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April

ゆる〜いペアとの軽い約束

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 一夜明け、うららかな陽気の日曜日。
 欠伸を噛み殺しながら、割り当てられた時間に正門へと向かう。
 
 ちなみに蓮は、昨日部屋に戻ってきた時からすこぶる機嫌が悪く、今朝もぶつぶつと文句を垂れながら、少し前に部屋を出ていった。
 腐っても幼稚舎からこの学園の生徒なだけはある。どれだけ意に沿わなくても学園行事をブッチすることはないらしい。

 ただ、誰とペアだったのか聞けなかったことが残念でならない。予想すらできないし。あー、現地で会えればいいなぁ。良い妄想の肥やしになるのに!

 正門には何台もの黒塗りのリムジンが、列を成して止まっていた。俺の前を歩いていた2人組が、仲良さげに先頭のリムジンに乗り込む。傍に立っていた運転手が静かにドアを閉めると、間も無く発車し校外へと出ていった。
 そう、遊園地まではこのリムジンで行く。しかも、各ペアに1台。……やっぱりこの学園は頭おかしいよな。
 
 とはいえ、一般人の俺からすればリムジンなんて雲の上の乗り物。それに乗れるだなんて、乗り物に特別興味があるわけじゃないけど、とにかくわくわくする!
 そんな、内なる興奮に浸っていた俺。 突然、背後からトントンと肩を叩かれた。

 誰なのかは見当がついていた。
 若干体を強張らせて、ゆっくりと振り返る。


「おっはよ~《女神様》! 今日は1日よろしくね~!」


 ふわふわな明るい金色の髪に、たれ目がちの緑がかった瞳を持つ、中世的な顔立ちの青年。
 
 そう。
 俺のペアは、生徒会会計の綾瀬澪だった。


 ──
 ────


「わぁお。これは予想外だったなぁ」
「まさか、だな」


 画面を一緒に確認した里緒と悠真が、目を丸くしつつそう呟いた声が確かに聞こえた。
 やっぱり俺だけじゃない。他の人にとっても予想外の相手だったんだ!

 ということで、すぐさま俺は陽希のところへ向かい抗議したのだが、当人は笑顔を浮かべたまま「まぁまぁ」なんて俺を宥めようとする。


「いや、なんでお前に宥められなきゃならないんだよ! 馬鹿かお前は!? 馬鹿だろ!!」
「せやかて、あの会計さんが生徒会メンバーを差し置いて、お前の名前を第一希望に挙げてたんやで? これはもう優先させるしかないやろ!」
「それはお前の好みだろうが!」
「いいや。イベント実行委員会の総意や!」
「腐男子の勝手な夢に俺を巻き込むな!」
「それゆうたら、蒼葉かて他人のことゆえんやろ~。逆の立場やったら絶対におんなじことするはずやで?」


 グッと唇を噛んで押し黙る。

 確かにそうかもしれない。そうかもしれないけども……!
 自分がってのはやっぱり納得いかないんだよお!

 そんな複雑な俺の心中すらも絶対に察しているはずの陽希。
 しかしヤツは、まるで諦めろというようにぽんぽんと肩を叩いた。

 
「ま、それもこれも捕まったのが運の尽きやな。明日は会計さんと楽しんどいで。俺はそれをファインダー越しに楽しませてもらうから!」
「くっそぉ……」
「っちゅーか、何をそんなに危険視してるんよ?」
「何って、そもそも生徒会の会計と言やぁ、“下半身ゆるゆるで可愛い子を次々食べちゃうチャラ男”って相場が決まってんじゃんか。俺は可愛くはないけど美人だから、もしかしたら許容範囲内かもしれねーじゃん」
「自分で“美人”とかゆっちゃう蒼葉、ほんまめちゃくちゃ好きやで!! と、それはそうとして、確かに会計ってそういうキャラ付けが多いけど、多分澪は違うと思うねんな~」
「何で?」
「何でってゆわれるとムズいけど。まぁ勘やな。安心しぃ、俺の勘はめちゃくちゃ当たんでぇ~!」

