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April
守りたいもの② -side桜花-
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仮眠室のドアをなんの躊躇もなく大きく開け放つ。
それと同時に、部屋の一番奥のベッドで重なり合う影がぴたりと静止し、響き渡っていたさまざまな音が鳴り止んだ。
静まり返る暗い部屋の中に向かって、ボクは静かに言う。
「何をしているの」
2つの影に向かって歩き出すと、上に乗っていた人物はボクのことを認識したようで、慌てたようにベッドから降りた。
そんな様子を視界の端に捉えながら、ボクは未だベッドの上に横たわる少年に向かって声を掛ける。
「ルイ」
「ん……っ、ぁあ……桜花……」
情事の余韻の残る声音で、身体ごとこちらに視線を向けるルイ。ボクはその熱っぽい視線をじっと見つめ返す。
「じょ、《女王様》……」
自分だけさっさと身支度を整えたらしいタチの男は、震えた声で言い訳を始めた。
「あ、ど、同意の上ですよもちろん! 決して無理矢理に襲ったわけではありません! ちゃんとルイくんも同意してくれて、それで……」
──そんなことはわかってる。
今すぐに黙ってほしくて、しどろもどろになりながら言い訳を続ける男を強く睨みつける。彼は「ひ……っ」と小さな悲鳴をあげて、ボクの希望通り黙り込んだ。
ネクタイの色は3年。見たことがある気もするからきっとSクラスの先輩だろう。
あぁまた、先輩に手を出したんだ。
「出てって、ください」
「え……」
「退学になりたくないなら、今すぐにここから出て行ってください」
「は、はい……!」
バタバタと激しい音を鳴らしながら、仮眠室から逃げ出していった名前も知らない先輩。
十分に離れたことを確認すると、開けっぱなしだったドアを閉めて電気をつけた。
「こういうことはもうしないでって、いつも言ってるでしょ。ルイ」
「……なぁに? じゃあ、桜花が相手、してくれるのぉ?」
とろんと、熱にとろけた瞳でボクを見上げるルイ。言い終えるや否や、ボクのベルトに伸ばされたルイの手を冷静に掴む。
「そうじゃないよ、ルイ」
「……本当に面白くないよね。桜花って」
そう呟いたのは、さっきまでとは180度違う冷ややかな声。暗く病んだ瞳でボクを見つめてくる。
「責任、取ってくれるって言ったじゃない。おれに”こういうこと”してほしくないなら、桜花が相手してくれればいいだけでしょ」
「……責任はもちろん取るよ。でも、ボクが相手してあげたところで、何の解決にもならないでしょ」
「そう? 少なくとも欲求は収まるから、誰彼構わず手を出すことは無くなるかもよ? そしたら桜花の悩みの種はひとつ、減るんじゃないの?」
ルイはくすくすと笑いながらそう告げる。
確かにその通りではある。ボクが相手をすることでボクの元にずっといてくれるなら、悩みごとはひとつ減る。
でも、それじゃダメなんだ。そういうことじゃないんだよ。どうしてわかってくれないの。
すぐに返事をできないでいると、いつの間にか笑い声は消えていた。先ほどとは打って変わって面倒そうに身支度を整えているルイの姿が視界に映る。
「はぁーあ。ほんとなんなの? 相手をする気がないなら、せめて邪魔しないでくれない? アレ、やっと捕まえた獲物だったのに」
「……あのね、ルイ。ボクは――」
「あー。お説教はもういいよ、めんどくさい」
「ルイ」
「桜花の説教はもう聞き飽きた。文句なんか言わせない。だって、おれがこうなったのは──」
ゆらりと立ち上がったルイの虚な瞳が、ボクを捉える。
「桜花のせいなんだから」
脳裏に浮かぶのは、あの日のルイ。
小等部2年のあの日に起こったあの事件から、ルイはこうなってしまった。
わかってる。ボクのせいだ。ボクが守り切ってあげられなかったせいなんだ。
守ってあげたかった。そうすれば今、ルイはもっとたくさんの友人に囲まれて笑顔いっぱいの学園生活を送っていたはずだったから。そんな明るいはずだった未来を彼から奪ってしまった1人が、ボクなんだ。
