冥府への案内人

伊駒辰葉

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一章

混濁する意識

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 指先で耳から首筋を伝うように撫でられる。その瞬間、いいようのない気持ちの悪さがこみ上げてきた。順は必死で頭を振って抵抗した。

「気持ち、悪いっ! やめろ!」

 得体の知れない感触に順は身震いして叫んだ。無理をして大声を張った反動で思わず咳き込む。震える順の喉を指でなぞりながら和也は低く嗤った。

「安心しろ。すぐに慣れる」

 首を起こして噛み付こうとした順の頭を和也が難なく片手で押さえる。無骨に見える和也の手が見かけに反して信じられないくらい優しく順を撫でる。順はくすぐったさに顔をしかめた。

「慣れるわけ、ないだろう! 気持ち悪いって言ってるんだ!」

 そう叫んで順はどこか動かせるところはないか懸命に探した。だが頭を押さえられ、腕を縛られているためにろくに抵抗できない。しかも下半身にはしっかりと和也が乗っているのだ。和也は最初から順が抵抗すると判っていたのだろう。縛っただけでは足りないと思ったのか、腕がいっぱいに伸びるところまで順の身体を引っ張った。

「ばーか。今さら暴れたって遅えんだよ。悔やむならてめえの鈍さを悔やめや」

 嘲るように嗤いながら和也は順のシャツに手をかけた。あっと思った瞬間に順のシャツは和也に無残に破られてしまった。

「やめろ、この、変態!」

 本格的な恐怖を感じて順が叫ぶと和也が不機嫌そうな顔になる。破れたシャツをつかんだまま、和也は順の首筋に顔を埋めた。

「ヒトが珍しく優しくしてやってるのにその言い草か? 何なら口塞いでもいいんだぞ?」

 まあ、鳴き声が聞こえないのはつまらんがな。そう続けて和也は順の首筋をおもむろに舐めた。それまで順が見てきた和也とは全く印象が違う。恐怖と得体の知れない感覚に混乱しきった順は必死で叫んだ。

「俺はその手の趣味はない! いいかげんに」

 順の叫びは途中で止まった。肌の上を和也の指が這うのが判る。順は背筋を走った震えに息を飲み、思わず目を閉じた。無意識に腕に力をこめたためにベッドのパイプが軋む。

「おっ。早速、弱点はっけーん。やっぱり思った通りだな」

 にやにやと笑いながら和也が顔を上げる。撫でられているところが妙に熱い気がする。奇妙な感覚に顔をしかめながら順は片目だけを開けた。和也の笑いを見止めた途端、猛烈な怒りが込み上げる。

「なに、が、だっ!」

 途切れ途切れに言いながら順は和也を睨みつけた。だが続けて怒鳴ろうとした瞬間、身体から力が抜ける。首筋を撫でていた和也の指が肌の上を滑り、今度は胸を撫でる。声を飲み込んだ順は息を殺して軽く仰け反った。青白かった順の頬に薄く赤味がさす。

「オレが何の得もなしに木村に近付いたと思うか? 犯りがいありそうだったからに決まってんだろ」
「なっ!」

 和也の言い草に順は真っ赤になって言葉に詰まった。

「んだよ。その不服そうな顔は。それとも何か? オレが親切でお前に近付いたとでも思うのか?」

 そんな訳ないよなあ。意地の悪い言い方に順は歯を食いしばった。信用してはいけない。近付いてくるには何か理由がある筈だ。だが、疑っていた心のどこかで順は望んでいたのだ。和也は木村の家とは全く関係なく、純粋に友好的に近付いて来たのかも知れない。もしそうなら、あの時になくした友達とは違う関係を築けるかも知れない。

 そんな、ささやかな願いを打ち砕かれて順は力なく頭を振った。怒りで興奮したためか熱が上がったらしい。次第に意識が朦朧とし始める。和也の低い嘲笑が耳の奥に響く。順は苦しさに喘ぎながら背を仰け反らせた。

