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April

新歓ってお祭りの開会式①

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────
──


「マジでこれ、着んのか……?」
「着なきゃルール違反だからなー」


 次の日の朝。蓮を叩き起して朝食を何とか食べさせた俺は、制服ではなく体育着に着替えていた。

 この天照学園では、月に一度“お祭り”と称される学園公認の行事が催される。
 “お祭り”を行う目的は、様々な活動を通して生徒たちの交流を深めること、とされている。まぁ嘘ではないだろうけれど、裏の目的の1つとして、夜に必ず行われる立食パーティーの場で、上流階級の子息たちが社交界へ出た時のための練習をさせているのではないかと、俺は考えている。
 そのため、基本的には服装は自由。おそらくは、身だしなみも社交界で大切な要素だというわけだろう。

 今日はそんな“お祭り”の1つである、新入生歓迎祭当日。“お祭り”であることには違いないのでもちろん服装は自由なのだが、俺は敢えて体育着をチョイスした。
 なぜなら、冬のクリスマスパーティーとか、花を愛でるフラワーフェスタのように、その場でわいわいする“お祭り”と、今回のゲームとはわけが違う。かっこよくコーデしたところで逃げ回っていれば髪型も崩れるし、服も汚れる。
 しかも俺は『泥棒』。逃げ隠れする『泥棒』が、オシャレすることで目立つなんて、本末転倒すぎるだろ。
 そんな感じでいろいろ考えた結果、体育着が一番いいってなったわけだ。オシャレならまた別の機会にすればいいだけだしな。

 着替えを終えた俺は、ある物をソファーに寝転んでいた蓮に向かって投げた。放物線を描いて蓮の腹の上に着地した物を確認した蓮が言ったのが、さっきの台詞。


「そんな嫌そうな顔すんなって。案外似合うかもよ?」
「……蒼葉テメェ、1ミリもんなこと思ってねぇだろ……?」
「バレた?」


 笑ってそう答えると、蓮の顔がますます歪んだ。
 蓮に投げ渡したのは、学園がこのために作ったらしい、警察の制服を模したジャケット。今回のゲームで『警察』になった生徒全員に支給されていて、ゲーム中は必ず着用していなければならないとされているものだ。このジャケット以外は俺たち『泥棒』と同じで、どんな服装であっても構わない。

 まぁ単体で見ればダサいわけでは無いし、きちんと合わせればそんなに難しいアイテムではない。
 だがしかし、黒を好む蓮には全く合わないアイテムだった。しかも、昨夜突然転がり込んできた蓮が、都合よく替えの服など持ってきているわけもなく。
 いつも通りすらりと着こなしているブラックコーデはものすごくカッコいいのだけど、ここに警察ジャケットを羽織るとなると…。やば、笑える。


「マジ似合わねぇな~。ふはっ」
「テメェ笑いすぎだっつの」
「悪い悪い。……ま、これはルールなんで。脱ぎ捨てたら単位落とすぞ~」
「……わあってるよ」


 始まるまでは着なくていいだろ、とジャケットを紙袋に突っ込む蓮に爆笑しながら、開会式の行われる講堂へと向かった。


────
──


 講堂に入るなり注がれたたくさんの歓声や熱い視線を掻い潜り、なんとか辿り着いた自分のクラスのエリア。
 俺たちに気付いた悠真と里緒が、空いている自分の後ろの席を示したのでそこに座る。


「はよー蒼葉! 蓮様もおはようございます!」
「おはようございます。学園に戻られていたんですね」
「……あぁ」


 必要最低限の相槌を打つと、蓮はそれ以上の会話を避けるように瞼を伏せて──


「いや、寝るなよ!?」
「あはは。通常運転だね」
「まぁ、まだ朝早いし仕方ないって。始まるまでは寝かせてやればいいじゃん」


 叩き起こそうとしたところをやんわりと止められてしまったため、既に夢の世界に旅立った蓮のことは忘れて2人と談笑する。
 『警察』である悠真は、蓮とは違い既に例のジャケットを羽織っていた。その姿をまじまじと観察して告げる。


「いつものことながら、今日もキマってんな~。悠真」
「マジ? いい感じ? 本物じゃないにしても、警察の服なんて普段の生活じゃ着ることないし、結構本気で考えてみたんだけど」


 わざわざ通路まで出て、全体を見せてくれる悠真。
 いつもの制服やサッカーのユニフォーム姿でもかなりのイケメンなのだが、服装自由な学園行事の日は、そのイケメン度合いに磨きがかかるのが森久保悠真という男だ。今日のような"ジャケット指定"という制約がある日でも、それは変わらないらしい。
 頭のてっぺんから足の先まで、完璧に考え込まれたその姿に、感嘆の声を漏らす。


「はぁ~。やっぱお前、センス抜群だわ。いつもはサッカー少年って感じだけど、今はかなり大人っぽく感じる。すげぇいい感じ」
「マジか、やりぃ!」


 その大人っぽい服装のまま、悠真は嬉しそうにガッツポーズをする。褒められてはしゃぐその姿は、まさに年相応の男子高校生そのもの。なぜかそれに少し安心した。
 里緒もうんうんと頷く。


「悠真くんはほんと、センスがいいよね~。モデルとかできちゃいそう」
「そういう里緒は、可愛らしい感じで」


 大人っぽく着こなす警察の悠真に対し、里緒はカジュアル可愛い泥棒さん。淡いグリーンのパーカーがとても可愛らしい。
 俺たち一般生徒と比べ、圧倒的に制服でいる時間が長い里緒は、“お祭り”の日には色物を入れてくることが多かったりする。


「普段とそんなに変えてないけどね。今日は逃げたり隠れたりしなきゃだからかなり抑えめだし。帽子とかの小物は身につけられなかったしね」
「そういえば里緒って、帽子被っていること多かったな」
「可愛い小物、好きなんだよね。でも今日、『泥棒』である僕たちがそんな個人を特定するものを身に付けるなんて自殺行為でしょ?」
「間違いない」
「そう考えると、蒼葉みたいに体育着着てるのがベストなのかもしれないな。地味すぎて見つけんの大変そうだし」
「だろ? 俺はそこまで考えてたわけだ。本気で逃げ切る気でいるから」


 チーム力の強いクラスメイトを相手に宣戦布告したわけだから、生半可な気持ちで臨めば一瞬で捕まる。そんなダサいのはごめんだ。この格好であれば、汚れても破けても構わない。どんな方法を使ってでも逃げ切ってみせる!

