システマティックな少女と一般サラリーマンな俺

伊駒辰葉

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二章

システマと人

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 特にすることもなく、その日の俺は昼間から会社の傍まで出かけた。休日だってのもあるが、何となく気になってつい来ちまったんだよ。前はあんなに休日に寄り付くのが嫌だったのに、今は不思議とそんなこともない。

 ただ困るのは、ビル周辺の飲食店がかなりの確率で閉まっていることだ。そんなに小さくもない街なんだがな。もしかして隣の駅周辺が栄えているからその反動か? それにしたっていつも行く喫茶店まで閉まってなくてもいいだろう。そんなことを考えつつも俺は仕方なくオフィスのある本社ビルに入った。

 中に入って涼しい空気に囲まれて一息つく。さすがに夏だな。外に出ただけでも汗が自然と滲んでくる。ん? 何で地下鉄を使わないかって? まあ定期もあるし、そっちのがお得なのは判るがな。生憎と今日は外を見たい気分だったんだよ。そんな訳で今日はバスで来たんだが……結局、ビルに入っちまう羽目になったな。

 くそ、これなら素直に地下鉄に乗れば良かった。心の中でだけ文句を言いながら俺はのんびりとビルの中を歩いた。落ち着いて見ると色んなテナントが入ってんのな。いつもはエレベーターに乗ってるから見もしない店も覗いてみたりする。あ、でも化粧品なんかが並んでる店はごめんだ。用がねえしな。

 テナントが余裕のある感じで入ったフロアの片隅にある小さな喫茶店に向かう。茶系のインテリアで統一された店の中の雰囲気がけっこう好きなんだよな。まあ、コーヒーの値段はちょっと高めだが。これも場所代って奴かな。

 俺は案内されるままに窓際の席についた。二人用の小さな席だ。店内をぐるっと見ても客の姿はまばらだ。さほど広くない店内には静かなクラシック音楽がかかってる。この音を実はシステマが再生しています、なんて知ったら驚く客がどのくらいいるかな。

 そう。この店には開店初期からシステマが導入されている。うちの製品のモニターも兼ねているため、この店には常に最新型のシステマが入っている。低音のよく響く弦楽器の音に耳を澄ましていると、俺のついた席にウェイトレスが寄って来た。レトロな感のある白黒の衣装を身につけている。ふんわりとした袖山のあるブラウスと黒のジャンパースカート、それに白いフリルのついたエプロン。頭にはフリルのついたカチューシャも着けている。ご注文は、というウェイトレスの声に促されて俺はアイスコーヒーを注文した。

 さすがはシステマ。はい、と返事をしてキッチンに引っ込む。その後姿も歩き方もどことなくぎこちない。俺の注文を取りにわざわざシステマが来るなんて、厭味か何かか。だが不思議とシステマの人形のような動きは衣装に妙に似合っている気がした。

 ゆったりとした音楽にのんびりした雰囲気。窓の外には小さな噴水や人工の小川が見えたりして、なかなかに日常を忘れさせてくれる。時々、通りかかる人も屋根のある水の傍ってのが心地いいのか、足取りの方もゆっくりとしたもんだ。

 大きな窓から外の景色を眺めていた俺は、ふと人の気配を感じて顔を戻した。うわっ。何でこんなところに。

「おや。やっぱり能戸くんか」

 勝亦を毎日訪ねるおかげですっかり顔も覚えられちまった。俺は慌てて立ち上がって相手に頭を下げた。いやいや、と笑って手を振ったのは開発部長だ。俺は言われるままに椅子に座り直した。いいかね、と訊かれて慌てて頷くと開発部長は俺の目の前に腰掛けた。うわあ、嫌な時に会っちまった。仕事なんて毛頭する気がなかったから、モノトーンシャツにカーゴパンツなんて油断しまくりの格好で来ちまってるよ、俺。いや、もろに作業着って作りじゃないけどさ。やっぱり気になるだろ。しかも開発部長はスーツときたもんだ。普段は逆かってくらいどっちの格好も違うぞ、おい。