「こりゃ、思ったより開発し甲斐のありそうな身体だな。乳首だけでこの反応だもんな」

 痺れに似た何かが身体の芯を駆け抜ける。順は声を殺して首を横に振った。和也が指を乗せて動かしている部分が痺れるように熱い。かたく閉じていた目を開けて、順は和也の手元を見た。肉付きの薄い胸の上で和也の指が艶かしく動いている。ろくに性知識のない順にも和也の手の動きの意味は理解できた。現に触られている部分から全身に奇妙な感覚が広がりつつある。

 不意に和也が胸に顔を伏せる。順は次に襲ってきた感覚に小さく呻いた。抵抗する意志がどこかに消えてしまう。和也が舌先で順の乳首を舐めたのだ。細くした舌先が何度も乳首の上を往復する。感じているのが性的な快楽だと知らないまま、順の身体は和也の愛撫に如実に反応していた。

 性的な事に興味がなかった訳ではない。思春期にはそれなりに異性の身体に興味もあった。が、順は興味が性欲に変わる前に実験体として検査を受けたために、無意識に性的快楽を拒んでいた。異性相手に肉欲を覚える以前に性的快楽そのものが恐怖として刷り込まれてしまったのだ。

 これまで体験したことのない感覚に晒されて、順は本能的に恐怖を回避しようとした。意味を為さない言葉を喚きながら身体を捻る。身体を可能な限り捻り膝を立てようとするものの、足に和也が乗っているためにどうしても動けない。

 それまで順を熱心に愛撫していた和也が驚いたように顔を上げる。だが和也の姿は順の目には全く映っていなかった。

 逃げなければやられる。声にならない声で悲鳴を上げて順は足を蹴上げようとした。

「っと。びっくりしたなあ。何だ、急に」
「……や、だ……嫌、だ……嫌だ!」

 問いかけの意味が判った訳ではない。順は発作的に叫んでがむしゃらに首を振った。唐突に反応の変わった順を和也がしげしげと眺め下ろす。

「おいおい。こりゃあ……」

 驚いた声を上げて和也が順の頭を押さえつける。死に物狂いで暴れる順は和也が顔を覗き込んでいることにも全く気付かなかった。薄く開いた順の目を和也が面白いものでも見つけたように覗く。

「は、なせっ! 俺に触るな!」

 無我夢中で拘束を解こうとした順は力任せに頭を振り、和也の手から何とか逃れた。だが押さえられていた頭が急に自由に動かせるようになった直後、順は悲鳴を上げて仰け反った。かつて味わった苦痛が鮮明に胸の内に蘇る。

 あれは快感などではなかった。順はかつて検査で味わった苦痛を思い出して必死で暴れた。だがあっさりと自由になった頭とは違い、どうしても身体は動かせない。でたらめに身体のあちこちに力をこめ、順は殆ど狂ったように叫びを上げた。

「毛色が違うのは知ってたが、なるほど、こういうことか」

 感心したように告げる和也の声も耳に入らない。触れられた場所からこみ上げる奇妙な感覚は徐々に強くなっている。順は恐慌状態に陥り、喚きながら腕を力任せに引いた。

 その瞬間、嫌な音がする。順は目を見張って息を殺した。

「……あーあ。ばかだな。そんな無茶苦茶に動くからだぞ」

 困ったように笑いながら和也が手を伸ばす。順は激しい痛みにようやく正気に戻った。いつの間にか左腕が肩から先まで動かせなくなっている。順は首を伸ばして自分の腕を訝りをこめて見た。

 同じように縛られた右手は伸びきってはいるが辛うじて指や手首は動く。なのに左手はそれが出来ないのだ。

「肩の関節、外れてるな。それは。動かせねえだろ」
「な……んで」

 淡々と解説する和也を慌てて見やる。和也は感情の判らない声とは裏腹に酷く楽しそうに笑っていた。
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