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一章
体育と屋上
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夏が近い。斎姫はそっとため息をついて空を見上げた。今日の体育の授業は高跳びだ。女子生徒が一人ずつバーに向かって走る。それを一瞥して斎姫はもう一度ため息をついた。
あの日も暑かった。斎姫は生ぬるい風に乱された長い髪をそっと押さえた。そんな間にも順番の回ってきた女子生徒がスタートを切る。軽々と踏み切ってバーを越え、分厚いマットに身体を落とす。斎姫はそんな女子生徒をぼんやりと眺めていた。
物心ついた時、斎姫の両親はいなくなっていた。事故で亡くなったということを認識できたのは五歳の頃だった。幼い斎姫にそのことを噛み砕いて説明してくれたのは、それまで斎姫の世話をしてくれた優しい女性だった。
暑い日差しを背負った女性は哀しそうな顔をしていた。斎姫ちゃんのご両親はね、もうお亡くなりになっているの。女性はそう、斎姫に話して聞かせた。斎姫は女性の胸で思う存分に泣いた。……だが、実際は両親がもういないのだということに泣いた訳ではなかった。それまで傍にいてくれた女性が去ることの方が、当時の斎姫にとってショックだったのだ。
だが斎姫の悲しみはすぐに払拭された。その女性の代わりとして斎姫の傍には別の女性が現れたからだ。その女性は斎姫と共にしばらく暮らした。だが、数年後にやはり斎姫の傍から姿を消した。
そうして斎姫の傍には代わる代わる、女性が訪れた。そして母親の代わりに斎姫の世話をしてくれたのだ。今もそれは続いている。
順番が回ってくる。斎姫は踏みきって軽々とバーを越えた。マットを降りると女性の体育教師がガッツポーズを作ってみせた。斎姫は微笑みでそれに応え、再び女子生徒の列の最後尾に加わった。
そして斎姫の傍にはおじさま、と呼ぶ一人の男性がいる。だがその男性は決して斎姫に姿を見せることはない。斎姫がその男性を身近に感じるのはよく電話で話をするからなのだが、実際にどこにいるのかは知らないのだ。
生活能力のない斎姫を支えてくれているのはその男性だ。斎姫はおじさま、と口の中で呟いて少し笑った。その男性は斎姫が何不自由なく暮らせるよう、便宜を図ってくれている。誕生日ごとにプレゼントは贈られてくる。斎姫が望むだけで簡単に色んなものを用意してくれる。幼い頃は単純に喜ぶだけだった。今は感謝の気持ちでいっぱいだ。斎姫はその男性のことを思いながらふわりと笑った。
電話の向こうのその男性の声はいつも穏やかだ。いつも斎姫のことを気遣ってくれている。斎姫はその男性のことをまるで親のように慕っている。だがどんなに斎姫が望んでもその男性は目の前には現れてくれない。それはどうしてなのかと傍にいる女性に訊ねた時、いつも女性は微笑みだけをくれる。決して理由は教えてくれないのだ。
だが斎姫はその男性の正体を深くは探らない。これだけよくしてくれているのだ。決して悪い人ではない。斎姫は微かに頷いて空を仰いだ。
そう。この身体を保てているのは、ひとえにおじさまのおかげなのだから。斎姫はそっと胸に手を当てて静かに首を戻した。
事故にあったのは両親だけではなかった。斎姫本人もその事故に巻き込まれたのだ。その男性がいなかったら生きていなかったのだ。そのことを今の斎姫は理解している。こうして生きていられるのはおじさまのおかげ。斎姫は胸の中で呟いて何気なく視線を動かした。
同じクラスの男子生徒たちは今日はサッカーをやっている。斎姫は何気なく走る男子生徒たちを目で追いかけた。あちこちに散っている生徒の中に一人の姿を見つけ、斎姫は思わず息を飲んだ。
