腐男子な俺が全寮制男子校で女神様と呼ばれている件について

茅ヶ崎杏

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April

ラスボスはヤツでした①

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「残り30分か……」


 部室棟から逃げ出した俺は、一旦本校舎中庭にある木の上に身を隠していた。
 受信した最後の定期通知には、見知った名前が数多く登場している。

 中邨夕凪。梶木保。篠原琥珀。成宮賢心。

 有力者の名前が並んでいるが、何よりも目の前で捕まった保くんのショックがかなり堪えている。
 ただのゲームだってわかってるけどさ。あんなに俺に尽くしてくれたのに、それを見捨てて逃げたなんて。後悔しかない。

 ……こんなゲームだったっけ? ケイドロって。

 膝を抱える腕の間に顔を埋める。
 
 これはゲームだけど、もうここまで来るとただのゲームじゃない。簡単に捕まってやるわけにはいかない。
 幸いなことに時間は残り少ない。隠れる場所さえ見つけられれば、逃げ切り達成はわけないはずだ。

 やれ。逃げ切るんだ、俺!

 決意を新たにして顔を上げる。迷ってる場合でもないんだ。
 再度TSPに視線を落とし、誰が残っているのか確認する。残っているのは、俺を入れて10人程だった。

 俺。陽希。里緒。椛。バ会長。世良先輩。
 名前を見てわかるのはこれくらい。

 このラインナップならば間違いなく、副会長率いる〈生徒会グループ〉はバ会長を捕まえに行くだろう。あの後、俺を追いかけてこなかったのがその証拠だ。
 まだ捕まえきれていないようなので、楓くんや会計さんは個人的に椛を探しているかもしれないが、それはこちらとしては好都合。敵としてカウントしなくていいんだからな。

 あまり出会うこともなかった苺愛くんたち〈新入生チーム〉も、そんなに気にする必要は無いだろうと思う。おそらくこのチームが探すのは、苺愛くんが風紀委員ということで、世良先輩や里緒などの風紀委員メンバー。全く関わりのない俺を追うことはほぼほぼないとみていいはずだ。どこかでばったり出会っちゃわない限りは気にする必要は無い。というか、そもそも新入生が誰か分からないから対処のしようがないんだけれど。
 〈大和撫子親衛隊〉も上に同じ。委員会のメンバーで構築されているのなら、委員会との関わりがない俺が無条件で狙わることは無いはずだ。出会わないように注意していれば、きっと大丈夫。誰がどの委員会メンバーかもわかんないしな。

 ということは、俺は〈チーム2-A〉にだけ気をつけていればいいってこと。
 そう考えると若干希望が見えてきた。2-Aだけ気をつければいいなら、相手は十数人。勝てるぞ。

 しばらくの間、気持ちを落ち着けるためにその場に静かに留まる。
 この木の上で30分間も身を隠すというのは、流石に現実的じゃない。そもそも木の上に乗ってるだけで体力を使ってるし、さっきからかなりの警察たちが近くを通っていく。いつバレてもおかしくない。
 としたら、どこへ行くのがいいだろう? 走り回って逃げるのももう体力が持たない。どこかへ身を隠すしかないわけだけど、いい場所が思いつかない。

 見渡してみるが、本校舎の中庭であるこの場所から見えるのは、当たり前だが本校舎のみ。窓の奥の廊下に歩く人影がちらほら見えて、窓から覗かれると見つかるんじゃないかと気が気じゃない。
 小さく唸りながら、体勢を変えようと身動ぎする。すると、手をかけた枝が折れてパキンと小気味いい音が鳴った。

 鳴ってしまった。


「ちょっ! 上! 上見てみろよ!!」
「め、《女神様》!?」
「きゃああああ! ホンモノだ!!!」

 
 あ~、そりゃ見つかりますよね~……。

 わぁわぁと嬉しそうな声をあげる警察たちから、できる限り距離をとって地上に降り立つ。
 すぐに囲われることを警戒していたのだけど、5人の警察たちはお互いに手を取り沸き立ったまま、その場を動かない。