 その時、騒がしい講堂内を大きなよく通る声が突き抜けてきた。


「蒼葉! 悠真! 里緒! おはよーっ!!」


 声を追いかけるように、人混みをかき分けて俺たちの元へ駆け寄ってきた朔ことマリモ。そんなマリモの後ろにはいつも通り、里中くん、柊くん改め、颯くんと巧くんがいる。


「はよー、朔!」
「おはよう」
「はよ」


 ちなみに颯くんや巧くんの呼び方が下の名前に変わったのは、マリモが煩かったから。「オレの親友なんだから、もうみんな親友だろ!」みたいな意味のわからない理論を語り出して止まらなかったので、仕方なく下の名前で呼ぶようになった。まぁ、別に拘りなんてなかったからいいんだけどさ。


「悠真すげぇカッケーな!! いつも以上にイケメンだぞ!!」
「真っ直ぐな褒め言葉、超嬉しい! さんきゅな!」
「里緒も可愛いな!! 制服以外も着るんだな!」
「ありがと。こういう時だけだけどね」
「蒼葉は体育着のままなんだな? まぁ、体育着も似合ってるけどな!」
「褒めてくれてんのかもしれねぇけど、全く嬉しくないやつな」
「そういう朔は、個性的なコーデだね」


 相変わらずのもさもさ黒マリモ頭に瓶底メガネスタイル。そこに例の警察ジャケットが入るだけでもすごいコラボなのに、そこにさらにド派手な色に柄物──なんかもう、視界がゴチャゴチャして大変なことになっている。


「へへっ! かっこいいだろ!? 特にこのTシャツ、気に入ってんだー!」


 「それ!?」と、思わず口から出かかった言葉を何とか飲み込む。

 黒い背景に、かなりリアルなドクロがでかでかと描かれたTシャツを嬉しそうに見せつけてくるマリモ。流石の悠真も苦笑いをしている。
 もしかしたら、マリモがマリモたらしめるこの変装は自分でやってるのかもしれない。そう思ってしまうほどに、ファッションセンスが壊滅的だなと感じた。
 
 そんなマリモの瓶底メガネの向く先が、俺を跨いで、隣でぐっすり寝ている奴に向けられる。
 そして──


「ああああああああああああああああああああ!!!」


 絶叫した。
 そのまま俺を挟んで距離を詰めてくると、矢継ぎ早に話し出した。


「蓮!!!!! 久し振りだな!!!!! いつの間に帰ってたんだ!?!?!?」
「……」
「でもオレ、昨日お前の姿見てないぞ!!!? ルームメイトなんだから、遠慮せずに色々話そうぜ!!!」
「…………」
「オレ、お前に話したいこといっぱいあるんだ!!! ってか、今までどこいってたんだよ!!?」


 右鼓膜が死にそう。コイツ、俺の存在忘れているんじゃないだろうか?
 しかも、マリモが話せば話すほどに、左隣からは冷気が流れてくる。どうやら流石に起きたらしい。

 前の席の2人は、いつの間にかきちんと前を向いて着席していた。
 関わり合いになりたくないのは分かるけど、なんて薄情な。間に挟まれている俺は、逃げようにも逃げられないというのに。

 とにかく、取り巻きの2人にこの暴走しているマリモを止めるよう視線で訴えるが、颯くんは両手を合わせて“ごめん”のポーズを送ってきた。いや、そんなの求めてないんですけど。責任放棄しないで颯くん!
 巧くんに関しては視線も合わない。なんせ、呼び方だけ“巧くん”と親しくなってはいるものの、彼とは個人的な話はしたことないのだ。
 しかもこの態度から察するに、多分嫌われているのだろうと思う。理由は全く分からないけど。何もしていなさすぎて、思い当たる節が皆無なわけなので、もうお手上げだ。

 とまぁほかのことを考えつつ現実逃避してようすをうかがっていたが、状況は悪化するばかり。

 どうして一言も返事が来ていないのに、こんなに話し続けられるんだろう。
 それにマリモのやつ、あんなに喧嘩慣れしてるくせに、この隠しもしていない殺気に本当に気づいていないのか? もしかしたら、わざと気づかないふりをしている? なんかそう考えた方がしっくりくるんだけど。でもそれなら何のために?

 いろいろ考えを巡らせるが、答えは出ない。というか、出るわけがない。
 そろそろ蓮が手を出しそうだ。マリモなら受け止めることができるだろうが、ここで殴り合いの喧嘩を始められても、それはそれで困る。せめて俺を間に挟むな。何で新歓が始まる前にこんなに疲れないといけないんだよ……。

 死んだ魚のような目でふと時計を見上げると、そろそろ開会式も始まる頃合いだ。
 非常に面倒ではあるものの、鼓膜を守るためにも仕方なく仲裁に入ることを決意し、朔の名前を呼んだ。


「なぁ、朔──」
『大変長らくお待たせしましたあーっ!!!』
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