 やたら動揺してる俺とは対照的に開発部長は落ち着いたもんだった。俺のアイスコーヒーが運ばれてきたところでウェイトレスにもう一つ、コーヒーを頼む。

「今日は休暇じゃないのかね?」
「あ、いえ、休みっす」

 俺はここから家がさほど遠くないのだと説明した。……本当は電車で幾つか駅を越えなきゃならんのだがな。他に説明しようがねえだろう。我ながら苦しい言い訳とは思ったが、開発部長は特に俺を問い詰めることもなく頷いている。とりあえずは納得してくれたらしい。

 そもそも何でこの人がここにいるんだよ。何か用事があってここに来たって風じゃないな。待ち合わせって感じもないし、きっと息抜きに来てたまたま俺を見かけたんだろう。だけど何で俺と同じテーブルにつかにゃならんのだ。

「君には感心しているよ。いつも真面目に訪ねてきて」

 相変わらずの笑顔で開発部長が言う。厭味、じゃあなさそうだな。ちらっと様子を伺ってから俺ははあ、と曖昧に答えた。んなもん、何て答えりゃベストかってのは判らねえよ。でも違う部署っつったって一応は上司だからな。下手な口利いたらまた所長から小言を食らっちまう。

 会議で会ったあの日から、この開発部長は何故か俺のことを覚えているらしい。目をかけてくれてるって言えば聞こえはいいが、要するに変な意味で会議で目立ってたんだろ、俺は。それによく考えたら勝亦はこの開発部長に言われて俺を推したらしいしな。このおっさんも一体、なに考えてるんだか。平の営業相手にして何が判るってんだ。

 俺はどんな話を振っていいか判らず黙っていた。そんな俺を気遣った訳じゃないだろうが、開発部長が話し掛けてくる。

「ところで、例のシステマのログを見せてもらったよ。実に興味深かった」
「は?」

 言われた意味を理解するのに少しかかった。あ、そっか。そうだよな、と心の中で呟いてから俺は頷いた。そう、睦月も時雨もシステマなんだ。俺はそう自分に言い聞かせてからそうですか、と言った。自分でもおかしくなるくらい声に抑揚がない。

 それからしばらく開発部長は話を続けた。なんでも俺の二人への接し方は変わっているという。俺は開発部長の話の合間に合鎚を打つのがやっとだった。他の連中のシステマの扱いなんか俺が知るかよ。その話を聞いてどう反応しろってんだ。大体、俺は元々開発の人間じゃないんだぞ。奴らと扱いが違うのは当り前じゃないか。

 そこまで考えてから俺は自分のばかさ加減に笑いたくなった。俺は営業なんだよ。システマを売る側の人間なんだ。なのにそんな立場の俺があの二人をまるで人のように扱ってる。そりゃ、さぞ珍しいだろうよ。開発部長の話を聞きながら俺は自然と俯いてしまった。システマに対する俺の態度が変わってるって説明なんぞ、聞いたところで判る訳がない。何しろ俺は普通の扱いって奴がまるで判らないんだからな。

「どうしたのかね? 具合でも悪いのかな」
「いえ」

 我ながら情けない。俺は今の今まで他の奴らがシステマをどう扱っているのかを知ろうと思わなかった。売る側の人間なのにな。客がどんな風にシステマを使ってるかってことには全く興味なかった。意を決して俺は顔を上げ、真面目に他の連中がシステマをどう扱うのかを開発部長に訊ねた。

「普通はシステマとして使うのではないかな。収集家は別だろうがね」

 客の中にはコレクターなるものもいて、彼らがシステマを集めたりしていることは俺も知っている。そういう客はリリースされた端から全ての機種を買い漁るとも言う。立体模型と考えてシステマを飾る趣味の奴もいる。そうじゃない、ごく一般的なクライアントはシステマをシステマとして使う。……そうだよな。当り前なんだよ、それが。システマは道具だってことは職場に入って真っ先に言われたことだ。

「でもあの二人は……その……人によく似てるし」

 自分に言い聞かせたのとは裏腹に俺はそう言っちまった。言ってからやばいって気付く。だが開発部長は俺が慌てたことには気付いていないのか、別段様子は変わらない。

「RC1のコンセプトは知っているかね?」

 コーヒーカップを置いて開発部長が言う。どうでもいいが、このくそ暑いのによくホットコーヒーなんぞ飲めるな。まあ、ここは空調が効いてはいるが。

「ええと……2wayシステムですか」

 出来るだけ声を落として俺は言った。本社ビル内でまさかそんなことはないだろうが、それでも用心に越したことはない。そんな俺の不安を肯定するかのように開発部長が重々しく頷いて声を潜める。

