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一章
騎士と姫の噂
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他に話すことないのか、おまえらは。そう言ってやりたくなる。だが、多輝は黙っておいた。今更、それを指摘するのもばからしい。どうせクラスメイトたちは少々止めたところで噂話をやめたりはしない。特に話題の姫のことになれば尚更だ。多輝はそっと息をついて窓の外に目を転じた。
幼い頃に見た写真に写っていた斎姫ははにかんだ笑みを浮かべていた。可愛いよね、と写真を見せてくれた知り合いは嬉しそうに笑っていた。だが多輝はふうん、と答えただけで斎姫には大した興味を抱かなかった。
確かに多輝の周囲にいた同年代の幼女に比べれば、斎姫は段違いの美少女だった。タレントとしてテレビ画面に出てきても何の違和感もなかっただろう。今でもその美しさには変わりはない。だが多輝は写真を見せてくれた知り合いにどんなに勧められても、斎姫に会いたいとは思わなかった。
別にただの女じゃん。今でもそう思う。だから周囲がたとえ騒いでいたとしても殊更に驚くようなこともない。
知り合いは事あるごとに多輝に斎姫の写真を見せた。多輝が成長していくに従い、写真の中の斎姫も育っていく。最初ははにかんでいた斎姫の笑みが、柔らかな微笑みに変わるまでにはさほど時間はかからなかった。
やがて多輝は中学生になった。その頃にはもう、多輝の悪名は周囲に知れ渡るようになっていた。最初は面白半分でカップルをぶち壊した。ちょっとちょっかいをかけてカップルの男女の信頼関係をずたずたにしてやったのだ。余りにも簡単だったので、次は少し方法を変えた。そうしたら何故か女は何故か多輝を選び、女と付き合っていた男は捨てられた。その後、多輝はフリーになった女と付き合うのをやめた。それが多輝には無性に楽しかった。
だが多輝は勉強だけは真面目にやった。親代わりに多輝を育ててくれた知り合いをがっかりさせるのが嫌だったのもあるが、それ以前に勉強が嫌いではなかったのだ。多輝は中学校でも悪名が高かったが、成績の方は実はかなり良かったのだ。
そして高校受験が迫ってくる。知り合いは多輝に清陵高校を薦めた。かつて知り合いがその高校に通っていたのだと聞き、多輝もその気になった。少しレベルは高かったが、多輝は受験勉強に励んだ。そして合格した。
清陵高校は退屈しない学校だ。行事は目白押しだし、何より生徒個人個人の能力を重視したスケジュールで授業は進行していく。どこにも無理のないように学校を取り仕切るのは、なんと生徒会長の役目だ。ここでは校長より、理事長より、生徒会長に権限がある。多輝はそんな清陵高校をすぐに気に入った。そのことを知り合いもとても喜んでくれた。
多輝の悪名はここでも轟いている。教師は生徒の自立を重んじるので、多輝の行動を注意する者はない。反撃したい者は正面から多輝に攻撃を加えるしかないのだ。そして多輝は悪いことに喧嘩好きで、しかも滅法強かった。結局、男子生徒の多くは泣き寝入りをしなければならなかった。それは今でも続いている。
そして一年の終わり頃、知り合いが久しぶりに斎姫の写真を多輝に見せた。多輝はまたかよ、と文句を言いながら写真を覗き……そして絶句した。斎姫は清陵高校の制服に身を包んでいたのだ。
まさか、と多輝は知り合いに訊ねた。だが知り合いはあっさりと多輝の質問を肯定してみせた。斎姫は今度から清陵高校に通うのだ。知り合いは笑って多輝にそう告げたのだ。
そして今に至る。多輝の思った通りに斎姫は周囲に騒がれるようになった。当然だ。吉良瀬の姫、という表現もまんざらでたらめじゃない。多輝は思い出しながら何気なく賑やかに話をしているクラスメイトたちに目を戻した。
そういえばさあ、と一人のクラスメイトが言い出すのを眺めながら、多輝は欠伸をした。吉良瀬の姫の話をしているのはもっぱら男子生徒だ。女子生徒は教室の隅に集って別の話をしている。多輝は近くに集っている男子生徒たちに目を向けていた。目尻に浮かんできた涙を指で拭う。
「姫にやたらとくっついているヤローがいるじゃん」
