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April
新歓準備での、運命のくじ引き③
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「はいはーい、ごちゅうもーく!! 結果はこんな感じになりましたー!! 結構いい感じに割れたな~」
巴山くんが開封して、その名前を黒板に里緒が書いていくスタイルで行ったくじ引き。名前を呼ばれた子達が一喜一憂する中、全ての開封が終えた。
黒板にはクラスメートの名前が左右にずらりと並ぶ。
俺の名前は右側。つまり、『泥棒』だ。正直ちょっと残念。
立場上逃げるしか選択肢がないと思っていたから、追いかける側の『警察』にもなれるって聞いて、かなり期待していたんだよな。色んな意味で、いつも追いかけてくる人たちをあの手この手で追い詰めてみたかった。
…なんて、いけね。俺の中のS心が。
「みんなちゃんと確認してね。これで委員会に報告するから」
里緒が手についたチョークの粉を叩きながら呼びかける。
その横で、巴山くんは満足そうに頷いていた。
「いや~、良い具合に分かれたよなあ。《女神様》とか篠原が泥棒で、蓮様や森久保、里中が警察はアツい!」
「おい光~! 何がそんなに良いんだよ? 俺はちょっと逃げたかったんだけどー」
悠真が緩く聞き返す。確かに何がどうアツいのかよく分からない。
ちなみに、巴山くんは結構フレンドリーなタイプで、基本的にみんなのことを苗字で呼ぶ。ランキング上位者は様呼びすることもあるが、篠原くんや悠真とは昔からの付き合いだということもあってか、変わらないままらしい。
蓮を様呼びするのは、そもそも蓮がSクラスだったから。こういうクラスメートはそれなりにいたりする。
…ってか、里中くんのことを呼び捨てにするなら俺のこともそうしてくれればよかったのにな。俺の事だけは《女神様》。何故なんだか…。
「そりゃお前、《女神様》のことは追いかけたいじゃんかよ!」
「まぁそれはわかるけど」
いやいや、ちょっと待て。わかるなよ悠真。
そう、思わずツッコミそうになるのを何とか堪えた。
「でも、俺たちが警察でよかったってのは?」
「ん? それはあれだよ。お前たちみたいな運動部系は、泥棒だと捕まえられないだろ?」
「あーなるほど。そういう事か」
「警察なら、捕まえた人数が多くなけりゃ、指名権は下になる。俺たちみたいなモブでも、同盟たくさん結んで人数稼げば、 お前らの捕獲人数よりも上回れる可能性がある!!」
「巴山くん。とてもいい案だと思うけど、それをここで全部バラしちゃってよかったの?」
「あ」
里中くんに指摘され、"しまった"という顔をして固まる巴山くん。この子ほんっとバカだな。
チワワくんたちからもブーイングが起きているけど、巴山くんは気を取り直したように「だけどー!」と声を張り上げた。
「《女神様》が泥棒なのは最高だろ!? みんな追いかけたいだろ!? どうやって捕まえようかわくわくするってもんじゃんかよ!」
……ほう。言ってくれるじゃないか。俺のことを運動音痴だとでも思っているのかな。体育ではそこそこ普通にやってると思うんだけどなー。まぁよくサボるし、色々知らなくて当然っちゃ当然だけども。
なんだか、ちょっと楽しくなってきた。
「みんな」
呟くように発した声は、思ったよりも響いた。
波紋が広がるように徐々に静かになった教室。全員の視線がこちらに注がれる。こんなに注目されるといつもなら嫌だと思うのに、今は何故かむしろ心地よかった。
一番後ろの自分の席で、俺はゆっくりとした所作で組んだ手の甲に顎を乗せた。
「何だか簡単に俺を捕まえられるようなこと言ってるけど、そんな簡単に捕まってあげないよ? ふふ。俺を捕まえたいなら、みんなで束になってかかっておいで。相手してあげる」
込み上げてきた笑いをそのまま乗せて、まるで音符でもつきそうなくらいに、軽やかに言葉を紡ぐ。
何だろうこの感じ。さっきまで泥棒で残念だと思っていたはずなのに、今は楽しみで仕方ない。絶対に逃げ切ってやるとやる気が漲ってくる。
一瞬の沈黙の後、黄色い悲鳴と雄叫びに包まれた。チワワくんたちは顔を見合わせ手を取り合ってきゃあきゃあ叫んでいて、ガチムチくんは肩を組んで喜び合っている。しかも中には席を立って前かがみで教室を出ていく人たちもいたりして。うん、なんかそれはちょっと複雑な感じもするけど。
「蒼葉すげえこと言うなあ!! よし分かった!! オレが絶対に捕まえてやるよ!!」
先陣を切ってそう告げてきたのはマリモ。ぐっと拳を握り、見える口元は弧を描いている。
そう言えば、マリモは警察だったんだな。俺としたことが、アンチとは言え転入生のことを気にしていなかったとは、腐男子として情けない。警察だってことは、里中くんや悠真と一緒。同じグループ組んであれやこれやしてくれるかもしれないし、注目しておかないと!