優一郎が走っている。斎姫は自然と優一郎の姿に注目した。女子とは違う、逞しい身体つきに目を奪われる。優一郎は鍛えぬかれた肉体を持っている訳ではない。体育会系の部活をしている生徒たちと比べると、優一郎はとても運動が得意には見えない。なのに優一郎は行く手を阻んでいる生徒たちの隙間をくぐり、ドリブルしながら鮮やかに駆け抜けていく。
「いーつきちゃんっ」
急に何かに抱きつかれる。斎姫は思わず小さな悲鳴を上げた。慌てて肩越しに振り向く。そこにはクラスメイトの奈美がいた。
「な・に・を・み・て・た・の・か・な?」
奈美はにやにやと笑いながら一言ずつ区切って告げた。斎姫は焦って顔を逸らし、別にとだけ答えた。すると奈美が余計に腕に力を入れる。奈美は斎姫の胸に腕を回していた。力を入れられると斎姫の乳房がぐにゃりと潰れる。斎姫は心の中で悲鳴を上げた。
「別にっていう目じゃあなかったよーん」
奈美に抱きしめられた斎姫は唇をかんで首を横に振った。奈美の腕が乳首を圧し潰している。自然と斎姫の頬には赤みがさした。それを見て取った奈美がにやり、と笑う。
「ねえねえ」
斎姫の耳に唇を寄せ、奈美は声を潜めた。乗り出すような格好になった奈美の体重を支えながら、斎姫はなにと訊き返した。
耳元に温かい息がかかる。斎姫は思わず身を竦めた。
「もうやったの?」
斎姫は慌てて俯けていた顔を上げた。
「やるって、何を?」
怪訝に思いながら訊き返した斎姫にくすくすと笑い、奈美はさらに身を乗り出した。斎姫に乗りかかるようにつま先立ちをして、奈美は笑い混じりに告げた。
「せっ・く・す」
「……っ!」
斎姫は真っ赤になって激しく首を横に振った。だが斎姫の焦る気持ちとは裏腹に、身体は奈美の言葉に如実に反応してしまう。斎姫は反射的に奈美から離れようとした。だが、奈美の腕ががっちりと斎姫を拘束して動けない。
「お願い、離して」
泣きそうな思いで斎姫はそう懇願した。だが奈美はさらに腕に力を込める。にやにやしながら斎姫の胸の膨らみを圧迫する。
「そんな、焦らなくてもいいじゃない。それとも……もしかして実はほんとはやっちゃってるんじゃないのお?」
奈美は楽しそうに笑いながら、ひそひそと斎姫に耳打ちした。斎姫は目を固く瞑り、苦しそうな面持ちになった。
「そんなこと有り得ない!」
だがそう言いながら斎姫の脳裏には優一郎の姿がまざまざと蘇っていた。優一郎はいつも斎姫と優しく接してくれる。斎姫が困った時、さりげなく助けてくれる。誰かに姫様とからかわれた時も、しつこく人に付け回された時も、優一郎は斎姫を助けてくれた。おじさまであるあの男性は斎姫を陰で支えてくれる人だが、優一郎は斎姫を身近で支えてくれる人なのだ。
斎姫はこの頃にはもう、優一郎のことを意識せずにはいられないようになっていた。身体の疼きに任せて自慰をする時も、必ず優一郎のことを思い浮かべた。激しい快楽に身を任せる時、斎姫の脳裏で優一郎が優しく微笑んでいる。だがそれは斎姫の幻想にすぎない。本当の優一郎に斎姫は想いを打ち明けてはいないのだから。
そうよ、そんなことあるわけない。だってわたしは……。
優一郎は斎姫を知らない。優一郎は斎姫の特性については知らない筈なのだ。幾ら想いを寄せても、斎姫は優一郎に全てを打ち明けるつもりはなかった。
「そんなこと言っちゃってえ。斎姫ちゃんって吉良くんと妙に仲いいじゃない。学校でもすごい噂になってるんだよお」
奈美は潜めた声で告げ、斎姫の身体をぎゅっと抱きしめた。奈美にとっては何の気なしの行為かも知れないが、斎姫の身体は敏感に反応する。内心で悲鳴を上げながらも、斎姫は何とか表面上だけは平静を保った。
「……噂って、どうして?」
奈美の腕が少し動くだけでも身体が疼きだす。斎姫は哀しみを覚えつつ、自分の身体の反応を意識下で確かめた。圧迫された乳首は下着の中でたっている。下腹の奥に疼きがある。クリトリスは敏感になり、水色のブルマーの中には熱が生まれ始めていた。
「姫を守る騎士なんだって。吉良くんって」