その責任は痛いほどに感じてる。ルイに言われなくたって、わかってる。
でもだからこそ、今のルイをそのまま放っておくわけにはいかない。それもボクの責務だと思っている。
いつか元の、大人しくて心優しいルイが戻ってきてくれることをボクは──ボクだけは信じていたくて。諦めたくなくて。
ルイからウザがられていることも、生徒たちがそれをよく思っていないのもわかっているけれど、ルイに構う日々が続いている。
「っていうかわかってる? おれ、警察なんだけど。捕まりたくないなら早くどこかに行ってよ。おれだってポイント稼がなきゃなんだから。流石にどこの誰だかわかんないようなのとペアになんてなりたくないから、少しは選べるように次の獲物を──ってちょっと!? 何すんの!?」
ボクは掴んでいた腕を引き寄せて、そのTSPと自分のとをぴったりくっつけた。ルイが慌てて離れようとするけど、もう遅い。
TSPは軽快なメロディを奏でて、ボクの画面には『Game Set』と赤字で表示された。これ、なんだか不吉だな。
ま、というわけで。
「これでボクが逃げる必要は無くなった。それに、ルイが誰かを捕まえる必要も無いよ」
「はぁ? 何言ってんの!? っていうかいい加減離してよ!」
「やだ。そしたら逃げるでしょ?」
「当たり前! それに、桜花は逃げる必要なくなったかもだけど、おれは警察だから! まだ捕まえる必要はあるから!」
「ないよ。だってルイは違反行為したから失格だもん。風紀副委員長権限で、明日のルイはボクに監視されることになったから」
「……何それ聞いてないんだけど」
そりゃそうだ。だって今、ボクが考えたんだもん。
「さてと。とりあえず仁科先生に報告にでも行こうかな。ほら、行くよルイ」
「…………」
無言の抵抗をするルイの手を引いて歩き出す。
風紀室を出ても、さっきと変わらず辺りはとても静かだった。
「……桜花はいつまでもおれに縛られていればいいんだ……」
「ん? 何か言った?」
「…………」
呟いたルイのそんな声が、前を歩くボクの耳に届くことはなかった。
それと同時に、部屋の一番奥のベッドで重なり合う影がぴたりと静止し、響き渡っていたさまざまな音が鳴り止んだ。
静まり返る暗い部屋の中に向かって、ボクは静かに言う。
「何をしているの」
2つの影に向かって歩き出すと、上に乗っていた人物はボクのことを認識したようで、慌てたようにベッドから降りた。
そんな様子を視界の端に捉えながら、ボクは未だベッドの上に横たわる少年に向かって声を掛ける。
「ルイ」
「ん……っ、ぁあ……桜花……」
情事の余韻の残る声音で、身体ごとこちらに視線を向けるルイ。ボクはその熱っぽい視線をじっと見つめ返す。
「じょ、《女王様》……」
自分だけさっさと身支度を整えたらしいタチの男は、震えた声で言い訳を始めた。
「あ、ど、同意の上ですよもちろん! 決して無理矢理に襲ったわけではありません! ちゃんとルイくんも同意してくれて、それで……」
──そんなことはわかってる。
今すぐに黙ってほしくて、しどろもどろになりながら言い訳を続ける男を強く睨みつける。彼は「ひ……っ」と小さな悲鳴をあげて、ボクの希望通り黙り込んだ。
ネクタイの色は3年。見たことがある気もするからきっとSクラスの先輩だろう。
あぁまた、先輩に手を出したんだ。
「出てって、ください」
「え……」
「退学になりたくないなら、今すぐにここから出て行ってください」
「は、はい……!」
バタバタと激しい音を鳴らしながら、仮眠室から逃げ出していった名前も知らない先輩。
十分に離れたことを確認すると、開けっぱなしだったドアを閉めて電気をつけた。
「こういうことはもうしないでって、いつも言ってるでしょ。ルイ」
「……なぁに? じゃあ、桜花が相手、してくれるのぉ?」
とろんと、熱にとろけた瞳でボクを見上げるルイ。言い終えるや否や、ボクのベルトに伸ばされたルイの手を冷静に掴む。
「そうじゃないよ、ルイ」
「……本当に面白くないよね。桜花って」
