会議で嫌なことでも」
「あ、いや、まあ」
所長が空席であることを確かめてから俺は肩を落とした。まずいなあ、と思っても上司の顔色をうかがう癖が抜けない。これだから変な奴に目をつけられたりするんだって判ってるんだがな。
どうやらつるんで厭味攻撃してる連中に言わせると、俺は上司に媚びへつらってるように見えるんだと。冗談じゃねえ。これ以上、給料下げられたらたまんねえから様子見してるだけだろうが。でも何度言っても連中は聞きやしない。そのことを思い出して俺はまたため息をついた。
「だ、大丈夫ですか」
「嫌なことはぱーっと飲んで忘れるのがいいよな」
江崎の消極的な声に続いて明るい声が聞こえる。俺と江崎は同時に振り返った。この人も不思議だよな。何で気配を殺して人の後ろに立つかな。中條先輩も。
「またですか」
苦笑しつつ俺は一応はそう言った。が、断る理由はない。それでなくても中條先輩と江崎とはよく一緒に飲みに行くのだ。話す事と言えば仕事絡みになりがちだが、不思議とこの二人と話していて不快な思いをしたことはない。俺にいつもいちゃもんつけてる奴らとは随分な差だ。
それから俺達はいつものように飲みに繰り出した。人の賑わう店内で俺は出来るだけ当り障りのない範囲で話をした。二人はそんな俺から無理に話を聞きだしたりはしなかった。だから一緒に居ても落ち着くんだよな、この二人。俺がむかついてるってのも判ってたからなんだろうが、勝亦の奴のように根掘り葉掘り訊いてこないわけ。実際、助かるよ、ほんと。
酒も入っていい気分で俺は家に戻った。会議での嫌なこともすぱっと忘れて気分転換。健康的でいいよな。上機嫌で俺はいつものように留守番電話とメールをチェックした。
うあ。見なきゃ良かったかも知れん。何でここぞとばかりに俺にメールくれやがるかな、勝亦の野郎。しかも帰ったら電話寄越せだと? てめえ、一体なに考えてやがる。一度は完全に落ち着いた怒りが甦る。俺は怒りに任せて勝亦に電話をかけた。
「なに考えてやがる! 今日の会議、お前の仕業だろう!」
相手が出るなり、俺はいきなりそう怒鳴りつけた。すると軽い笑い声が返ってくる。どうやら勝亦は俺が怒鳴ることを予測していたらしい。
『悪かったな。部長に営業担当者を紹介しろって言われて』
「だからって俺の名前出してどうすんだ! おかげで睨まれちまってるんだぞ!?」
即座に言い返しながら俺はキッチンに入って冷蔵庫からビールを取り出した。冷蔵庫のドアを蹴飛ばして閉める。苛々しながら床の上に散らかってる物をかき分けて腰を据えたところで俺は気付いた。もしかして勝亦、まだ会社にいるのか。いや、でもこの音はなんだ?
電話の向こうからやけに懐かしい、聞き覚えのある音がする。子供の頃、夏に時々行ってたプールを思い出す。泡が水面に昇って弾けるような、不思議な音が電話口から聞こえてくる。俺は怒るのも忘れてその音に聞き入った。
『睨むって例の連中か? あんなのほっとけばいいだろ』
淡々としたいつもの口調で勝亦が言う。あのな。他人事だと思ってないか? 俺はそうぼやきながらビールの封を切った。ボトルから直に飲んで一息。
「大体な。俺みたいな下っ端を呼びつけてどうしよってんだ。俺程度が知ってることなんて、所長に訊きゃ十分だろが」
それからしばらく俺は勝亦に今日の会議にまつわる愚痴を吐いた。よく考えたら諸悪の根源はこいつなんだ。文句くらい言ってもばちは当たんねえだろ。勝亦はそんな俺の心境を理解していたのか、今日は珍しく言い返してこない。ああ。判ってる。ごめん。らしくない言葉を連発され、さすがの俺も文句を言い続けることが出来なくなった。どうして俺が被害者なのにこんなに身につまされなきゃならんのだ。加害者の勝亦に同情してどうすんだ、俺。
「あー……まあ、もうああいうのは勘弁してくれ」
情けないな。結局、折れちまったよ、俺。しかもさっきまでの怒りはどこへやら、逆に勝亦の心配しだしたりして。
「で? 何でまだ会社なんだよ。もしかして新しいシステマの開発、上手く行ってないのか」
我ながら何てお人よしなんだろう。情けないものを感じつつも俺は勝亦にそう訊ねた。すると少し沈んだ声で勝亦がああ、と言う。
『どうやら明日も出勤になりそうだ。……というより、帰れるかどうか怪しいんだけどな』
「うわ」
思わず顔をしかめて俺は心底勝亦に同情した。うちの営業所にも休日に出勤する奴はいるが、そんなのは稀だ。普通は客から打診されても営業は休日には滅多に動かない。折角の休み、いちいち客の我がままに付き合ってられっかよ。第一、休日に呼び出してくれるような奴はな。ろくなこと言わないもんなんだよ。下手に一度、甘い顔を見せると次々に無理難題を押し付けやがる。って、俺が詳しいのは一度痛い目を見てるからなんだがな。
何でそんな気になったのかは判らない。もしかしたら珍しく勝亦の声に張りがなかったからなのかも知れない。
「忙しそうだから、差し入れでも持ってってやろうか?」
大したことは考えていなかった。どうせ休日っても俺は暇だし。その程度の考えで俺は勝亦にそう声をかけた。だが俺は勝亦もすぐに断るって思っていた。何しろ本社ビルにはテナントがずらりと入っていて、開店している間なら必要なものはそこで買うことが出来る。中には上のオフィスに出前してくれる店ももちろんある。ま、出前が頼めるのは主に飯屋だけどな。
『え、本当か? じゃあ頼もうかな』
まあ、断るだろ。なんてなことを思ってた俺は勝亦にすぐに返事が出来なかった。おい、と呼びかけられてようやく反応する。
「あ、ああ。ええと、大したものはないけど」
本気か、俺。何で男友達が働いてるとこに差し入れなんだよ。しかも勝亦の奴、何で頼むとか言い出すんだ。いつものノリで断れよこのやろう。などと、我ながら理不尽なことを考えつつも俺は明日行く、と勝亦に言って電話を切った。ああ、俺の休日が。
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