奈美はそう言ってくすくすと笑った。斎姫は反射的に優一郎を見やった。タイミングよく優一郎がシュートを決める。それを見た斎姫は思わず目を見張った。後ろでは奈美がうんうんと頷いて優一郎を眺めている。
「姫と騎士の禁断の恋なんて、けっこういいと思うでしょ?」
禁断の恋。許されない関係。斎姫はぼんやりとそれを考えた。確かにそうかも知れない。斎姫はそう思いながら黙って優一郎を見つめていた。優一郎はクラスメイトの男子と楽しそうに笑い合っている。それに引き換え、自分はどうだろう。ことあるごとに欲情し、内緒で優一郎をおかずに自慰を繰り返す。斎姫はそれを考えて泣きたくなった。
「おーい、吉良瀬え。次、お前だぞお」
不意に体育教師の声が聞こえてきた。斎姫は慌てて振り返り、返事した。奈美が残念そうに斎姫を解放する。斎姫は黙ってスタートを切った。
斎姫の身体が軽やかに宙に舞う。斎姫は楽々とバーを越え、マットに降りた。だがよろけてマットにへたりこんでしまう。その瞬間、痛みに似た快感が斎姫の身体を突き抜けた。
マットに勃起したクリトリスが圧し付けられる。軽い絶頂を有無を言わせず味わわされた斎姫は泣き叫びたい衝動に駆られた。よろよろとマットを降りる。このままでは愛液が滲み出してしまう。斎姫は顔を歪め、体育教師に近づいた。
「ん? どした? 吉良瀬」
若い体育教師は不思議そうな顔をしている。いつも元気な女性教師は、だがすぐに眉を寄せた。心配そうに斎姫の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫か? 具合が悪そうだぞ」
そう問われる間も斎姫は疼く身体を持て余していた。体操服を握り締め、顔を俯ける。恥ずかしさと情けなさで誰の顔も直視できない。
「すいません、ちょっと、いきなりはじまっちゃったみたいなんです」
苦しそうに眉を寄せ、斎姫は小さな声で告げた。すると教師はああ、と納得顔になる。斎姫の耳元でこっそりと教師は告げる。
「それならすぐに行ってきな。ああ、あんまり痛みが酷いなら、保健室に行くんだぞ」
そう言って教師は斎姫の背中を押した。斎姫は教師に会釈をし、グラウンドから離れて行った。
***
季節は夏を迎えた。新入生が上級生たちと区別できなくなった頃、清陵高校では一学期の期末考査が実施される。生徒の能力別で授業が組まれていくため、試験内容も個人個人によって違ってくる。そして張り出された成績にある者は泣き、またある者は笑った。
そんな時期が過ぎる頃、多輝はぼんやりと校舎の屋上に寝転んでいた。梅雨の間を縫って出てきた晴れた空を眺めてみる。流れる雲を目で追いながら、息をつく。
最近、面白いことがない。目をつけていた女子生徒はあっさりと自分に流れてくるし、付き合っていた彼氏の方もこれまたあっさりと女子生徒から手を引いた。ちょっかいをかけていた女教師は、何故か急に転勤になって学校を去ってしまった。次々に面白くないことを思い出して多輝は顔をしかめた。
「よっ」
声をかけて身体を起こす。多輝は風を受けて乱れた髪を指で漉き、その場に立ち上がった。大きく伸びをして首を回すと関節が音を立てる。多輝は息をついて歩き出した。
のどかな昼休憩には生徒たちの楽しそうな喋り声が校内に響いている。時折、教師の声が混ざっているのはどこかで生徒を叱咤しているからだろう。廊下を走った奴でもいたのかな。多輝はのんびりとそんなことを考えながら校舎の中に戻った。
退屈は嫌いだ。多輝は歩きながら心の中でそう呟いた。昼食を摂った後はすることもない。ただ、何となく時間を潰すことは多輝にとって苦痛以外の何物でもなかった。不機嫌な眼差しで多輝は校内を見回した。だが面白そうなものは見えない。多輝を見かけた生徒のうち、特に男子生徒たちは慌てたように去って行く。仲良く女子生徒と喋っていると、多輝が横から首を突っ込んでくるからだ。利口なカップルは校内では絶対にいちゃついたりしない。多輝は暇を持て余して仕方なく自分の教室に戻った。
