腐男子な俺が全寮制男子校で女神様と呼ばれている件について

茅ヶ崎杏

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April

同類の思考は似てくるもの①

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「これで、しばらくは時間を潰せるだろ」


 そうひとり呟くと、一仕事を終えた俺は、ゴロリと仰向けに寝転がった。

 一斉に飛び出した泥棒のチワワやガチムチたちを撒いて、俺が一目散に向かったのは、よく萌え観察のために使用している旧校舎。その屋上のドアの上を陣取っている。

 この場所は"旧"校舎なだけあり、普段人はほとんど寄り付かない。そもそも、出入口とされている正面玄関は通常施錠されてるわけだから、立ち入ることを良しとされていない場所だったりする。
 だけど、特に入ったからって罰則があるわけでもない。そうなると、俺みたいな腐男子が萌え観察したり、どこかのカップルたちが背徳的な交わりをしたり、悪い方面だと、狼が嫌がるチワワを連れ込んで襲ったりなどなど、様々な用途に使われる場所となっている。実際、何度かよろしくない場面に遭遇し、風紀に通報した。襲われたこともないとは言わない。全部返り討ちにしてやったけどな。

 ちなみに、今日は特別な日ということで、鍵は取り払われている。だからそのうち、誰かしらは探しに来るだろう。なんせ、いつも人気のないこの旧校舎は、あまりにも人が隠れるにはうってつけすぎる。それでもこの場所を選んだのにはワケがあったりするのだけど、それはまた後で。


『警察スタートまで10秒前ー。……3、2、1、スタート! じゃ、頑張れよ~』


 敷地の至る所に設置されたスピーカーから、仁科先生の緩い掛け声が流れた。真の意味で、ケイドロがスタートしたのだ。
 この旧校舎は講堂とは離れているため詳しい様子はわからないが、軽く確認した感じ特に変わった動きはない。どうやら、個人で動く警察は少ないようだ。
 つまりこのケイドロは、組織vs個人。脳筋ガチムチくんとかなら簡単にいなせそうだと思っていたのに、トップに副会長さんのようなのがついてるだなんて。何てこった。

 まぁとはいえ、目下の俺の敵は副会長さんではない。副会長さんとて、イチ生徒の俺なんかより、身近で最強の敵である《王様》を捕まえることを優先するのだろう。というかむしろ、その方が萌えるから。普段と違う関係性、是非見せろくださいね、生徒会の皆様!

 雲一つない真っ青な空を見上げながらそんなお願いごとをしていたその時、下から微かな物音がした。俺は反射的に体を起こす。

 え、嘘だろ? さすがに早すぎじゃね?
 確かにそのうち必ず来るだろうとは思ってたけどさ。それでも講堂とはかなりの距離があるんだから、少なくとも数十分はいけるんじゃないかと思っていたのに。

 一応入ってきた時に、屋上のドアの前には椅子やら机やらを積み上げて、簡単には開かないように封鎖しておいた。ここに隠れると決めた時に、前もって用意しておいたものだ。だから、逃げるための時間は確保できている。
 しかし、こんなに序盤にこの場所を捨てければならないなんて予想外だ。せっかくしばらく籠っていても問題ないように、食料まで用意しておいたのに。くっそ、誰だよ一体。

 考えれば考えるほどに苛立ちが募ってきたため、せめて顔を見てから逃げてやろうと思い、その場で静かに身を隠す。
 ガチャっとノブを回した音と同時に聞こえてきたのは、とても聴き慣れた声だった。


「お? 開かへん…。誰やねん、こんなとこに隠れてんのは」


 身体に込めていた力が抜けていくのを感じる。だって相手は泥棒。警戒する必要性が全くないんだから。

 ガチャガチャと何度もノブを回す音が響く。だがしかし、わざわざ開けてまで入れてやる気は無い。こういうのは早い者勝ちだ。流石に開かないとわかれば、諦めて別の場所に行くだろう。
 そう思って、再度寝転ぼうとしたその時――。


「おーい、そこにおる人ー。ここ開けてくれはりませんかー? 俺もここに隠れたいんやけどー。聞いてるー? おー――」
「叩くな叫ぶな馬鹿陽希! 見つかんだろうが……っ!」


 緊張感の欠片もないその言動に驚いた俺は、慌ててドアの向こう側に声をかける。
 すると、嬉しそうな明るい声が返ってきた。


「その声は蒼葉やな? やっぱな~、そうやろうと思った! 俺ら似たもん同士やもんな! 思考回路も似てくるってもんや!」
「ふざけんな似てねぇよ。こんな状況で、大声上げて自分の居場所晒そうとするお前と一緒にすんな」
「ひっどい言い方~。大丈夫やて、まだまだだぁれも来ぇへんよ」


