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April

この好奇心は、腐男子としての性なのです

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 車も問題なく通れそうな程に広い廊下。真っ直ぐに敷かれている赤い絨毯の上を俺はゆっくりと歩く。

 渡り廊下から教室までは約50m。そんな短い距離に、細部まで惜しみなく施された豪華絢爛な装飾。普段通っている校舎とは全く違うその内観に、何度通っても圧倒される。
 まぁ、いつも通っている校舎だって、世間一般的な学校と比べると遥かに綺麗で豪華なのだけど。アレが当たり前かもと思ってるなんて、俺も学園に染まってきているのかもしれない……。ヤバいな、GWは絶対家に帰ろう。


「にしても、まさか人っ子ひとりいないとは。予想外だけど、ラッキーだな」


 このS棟は、各階に1つずつしか教室がない。それはすなわち隠れる場所がないってことで。
 つまり、俺たち泥棒にとっても、警察にとっても、かなり不利な条件の場所なのだ。

 人の気配のしない廊下を思う存分歩き回って、S棟を堪能する。後にも先にも今しかないかもしれないな、こんなに人がいないことなんて。
 1階は十分ゆっくりと見て回ったので、そろそろ上に上がろうかと階段に向かう。エレベーターに乗ってみたいが、流石に我慢。
 なんせ、開いた瞬間を外で待ち構えられると、あまりにも絶望的すぎるから。いくら人気がないとはいえ、そこまで気を緩めてはいけない。S棟の構造は、普段暮らしているSクラスの生徒の方がよく知っているんだから。

 1階から2階へ。
 教室の横にある、これまた豪華な階段を上がろうと手すりに手をかけた、その時。


「…………ぁ……んっ……」


 弾かれるように、声のした方を見る。と同時に、目を見張った。

 嘘だろ? まさか、この場所から……?


「やぁ…………んん……」


 立ち尽くす俺の耳に、追い打ちをかけるように甘い声が漏れ聞こえてくる。

 間違いない。
 声は、この教室から聞こえてきている。

 ここは1階。
 その唯一の教室の名は、”風紀室”。
 学園の風紀を司るこの部屋の中で、まさに今、”そういうこと”が行われている。


「あ……んん……、……ゃあ……っ」


 立ち入るべきか、否か。
 風紀室前まで来て、引き戸に手をかけたまま逡巡する。

 だって、声を聞く限りは無理矢理ってわけではなさそうなんだよ。ものすごく嫌がっている感じではないし、何より強姦だった場合、ここでしているなんて命知らずにも程がある。
 だとするとやはり、合意の行為。まぁたとえ合意だったとしても、ここでしてること事態頭おかしいんじゃないかって思うけど。
 少なくとも、副委員長である《女王様》が許さない。風紀委員長である世羅先輩は笑い飛ばしそうだけど。
 ……いや、流石に風紀を司るこの部屋での乱れた行為は怒るかもな。何考えてるかわからないけど、委員会の仕事は手を抜かない人だし。本気で怒ったら怖いんだよな、あの人。


「んっ……アァ! いぃ……もっ……んんっ」


 なんて考えている間にも、ずっと甘い声が響いている。しかも行為が進んでるからか、音量が上がっている気さえする。

 普通なら関わり合いにならずに、2人だけの世界を満喫してもらうべきなのかもしれない。
 でも俺の中には、むくむくと好奇心というものが湧き上がってきていた。
 だって、リアルなSEX現場ですよみなさん!? 正直な話、こんなガッツリな現場に立ち会うのは初めてなんだよ!
 イチ腐男子として、文字書きとして、リアルなセックス現場。気になるんですよ!
 もうこれは、腐男子としてのさがってやつですね!!

 だがしかし、今は学園行事の真っ只中。合意とはいえ、こういう行為をすることは原則として許されていない。確か見つかれば失格になるはずだ。

 しかも今回は場所が場所。

 “学園行事失格でペナルティを受ける”だなんてことよりも、“風紀室でヤってた”ことがバレた時点で即退学案件な気がする。

 だから、ドアに鍵をかけるなりなんなり、外から入れないように用心しているかと思ったのに。


「……開いてるし」


 鍵はかかっていなかった。他の妨害も何もなかった。なんて無防備なんだ。
 でもそりゃそうか。外に気を遣うだなんて気が回るんなら、そもそも声抑えろよって話だもんな。

 音を立てないように、ゆっくりとドアを開いていく。10センチくらい開いてできた隙間から、中を覗き込んだ。
 辺りを見渡すが、誰もいない。どうやらもっと奥の部屋の中にいるらしい。内心ホッとした。