「宣戦布告だなんて、流石だな蒼葉。ウチの団結力、舐めんなよ?」
「その通り!! 《女神様》が思っている以上に、うちのクラスは底力すごいっすよ!! みんなで力合わせて、絶対に貴方を捕まえます!!」
いつの間にか近くに来ていた悠真と巴山くん。
腐男子らしく興奮してハイテンションな巴山くんの様子は、まるでどこかの誰かを見ているよう。きっと本人も今頃、Sクラスで同じような状態なのだろう。容易に想像できるな。
一方の悠真は、組んでいた腕を解くと机に手をついた。見上げる俺を真っ直ぐに見下ろしながら、ニヤリと笑う。その顔にドキッとした。ちょっとちょっと悠真さん、何その表情…。悪役っぽいというか、Sっ気があって超良い感じじゃん。お前そんな顔もできたんだな、今すぐ近くのチワワくんたちに振り撒いてくれませんかね!?
「俺たちは、絶対お前を捕まえてみせるから。覚悟しとけよ?」
「……臨むところ」
細めた視線と静かな声。俺は、荒れ狂う内心を何とか抑え込むと、悠真に負けないくらいの最高の笑顔で応えてあげた。
その後、何となく逸らす機会がなくて無言で見つめ合っていると、突然後ろに肩を引かれた。
「はいはい、そこまで! 2人とも、これ以上教室の人口密度低くしないでくれる?」
「は?」
「人口密度って……」
今日何度目かの呆れた里緒の声が真横から聞こえてくる。意味がわからず教室を見渡してみて、驚いた。
え? 何でこんなに人いないんだ?
「2人がやり取りしているのを見て、みんなトイレに駆けていったよ」
「失神して倒れてしまった人を保健室に連れていった方もいらっしゃいます」
そう言いながら、里中くんと篠原くんもこちらへ近づいてきた。クラスの惨状を聞いて、悠真と視線を合わせて苦笑する。ちょっと、やらかしてしまったみたいだ。
「……まったく。たかがゲームで熱くなっちゃって、ばっかみたい」
「何言ってるんだよ、巧! お前泥棒だろ? 巧のことも、オレが捕まえてやるからな!!」
「っ!? べ、別に捕まえてくれなんて頼んでないんだから……っ! みんなで《女神様》を追ってればいいでしょ!」
「遠慮するなよ! 2人ともオレが捕まえてやるよ!!」
「え、遠慮なんて……」
横の方から、ツンデレ全開な柊くんとマリモの会話が聞こえてきた。なになにもう可愛い会話ですね。俺に嫉妬してるみたいな感じだけど、安心してよ柊くん。マリモ相手にそんな気、一切ないから! しかしこの新歓、マリモには心から頑張って欲しい。そして、柊くんだけじゃなくて、他のイケメンたちも一網打尽にしてやれ! 俺以外のな。運動神経抜群なキミならきっと出来るさ!
