腐男子な俺が全寮制男子校で女神様と呼ばれている件について

茅ヶ崎杏

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April

新歓準備での、運命のくじ引き①

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「はーい! イベント実行委員の巴山はやまでーっす! 今からくじの入った箱と回収用の袋を前から回しまーす! 1人1枚ずつくじを引き、開封せずに自分の名前を書いて袋に入れてくださいねー! 他の人の名前書いたり、開封したりするような不正をした場合は、即刻風紀に引き渡しまーす!」


 そう、教壇で高らかに宣言するのは、イベント実行委員の巴山はやまひかるくん。同じくイベント責任者である里緒は、眠そうに欠伸を漏らしながら、教壇の横に椅子を置いて座っていた。

 新歓を1週間後に控えた、週末金曜日。午後の授業時間は全て、新歓準備に使われることとなった。
 生徒の自主性を尊重するこの学園では、学園行事に教師は必要最低限しか介入しない。そのため既に教師の姿はなく、教室内は休憩時間を引き摺っているような騒がしさを保っていた。

 それにしても、始まるなり何の説明もなく突然回された謎のくじ。新歓に関係するものであることは間違いないだろうけど、一体これは何を決めるくじなんだろう?
 しかも、この学園の技術力があれば、TSPを使用したくじ引きアプリとかも作れるはず。TSPは学生証と同じなわけで、一瞬で結果も出るから絶対楽なのに。それなのにわざわざ紙のくじに名前を書かせるなんて、アナログな方法をとった理由がまた分からない。

 軽く小首を傾げながら、前の2人をじっと見つめる。2人は資料を片手に、何やら小声で話し合いをしていた。


「なー蒼葉!!」
「おわっ!? びっくりした…、なんだよ」


 突如視界に入ってきたマリモは、椅子の背もたれに体を預けるようにして座ってこちらを見ていた。
 あー、やっぱり場所が悪いよな。俺が前を見れば、この黒マリモ髪が絶対に視界に入るんだから。普段はよく生徒会に呼ばれているのか、教室に居ないことが多かったから我慢できたけど、こうして現実に直面する度に思う。早く席替えしたいわ。


「くじ引きとかわくわくするよな! なんか、祭りの屋台でやってるやつみたい!!」
「そー」
「オレあれ好きなんだよ!! 吹いたら笛みたいな音して伸びるおもちゃとかしか当たんねーけど、引くことに意味があるんだよな!」
「……その気持ちはわかるな」


 多分そのおもちゃとは、吹き戻しのことだろう。確かにほぼアレしか当たんねぇよな。あとはびよーんって伸びるやつ。あんなのしか当たらないけど、それでも引きたくなる。屋台の前で立ち止まってしまう。それはもう、“くじ引きをする”という行為自体を楽しんでいるんだろうな。

 今回のコレもそういう観点で見ると、あっちこっちで楽しげに話しているクラスメートたちを見る限り、準備期間から気持ちを高ぶらせることには間違いなく成功している。それがわざわざアナログな方法をとった理由なんだろうか?
 んー、多分違うな。この学園の生徒は単純だから、こんなことしなくても生徒会とかが一声かければテンションMAXになるだろうし。


「そういや、去年の新歓ってなんだったんだ!?」


 ふと、そんなことを尋ねてきたマリモ。思考が急速に回転し、頭の中に当時の暗めの記憶が蘇る。


「あー、去年はバスケだった…」
「バスケか! 楽しそうだなっ!」
「……ま、今年なら何とかなりそうではあるけどな」


 マリモに言った通り、去年の新歓のメインゲームはバスケだった。クラス対抗の総当たり戦で、うちのクラスはそれなりに奮闘していたものの、俺はほとんど参加しなかった。
 バスケが嫌いなわけではない。ただ、信頼関係を必要とするこの競技に参加なんて、とてもじゃないができる状態ではなかっただけだ。

 何せ当時は、まだ蓮とも打ち解けられてなかったし、陽希やナギとも知り合っていなかった。桜花ちゃんは当時も風紀副委員長で《女王様》だったから、高嶺の花すぎて新歓中には会うことさえ出来なかった。そして何より、そんな《女王様》が目をかけている外部生として広く知られていた俺は、学園だけでなくクラスにも馴染めていなかった。ちなみに、同じ外部生の里中くんは完全にクラスの輪に溶け込んでいた。すごいよな。
 だけど彼ほどのコミュ力を持ち合わせていない俺。そもそも、自分から話しかけるほど社交的な性格ではない上に、当時はむしろ1人でいる方が気楽だとさえ思っていた。