「あー、あれかあ」
それを耳にした多輝はぴくりと眉を動かした。だが誰も多輝の様子には気付かない。変わりない声の大きさで話を続けていく。
「騎士とかなんとか、どっかのばかが言ってた奴」
乾いた笑い声を聞きながら多輝は胸の中でへえ、と合鎚を打った。初めて聞く話だ。あの斎姫と仲のいい男子生徒がいるなんて知らなかった。多輝は興味深く思い、クラスメイトたちの噂話に耳を傾けた。
ある日、食堂のど真ん中で斎姫に言い寄った一人の男子生徒がいた。それまで、斎姫は噂の的にはなっていたが、実際に誰かが言い寄ったことなどなかったのだ。だが、三年生のその男子生徒は勇気を出して……かどうかは知らないが、斎姫に付き合えと迫ったらしい。
斎姫は最初、丁重にお断りした。公衆の面前でその三年生は赤っ恥をかかされたことになる。三年生はあっさり斎姫を諦めたりはしなかった。あろうことか嫌がる斎姫を付回し、ストーカー行為に走ったのである。
学校でも、登下校中でも、そして自宅にまで張り付き始めた三年生に斎姫は怯えた。それを撃退したのが一人の男子生徒だったのだそうだ。
多輝は黙ってクラスメイトたちの話を聞いた。なるほど、確かに付け回されるのは気持ち悪いだろう。そして話はさらに進む。
斎姫を救ったその生徒の話はたちまち広まった。やがてそれは姫の命を助けたナイトがいたという話に誇張され、そして話を聞いた男子生徒たちは斎姫を助けた生徒にやっかみを込めて『騎士』というあだ名を付けた。
「あいつ、なんか入試トップで入ってきたって話だぜ」
「うわー、やだねー。気色悪い」
心底気分が悪い、という顔で談笑していた中の一人がそう吐き出す。多輝はそれを見て微かに笑った。そんなもの、気色悪いと言うべき問題ではない。人の頭の出来不出来を気にするお前の方がよほど気色悪いぞ、と多輝は心の中でそう返答した。
話は続いている。多輝は頬杖をついて口許に嗤いを浮かべた。
「でも、あの二人、お似合いだったけど……」
消極的な声で誰かが言う。すると話をしていた男子生徒たちが発言主を一斉に小突く。多輝はそこで声に出してへえ、と告げた。途端に近くで話していた小さな集団が黙り込んだ。一斉に多輝に視線が集まる。
多輝はにやりと嗤って彼らに訊ねた。
「ねえ、その騎士くんとかってどこのクラス?」
幼い頃に見た写真に写っていた斎姫ははにかんだ笑みを浮かべていた。可愛いよね、と写真を見せてくれた知り合いは嬉しそうに笑っていた。だが多輝はふうん、と答えただけで斎姫には大した興味を抱かなかった。
確かに多輝の周囲にいた同年代の幼女に比べれば、斎姫は段違いの美少女だった。タレントとしてテレビ画面に出てきても何の違和感もなかっただろう。今でもその美しさには変わりはない。だが多輝は写真を見せてくれた知り合いにどんなに勧められても、斎姫に会いたいとは思わなかった。
別にただの女じゃん。今でもそう思う。だから周囲がたとえ騒いでいたとしても殊更に驚くようなこともない。
知り合いは事あるごとに多輝に斎姫の写真を見せた。多輝が成長していくに従い、写真の中の斎姫も育っていく。最初ははにかんでいた斎姫の笑みが、柔らかな微笑みに変わるまでにはさほど時間はかからなかった。
やがて多輝は中学生になった。その頃にはもう、多輝の悪名は周囲に知れ渡るようになっていた。最初は面白半分でカップルをぶち壊した。ちょっとちょっかいをかけてカップルの男女の信頼関係をずたずたにしてやったのだ。余りにも簡単だったので、次は少し方法を変えた。そうしたら何故か女は何故か多輝を選び、女と付き合っていた男は捨てられた。その後、多輝はフリーになった女と付き合うのをやめた。それが多輝には無性に楽しかった。
だが多輝は勉強だけは真面目にやった。親代わりに多輝を育ててくれた知り合いをがっかりさせるのが嫌だったのもあるが、それ以前に勉強が嫌いではなかったのだ。多輝は中学校でも悪名が高かったが、成績の方は実はかなり良かったのだ。
そして高校受験が迫ってくる。知り合いは多輝に清陵高校を薦めた。かつて知り合いがその高校に通っていたのだと聞き、多輝もその気になった。少しレベルは高かったが、多輝は受験勉強に励んだ。そして合格した。