「ほんとにもう。藤咲くんも悠真くんも上位者で人気者なんだから、もっと自覚持ってよね」
「悪い悪い」
「気をつけまーす」
そんなこんなで、クラスメートたちがある程度戻ってくるまで俺たちは立ち話をしていた。
ただ、俺の席の周りに集まっているメンバーが、マリモ以外全員人気者の部類に入るだなんてことまでは、気づいていなくて。
結局、その日は話し合いを再開することが出来ず、HRに戻ってきた東先生は困ったように微笑んだのだった。
巴山くんが開封して、その名前を黒板に里緒が書いていくスタイルで行ったくじ引き。名前を呼ばれた子達が一喜一憂する中、全ての開封が終えた。
黒板にはクラスメートの名前が左右にずらりと並ぶ。
俺の名前は右側。つまり、『泥棒』だ。正直ちょっと残念。
立場上逃げるしか選択肢がないと思っていたから、追いかける側の『警察』にもなれるって聞いて、かなり期待していたんだよな。色んな意味で、いつも追いかけてくる人たちをあの手この手で追い詰めてみたかった。
…なんて、いけね。俺の中のS心が。
「みんなちゃんと確認してね。これで委員会に報告するから」
里緒が手についたチョークの粉を叩きながら呼びかける。
その横で、巴山くんは満足そうに頷いていた。
「いや~、良い具合に分かれたよなあ。《女神様》とか篠原が泥棒で、蓮様や森久保、里中が警察はアツい!」
「おい光~! 何がそんなに良いんだよ? 俺はちょっと逃げたかったんだけどー」
悠真が緩く聞き返す。確かに何がどうアツいのかよく分からない。
ちなみに、巴山くんは結構フレンドリーなタイプで、基本的にみんなのことを苗字で呼ぶ。ランキング上位者は様呼びすることもあるが、篠原くんや悠真とは昔からの付き合いだということもあってか、変わらないままらしい。
蓮を様呼びするのは、そもそも蓮がSクラスだったから。こういうクラスメートはそれなりにいたりする。
…ってか、里中くんのことを呼び捨てにするなら俺のこともそうしてくれればよかったのにな。俺の事だけは《女神様》。何故なんだか…。
「そりゃお前、《女神様》のことは追いかけたいじゃんかよ!」
「まぁそれはわかるけど」
いやいや、ちょっと待て。わかるなよ悠真。
そう、思わずツッコミそうになるのを何とか堪えた。
「でも、俺たちが警察でよかったってのは?」
「ん? それはあれだよ。お前たちみたいな運動部系は、泥棒だと捕まえられないだろ?」
「あーなるほど。そういう事か」
「警察なら、捕まえた人数が多くなけりゃ、指名権は下になる。俺たちみたいなモブでも、同盟たくさん結んで人数稼げば、 お前らの捕獲人数よりも上回れる可能性がある!!」
「巴山くん。とてもいい案だと思うけど、それをここで全部バラしちゃってよかったの?」
「あ」
里中くんに指摘され、"しまった"という顔をして固まる巴山くん。この子ほんっとバカだな。
チワワくんたちからもブーイングが起きているけど、巴山くんは気を取り直したように「だけどー!」と声を張り上げた。
「《女神様》が泥棒なのは最高だろ!? みんな追いかけたいだろ!? どうやって捕まえようかわくわくするってもんじゃんかよ!」
……ほう。言ってくれるじゃないか。俺のことを運動音痴だとでも思っているのかな。体育ではそこそこ普通にやってると思うんだけどなー。まぁよくサボるし、色々知らなくて当然っちゃ当然だけども。
なんだか、ちょっと楽しくなってきた。
「みんな」
呟くように発した声は、思ったよりも響いた。
波紋が広がるように徐々に静かになった教室。全員の視線がこちらに注がれる。こんなに注目されるといつもなら嫌だと思うのに、今は何故かむしろ心地よかった。
一番後ろの自分の席で、俺はゆっくりとした所作で組んだ手の甲に顎を乗せた。
「何だか簡単に俺を捕まえられるようなこと言ってるけど、そんな簡単に捕まってあげないよ? ふふ。俺を捕まえたいなら、みんなで束になってかかっておいで。相手してあげる」
込み上げてきた笑いをそのまま乗せて、まるで音符でもつきそうなくらいに、軽やかに言葉を紡ぐ。
何だろうこの感じ。さっきまで泥棒で残念だと思っていたはずなのに、今は楽しみで仕方ない。絶対に逃げ切ってやるとやる気が漲ってくる。
一瞬の沈黙の後、黄色い悲鳴と雄叫びに包まれた。チワワくんたちは顔を見合わせ手を取り合ってきゃあきゃあ叫んでいて、ガチムチくんは肩を組んで喜び合っている。しかも中には席を立って前かがみで教室を出ていく人たちもいたりして。うん、なんかそれはちょっと複雑な感じもするけど。
「蒼葉すげえこと言うなあ!! よし分かった!! オレが絶対に捕まえてやるよ!!」
先陣を切ってそう告げてきたのはマリモ。ぐっと拳を握り、見える口元は弧を描いている。
そう言えば、マリモは警察だったんだな。俺としたことが、アンチとは言え転入生のことを気にしていなかったとは、腐男子として情けない。警察だってことは、里中くんや悠真と一緒。同じグループ組んであれやこれやしてくれるかもしれないし、注目しておかないと!