 これは……。

 何となく彼らを振り返って、俺は外用の優しい笑顔を浮かべて手を振ってみる。
 すると思った通り、その場は黄色い歓声に包まれた。

 なるほどな。
 思っていたより敵は少ないのかもしれない。同い年のようだけど見かけない顔だから、BとかCの生徒だろうか。
 彼らから捕まえようという意思は見られない。というか、多分忘れている。
 それ自体は良かったけど、こんなに騒がれてしまうと長くここに留まることは出来ないな。そろそろ移動しよう。


「バイバイみんな。また会おうね」


 全員としっかり目を合わせ、一層にっこりと微笑んで手を振ってあげると、女子みたいに嬉しそうな声で振り返してくれた。うん、悪い気分じゃない。
 こんなに近い距離でこういうのは、結構久々かもしれない。ここ最近は、廊下からとか、食堂の席からとか、遠巻きに見つめられることが多かったから。

 歓声を背に校舎へと向かう。
 彼らが見えなくなる直前──。


「…………あ! 捕まえなきゃいけなかったんじゃないか……?」
「「「「あ」」」」


 微かにそんな声と、しまったというような表情が5つ分見えたが、気にせずに角を曲がった。
 
 ──のはいいものの。


「どうしたもんか……」


 1階を昇降口に向かって歩きながら、あと25分程度をどうするか考える。
 ケイドロが始まってからというもの、休憩しながらだったとはいえ、すでに6時間気を張りっぱなし。さすがに疲れが出ている。この状態で名前がわかるような相手に追われると、逃げ切るのなんて確実に不可能だ。

 幸いというべきか、今は校舎内。見渡す限り教室なので、鍵をかけて立て籠るのもかなりアリな気がする。
 だとしたら、選別が重要。この選択を間違えたら、ドアを開けた瞬間にジ・エンドだもんな。

 1階にあるのは、保健室とか図書室とか職員室とか、授業に関連しないタイプの教室が多い。
 あんまり普段入らない部屋ばかりだから、隠れるのに最適な部屋がイマイチ分からず悩んでいた、その時だった。

 
「あーーーおーーーばーーー!!!」
「げ」


 突然の大声に反射的に顔を上げると、向かっていた昇降口の方から尋常じゃないスピードで駆け寄ってくる黒い塊が視界に映った。
 
 なにあれ怖いんですけどっ!?
 
 俺は考えることなく横にあった教室へ入る。鍵をかけた直後、ドアが大きな悲鳴をあげた。


「蒼葉あああ!!! 会いたかったぞーーーー!!!! あ!!! お前鍵かけたな!!?? なんでだよおおお!! 開けろよ!!! 親友だろっ!!!?? 蒼葉ああぁああ!!!」


 ガチャガチャと何度も開けようと試みながら大声で叫ぶマリモ。放送室だったこの教室は、防音を重視しているためかドアに窓がない。お陰でマリモのドアップを見ずに済んだ、良かった。

 それにしても、とってもデジャヴです。ゲーム開始直後にもこんなことされた気がします、あの関西弁腐男子に。
 だけどもあの時よりも今の方が、ある種の恐怖を感じます。下手なホラーより怖いですよこれ。

 あーでも俺少し前に、心の中でフラグ建設したよな……。回収しちゃったってわけですね、マジで馬鹿だろ俺。


「蒼葉ーっ!!! いるなら返事しろー!! 返事がないならこのドア蹴破っちゃうぞっ!!!」
「何どさくさ紛れにヤバいこと言ってんの!?」
「へへっ!! やっぱりいるじゃん!! 鍵開けてくれよー!! 親友を締め出すなんて、良くないことなんだぞ!」
「鍵は開けないし、閉め出すことが悪いことなんて初めて知ったし、何より俺とお前は親友だなんて認識はない」
「ほんっと、もー!! 素直じゃないなあ蒼葉は!!! このツンデレさんめっ!!!」


 うわ。なんか物凄く曲解された気がする……。さすが脳内お花畑くん。アンチ王道くんらしい受け答え、とっても嬉しいです。でも何でそれを俺にするかな? これじゃ萌えも半減ですよ全く。
 