 今ならはっきりと言える。
 あの時の俺は、人間不信に陥っていた。

 そんな俺を心配し地元から離すべく、この学園への進学を勧めてくれた家族や幼馴染み。『リアルBLを見て来い!』なんてふざけていたけど、本当の気持ちには気付いていた。でも当時の俺は、人付き合いは浅く済ませ、ただ言われた通り隠れ腐男子としてこの王道学園を楽しめればそれでOKだと思っていた。
 ──んだけど。幼馴染みは俺よりも何枚も上手だった。
 自分のいとこにあたる桜花ちゃんに事情を話し、頼まれた桜花ちゃんは俺を1人にしないように気遣ってくれていた。入学当初から里緒はよく話しかけてくれていたけど、今考えてみれば風紀繋がりで桜花ちゃんに頼まれていたんだろうな。そして俺は、そんな里緒たちに少なからず救われたわけだ。
 何だかんだ里緒と話しているうちに悠真とも話すようになり、しばらく後には桜花ちゃん経由で陽希とナギと仲良くなった。そして徐々にクラスにも馴染み始め、1学期が終わる頃には良い意味でも悪い意味でも賑やかな学園生活になっていた。
 その頃にはもう、入学当初のような厨二病っぽい思考や、ちょっと一匹狼チックな言動は消え去っていて。むしろ、一匹狼キャラを素で貫いていたルームメイトの蓮に色々と世話を焼くようになり、いつの間にやら蓮とも気軽に話すような間柄になっていたんだよな。

 もし、桜花ちゃんたちがいなかったら、俺は多分灰色の高校生活を送っていた。学園に入学せず地元にいたとしても、家族や幼馴染みに迷惑をかけっぱなしだったに違いない。そう考えると、俺は相当周りに恵まれている。

 そんな懐かしいことを考えて、感傷に浸っていると、隣から遠慮がちに肩を叩かれた。くじの入った箱と回収用の袋を手渡してくれた隣席のクラスメートに、俺はにっこりと笑顔を返す。すると、あっという間に顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 あらあら、初心うぶですね。

 机に置いた箱に手を突っ込んで、くじを取り出す。三角形のそれは、もしかしたら中身が見えるかもだなんていう淡い期待を微塵も抱かせないくらいにしっかりとした作りのものだった。うーん残念。
 名前を書く欄まできちんと用意されていたので、ボールペンでそこに名前を書き込むと、回収用の袋へと放り込む。

 そして、箱と袋を前の席に回そうとして、ふと気づいた。


「おーい、巴山くん」
「はーい? どうされましたか、《女神様》?」
「これ、蓮の分どうする?」


 今日も今日とて誰もいない前の席。
 俺はくじの箱を振りながら、巴山くんに尋ねてみる。


「あー、そうっすね。んー……、引いていただけます?」
「俺が引いていいの?」
「むしろ《女神様》に引いていただいた方が嬉しいっす! 例えどんな結果でも、蓮様が納得してくれそうなので」


 眉を下げながらそう言う巴山くん。そんな彼に同調するかのように、クラス中が一斉に頷いた。
 やば。うちのクラス、統率取れすぎな。

 言われた通り、蓮の分も引いてくじ達を前に回した。一瞬里中くんと話していたのに、またこちらを向いてハイテンションで話しかけてくるマリモをシャットダウンするように、俺は外を眺める。

 今日は、昨日の土砂降りが嘘みたいに晴れ渡っていた。4月らしくぽかぽかとした気持ちの良い日差しの下、木々が嬉しそうに葉を揺らしているのが見える。
 ……って、なんかすごく詩人みたいなこと考えてた気がする。山に囲まれている場所で1年暮らしたからか、木の気持ちが何となくわかるようになってしまったんだよな。地元にいた時は気づきもしなかったのに。

 心に余裕が出てきた、というやつかもしれない。それもまた、学園に来たお陰なんだと思う。中学時代の俺は、今よりももっと色んなことを諦めていたから。
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