 見たいけど見たくない。でもやっぱり見たい。
 もう一度その場で悩みはしたものの、結局好奇心に軍配が上がった。

 そっと中に入ってドアを後ろ手に閉める。ついでに静かに鍵もかけておいた。
 もしも、俺みたいにこの声に釣られて誰か入ってきたら。しかもそれが警察だったら、まず俺が捕まっちまうからな。
 「他人のSEX見てて捕まりました」なんて、後世までの笑い者だ。死んでも死に切れない。

 そんな死亡フラグを回収しないようにしっかりと鍵がかかったのを確認した俺は、ゆっくりと声のする方へと向かう。
 その部屋は、風紀委員たちのための仮眠室だった。

 その間も絶えず行為は続いている。一歩進む度に、どんどんと生々しくなっていく情事の様子。

 パンッパンッと、肉がぶつかる音。
 甘く高い嬌声。
 まだドアを隔てているとはいえ、青臭い匂いも感じる。

 仮眠室のドアの前に立った時、おそらくタチ側だと思われる男が熱っぽい声で話す内容が聞こえた。


「可愛い……。可愛いね、ルイくん……ルイくん……っ」


 ルイくん。
 その名前には覚えがあった。
 そして、その名前が聞こえたことで、この状況全てに合点がいった。

 白城院しらきいんルイ。
 抱きたいランキング――通称ネコランク6位。2-Sの風紀委員で、小柄な可愛い少年だ。
 ただ、あまり良い噂のない子でもある。特に可愛らしいチワワくん達からはかなり嫌われている様子だった。家柄などは申し分ないのであまり表立って言われることはないが、裏では”泥棒猫”とか”枕営業”とか、かなり酷い言われようなのを聞いたことがある。
 委員会のメンバーは通常各クラスから1人ずつ選出されるもの。風紀委員も例外ではないのだが、なぜか2-Sだけは2人――桜花ちゃんと白城院ルイくんが選出されている。詳しいことは知らないけれど、昔からそうなんだと陽希が言っていた。

 俺自身は、風紀室やこういうイベントの時に見かける程度で、話したことはない。
 ただ、いつも何かとても敵意のある視線を向けられるので、どういう理由かはわからないけど嫌われているのは確かだろう。何もしてないのにな。
 とはいえ、そういうことは少なくもないので、特になんとも思わない。

 だけど、この状況に白城院ルイくんが関わっているのであれば、あまり楽観視できなくなってしまった。
 そのことを少しだけ残念に思いつつ、彼らの声が聞こえない程度に現場から離れ、TSPを取り出す。


「確か、泥棒だったよなー……」


 普段多く連絡する相手でもないため、連絡先を探すのに手間取っていると、定期通知が入った。
 まじかー。時間が経つのってほんと早いな。

 お昼も回って、捕まった一覧に見知った名前が増えてきた。
 さっきまではほとんどなかった、2-Aメンバーの名前も多くなってきているし、ちらほらとSクラスらしい名前もある。
 スクロールしていき一番下の行に連ねられた名前を見た時、驚きのあまり思わず声に出してしまった。


「ユキ先輩……」


 なんだかんだで、あの人はすごい人だ。体力もあるし、運動神経も良い。
 特に剣道とか弓道とか、そういう日本らしいものを小さい頃から嗜んでいるんだって聞いたことがある。ちりちゃんから。
 このケイドロでの役割が決まってから、「俺を捕まえる」みたいな話を一度も聞かなかったから、おそらく同じ泥棒なんだろうとは思っていた。だけどまさかここで捕まるとは。まだ少し早い気もする。
 誰が捕まえたんだろう。レオン先輩かな。もしレオン先輩が泥棒だったならユキ先輩のそばにずっといるだろうし、万が一の時には体を張って守るような気がするんだよな。
 だとしたら、やっぱりレオン先輩は警察。でもだとしてもこんな早い段階で捕まえるなんて。

 ……いや、するな。
 他の誰かに捕まえられそうだったからいっそ自分の手で、みたいなこと、あの人ならしそうだ。
 そういうふうに考えると、なんだかさっきの双子の感じと似ている気がする。レオン先輩と楓くんが似ているのか。ものすごく大きくヤンデレって属性分けをすれば同じなのかもしれない。

 誰が見ているわけでもないが、思わず漏れ出た苦笑を押し隠し、再び連絡先を探す。

 見つけたその相手に、俺は少しだけ緊張しながら電話をかけた。


「あ、もしもし。桜花ちゃん? 実は――」
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