教室内では嫌に話が盛り上がっていた。多輝はそ知らぬ顔で自分の席に戻り、何となく賑わっているクラスメイトたちの話を耳にした。どうやら話題の主は吉良瀬の姫らしい。それを知った多輝は呆れた顔でため息をついた。
あの日も暑かった。斎姫は生ぬるい風に乱された長い髪をそっと押さえた。そんな間にも順番の回ってきた女子生徒がスタートを切る。軽々と踏み切ってバーを越え、分厚いマットに身体を落とす。斎姫はそんな女子生徒をぼんやりと眺めていた。
物心ついた時、斎姫の両親はいなくなっていた。事故で亡くなったということを認識できたのは五歳の頃だった。幼い斎姫にそのことを噛み砕いて説明してくれたのは、それまで斎姫の世話をしてくれた優しい女性だった。
暑い日差しを背負った女性は哀しそうな顔をしていた。斎姫ちゃんのご両親はね、もうお亡くなりになっているの。女性はそう、斎姫に話して聞かせた。斎姫は女性の胸で思う存分に泣いた。……だが、実際は両親がもういないのだということに泣いた訳ではなかった。それまで傍にいてくれた女性が去ることの方が、当時の斎姫にとってショックだったのだ。
だが斎姫の悲しみはすぐに払拭された。その女性の代わりとして斎姫の傍には別の女性が現れたからだ。その女性は斎姫と共にしばらく暮らした。だが、数年後にやはり斎姫の傍から姿を消した。
そうして斎姫の傍には代わる代わる、女性が訪れた。そして母親の代わりに斎姫の世話をしてくれたのだ。今もそれは続いている。
順番が回ってくる。斎姫は踏みきって軽々とバーを越えた。マットを降りると女性の体育教師がガッツポーズを作ってみせた。斎姫は微笑みでそれに応え、再び女子生徒の列の最後尾に加わった。
そして斎姫の傍にはおじさま、と呼ぶ一人の男性がいる。だがその男性は決して斎姫に姿を見せることはない。斎姫がその男性を身近に感じるのはよく電話で話をするからなのだが、実際にどこにいるのかは知らないのだ。
生活能力のない斎姫を支えてくれているのはその男性だ。斎姫はおじさま、と口の中で呟いて少し笑った。その男性は斎姫が何不自由なく暮らせるよう、便宜を図ってくれている。誕生日ごとにプレゼントは贈られてくる。斎姫が望むだけで簡単に色んなものを用意してくれる。幼い頃は単純に喜ぶだけだった。今は感謝の気持ちでいっぱいだ。斎姫はその男性のことを思いながらふわりと笑った。
電話の向こうのその男性の声はいつも穏やかだ。いつも斎姫のことを気遣ってくれている。斎姫はその男性のことをまるで親のように慕っている。だがどんなに斎姫が望んでもその男性は目の前には現れてくれない。それはどうしてなのかと傍にいる女性に訊ねた時、いつも女性は微笑みだけをくれる。決して理由は教えてくれないのだ。
だが斎姫はその男性の正体を深くは探らない。これだけよくしてくれているのだ。決して悪い人ではない。斎姫は微かに頷いて空を仰いだ。
そう。この身体を保てているのは、ひとえにおじさまのおかげなのだから。斎姫はそっと胸に手を当てて静かに首を戻した。
事故にあったのは両親だけではなかった。斎姫本人もその事故に巻き込まれたのだ。その男性がいなかったら生きていなかったのだ。そのことを今の斎姫は理解している。こうして生きていられるのはおじさまのおかげ。斎姫は胸の中で呟いて何気なく視線を動かした。
同じクラスの男子生徒たちは今日はサッカーをやっている。斎姫は何気なく走る男子生徒たちを目で追いかけた。あちこちに散っている生徒の中に一人の姿を見つけ、斎姫は思わず息を飲んだ。
優一郎が走っている。斎姫は自然と優一郎の姿に注目した。女子とは違う、逞しい身体つきに目を奪われる。優一郎は鍛えぬかれた肉体を持っている訳ではない。体育会系の部活をしている生徒たちと比べると、優一郎はとても運動が得意には見えない。なのに優一郎は行く手を阻んでいる生徒たちの隙間をくぐり、ドリブルしながら鮮やかに駆け抜けていく。