「宣戦布告だなんて、流石だな蒼葉。ウチの団結力、舐めんなよ?」
「その通り!! 《女神様》が思っている以上に、うちのクラスは底力すごいっすよ!! みんなで力合わせて、絶対に貴方を捕まえます!!」
いつの間にか近くに来ていた悠真と巴山くん。
腐男子らしく興奮してハイテンションな巴山くんの様子は、まるでどこかの誰かを見ているよう。きっと本人も今頃、Sクラスで同じような状態なのだろう。容易に想像できるな。
一方の悠真は、組んでいた腕を解くと机に手をついた。見上げる俺を真っ直ぐに見下ろしながら、ニヤリと笑う。その顔にドキッとした。ちょっとちょっと悠真さん、何その表情…。悪役っぽいというか、Sっ気があって超良い感じじゃん。お前そんな顔もできたんだな、今すぐ近くのチワワくんたちに振り撒いてくれませんかね!?
「俺たちは、絶対お前を捕まえてみせるから。覚悟しとけよ?」
「……臨むところ」
細めた視線と静かな声。俺は、荒れ狂う内心を何とか抑え込むと、悠真に負けないくらいの最高の笑顔で応えてあげた。
その後、何となく逸らす機会がなくて無言で見つめ合っていると、突然後ろに肩を引かれた。
「はいはい、そこまで! 2人とも、これ以上教室の人口密度低くしないでくれる?」
「は?」
「人口密度って……」
今日何度目かの呆れた里緒の声が真横から聞こえてくる。意味がわからず教室を見渡してみて、驚いた。
え? 何でこんなに人いないんだ?
「2人がやり取りしているのを見て、みんなトイレに駆けていったよ」
「失神して倒れてしまった人を保健室に連れていった方もいらっしゃいます」
そう言いながら、里中くんと篠原くんもこちらへ近づいてきた。クラスの惨状を聞いて、悠真と視線を合わせて苦笑する。ちょっと、やらかしてしまったみたいだ。
「……まったく。たかがゲームで熱くなっちゃって、ばっかみたい」
「何言ってるんだよ、巧! お前泥棒だろ? 巧のことも、オレが捕まえてやるからな!!」
「っ!? べ、別に捕まえてくれなんて頼んでないんだから……っ! みんなで《女神様》を追ってればいいでしょ!」
「遠慮するなよ! 2人ともオレが捕まえてやるよ!!」
「え、遠慮なんて……」
横の方から、ツンデレ全開な柊くんとマリモの会話が聞こえてきた。なになにもう可愛い会話ですね。俺に嫉妬してるみたいな感じだけど、安心してよ柊くん。マリモ相手にそんな気、一切ないから! しかしこの新歓、マリモには心から頑張って欲しい。そして、柊くんだけじゃなくて、他のイケメンたちも一網打尽にしてやれ! 俺以外のな。運動神経抜群なキミならきっと出来るさ!
「ほんとにもう。藤咲くんも悠真くんも上位者で人気者なんだから、もっと自覚持ってよね」
「悪い悪い」
「気をつけまーす」
そんなこんなで、クラスメートたちがある程度戻ってくるまで俺たちは立ち話をしていた。
ただ、俺の席の周りに集まっているメンバーが、マリモ以外全員人気者の部類に入るだなんてことまでは、気づいていなくて。
結局、その日は話し合いを再開することが出来ず、HRに戻ってきた東先生は困ったように微笑んだのだった。
応援ありがとうございます!
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