腐男子な俺が全寮制男子校で女神様と呼ばれている件について

茅ヶ崎杏

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April

1-S教室からの脱出

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 やっと落ち着いてきた頃。見張りの3人が一斉にざわついた。
 プリン頭さんが小さく、けれど鋭い声を上げる。


「夕凪さん! やっぱり戻ってきました!」
「うーん、やっぱりそっか」
「ッス。ココは奴らの根城のようです」
「だね。思ったより早かったなぁ」


 淡々とそんなやり取りを繰り広げる俺以外のメンバー。
 俺も何とか、鈍っている思考回路をゆっくりと動かして状況を整理しようとする。
 ここ、とは間違いなくこの教室のことを指すんだろう。根城ってつまり……。


「警察が来るのか!?」
「そうそう。戻ってきたみたいよ」
「そんな当たり前でしょみたいな顔で言われましても……。ところで奴らって誰? どのグループ?」
「どのグループってそりゃ──あれ? 陽希から聞いてない? 早い段階で陽希と接触したって聞いたんやけど」


 不思議そうに首を傾げるナギ。ほんとにもう可愛いな。
 というのはさておき。ナギったら、一体誰からそんな話聞いたんだ?
 情報提供者が陽希ならいいんだけどさ。もし違うなら、俺のプライベートダダ漏れすぎて笑う。今はゲーム中だから、普段の連絡網なんてないはずなのに。

 苦笑しつつ、「そう言えば」と数時間前を思い出す。
 ってかもう数時間経ってるのか、アイツと別れてから。


「最後のグループを聞きそびれたままだな。生徒会と、2-Aと、委員会と。あともう1つ」
「じゃあ肝心なところを聞けてないんやね。最後のグループはズバリ、苺愛沙絢くん率いる新進気鋭の〈新入生グループ〉やよ。彼は1-Sやから、ここが拠点なわけ」


 苺愛沙絢。その名前には聞き覚えがある。


「苺愛沙絢って、確か1年で唯一タチランク上位入りした?」
「そう。抱かれたいランキングもとい、タチランク17位。風紀委員かつ1-Sクラス委員長の苺愛沙絢くん。知ってたんやね~、蒼葉くんも」


 ランキングで名前を張り出されるのは、各上位20位まで。投票期間的に新入生がランキング入りすることは珍しいのだが、苺愛沙絢くんはタチランクの方に唯一入賞した1年生だった。ランキング自体に興味はさほどなかったが、何だか可愛らしい名前だったから覚えていた。まぁその2つ上に桜花ちゃんが、20位ぴったりにナギがいるから、可愛い名前なんて珍しくもなんともないんだけど。
 ってか当時は分からなかったけど、今となってはこの2人がタチランク入りしてるの納得できる。人を率いるその姿は、贔屓目なしにかっこいいっすわ。


「彼は正義感の強い真面目な優等生でね。風紀委員としてもすごく仕事熱心やから、ファンも多いんよ。桜花としても、やっと高等部に来てくれてほっとしてると思うわ」
「あの桜花ちゃんが! つまりそれだけ頼れる後輩だってことだな」
「そうゆうことやね」
 

 なるほどな。優秀な後輩か、いいねえ。
 桜花ちゃんも喜んでるかもなんて、良いオカズになりそうな情報ありがとうナギ!
 ……あぁでもその場合、どっちがネコさんですか? 桜花ちゃんはバリタチだと思ってる俺からすると、必然的に苺愛くんになるんだが、話を聞く限りはネコっぽくないんだよな……。あ、じゃあリバでいいのでは? おぉ、いい手かも! バリタチ説を緩和する意味合いでもいい感じかも!
 

「…………蒼葉くんが今、とてつもなくドウデモイイコトを考えてるのは、ゆわんくたってようわかるよ」
「酷い言いようだなナギくん!?」
「陽希とよう似た顔してるもん」


 だからその言葉、全く嬉しくないんですけど!
 ナギはやれやれと頭を振る。やめてくれよその可哀想な子を見るような目付き。


「さて、そんなことはどうでも良くって」
「ナギの棘がさっきから鋭すぎて怪我しそう……」
「どうやって逃げよかな。前からは沙絢くん、下には2-A、上には生徒会」
「無視……。もういいよ……。ってか、めちゃくちゃ八方塞がりじゃんか……」
「S棟は一本道やからねえ」


 女々しい俺の言葉にちっとも反応してくれない。仕方ないからモード変更して、ちゃんと逃げます。逃げる方法考えます。

 うーむと顎に手を当てて悩むナギ。
 そんなナギへ向かって頭を垂れた取り巻きのプリン頭さんと赤髪さんが、かっこよく宣言した。


「夕凪さん。俺たちが道を拓きます。その間にどうぞお逃げ下さい!」
「ふむ、特攻か。戦法としては悪くはない」
「ッス! 貴方のためならこの命、捧げやす!」
「でもあの人数、お前らだけで止めれるとも思われへんからやめとき」
「「ッス!!!」」


 かっこよかったのに!
 一瞬で却下されて、しかも一切食い下がることなくいっそ清々しく引き下がった2人。従順すぎるってばよ。

 まぁ確かに今見えるだけでも、苺愛くん側には10人はいそう。ナギが言うように、たとえ特攻しても道を開ききる前に捕まってしまう可能性は高い。
 これが喧嘩ならね、取り巻きさんたちの圧倒的勝利だろうけどね。だがしかし、これは暴力厳禁の学園行事。泥棒の俺たちにできることは、逃げることか隠れることしかないのだ。残念ながら。