「いーつきちゃんっ」
急に何かに抱きつかれる。斎姫は思わず小さな悲鳴を上げた。慌てて肩越しに振り向く。そこにはクラスメイトの奈美がいた。
「な・に・を・み・て・た・の・か・な?」
奈美はにやにやと笑いながら一言ずつ区切って告げた。斎姫は焦って顔を逸らし、別にとだけ答えた。すると奈美が余計に腕に力を入れる。奈美は斎姫の胸に腕を回していた。力を入れられると斎姫の乳房がぐにゃりと潰れる。斎姫は心の中で悲鳴を上げた。
「別にっていう目じゃあなかったよーん」
奈美に抱きしめられた斎姫は唇をかんで首を横に振った。奈美の腕が乳首を圧し潰している。自然と斎姫の頬には赤みがさした。それを見て取った奈美がにやり、と笑う。
「ねえねえ」
斎姫の耳に唇を寄せ、奈美は声を潜めた。乗り出すような格好になった奈美の体重を支えながら、斎姫はなにと訊き返した。
耳元に温かい息がかかる。斎姫は思わず身を竦めた。
「もうやったの?」
斎姫は慌てて俯けていた顔を上げた。
「やるって、何を?」
怪訝に思いながら訊き返した斎姫にくすくすと笑い、奈美はさらに身を乗り出した。斎姫に乗りかかるようにつま先立ちをして、奈美は笑い混じりに告げた。
「せっ・く・す」
「……っ!」
斎姫は真っ赤になって激しく首を横に振った。だが斎姫の焦る気持ちとは裏腹に、身体は奈美の言葉に如実に反応してしまう。斎姫は反射的に奈美から離れようとした。だが、奈美の腕ががっちりと斎姫を拘束して動けない。
「お願い、離して」
泣きそうな思いで斎姫はそう懇願した。だが奈美はさらに腕に力を込める。にやにやしながら斎姫の胸の膨らみを圧迫する。
「そんな、焦らなくてもいいじゃない。それとも……もしかして実はほんとはやっちゃってるんじゃないのお?」
奈美は楽しそうに笑いながら、ひそひそと斎姫に耳打ちした。斎姫は目を固く瞑り、苦しそうな面持ちになった。
「そんなこと有り得ない!」
だがそう言いながら斎姫の脳裏には優一郎の姿がまざまざと蘇っていた。優一郎はいつも斎姫と優しく接してくれる。斎姫が困った時、さりげなく助けてくれる。誰かに姫様とからかわれた時も、しつこく人に付け回された時も、優一郎は斎姫を助けてくれた。おじさまであるあの男性は斎姫を陰で支えてくれる人だが、優一郎は斎姫を身近で支えてくれる人なのだ。
斎姫はこの頃にはもう、優一郎のことを意識せずにはいられないようになっていた。身体の疼きに任せて自慰をする時も、必ず優一郎のことを思い浮かべた。激しい快楽に身を任せる時、斎姫の脳裏で優一郎が優しく微笑んでいる。だがそれは斎姫の幻想にすぎない。本当の優一郎に斎姫は想いを打ち明けてはいないのだから。
そうよ、そんなことあるわけない。だってわたしは……。
優一郎は斎姫を知らない。優一郎は斎姫の特性については知らない筈なのだ。幾ら想いを寄せても、斎姫は優一郎に全てを打ち明けるつもりはなかった。
「そんなこと言っちゃってえ。斎姫ちゃんって吉良くんと妙に仲いいじゃない。学校でもすごい噂になってるんだよお」
奈美は潜めた声で告げ、斎姫の身体をぎゅっと抱きしめた。奈美にとっては何の気なしの行為かも知れないが、斎姫の身体は敏感に反応する。内心で悲鳴を上げながらも、斎姫は何とか表面上だけは平静を保った。
「……噂って、どうして?」
奈美の腕が少し動くだけでも身体が疼きだす。斎姫は哀しみを覚えつつ、自分の身体の反応を意識下で確かめた。圧迫された乳首は下着の中でたっている。下腹の奥に疼きがある。クリトリスは敏感になり、水色のブルマーの中には熱が生まれ始めていた。
「姫を守る騎士なんだって。吉良くんって」
奈美はそう言ってくすくすと笑った。斎姫は反射的に優一郎を見やった。タイミングよく優一郎がシュートを決める。それを見た斎姫は思わず目を見張った。後ろでは奈美がうんうんと頷いて優一郎を眺めている。