 そりゃそうかもしれないが、そういう問題じゃないんだよ馬鹿。
 そう心の中でごちりながら、ドアの上から飛び降りる。この学園の奴ら、言い出したら聞かないところがあるから、きっと開けるまで喚き散らす。全く、蓮も陽希も自分勝手だよな……。


「それより、ここはよ開けてー。早くー蒼葉ー」
「あーもうわかった! わかったからそろそろ黙れ……っ!」


 予想通り、またドアを叩きながら大声を上げ始める陽希に多少声を荒げつつ、積み上げていた机たちを降ろしていく。やっとの思いでドアの前を開けると、満面の笑みを浮かべた陽希が跳ねるようにして入ってきた。
 憂鬱な気分の俺とは対照的に、陽希は大きな伸びをしながら歩いていく。俺はそんな奴を横目に見ながら、再度ドアの前に机たちを積み上げていった。


「あー! んー! ほんまここは気持ちえぇな~!!」
「ちょっと、大声出すなよ…っ!」
「もー、蒼葉は心配性やなぁ。大丈夫やって」


 けらけらと笑いながら振り返った陽希。いつの間にか四方を囲う柵まで辿り着き、寄りかかって俺を見て俺を見ている。見つめてくる綺麗な茶色の瞳をなんとなく逸らせずにじっと見返す。ふわりと風に靡く明るい茶髪をかきあげる様が、太陽の光と相まって何だか神々しく見えた。
 やっぱりイケメンだわ。そりゃあれだけきゃあきゃあ言われるよな。くそぉイケメン滅びろ。
 若干苛つきながら無理やり視線を逸らすと、元通りに積み上げた机を足場にして、再度ドアの上へと登る。


「えらい高いとこ登るやん」
「ここが一番気持ちいいんだよ」
「わかるわ~。やっぱ高いとこってええよなぁ」


 そう告げると、穏やかに吹き抜ける風に身を預けるように瞼を閉じる陽希。
 うわー、絵になるな…。
 なんて思ってしまって、思わずそっとスマホで写真を撮った。うん、いい写真だ。今度陽希の親衛隊の子にでもあげようかな。


「そういや、最近あんま会えんかってごめんな~。寂しかったやろ~?」
「寂しいだなんてことは1ミリもないけど、お前が実行委員会の委員長だったことにはびっくりしたわ」
「そんな照れんでも──ってえっ、嘘やん!? 去年も副委員長やったんやけど!?」
「それこそマジか。そんな責任ある立場とかって嫌がる方かと思ってた。俺は絶対嫌だし」
「責任ある立場……?」


 俺の言葉に、陽希は若干きょとんとした表情を浮かべる。そして、顎に手を当て首を傾げた。


「あー。まぁ確かに、責任やとかは負わんでええ立場におるのが一番楽やけどな。でもなんやろ。委員会の活動は"好きなこと"やからなぁ」
「好きこそものの、ってやつか」
「せやなぁ。それに言うても俺、相良家の長男やし。そこそこのクラスにおると思うねん、相良コーポレーションって。そこの跡取りなわけやから、帝王学らしきもんは昔から習てるし、蒼葉が思てるより責任感あると思うで」


 何でもないことのように、さらりとそんなふうに言われて驚いた。こんなに相良陽希という男が大きく見えたのは初めてだ。
 もちろん、相良コーポレーションは知っている。日本の何本指に入る、とかそんなレベルではないにしろ、特に関西では名の通っている財閥だ。そこの跡取り息子なことも、もちろん知っている。
 だけど俺は、家柄がどうとかというよりも、"陽希"という人間自体が本能のままというか楽天的に生きているヤツだと思っていた。なに不自由なく、ふわふわ~っと生きているおぼっちゃまだと思っていた。
 でもやっぱり。


「陽希って、Sクラスの人間なんだな……」
「そうやけど。それ、どう言う意味や? 貶してる?」
「褒めてんだよ。つーか、見直したっつーべきか」
「マジか! なんやなんや蒼葉くん、もしかしてデレ期か~!?」
「なんだよデレ期って。人のこと、ツンデレみたいにいうなよな」


 珍しく本心から褒めてやったらこの有様だ。褒めがいがないというか、なんというか。
 思わずため息をつくが、陽希は笑うのみ。


「蒼葉は間違いなくツンデレやろ! あ、クーデレか?」
「そろそろマジで声抑えろ。見つかったらお前のせいだからな」
「え~? まだまだ来んと思うけどな~」


 陽希は、楽しげに講堂の方を見やる。つられて俺も見るが、確かにまだ全然人の気配はしない。泥棒は息を殺して隠れているし、警察は大きくは動いていないのだろう。
 でもだからといって、油断は禁物だ。この学園にはチート並みのポテンシャルを持ったやつがゴロゴロ転がっている。いつの間にか背後を取られてるだなんてダサいことにはなりたくないからな。
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