「やっぱ、一番突破できそうなんは生徒会かな。有力者が出てこん限り、一般生徒なら逃げ切れる」


 たっぷりと考えたナギが出した結論がこれだった。
 ちょっと意外でびっくりする。確かに生徒会グループは烏合の衆の寄せ集めだろうけれど、それでも数ってヤバいから。いくら力が強くても数で押されることって実際あるから。
 だからその結論になったことには驚きだ。

 
「下は? 2-A」
「あれはあかんよ。いつも複数人のグループで動いてて、チームワークが良すぎる。こんな逃げ場のない場所で囲われたら一溜りもないよ。沙絢くんたちのとこも、2-Aと比べたら荒削りやけど、目の前に10人は多い」
「すごい分析力だな」
「僕らの世界では、勝ち目のない勝負はしやんもんやからね。状況分析力はめっちゃ大事なんよ」


 パチンとウインクをかまされて、ドキッとした。なんなのこの子、わざとかしら。マジで心臓に悪いんですが。
 慣れていない俺にとっちゃあ一大事だが、いつものことらしいナギは、手際よく支度を整え始める。


「ほんならみんな、こっから脱出するよ~。僕が先導するから、気ぃ引き締めて着いてきてや。生徒会前から本校舎に続く廊下におるんが5人以下やったら強行突破するからね。それに多分もうこの距離なら、飛び出した瞬間に沙絢くんらにも見つかって追いかけられるやろし、背後にも十分警戒してよ」
「「うす!!」」
「静かに」
「「……す」」


 人の上に立つナギを見た事無いわけじゃないけど。今日は服装も相まってか、お荷物な陽希がいないからか、一段とかっこよく見える。
 ナギの想い人は、どうしてナギの気持ちに気づかないんだ!? こんなに素敵な子なのに!! マジで殴ってやろうかこんちくしょう!!

 一度抑えた怒りに再び火をつけてわなわなと震えている俺の横で、ナギは一人一人に的確に指示を飛ばす。


「あぁそれと梶木かじき
「っす」
「お前は蒼葉くんについて。護って」
「っす」
「……………………へ?」


 突然自分の名前が出て、気の抜けた声が出てしまった。
 怒りなんてさっぱり忘れて緩くナギを見やると、にっこりと穏やかな微笑みを向けてくれる。あら可愛い。


「じゃない! 急に何言ってんの、ナギ!?」
「ちょっと蒼葉くん。大声なんか出したらあかんよ? 結構本気ですぐそばまで来てるんやからね?」
「あ、ごめん……。じゃないんだって……っ! 何で? 梶木さん!? 俺!?」
「蒼葉くん落ち着いて~。何ゆうてるか分からんよ? まぁ大体言いたいことは分かるけど」


 ひっひっふーとか言われながら背中をさすられる。待って待って、それは妊婦さんのやつ。

 ナギは俺から離れると、プリン頭さんと赤髪さんの元へと向かう。お気づきだとは思うが、残りの銀髪さんが梶木さん。視線だけでそちらへ行くように促される。
 上に立つ者の有無を言わせないその威圧感に、渋々従う俺。でもなんか、ね。


「至急説明求む」


 真剣な眼差しで見つめ続けると、とうとうナギが折れた。

 
「はぁ……ほんともう。変なとこ面倒だよね蒼葉くんって」
「自覚はある」
「……まぁ、説明も何もないけどさ」


 ドアに手をかけながら、ナギは少し細めた優しげな眼差しで俺に向き直る。

 
「桜花が護ろうとしてるんは、ルイくんだけと違う。蒼葉くんもやん? 桜花が護るんなら、僕も護るまでよ」
「……何そのイケメンな理由。惚れるぞコノヤロウ」
「やめて、その陽希みたいなノリ……。まぁそれに、護衛が3人は多いんよね。移動しづらいし。安心してえぇよ。梶木は優秀やから、蒼葉くんのことちゃんと護りきってくれるからさ!」


 言い終えるやいなや、ガラッと勢いよくドアを開け放つ。
 そんなナギに続こうとした俺の手を銀髪くんこと梶木さんがやんわりと止めた。え、何で?
 

「じゃあ梶木。後は頼んだよ!」
「っす」
「ちょ……っ!?」


 ナギたち3人は振り返ることなく、廊下へと飛び出した。
 呼び止める俺の声をかき消すかのように、鼓膜をつんざくような歓声が沸き起こる。
 

「「「「きゃあああああぁぁぁあああああ」」」」
「夕凪先輩!?」
「中邨先輩だ!」
「やっばァ、私服超素敵じゃん……!!」
「惚けてないで、みんな追おう!!」

 
 バタバタと複数人の足音が階段を駆け上がっていく。間違いなく10人なんかじゃない。きっと近くにいた人たちも、今の悲鳴に釣られて追いかけていったんだろう。

 っつーか、嘘でしょナギ。アンタ、自分を囮に使ったわけ? 俺、そんなにまでして護ってもらうほどの人間じゃないんだけど……。
 でも、でもさ……。もうマジで。


「ナギくそかっけぇ……っ!!」
「……あの人は、誰よりも男らしくかっこいい人っす」


 ぽつりと呟く梶木さんの言葉に、大きく頷く。
 取り巻きとしてついて行く彼らの気持ちが、なんだか理解出来た気がした。
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