 
 そんな謎理論で、グッと親指を立てられた。その指へし折ってやろうか。
 かなりめにムカついたものの、周りの目もあるためぐっと堪える。
 これ以上は何を言っても無駄だ。陽希って実は頑固だし、何よりもう既に正式に決まってしまったのだから覆すのは難しいこともわかっている。

 行き場のない憤りを視線に乗せて陽希を見つめる。周りから見れば、ただただ陽希を見つめているだけに見えるかもしれないが、正面の陽希はその視線の意味に気づいて苦笑いを浮かべた。


「そんな怖い目ぇせんと。 折角の可愛い……やなくて、美人な顔が台無しやで。まぁそないに心配やったら俺も出来るだけ気にするようにしとくし、もしもの時は連絡してきぃ。責任持って助けに行ったるからさ!」
「うるせー。もういいし。自分の身は自分で守るっつーの」
「確かに蒼葉強いもんな~! 俺の助けなんかなくても大丈夫かもしれん! ……やけどな、蒼葉」


 急に低く腰にクるイケボになったかと思うと、肩にあった大きな手が頬を包んだ。その手に導かれて視線を上げると、陽希は俺をまっすぐに見つめていて。


「過信は禁物。ホンマにホンマにもしもの時は、すぐに連絡してきぃ。俺が絶対に助けたる」
「陽希……」
「えぇな? 蒼葉」


 その真剣な表情と頬を滑る指に促され、思わずこくりと頷く。

 そのまま数秒。

 見つめていた切長な茶色の瞳がふわりと三日月に弧を描いたところで、はっと我に返った。
 慌てて肩を押して距離を取る。
 
 いつの間にか周りはギャラリーでいっぱいになっていた。口元を手で押さえてハァハァしている人や、嬉しそうに動画に収めている人など、反応は多種多様。
 羞恥で顔が熱くなる。そんな俺の反応にさらに周囲が湧いた。

 
 ────
 ──

 
 昨日の失態を思い出した俺は、振り切るようにリムジンに駆け寄る。
 
 あれはもう本当に、急な王子モードに呑まれてしまった自分にも腹が立つし、何よりマジで恥ずかしかった! いつものことだとはいえ、何で無自覚なのアイツ!? カッコよかったけどね!? カッコよかったけども! あーもう、次会ったら一言言ってやらないと気が済まない!
 ……けど、それはそれ。昨日のことは一旦忘れろ、俺。
 
 今の問題は、ペアである会計をどうするか、だ。

 ゆったりと後を追ってきた会計が斜め前の席に乗り込むと、リムジンは静かに動き出した。車に乗っているというのに、息遣いがわかるくらいに静かな空間だった。

 俺は警戒を緩めずに会計をただじっと見つめる。
 本の中でもリアルでも、手が早いと有名な生徒会会計。無理矢理襲われそうになったら、返り討ちにしてぶっ飛ばしてやる。
 そんな殺気すらも孕んだ俺の視線を正面から受け止めて、会計はへらりと笑った。


「あはは、そんなに警戒しないでよ~。だいじょーぶ。無理矢理取って食いやしないよぉ」
「……」
「本当本当、約束するから~。キミが警戒してるようなことは絶対にしないって。今日は、純粋に遊園地を楽しむために来たんだからさ~!」
「……」
「嘘じゃないよ? もし嘘だったら針千本でも飲んじゃうよ~」

 
 緩い調子だとはいえそこまで言われてしまうと、なんとも言えなくなってしまう。

 なんだかんだ、学園では《貴公子様》と呼ばれ、タチランク3位にいる男。
 嫌がる相手を無理やりにするようなおかしな嗜好を持ってはいないだろうし、そもそもそこまでするほど相手に困ってもいないだろう。

 普段の素行がどうであれ、約束をしてくれたからには今日に限っては大丈夫なのかもしれない。陽希だって大丈夫だって言っていた。勘らしいけど。
 それにもしものことがあれば絶対に呼べとか言っていた。だから……って、あれ? もしかしてあの言葉は、助けてくれるとかじゃなくて、自分の欲求を満たそうってことじゃないよな? 流石にないよな? そこまで下衆ではないはず……。たとえ“残念”だったとしても“王子”なわけだし。そこまでは流石に……な、うん。

