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April

守りたいもの① -side桜花-

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「蒼くん」


 電話をもらって、慌てて風紀室まで来た。そのドアに寄りかかる影に、ボクは小さく呼びかける。
 美しく輝くプラチナブロンドの髪を靡かせて、蒼くんはこちらを振り向いた。ボクの姿を視界に入れると、形のいい口元をふっと綻ばせる。


「よっ」


 軽い調子で片手を上げて挨拶してくる彼に、ボクはため息を吐く。
 危ないから離れてって言ったのに、やっぱり待っていた。警察が来たらどうするのと言いたいけれど、きっとさらりと躱されてしまうからやめておく。

 電話で聞いていた通り、風紀室前まで来るとかなり声が響いていた。顔が強張るのが、自分でもわかる。


「結構聞こえるよな。このままだと、色んな意味でヤバいと思うぞ」
「……そうだね」


 大きく息を吐いてドアに近づく。そして、蒼くんを振り返った。


「電話ありがと蒼くん。ここまでで大丈夫だよ。蒼くんは安全な場所に逃げて?」
「いや、最後まで付き合うって。桜花ちゃんだけじゃ心配だし」


 そう言うと思った。
 蒼くんはボクのこと、どちらかというとか弱い部類に見ている節があるから。まぁこの見た目じゃそう思われたって仕方ないとは思うけれど。
 それに、ボクとしても蒼くんには良いところだけ見せていたかった。昔と同じ、大人しくて可愛い春風桜花でありたかった。


「大丈夫。こんなことには慣れてるし、全然危険じゃないしね。それにボク、風紀副委員長してるんだよ?」
「それはそうかもしれないけど。でも……」

 
 言い淀む蒼くんの様子に、思わず苦笑を浮かべてしまう。

 蒼くんがとっても優しいことはわかっている。とっても強いってことも。
 だからきっと、一緒に来てもらえたら、すごく楽だとは思う。
 だけど、少なくともこの件に――ルイのことに、蒼くんや他の人を巻き込むわけにはいかない。

 だってこれは、ボクだけの問題だから。

 危険だとか、危険じゃないとか、そういう次元の問題じゃない。この件は蒼くんだけでなく、他の風紀委員に任せるわけにはいかないんだ。
 たとえ、上司である風紀委員長のみやくんであったとしても。
 

「……蒼くん。ボクは、蒼くんが思っている以上に強い男だよ。心配なんていらないから」


 そうキッパリと言い切ると、蒼くんは面食らったように押し黙った。
 初めて会った時から変わらない、名前の通り綺麗な青の瞳を見つめ続けていると、彼は根負けしたように息を吐き、苦笑いを浮かべた。


「ごめん、わかってるんだけどなぁ。”昔遊んだ可愛い女の子”ってイメージが抜けきらなくてさ」
「……それは、お互い様だよ」


 そう言って、顔を見合わせて微笑み合う。

 ボクたちは小学生の時、一度だけ一緒に遊んだことがある。ボクがたまたま親に連れられて一般家庭に住むいとこの家を訪ねた時、いとこに紹介されたのが隣に住む蒼くんだった。


『このこ、となりにすんでる蒼葉! あたしたち、きょーだいみたいにそだったんだよ!』
『桜花ちゃん、一緒に遊ぼっ!』
『……うんっ!』


 第一印象は、"お人形さんみたいな子"だった。初めて会ういとこも可愛かったけれど、種類が全く違って。本当に、なんて可愛い子だろうって思った。目を奪われるってこういうことを言うんだって、幼心に思ったほどだった。

 ボクはそれまで、一般家庭に住むいとこのことを全く知らなかった。だから正直少し緊張していたんだけど、屈託のない笑顔で手を差し伸べてくれた蒼くんと元気で明るいいとこのおかげですごく楽しくて、今でも忘れられない1日になった。
 ボクがいとこの家に行ったのはその一度きり。春風家は世界にも轟くくらいの名家なので、家を飛び出して一般人になったいとこの家を認めることはどうしてもできないらしい。だから知らなかった。あの日一緒に遊んだあの可愛いお人形さんみたいな子が、まさか男の子だったなんて。
 再会したのは、入寮するために学園に蒼くんが来た時。それを出迎えたボクを見て、蒼くんは大きな瞳をさらに丸くして言ったんだ。「男の子だったんだ」って。


「ま、桜花ちゃんって実はちょっと頑固だもんな。仕方ないから俺が折れるよ」


 やれやれというような仕草で、瞼を閉じ首を左右に振る蒼くん。
 やっぱりどこか、ボクのことを子ども扱いしている節があると思う。まぁ蒼くん以外にそんなふうに扱われることが全くないから、逆に新鮮でいいんだけどね。

 階段の方に向かって行く蒼くんに視線を向けていると、手すりに手を置いた状態でふっと振り返った。その顔はさっきまでと違って、とても真剣だった。


「無茶はするなよ」
「うん。ありがとう」


 ほんと、優しいんだから。
 思わず綻ぶ顔を引き締めながら、階段を駆け上がっていく蒼くんの姿を見えなくなるまで見送る。

 正直、ボクにとって蒼くんが特別な存在であることは間違いない。
 いとこに頼まれたからなのか、初恋の相手だからなのか、今でも恋しているからなのか。今のボクには答えが出せそうにないけど、それはそれでいいかなって思っている。

 中等部3年の冬。親に内緒で個人的に連絡を取り合っていたいとこから、蒼くんを学園に入れたいと頼まれた。ここはそんなに清廉潔白な場所じゃないからって反対したんだけど、それでもいいって。理由を尋ねると、「外界から隔離された場所で過ごすことで、傷ついた心を少しでも癒して欲しいから」だって言われて、ちょっとびっくりした。その時に、軽くだけれど蒼くんの過去も聞いた。
 
 ボクは蒼くんに、この学園で楽しく過ごしてほしいと思ってる。そのために事前に生徒会に釘を刺したり、割り振られるクラスも問題の少ないAクラスになるよう手を回したり、入学当初から蒼くんの後ろにはボクがいるって全校生徒にわかりやすく示したりした。
 流石に過保護なんじゃないかって周りには言われたけれど、そんなことない。ボク自身はまだまだ足りないって思ってるくらいだし。

 だって、大切な存在だから。大切な相手は、この手で守ってあげたいって思うのが男でしょ?

 ──なんて。綺麗事言ってみたけど、本当は違う。

 本当は、そうすることで守ることが出来るんだって、ボクが信じたかったから。
 
 ボクはもう、あの時と同じ過ちを犯したくないから。
 ボクのためにも、大切なもののためにも──。
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