「姫と騎士の禁断の恋なんて、けっこういいと思うでしょ?」
禁断の恋。許されない関係。斎姫はぼんやりとそれを考えた。確かにそうかも知れない。斎姫はそう思いながら黙って優一郎を見つめていた。優一郎はクラスメイトの男子と楽しそうに笑い合っている。それに引き換え、自分はどうだろう。ことあるごとに欲情し、内緒で優一郎をおかずに自慰を繰り返す。斎姫はそれを考えて泣きたくなった。
「おーい、吉良瀬え。次、お前だぞお」
不意に体育教師の声が聞こえてきた。斎姫は慌てて振り返り、返事した。奈美が残念そうに斎姫を解放する。斎姫は黙ってスタートを切った。
斎姫の身体が軽やかに宙に舞う。斎姫は楽々とバーを越え、マットに降りた。だがよろけてマットにへたりこんでしまう。その瞬間、痛みに似た快感が斎姫の身体を突き抜けた。
マットに勃起したクリトリスが圧し付けられる。軽い絶頂を有無を言わせず味わわされた斎姫は泣き叫びたい衝動に駆られた。よろよろとマットを降りる。このままでは愛液が滲み出してしまう。斎姫は顔を歪め、体育教師に近づいた。
「ん? どした? 吉良瀬」
若い体育教師は不思議そうな顔をしている。いつも元気な女性教師は、だがすぐに眉を寄せた。心配そうに斎姫の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫か? 具合が悪そうだぞ」
そう問われる間も斎姫は疼く身体を持て余していた。体操服を握り締め、顔を俯ける。恥ずかしさと情けなさで誰の顔も直視できない。
「すいません、ちょっと、いきなりはじまっちゃったみたいなんです」
苦しそうに眉を寄せ、斎姫は小さな声で告げた。すると教師はああ、と納得顔になる。斎姫の耳元でこっそりと教師は告げる。
「それならすぐに行ってきな。ああ、あんまり痛みが酷いなら、保健室に行くんだぞ」
そう言って教師は斎姫の背中を押した。斎姫は教師に会釈をし、グラウンドから離れて行った。
***
季節は夏を迎えた。新入生が上級生たちと区別できなくなった頃、清陵高校では一学期の期末考査が実施される。生徒の能力別で授業が組まれていくため、試験内容も個人個人によって違ってくる。そして張り出された成績にある者は泣き、またある者は笑った。
そんな時期が過ぎる頃、多輝はぼんやりと校舎の屋上に寝転んでいた。梅雨の間を縫って出てきた晴れた空を眺めてみる。流れる雲を目で追いながら、息をつく。
最近、面白いことがない。目をつけていた女子生徒はあっさりと自分に流れてくるし、付き合っていた彼氏の方もこれまたあっさりと女子生徒から手を引いた。ちょっかいをかけていた女教師は、何故か急に転勤になって学校を去ってしまった。次々に面白くないことを思い出して多輝は顔をしかめた。
「よっ」
声をかけて身体を起こす。多輝は風を受けて乱れた髪を指で漉き、その場に立ち上がった。大きく伸びをして首を回すと関節が音を立てる。多輝は息をついて歩き出した。
のどかな昼休憩には生徒たちの楽しそうな喋り声が校内に響いている。時折、教師の声が混ざっているのはどこかで生徒を叱咤しているからだろう。廊下を走った奴でもいたのかな。多輝はのんびりとそんなことを考えながら校舎の中に戻った。
退屈は嫌いだ。多輝は歩きながら心の中でそう呟いた。昼食を摂った後はすることもない。ただ、何となく時間を潰すことは多輝にとって苦痛以外の何物でもなかった。不機嫌な眼差しで多輝は校内を見回した。だが面白そうなものは見えない。多輝を見かけた生徒のうち、特に男子生徒たちは慌てたように去って行く。仲良く女子生徒と喋っていると、多輝が横から首を突っ込んでくるからだ。利口なカップルは校内では絶対にいちゃついたりしない。多輝は暇を持て余して仕方なく自分の教室に戻った。
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