清陵高校は退屈しない学校だ。行事は目白押しだし、何より生徒個人個人の能力を重視したスケジュールで授業は進行していく。どこにも無理のないように学校を取り仕切るのは、なんと生徒会長の役目だ。ここでは校長より、理事長より、生徒会長に権限がある。多輝はそんな清陵高校をすぐに気に入った。そのことを知り合いもとても喜んでくれた。
多輝の悪名はここでも轟いている。教師は生徒の自立を重んじるので、多輝の行動を注意する者はない。反撃したい者は正面から多輝に攻撃を加えるしかないのだ。そして多輝は悪いことに喧嘩好きで、しかも滅法強かった。結局、男子生徒の多くは泣き寝入りをしなければならなかった。それは今でも続いている。
そして一年の終わり頃、知り合いが久しぶりに斎姫の写真を多輝に見せた。多輝はまたかよ、と文句を言いながら写真を覗き……そして絶句した。斎姫は清陵高校の制服に身を包んでいたのだ。
まさか、と多輝は知り合いに訊ねた。だが知り合いはあっさりと多輝の質問を肯定してみせた。斎姫は今度から清陵高校に通うのだ。知り合いは笑って多輝にそう告げたのだ。
そして今に至る。多輝の思った通りに斎姫は周囲に騒がれるようになった。当然だ。吉良瀬の姫、という表現もまんざらでたらめじゃない。多輝は思い出しながら何気なく賑やかに話をしているクラスメイトたちに目を戻した。
そういえばさあ、と一人のクラスメイトが言い出すのを眺めながら、多輝は欠伸をした。吉良瀬の姫の話をしているのはもっぱら男子生徒だ。女子生徒は教室の隅に集って別の話をしている。多輝は近くに集っている男子生徒たちに目を向けていた。目尻に浮かんできた涙を指で拭う。
「姫にやたらとくっついているヤローがいるじゃん」
「あー、あれかあ」
それを耳にした多輝はぴくりと眉を動かした。だが誰も多輝の様子には気付かない。変わりない声の大きさで話を続けていく。
「騎士とかなんとか、どっかのばかが言ってた奴」
乾いた笑い声を聞きながら多輝は胸の中でへえ、と合鎚を打った。初めて聞く話だ。あの斎姫と仲のいい男子生徒がいるなんて知らなかった。多輝は興味深く思い、クラスメイトたちの噂話に耳を傾けた。
ある日、食堂のど真ん中で斎姫に言い寄った一人の男子生徒がいた。それまで、斎姫は噂の的にはなっていたが、実際に誰かが言い寄ったことなどなかったのだ。だが、三年生のその男子生徒は勇気を出して……かどうかは知らないが、斎姫に付き合えと迫ったらしい。
斎姫は最初、丁重にお断りした。公衆の面前でその三年生は赤っ恥をかかされたことになる。三年生はあっさり斎姫を諦めたりはしなかった。あろうことか嫌がる斎姫を付回し、ストーカー行為に走ったのである。
学校でも、登下校中でも、そして自宅にまで張り付き始めた三年生に斎姫は怯えた。それを撃退したのが一人の男子生徒だったのだそうだ。
多輝は黙ってクラスメイトたちの話を聞いた。なるほど、確かに付け回されるのは気持ち悪いだろう。そして話はさらに進む。
斎姫を救ったその生徒の話はたちまち広まった。やがてそれは姫の命を助けたナイトがいたという話に誇張され、そして話を聞いた男子生徒たちは斎姫を助けた生徒にやっかみを込めて『騎士』というあだ名を付けた。
「あいつ、なんか入試トップで入ってきたって話だぜ」
「うわー、やだねー。気色悪い」
心底気分が悪い、という顔で談笑していた中の一人がそう吐き出す。多輝はそれを見て微かに笑った。そんなもの、気色悪いと言うべき問題ではない。人の頭の出来不出来を気にするお前の方がよほど気色悪いぞ、と多輝は心の中でそう返答した。
話は続いている。多輝は頬杖をついて口許に嗤いを浮かべた。
「でも、あの二人、お似合いだったけど……」
消極的な声で誰かが言う。すると話をしていた男子生徒たちが発言主を一斉に小突く。多輝はそこで声に出してへえ、と告げた。途端に近くで話していた小さな集団が黙り込んだ。一斉に多輝に視線が集まる。
多輝はにやりと嗤って彼らに訊ねた。
「ねえ、その騎士くんとかってどこのクラス?」
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