そう呟いたのは、さっきまでとは180度違う冷ややかな声。暗く病んだ瞳でボクを見つめてくる。
「責任、取ってくれるって言ったじゃない。おれに”こういうこと”してほしくないなら、桜花が相手してくれればいいだけでしょ」
「……責任はもちろん取るよ。でも、ボクが相手してあげたところで、何の解決にもならないでしょ」
「そう? 少なくとも欲求は収まるから、誰彼構わず手を出すことは無くなるかもよ? そしたら桜花の悩みの種はひとつ、減るんじゃないの?」
ルイはくすくすと笑いながらそう告げる。
確かにその通りではある。ボクが相手をすることでボクの元にずっといてくれるなら、悩みごとはひとつ減る。
でも、それじゃダメなんだ。そういうことじゃないんだよ。どうしてわかってくれないの。
すぐに返事をできないでいると、いつの間にか笑い声は消えていた。先ほどとは打って変わって面倒そうに身支度を整えているルイの姿が視界に映る。
「はぁーあ。ほんとなんなの? 相手をする気がないなら、せめて邪魔しないでくれない? アレ、やっと捕まえた獲物だったのに」
「……あのね、ルイ。ボクは――」
「あー。お説教はもういいよ、めんどくさい」
「ルイ」
「桜花の説教はもう聞き飽きた。文句なんか言わせない。だって、おれがこうなったのは──」
ゆらりと立ち上がったルイの虚な瞳が、ボクを捉える。
「桜花のせいなんだから」
脳裏に浮かぶのは、あの日のルイ。
小等部2年のあの日に起こったあの事件から、ルイはこうなってしまった。
わかってる。ボクのせいだ。ボクが守り切ってあげられなかったせいなんだ。
守ってあげたかった。そうすれば今、ルイはもっとたくさんの友人に囲まれて笑顔いっぱいの学園生活を送っていたはずだったから。そんな明るいはずだった未来を彼から奪ってしまった1人が、ボクなんだ。
その責任は痛いほどに感じてる。ルイに言われなくたって、わかってる。
でもだからこそ、今のルイをそのまま放っておくわけにはいかない。それもボクの責務だと思っている。
いつか元の、大人しくて心優しいルイが戻ってきてくれることをボクは──ボクだけは信じていたくて。諦めたくなくて。
ルイからウザがられていることも、生徒たちがそれをよく思っていないのもわかっているけれど、ルイに構う日々が続いている。
「っていうかわかってる? おれ、警察なんだけど。捕まりたくないなら早くどこかに行ってよ。おれだってポイント稼がなきゃなんだから。流石にどこの誰だかわかんないようなのとペアになんてなりたくないから、少しは選べるように次の獲物を──ってちょっと!? 何すんの!?」
ボクは掴んでいた腕を引き寄せて、そのTSPと自分のとをぴったりくっつけた。ルイが慌てて離れようとするけど、もう遅い。
TSPは軽快なメロディを奏でて、ボクの画面には『Game Set』と赤字で表示された。これ、なんだか不吉だな。
ま、というわけで。
「これでボクが逃げる必要は無くなった。それに、ルイが誰かを捕まえる必要も無いよ」
「はぁ? 何言ってんの!? っていうかいい加減離してよ!」
「やだ。そしたら逃げるでしょ?」
「当たり前! それに、桜花は逃げる必要なくなったかもだけど、おれは警察だから! まだ捕まえる必要はあるから!」
「ないよ。だってルイは違反行為したから失格だもん。風紀副委員長権限で、明日のルイはボクに監視されることになったから」
「……何それ聞いてないんだけど」
そりゃそうだ。だって今、ボクが考えたんだもん。
「さてと。とりあえず仁科先生に報告にでも行こうかな。ほら、行くよルイ」
「…………」
無言の抵抗をするルイの手を引いて歩き出す。
風紀室を出ても、さっきと変わらず辺りはとても静かだった。
「……桜花はいつまでもおれに縛られていればいいんだ……」
「ん? 何か言った?」
「…………」
呟いたルイのそんな声が、前を歩くボクの耳に届くことはなかった。
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