 考えれば考えるほど陽希に対する疑念が膨れる中、いつまでも返事をせず考え込む俺に、会計は唇を尖らせる。


「まぁだ心配? 大丈夫だよぉ、オレそんなに欲求不満じゃないし~」
「……つーか、そもそもアンタが出会って早々あんなことしてくるから悪いんだろ」


 手にキスしたりとか、耳元で囁いたりとか。
 初対面の男相手にする行動じゃないし、あれじゃ手が早いって思われても仕方ないだろ。ケイドロの時は気にする余裕がなかったけど、2人きりは普通にヤバい気しかしない。

 じとっと見ると、会計は口角を上げて目を細めていた。それは馬鹿にするようなものではなく、どこか安心しているような不思議な表情。

 ……安心って、なんで? やっと返事したからか?
 頭にはてなマークが浮かぶ。

 首を傾げる俺に、会計はさっきまでとは違うニヤリとした笑みを浮かべる。


「やっぱりキミ、面白いねぇ。1年天照学園ここにいたのに、ぜーんぜん染まってない。他の子だったら、みんな真っ赤になって喜ぶのに~」
「……ま、確かにこの学園では喜ばれんだろうな、ああいうこと。でもだからって一緒にされたら困るんだけど。俺は普通にノンケなんで、男にあんなことされても嬉しくもなんともないし、むしろ悪寒が走って殴りたくなる」
「この学園でノンケなんて言われちゃうと落としたくなる……けど。流石に殴られたくないから、今回は何もしないでおくよ~」


 “今回は”という言葉に引っかかりはしたが、これ以上話を続けても仕方ない。
 どう足掻いても、今日1日この男と一緒にいなければならないんだ。だったらせめて、遊園地という娯楽施設を楽しみたい。

 はあぁ……と、大きなため息を吐く。会計はそんな俺の態度をくすくす笑いながら眺めていた。
 
 ただ1つ、どうしても確認したいこと。

 
「……なぁ。なんで俺だったわけ? 理由を聞きたい」

 
 俺が警戒しているのは知っていたはず。なのにどうしてわざわざ、しかも第一希望なんかに名前を挙げたのか。どうしても聞きたかった。
 聞かれることを予想していたのか、会計は考えることなくさらりと答える。


「そりゃあやっぱり、興味があったから、だねぇ」
「自分を嫌ってる相手に?」


 俺の言葉に会計は一瞬目を見張った後、吹き出した。


「あはははっ! 確かにそうだよねぇ。でもオレ、まさかそんなに嫌われてるだなんて思ってなくって~。だって生徒会室でもケイドロの時も、“嫌い”だなんて言われた覚えないもん。だからむしろ、そんなに嫌われてたんだーって今びっくりしてるとこ~」


 ……そういえばそうかも。
 自分の中の危険人物リストに登録はしたし、危険視していることは本人にも言ったけど、“嫌い”だとかは告げていない。
 なるほどな。転入生の朔と同じく、この学園にとって物珍しい反応をした俺に興味を持ったと。そういうわけか。


「なるほど、納得した」
「お? じゃあ~?」
「今日は絶対にそういうこと、しないんだよな?」
「してほしくないんでしょ? だったらしないよ~」


 どこまでも軽い受け答え。いまいち信憑性には欠けるが、なんだか徐々に慣れてきた。
 本気にしすぎずに適当に関わっていればいいって考えると、ある意味結構ラクかもしれない。

 
「わかった。アンタの言葉、とりあえずは信じるよ」
「ふふ、やったね~っ! 今日は一日よろしくねぇ《女神様》」
「よろしく。あと、名前で呼んでくれればいいから」
「じゃあ遠慮なく~。オレのことも“澪”って呼んでくれたら嬉しいなぁ?」


 生徒会相手に流石にそれは……と一瞬戸惑ったものの、“賢心先輩”って名前で呼んでしまっているし、椛に至っては呼び捨てだ。こんな状況で会計だけ断るのはなんとなくどうかと思ったし、そう簡単に引き下がってくれる気もしなかったから。


「わかったよ、澪」

 
 仕方なく了承すると、会計──澪は、嬉しそうに微笑んだ。

 ……なんか俺、マリモな朔が起こした大嵐にかなり巻き込まれてる気がするよなぁ。ものすごく今更だけど。
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