「それもだが、RC1は本来のシステマ……つまり、初期型に近づけようというコンセプトの元に作られたのだよ」

 それはつまり。俺は開発部長に言われたことを心の中で反芻して目を見張った。だからあの時、勝亦は酷く消沈した顔をしていたのだ。本当はRC1が世に出ることを望んでいたからこそ、急なリリース計画の変更に落胆したのだろう。

 本来のシステマという開発部長の言い回しが妙に心に刺さる。もしかしたら初期型の世界を救ったというシステマは、実際はもっと人に近い形をしていたのではないだろうか。今の世に出ている多くのシステマは生身であるにも関わらず、人形のようにぎこちない動きをする。だがそれがもしも、わざとそうされているとしたらどうなんだろう。現状のシステマでさえ反対派なんてものが存在し、そいつらが道端に座り込んだりなどの運動に励んでいる昨今だ。今以上に人間の外見とそっくりだったりしてみろ。その程度の反対運動で済むはずがない。

 最初にシステマを作った人間は生き物の治癒能力に目をつけ、自己再生能力の活かせる端末を開発しようとした。そしてそれは実現し、人そっくりのシステマが生まれた。もしかして初期型の開発者はシステマに人間性を求めたのではないか。計算を繰り返すただの機械ではない、人の心を持った……。

 あー、駄目だ。考えるだけで頭が痛くなる。俺はため息をついて肩を落とした。

「がっかりしたかな?」
「いえ、そうじゃないんですけど」

 思わず素直に答えてから俺は愛想笑いを浮かべた。自分の想像に没頭してました、なんて言えるかよ。しかも俺の想像っていうか、これって妄想だろ。何の根拠もない勝手な……だけど。

 だけどもしも本当にそうだとしたら。

「あの」

 暑さでいかれちまったんじゃねえの。俺は自分のことをそう思いながらも訊ねていた。この時の俺の心境を表すなら、いてもたってもいられない、というのが一番近かった。

「あの二人って、感情とか、あるんですよね」

 笑えるくらいにたどたどしく俺は言った。出来るだけ言葉は選んだつもりだが、どうしても声は震えちまった。緊張しすぎてグラスを握る手まで震えやがる。

「おや。邪魔かね? 何ならカットすることも可能だが」
「そうじゃなくて」

 あー、くそ。どう言えば判り易いんだ。まさかそのまんま言う訳にもいかねえし。かと言って、下手に遠回しに言ったって俺のことなんざ知らない開発部長に通じるとも思えない。

 静かな店内にはアヴェ・マリアが流れている。美しい女性の歌が邪魔ならない音量で流れているのを俺はしばし黙って聴いた。開発部長は俺がまともに質問するまで待ってくれるつもりなのだろう。何も言わない。

「あの二人は人間になれないんですか」

 たぶん、ばかな質問だったんだろう。システマだぞ。人間になんてなれるかよ。心の片隅で俺はそう呟いていた。だが不思議なことに開発部長は俺の言ったことを笑い飛ばしたりしなかった。相変わらずの穏やかな笑顔でどうだろうな、と答える。

「システマの肉体の構成物質そのものは人間とほぼ同じだ。ただ、脳等の組織が若干違うだけでね。そういう意味ではシステマは人間とさして違いはないのだろうが」

 淡々と説明してくれる開発部長の顔をぼんやりと見ながら俺は考えた。正直なところ、脳だの組織だのと言われても俺にはよく意味が判らない。だがシステマと人がそう大差ない身体をしているのだと言われたのは理解できる。

「システマには学習能力がある。人にももちろん学習能力は備わっているが、システマは人間とは比べ物にならないほど能力が高いということだけは言っておこう」

 そう言いながら開発部長はスーツのポケットから何かを取り出した。名刺ホルダーの中から一枚の名刺を取り出す。開発部長がテーブルを滑らせたものを見て俺は絶句した。これは名刺じゃない。

「試してみるかね」

 真っ白なカードには何も書かれていなかった。
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