 そういえば、一瞬見えたマリモは2人くらい誰かを連れていたような気がする。マリモのスピードに全くついて行けてなくて米粒みたいな小ささだったから、クラスメートかどうかも定かではないけど、このヤバい行動をしているマリモを止めようとしていないあたり颯くんじゃなさそう。彼ならさすがに器物損壊をしかねない今の言動に、注意をしているはずだ。
 だとすれば、ついてきているメンバーは諦めの境地なのか、はたまた信者なのか、俺を捕まえられれば何でもいいのか。
 少なくとも今の俺の味方にはなり得ないってことは確かだな。

 しばらくすると、叫ぶ声が止んだ。諦めたかと淡い期待を抱く一方で、僅かな緊張が走る。ドアを蹴破るとか恐ろしいことを言ってたからな。マジでやりかねないし。
 学園の理事長してるおじさんに怒られたりしないのかね? 王道じゃ猫可愛がりしてるから、たとえ何しても怒られないんだろうな。

 考えながらもドアの向こう側に耳を澄ませる。少しして聞こえてきたのは、さっきまでと変わらない男にしては少し高いトーンの大声。


「もしもーし! 蒼葉見つけたぞー!!! 今、……何だろ、ここ? よくわかんないけど、1階の空き教室の中にいるぞっ!」
「空き教室じゃない、放送室だ」
「空き教室じゃなくて放送室だって!!!」
「おいおいおいおい呼ぶなよ」


 とりあえずドアを蹴破るのは免れたようだが、聞こえたその内容に、俺は盛大に顔を歪める。誰ですか教室名教えたのは!
 電話相手が誰かは判断がつかないが、応援が来るとなるとさすがに厄介だぞ……。


「聞こえたかー、蒼葉ーっ!! 仲間が来ちゃうぞー!! どっちにしろ逃げきれないから、早く出てこいよー!!」
「……」
「あっおっばー! でっておっいでー!! でーないーとこーのドーア蹴ーやぶーるぞーっ!!!」


 なんだよその理由。サイコパスかよ。

 リズムに合わせて楽しそうにドアを叩くマリモに、怒りさえ覚えてくる。
 きっとドアの向こう側では、その唯一見える口の端をにんまりと吊り上げているのだろう。
 

「……」
「こらーっ!! 聞こえてるんだろー!!?? 流石のオレも、そろそろ怒っちゃうぞーー!! 返事してくれないと、ホントにドア蹴破って入っちゃうぞーーっ!!!!」


 無言を貫いていると、そんな脅し文句が入りだした。
 どうやらまだ、マリモがドアを蹴破るルートだって消えてないらしい。
 まぁ例え蹴破られなかったとしても、正規ルートから鍵を持ってこられたら一貫の終わりだ。

 あとちょっと、あとちょっとなのに……っ!

 グッと拳を握り締める。
 もう時間的にもラストチャンス。どのチームが相手でも、俺を捕まえようとここに全勢力を集結させて……。

 ──いや、これはもしかしたらチャンスなんじゃないだろうか?

 ここに大勢が集まってくるのなら、他の場所からはいなくなるということ。
 気付かれることなくここから逃げ出し、残り20分程度身を潜めることが出来れば俺の勝ち。すなわち逃げ切り成功だ。

 ……いやだとしても、さっきみたいにあてもなく歩き回るのはさすがに良くない。
 どこか……どこかいい場所は──。

 ふと、とある風景が脳裏に浮かんだ。
 そうか。あの場所ならイケるかもしれない。ここからも近いし。
 そうと決まれば早く出ないと。マジでマリモのやつ、蹴破りかねない。

 未だに大声で叫び続けるマリモ。掻き消されるとは思いつつも、できる限り音を立てないように細心の注意を払いながら外へと飛び出す。
 こちらに向かってきているであろう応援部隊を警戒しながら、俺は始まりのへと向かった。





「──もしもーし! 気配消えたから確認してみたら、窓開いてて蒼葉いなかった!! 多分そっちに行ったぞっ!! ってことで、オレたちも向かうな!! はーい! またあとでなー!!」
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